2017年10月18日 (水)

神鋼品質データ偽装事件の責任は神鋼だけが負うべきなのか?

本日(10月17日)の日経朝刊一面に、神戸製鋼所さんの品質データ偽装が数十年も前から社内で続いていたことが報じられていました。また、一昨日のエントリーの図表でも「私の関心事」としてお示ししましたが、数十年も続いていたとすると、データ偽装に手を染めていた人、知っていて放置していた人が経営幹部になっている可能性が高いことも報じられています。ではなぜ、今回はこのような不祥事を自主的に公表する気になったのでしょうか。まだまだ今回の件については外からはうかがい知れない真実がありそうです。

ところで、神鋼さんは米国司法当局が(同社米国子会社が保有する)関係書類の提出を要求してきたことを明らかにしました。DOJからの書類提出要請や関係者の呼び出しは、他社事例でもときどき行われているので(DOJの捜査を公開しない企業が多いだけなので)現時点ではそれほど大きな問題ではないと思います。ただ「あ、うん」の呼吸が通じないDOJが動くことは、日本企業にとっての「不都合な真実」が明るみに出る可能性があるため、神鋼さんだけの問題で済ませることができるのかどうか、といったことも、新たな関心の対象になってきました。

この「不都合な真実」との関係で、一番気になりましたのが「トクサイ」なる言葉が社内で使われていたと各紙が報じている点です。トクサイとは「特別採用」の社内隠語ですが、これは今回初めて報じられたものではなく、昨年の神鋼さんのグループ会社で発生したJIS規格偽装事件でも取り上げられた言葉です。昨年7月11日の日経ビジネスの記事に基づくものですが、規格を外れてはいるものの、安全性に問題がない商品は、安い価格でブランド品が手に入るということで取引先にも納品されていました。つまり、この「トクサイ」という言葉は、品質には問題がないけれども、取引先から要求されていた規格を外れてしまった商品について、相手方も規格外であることを知って販売される場合の慣習から生まれたもの、とされています。ただ、いつしか品質が基準に達していない場合でも、神鋼グループ会社では「強度に関するトクサイ」といった言葉で納品対象になっていったそうです。

一方、本日(10月17日)の毎日新聞ニュースでは、約40年も前から「トクサイ」という用語は社内で一般的に使われており、神鋼さんは取引先の了解を得られないままにトクサイ品を出荷していたと報じられています。ただ、このように「トクサイ」商品の出荷が悪質なものであったとすると、40年もの間、社内不正が発覚しなかったとみるのはかなり不自然です。むしろトクサイ品は取引先も知っていながら販売するもの、ただ品質に関するトクサイというものが時代の流れの中で現場に浸透していった、とみるのが自然ではないでしょうか。

ところで、今回の件で疑問が湧くのは「取引先も品質データが偽装されていることを知っていながら取引をしていたのではないか」ということです。もちろんすべての取引先というわけではありませんが、神鋼さんに納期を守ってもらうことは、取引先担当者にとっても強い関心事であり、「知らなかったこと」にしておいて、取引を円滑に済ませていたところもあるのでは、という疑問が湧きます。だからこそ神鋼社内で「強度のトクサイ」といった隠語が使われるようになったのではないかと。もしそのような事実があるとすれば、取引先企業が今度は不祥事企業の仲間入りとなります。「トクサイ」という言葉が使われていたとなると、どうしても昨年の不祥事のケースと同様ではないのか、取引先(少なくとも取引先の担当者)にも「許されるトクサイ」と「許されないトクサイ」に関する認識はあったのではないか、と考えてしまいます。

