2018年6月18日 (月)

グループ会社ガバナンス-海外子会社管理は各社各様

6月18日(月)の日経法務面でも海外拠点における不正調査に関連する特集記事が掲載されているようです。不正リスクだけに限られませんが、グループ会社ガバナンス、とりわけ海外グループ会社の経営管理については、事業戦略として多くの会社で関心事になっていますね。

そういった意味で、6月8日の日経朝刊に掲載されていた「損保の海外統治 三者三様」なる見出しの記事はたいへん興味深いものでした。日本の損害保険大手3グループの海外事業の統治戦略の違いが際立っている、とのことで、各社の将来における収益力を左右する海外統治に各社が工夫をこらしている状況が紹介されていました。そこで、上記記事をもとに、各社トップのコメントも含めて、記事の内容を下記のとおり図表にまとめてみました。

Kaigaisonpo

日本の多くの企業でも、海外グループ会社の経営管理については、上記の3つの選択肢の中で悩んでおられるケースが多いのではないでしょうか。また、上記の分類はあくまでも一般論であり、現実には海外グループ会社の個社固有の事情(たとえば外国人トップなのか、少数株主は存在するのか、地域統括会社は存在するのか等)によってもっと細分化された管理が必要になってきますね。

健全なリスクテイクが求められる時代なので、SOMPOさんのように海外グループ会社への権限移譲ということも検討されて当然かと思いますが、「攻め」と「守り」の長所・短所は認識しておく必要があるように思います。これは行動経済学からの視点ですが、期待値が同じであるにもかかわらず、現状に留まっていては損失を被ることが確実な場合、人はリスク志向型となります。反対に、現状がうまくいっているが、さらに業績を上げたいと考える場合には「現状維持バイアス」がはたらいてリスク回避型となる傾向があります。

東芝事件が連日新聞を賑わせていた際、「チャレンジ」という言葉が流行しました。「このままでは東芝は将来がない」という意識のなかで「チャレンジ」と言われれば「不正がばれないことに賭けてでも会計不正に手を染めてしまう」ことが考えられます。当時、他社の経営者の方が「チャレンジ」という言葉は自分でも使うことがある、とおっしゃっていましたが、その「チャレンジ」は現状維持でも問題ないが、10年後の会社の将来のためにリスクをとろうとすることを念頭に置かれていたのではないかと(つまりそこで語る「チャレンジ」は東芝で出てきた状況とは異なります)。そのような状況での「チャレンジ」には、危険を冒してまで不正に手を染めようとの動機は、あまり役職員の間では生まれないですね。

いっぽう東京海上さんやMS&ADさんのように本社が手綱はガッチリ握って管理する、というケースも多いと思いますが、その場合には本社における(海外グループ会社管理に関する)権限と責任の明確化を図る必要があります。海外グループ会社の外国人トップからよく聞かれる不満が「日本本社の誰の指示を信用してよいのかわからない」というものです。事業部門の担当役員なのか、地域統括会社のトップなのか、それとも本社コーポレート部門の責任者なのか、ということです。なので、海外戦略のスピードが遅くなりますし、誰もリスクをとりたがらず、「健全なリスクテイク」が期待できない状況になります。

一口に「健全なリスクテイク」といいますが、グループ会社管理においては、そもそもリスクテイクができない組織になってしまうおそれもありますし、不確実性の期待値が同じ場合であったとしても、これを経営トップがどのように社員に説明するかによってバイアスの働き方が変わり、不正リスクにも影響を及ぼす可能性があることを知っておくべきではないかと考えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年6月15日 (金)

決算「不適正」で説明責任を尽くすべきは上場会社も同様

本日、ある会合で、最近のコーポレートガバナンスに関連する話題として最も印象的なものは社外取締役によるインサイダー規制違反(疑惑)とのことでした。ご承知のとおり、ふたり続けて上場会社の社外取締役の方がインサイダー規制違反によって証券取引等監視委員会の調査対象となりました。「会社の情報管理体制の問題というよりも、一個人の行動に関する問題なので静観している」といったところかもしれません。しかし、証券市場の「酸いも甘いも」熟知した経営者OBの方々が、どうしてインサイダー取引に及んだのかは理解不能です。このあたりは会社側がきちんと調査のうえ説明責任を果たすべきと考えます。