上記はあくまでも私自身の邪推にすぎません(この点、モノづくりの観点から真因に迫ろうとされる楠木さんのコメントがとても有益ではないかと思います)。しかし、考えられることだとすれば、そのような可能性についても調査委員会は調査の必要性があります。しかし、もしそのような事実が判明したとしても、神鋼さんとしては「他社には絶対に迷惑はかけられない」という意識が働きますので、調査結果の開示には強く抵抗すると思います(そこで調査委員の胆力が試されるのではないでしょうか)。過去にも不祥事は一社の不正では完結しない、という事例は嫌というほど見てきました。そういった意味では、取引先は本当に被害者なのか、不正に加担していた事実はないか、世間的には批判されるような疑問かもしれませんが、(DOJが動き出した以上)私はそこまでスコープを広げて調査を実施すべきと考えます。

10月 18, 2017 コンプライアンス経営 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年10月17日 (火)

神鋼品質データ偽装事件は不正行為か不適切行為か?

このたびの神鋼品質データ偽装問題について、昨日のエントリーへ機野さんが次のようにコメントされています。

「自分たちはオーバースペック(過剰品質)のものを作っているのではないか?」「少々スペックアウトであっても、いろんな段階で余裕をみているから、最終的には全く問題がない。大丈夫」と考えてしまうのが製造業の問題だ。しかし、どの業者も、どの担当者も同じように思い、少しずつ手を抜いていったら、いったいどうなるだろう。

なるほど、これも製品偽装やデータ偽装事例での現場における思考としては考えられそうです。本日の朝日新聞朝刊の記事では、品質保証部門の社員もデータ書き換えに加担していた疑いがあると報じていましたが、このような思考に至った末の行動だったのかもしれません。「働き方改革」が進む中、最近は管理職のオーバーワークが新たに問題となっていますが、多くの企業で同様の「不祥事の芽」が育ちつつあるように思います。

ところで先週金曜日の会見で神鋼さんがマスコミに配布した文書の中に「不適切行為に関するご報告」との見出しがありました。マスコミの中には、現場で起きたデータ偽装は取引先との品質保証の約束を守らなかったことなので法令違反には該当しない、法令で定められた品質は具備している、と報じているものもあります。

しかし、要求されていた品質を具備せずに(それを告げずに)取引先に納品していたとすれば、誤認惹起行為(不正競争防止法2条1項14号)に該当する可能性があります。また、要求された品質を具備していることが、取引先が納品を拒絶するほどに重要な契約上の要素だとすれば、刑法上の詐欺罪にも該当する可能性があります(たしかミートホープ事件では、不正競争防止法違反罪と詐欺罪の併合罪が認められたものと記憶しています)。

もちろん、大きな会社の事件なので、捜査機関が動くためには(事実上)被害会社の告訴が必要とは思います。しかし、本件で問題となっている事例は不適切行為というものではなく、不正行為と評価されても致し方ないものと思います。さらにやっかいなのは海外の拠点でも不正取引がなされている疑いです。たとえば中国でも不正競争防止法が存在し、日本と同様に誤認惹起行為は刑事処分、民事賠償の対象とされています。また懲罰的損害賠償制度が存在する国もあります。

神鋼さんクラスの企業であれば、コンプライアンス経営の一環として、現場でのリーガルリスクの研修は十分すぎるくらいに実践されていたと思うのです。上記のような法令は当然に認識されていたと思います。そのうえで多くの部門で同様の偽装行為が繰り返されていたとなると、やはり「組織風土」の問題だと認識せざるをえません。単に「納期を守るプレッシャー」だけでこのような結果にはならないでしょうし、不正行為を容認するような社内常識が蔓延していたのではないかと懐疑的になってしまいます。

私は昨年のJIS偽装への当社の対応が素晴らしいと感じていたので、余計に残念でなりません。一日も早く、公正中立な委員による調査結果が出されることに期待をしております。

10月 17, 2017 コンプライアンス経営 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年10月16日 (月)

神鋼トップの謝罪会見から考える不祥事公表のインセンティブ

先週金曜日(10月13日)、神鋼品質データ偽装問題についての社長会見の様子を、ニコニコ動画の生中継で拝見しました。最近は大きな企業不祥事の会見をライブで視聴することができますし、マスコミ向け配布資料もダウンロードして手元に置くことができますのでとてもありがたいですね。会見中の経営トップの表情やマスコミの関心事項なども、手に取るようにわかります。