さて、「説明責任」ということでは、6月13日の日経朝刊に「決算不適正、株主説明を」との見出しが躍っていました。金融庁や日本公認会計士協会を中心に、監査法人が適正意見を出さない場合に、その理由を株主に詳細に説明するルールの策定が検討されているそうです。昨年の東芝、PwC間の「限定付き適正意見」の開示を巡る問題が契機となっていることは間違いありません。東芝さんの株主総会でも、PwCさんに説明を求める株主動議が出されましたが、結局は却下されてしまい、日本取引所自主規制法人理事長も問題視されていました。

会計監査人(監査法人)が、一定の場合に守秘義務を解除して、詳細な説明を求められることには異存ありません。ただ、監査法人側に詳細な理由説明を求めるのであれば、会社側にもその理由に対する意見について説明を求めるべきです。なぜなら決算書については第一次的には会社側に作成責任があり、経営者は会計検査人に対して「確認書」を提出する立場にあるからです。会社側が会計ルールに従って真正に作成したと宣言している財務諸表について、無限定適正意見は書けないと会計監査人が主張しているわけですから、当然に会社側は反論すべき立場にあると思います。

いくら会社側と会計監査人との対立があるといっても、この対立は「どっちが勝つか」という(利益獲得を目指した)問題ではなく、投資者・株主保護を目指す双方の意見の擦り合わせ、つまり双方の勝利を目指す対立です。この対立の構図は、一般の投資者・株主に開示して情報の非対称性を解消すべきです。この点はしっかりと抑えておく必要があると思います。また、このように双方に詳細な意見を開示させる、ということで、本来の会計監査人の役割を投資者・株主が理解するきっかけとなり、いわゆる監査の重要性を投資者・株主が理解する道筋になると考えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年6月14日 (木)

大阪大学ベンチャーキャピタル社の監査役を退任いたしました。

私事ではございますが、2014年8月の設立準備手続開始以来、丸4年ほど務めてまいりました大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の監査役(社外)を、本日の定時株主総会終了をもって退任(任期満了)いたしました。

VCの役職員の皆様、株主である阪大の総長以下理事、監事の皆様、産学連携本部関係者の皆様にはたいへんお世話になりました。客観的に見て、大学発ベンチャー4社(東大、京大、阪大、東北大)のなかでは当初から先陣を切っており、今年は投資案件初の上場会社も誕生しましたので、「ガバナンス構築支援という立場の監査役としては一区切りかな・・・」と思いまして退任を決意いたしました。再任を見込んでいた社長も、最初は困惑しておられましたが、なんとか理解していただけました。

株主総会の後、送別会をもうけていただきまして、社長および社外取締役4名の皆様から労いの言葉をかけていただいて、たいへん嬉しかったです。よくよく考えますと、監査役でもやらないかぎりはNTTドコモの元社長、りそな銀行元社長、サントリー元副社長、早稲田大学教授、といった(個性豊かな?)社外取締役の皆様と仕事を御一緒できるような機会はないわけでして、いろいろありましたが(笑)、たいへん有益な時間を過ごさせていただきました。ほんの少しですが、出身大学のために貢献できたとすれば望外の幸せでございます。

僭越な物言いになりますが、私の後任は日銀ご出身、証券取引所の元取締役でもいらっしゃる方なので、投資案件がますます増えるVCの活動を、ファイナンスの経験豊富な方の視点で監査していただけるものと期待をしております。私はまた阪大VCを応援するひとりのファンとして、日本のベンチャー企業興隆に向けた業績を見守りたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年6月12日 (火)

訂正とおわび(鬼頭季郎弁護士の執筆原稿の掲載は6月21日号だそうです)

先日、判例時報6月1日号の鬼頭弁護士による連載論稿をご紹介いたしましたが、そのエントリーの中で「次号掲載予定」として6月11日号と紹介してしまいました。

確認したところ、鬼頭先生の次のご論稿は6月21日号に掲載される予定だそうです。訂正してお詫び申し上げます。たくさんの問い合わせが判例時報社に届いている、とのことで、関係者の皆様にご迷惑をおかけしました。なお、6月5日のエントリーの該当箇所につきましては、さっそく訂正いたしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

週刊エコノミストに拙稿を掲載いただきました。

Ekonomisut三菱マテリアル社の経営トップの方が、品質偽装事件の責任をとって辞任されることが決まったそうで、大手企業の危機対応の巧拙に関心が高まりそうです。オムロン社でも不適合製品の出荷が公表されましたが、他社でも品質偽装問題が開示されるケースがまだまだありそうです。最近の風潮からみますと、企業が(品質偽装の事実を)公表することを決定したのであれば、そのタイミングも含めて、ステイクホルダーへの説明責任の尽くし方を慎重に検討したほうがよさそうですね。

さて、本日(6月11日)発売の週刊エコノミスト(6/19号)の特集「日本版司法取引にご用心」におきまして、拙稿「Q&Aで分かる 日本版司法取引 他人の罪を申告して処分軽減」を掲載いただきました。Q&A形式にて、日本企業による改正刑訴法「協議・合意制度」への対応をわかりやすく解説したものです。内容は、現場担当者向けというよりも、社会の変遷を感じるべき経営者向けに書いたものです。

最高検察庁準備室の対応指針が策定されていること、警察庁の犯罪捜査規範が改定されていることなどから、あまり神経質にならないでもよいのでは・・・といったことを中心に、比較的冷静な立場で書かせていただきました。当ブログでも以前から書いているように、弁護士倫理上の課題なども企業関係者の皆様に知っておいていただくほうが良いのではないかと思いましたので、そのあたりも後半部分で論じています。全国書店で販売しておりますので、ご興味がございましたらご一読くださいませ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年6月11日 (月)

法学の誕生-「人間学」へのアプローチ

Hougakutanjo5月に購入しておりましたが、ようやく内田貴先生のご著書「法学の誕生ー近代日本にとって『法』とは何であったか」を拝読いたしました。

明治初期、列強との不平等条約を改正するための条件として、短期間で西洋法制を日本に輸入しなければならない時期。その時期に立法、法解釈の場面で活躍した兄弟穂積陳重(のぶしげ)、八束(やつか)兄弟に焦点をあてて、「法の誕生」ではなく「法学の誕生」について語られた力作です。「世間からは、この兄弟にはこのような評価が下されているが、よくよく研究してみると、実は誤解されている点が多いのではないか」といった論調(しかも検証資料が豊富)が、読み手の興味をそそります。

陳重の思いが、119年の時を経て「日本国民にわかりやすい民法」への改正作業として開花することになりましたが、実際に(改正法が)そのようになっているかどうかは疑問もあります。内田先生は、そのような債権法改正作業の中心にいらっしゃるわけで、改正作業の初期に抱いた高い目標が、いま改正法施行を目前に「目標を果たせた」と評価されているのかどうか。法が「社会力」の発現となりうるためには、一般社会において「法律は国民にわかりやすい」ものでなければならず、今回の債権法改正条項は、国民意思の発現たる社会規範としてふさわしいものなのかどうか、という点はいろいろと議論されてもよいのではないでしょうか(ちなみに、現民法の信義則条項、権利濫用条項は、戦後の民法改正によって導入されています)。

また、日本にも憲法改正の流れが生じている中で、「社会力」としての法学がその使命を果たしているのか、そして改正後の憲法解釈やさらなる改正に、そのような法学の力が果たせるのかどうか、それは「人間学」としての法学を担う人たちにかかってくるものと思います。2000年に始まった司法改革ですが、そのなかで法科大学院の失敗がよく議論されます。その失敗を議論する要点は、予備試験が「抜け道になっている」といったところではなく、自然科学を含めた、法学の周辺領域にまで教養を深め、人間力を高めた者こそ「法学」を担うことが期待されたにもかかわらず、その役割を法科大学院が果たせていない点にあるのではないかと。本書を読み、そのあたりを痛感いたしました。

本書から多くの示唆を得ましたが、その個別内容(たとえば自然法思想や法実証主義、そもそもなぜ日本では法学が成立しなかったのか、など)については、また個別のブログエントリーの中で言及してまいりたいと思います。いずれにしても、西洋法学の土壌のない日本において、法典編纂の直後にこれを(日本の伝統と慣習を尊重しつつ)日本に根付かせるために尽力した二人の日本人の功労には敬意を表したいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年6月 7日 (木)

会社法の過料(行政罰)を刑事罰に引き上げることの是非について

今週月曜日(6月4日)、日本公認会計士協会の某委員会の皆様と、2時間ほど(公式な)意見交換をさせていただきました。意見交換といいましても、実質は私がヒアリングを受ける・・・というものでしたが、私自身もたいへん勉強になりました。

ヒアリングの内容については(ご迷惑になるかもしれませんので)書けませんが、議論の途中で感じたのが会社法の過料規定に関する素朴な疑問です。これだけ会計監査人の「公益の番人」たる役割が期待される時代となり、企業と株主との建設的な対話が求められる時代になったにもかかわらず、ディスクロージャーに関連する違反行為が過料(秩序罰)のまま会社法の中に残っているのはいかがなものでしょうか。

たしかに会社法は小さな株式会社にも適用される法律なので、大きな上場会社を基準に検討することはできません。しかし、過料の対象となっている違反行為の中には、情報開示に関連するようなものが含まれており、違反行為の悪質性からみれば刑事罰に値するものも多いように思います。とりわけ会計監査人への報告義務違反や調査妨害といった行為は、欧米諸国では当然に刑事罰が規定されているのですが、日本の会社法では過料としての罰則規定があるだけで、その制裁としての実効性がほとんどありません。今こそ過料という秩序罰の一部について、刑事罰に格上げすべく法改正が必要ではないでしょうか。このあたりの「社会的な合意形成」はある程度はなされていると思うのです。

会社関係者の「行為規範」に関連するところなので金商法の改正ではなしえないと思われますし、やはりこのあたりは会社法改正で対応すべき課題ではないかと。不正リスク対応監査基準の新設、違法行為への対応に関連する会計監査人の倫理規定の改訂などにより、会計監査人の行為規範については改訂が進むなかで、会計監査人と向き合う会社関係者の行為規範(およびその実効性担保の手段)についてもそろそろ抜本的な改訂が必要ではないかと考えるところです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

2018年6月 5日 (火)

企業法務弁護士は「裁判官リスク」とどう向き合うべきか?

今年4月に経産省から「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書について」がリリースされて以来、日経新聞ではどうも企業法務強化の話題が増えたような気がします。ということで(?)、当ブログでも企業法務弁護士に関する話題をひとつ。

判例時報の最新号(6月1日号 №2365)から、鬼頭季郎(すえお)弁護士による連載論稿の掲載が始まりました。タイトルは「企業間ビジネス紛争及び会社組織等紛争に関する裁判の運営上の諸問題-企業法務の訴訟代理人及び裁判官のために」というもので(ずいぶん長い・・・)、真っ先に拝読いたしました。「裁判官はしょせんビジネスの素人なんだから、『できる裁判官』ほど、権力行使には謙抑的であろうとしてプロセス重視の判決になっちゃうんだよね~♪」などと、したり顔でクライアントに説明している法律家には必読です(実は私もですが・・・)。

鬼頭季郎弁護士といえば、ちょうどこのブログを開設した2005年3月、東京高裁裁判長として、ライブドア・ニッポン放送の新株予約権発行差止仮処分事件の抗告審(高裁決定)に関わり、有名な「鬼頭四要件+主要目的ルール」を決定文で示した元裁判官でいらっしゃいます(たとえば、こちらの決定要旨が参考になります)。敵対的買収防衛なる言葉が「お茶の間」でも話題となり、ガバナンスやファイナンスの専門家の皆様が連日ニュース番組やワイドショーに登場しておられましたね(なつかしい・・・)。現在、鬼頭弁護士は皇居近くの(専用エレベータのある?)大きな法律事務所に在籍されておられるようです。

内容につきましては、商事事件に関わる同業者の皆様にはおススメであることは間違いありません。「裁判官が企業法務弁護士に期待すること」も参考になりましたが、私が一番拝読しておもしろかったのが「裁判官リスク」です。鬼頭先生は、「世間の汚れを知らず、法律の訓練しか受けていない裁判官が、いわば世間の常識に沿わない事実認定や法律判断をするおそれがある」という、いわゆる「裁判官リスク」を考えている人たちが少なくない、と述べて、そこに(楽しい)反論を加えておられます。なるほど・・・私は反省すべき点がたくさんあるなぁ(笑)。多くの企業法務弁護士が抱いている、この「裁判官リスク」について、鬼頭先生が語るところは新鮮です。ぜひ、お読みいただければと。

「裁判官の視点から、企業に期待する訴訟紛争の可能性を考慮した日常対応」については、私が最近10年間の商事最高裁判決・決定を参照しながら、講演等で述べているところと全く同じだったので、意を強くいたしました。スルガ銀行vs日本IBMシステム開発紛争事件の判決の決め手なども紹介され、企業の平時からの取組みが有事に活きることが示されています。

次の掲載号である判例時報(6月21日号)では、「企業法務弁護士の多くが誤解している経営判断原則(ビジネス・ジャッジメント・ルール)と日本裁判所における経営裁量判断尊重原則の違い」が解説されるそうで、こちらも待ち遠しいですね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

2018年6月 4日 (月)

企業経営者において不正リスクへの意識高まる-経済同友会調査

公益社団法人経済同友会が5月にリリースした「社外取締役の機能強化-3つの心構え・5つの行動」を読みました。会員企業や社外役員の皆様への調査結果に基づく提言でして、題名からは「社外役員に関する調査」のように読めますが、コンプライアンス問題への調査・提言も含まれています(タイトルから、マスコミでもガバナンス関連の課題だけが取り上げられているようです。たとえば朝日新聞ニュースはこちら)。

コンプライアンス関連で興味を抱いたのが、経営者の皆様の不正リスクへの関心です。2005年の調査時には「当社には何らかの不正行為があると考えるべきである」と回答された経営者がわずか0.8%にすぎなかったのですが、今回(2017年)の調査では約18%に上った、とのこと。どこへ招かれても「残念ながら御社でも不正は起きます」と断言している私にとりましては、まだまだ少ない数字ではあります。しかしながら、ようやく「平時から有事を想定する」という思想が、少しずつではありますが、企業に浸透していることは間違いないと思います。

「平時から有事を想定する」というのは、平時から謝罪会見の稽古をしておくとか、敵対的株主とのIRを準備する、といったものではございません。要は有事になってもファンでありつづけてくれるステイクホルダーとの信頼関係を築くことが挙げられます。また、会社法や金商法の定める手続きには正義に適った合理的な目的がありますので、日ごろから意思決定のプロセスをきちんと履践する、といったことも含みます。有事になってからの「有事対応、危機管理」には、どんなに専門家に任せても限界があるわけでして、到底、企業が平時から履践している「有事対応、危機管理」には叶いません。その大切さを実感するためには、やはり平時から「何らかの不正行為はあると考えるべき」だと思います。

なお、上記経済同友会の提言では、もうひとつコンプライアンス関連の興味深い調査結果が掲載されておりまして、企業不祥事の原因はどこにあると考えるか、といった問いに対して「従業員のコンプライアンス意識の低さ」と回答した経営者の方が、2005年当時は12%でしたが、今回の調査ではなんと60%に上ったそうです。上記提言では、このギャップについて「経営者による従業員や現場への責任転嫁の傾向が読み取れ、経営者のコンプライアンスに関する意識やリーダーシップが不足しているのではないか」と指摘しています。

このあたりは、むしろ経営者の方々のコンプライアンス意識が高まっているからこそ、(ご自身の意識と比較して)不祥事の原因を現場従業員の意識に起因するものと考えているのではないでしょうか。そうであるならば、一番の問題は経営者の意識と現場の意識とのギャップであり、認識の壁を作っている組織風土の問題に帰着すると思います。とりわけ、私自身の不正調査の経験からすると、いわゆる「経営幹部、中間管理層」のコンプライアンス意識がすべてではないかと。ここは意見の相違もあると思いますが、経営者が現場に出向くのは、この経営幹部、中間管理層の意識を変えること(仕事における優先順位を変えること)に意味があると考えています。たとえば「働き方改革」によって形式的なコンプライアンス重視の姿勢を貫き、その結果として一番悲惨な状況にあるのが中間管理層と言われています。組織のファジーな部分を中間管理層の方々が背負うのであれば、「なにがコンプライアンスだ」と思われても仕方ないと思います。経営トップが現場に赴く理由はここにあります。

とりわけコンプライアンスやCSRという、「すぐに利益につながらない職務」については現場における権限と責任の明確化が必要です。経営トップが現場に赴くことで、誰が権限と責任を持つのか、現場組織において事業遂行上の優先順位が確認されることが重要だと思います。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

2018年5月31日 (木)

魅力のある経営者OBは「社外取締役」の器に収まらないのでは?

ガバナンスにとても熱心な企業の元社外取締役さんが「インサイダー取引容疑」で逮捕されたそうです。「ほれみい、M&Aや新規事業戦略の情報を社外役員に流したらこないなるねん!」と、また社外役員制度が批判されそうな話題ですね。逮捕された方は元経営者ということで、インサイダー・リスクについては人一倍理解しておられるはずで、私にはちょっと信じがたいところですが・・・

さて、私の尊敬する経営者OBの方々が、いずれも会社法上の社外取締役ではなく、非常勤業務執行取締役をされていることは前に申し上げました(たとえば3年前のエントリー「ガバナンス改革-非常勤役員と社外役員、その差は・・・」をご参照ください)。みなさま、経歴からみれば社長時代にきちんと結果を残してこられた方ばかりで、多くの会社から「社外取締役に」とのお声がかかったのですが、すべて断り、業務執行にこだわって非常勤業務執行取締役に就任されました。

先日、カルビー社のCEOの方が、RIZAP社のCOO(最高執行責任者)に就任されることが決まったと報じられておりましたが、会長就任を要請されたにもかかわらず、執行にこだわられた、とのことで、「そうだよね~。本気で他社のために、と思うなら、絶対業務執行やりたいよね~。」と改めて感じた次第です。

日本の上場会社の取締役会には「会話」はあっても「対話」はあまり感じられないように思います。お互いに意見が異なる人達が集まって、意見がぶつかり合って、そこですり合わせをして新たな意見を形成する(意見をぶつけた人たちみんなの勝利)という感覚があまり感じられません。結局、社長と意見を異にする人(たとえば社外役員)との「どっちの意見が通るか」みたいな感覚で議論がなされて、最終的に「まぁ、ご意見としては尊重いたします」「ここは〇〇さんの顔を立てて」といった形で、どっちかの意見が最終的に通る。最後は「とりあえず私の意見は議事録に残しておいてくださいね」といったことで議論が終わってしまう。

なので、ダイバーシティ(多様性)とか執行と監督の分離などといっても、そもそも意見をすり合わせる文化がないので実効性がみえてこないと思います。社長の選解任権の「見える化」は、たしかに実効性を高めるための手段ではありますが、もともと「意見をすり合わせる文化」がないので役には立たないように思います。取締役会の構成員の多様性や、モニタリングモデルが有効なのは、まずなによりも「自分とは異質な価値観や考え方を尊重して、違和感を持ちつつも、どこかですり合わせて妥協する勇気」を生む土壌が必要だと考えます。たとえば最近のガバナンス改革の場面では「ああ、昔とは時代が変わったんだ」と、前向きにガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードを受容しつつも、「でもやっぱりコードはおかしいから、正直に『おかしい』と公言したほうがいいぞ」と考えるところから始めるべきではないかと。また、そういった会社だからこそ「株主との建設的な対話」が有用なのだと思います。

このたびの会社法改正の審議の中でも、一定の範囲であれば社外取締役の業務執行を認めるべきである、との意見が出されています。ただ、業務執行機関から独立した立場を堅持するならば、やはり「対話」の土壌は形成されない。非常勤ながら社長と一緒に、同じ目線で業務執行をやる、リスクを請け負う・・・といった土壌があるからこそ、社長も自分の意見を曲げてでも話を聞こう・・・といった「対話」が可能になるのではないでしょうか。「いくら社外取締役になっても、他社の役になんか立たないよ」と断言される経営者OBの方々は、監督の実効性など日本では何の意味もないと認識していることから、(非常勤でもいいから)社長と一緒になって業務執行にタッチする選択に至るのではないか、と考えております。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

«社員に司法取引に応じることを禁止することはできるか?