今回の品質データ偽装事件の全容や原因は、社長さんがおっしゃるように、これから1か月かけて行われる社内調査の結果を待たなければなんとも言えません。ただ、こういった大きな企業不祥事が発生・発覚した際に、マスコミの方々の質問がどこに向けられているのか、また私自身としての関心はどこにあるのか、そのあたりを謝罪会見を視聴した現時点で以下のように整理してみました(図表をご覧になりにくい場合は図表部分をクリックしていただくと拡大されます)。

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マスコミが注目したポイントは他にもありましたが、質問が比較的多かったように感じたのが上図左の4つのポイントです。上図右は、私が社長さんの発言を聞きながら、ここはツッコミを入れるべきではないか(あまりツッコミがなかったのですが)、と感じたポイントです。

これらマスコミが注目したポイントや私自身が注目していたポイントへの評価・意見についてはまた別途申し上げるつもりですが、ひとつ全体として気になりましたのが、神鋼さんは「バレそうになったから公表した」のではなく自主的に公表した、つまり不祥事の発生を止めることはできませんでしたが、自浄能力は比較的きちんと発揮していたのではないか・・・という点です。

たとえば日産自動車さんの無資格検査問題のように、監督官庁の抜き打ち調査によって発覚した、という場合には、「自浄能力の欠如」と評価してもよいと思うのですが、今回の神鋼さんのデータ偽装は社内調査で発覚し、混乱を防ぐために取引先に先に報告し、そして公表に至ったというものです。たしかに①取引先から促されて予想よりも早めに公表した、といった経緯、②鉄鋼部門によるデータ偽装(検査未実施)については取締役会判断で公表は控えていた事実はあるとしても、少なくともアルミ建材に関する品質偽装問題については自主的に公表したことは事実です。

偽装が多くの部門によって長年続けられていたので異論もあるかもしれませんが、それでも経営トップが現場の不正を認識した場合の対応としては、覚悟を決めて公表に至ったわけです。しかし、このように大きな社会的批判を浴び、また業績への影響についてもかなり深刻だと評される事態になるわけですから、この神鋼事例を知った他社経営者はどのように感じるのか、そこがたいへん懸念されるところです。

「取引先から要求されている基準を満たしていないとしても、安全性に問題が出ているわけではないだろう。回収騒ぎにでもならないかぎり、取引先と粛々と対応を協議すればよいはず。自主的に公表してもこんなに社会的批判を浴びるのだったら、信用リスクという意味では公表せずに後で発覚しても同じことではないか。だったら公表せずにバレないことに賭けるべきではないか。当社の信用を守ることが、ひいては取引先やサプライチェーンの信用を守ることになり、また消費者の安全・安心を守ることにもなるはずではないか」

平時ではなく、有事に立ち至った企業のトップの方々が、同様の事態でこのような発想になることも不思議ではありません。今回の神鋼事例が、自主的に不祥事を公表するインセンティブを阻害することにならないかと、やや不安を抱きます。ただ、コンプライアンスを後ろ向きのリスク管理と捉えるか、企業価値向上のための戦略と捉えるか、その経営トップの思想の違いが、その後の企業風土に大きな影響を及ぼすものと考えます。

「納期を守ることへのプレッシャー」が原因ではないか、という経営トップの言葉を聞くと、「そんなプレッシャーをかけた経営陣は反省すべき」「モノづくりの現場にあまりにも依存しすぎ」と簡単に言えそうです。しかし厳しいプレッシャーのもとで、たとえ不正を犯してでも納期を守ることができたことへの喜び、やり直しをせずに製品を販売できたことでチームプレーを果たせた喜び、つまり経営陣の期待に応えることができたことにやりがいを感じている現場社員の方もおられるのではないか。これも「組織風土」の問題だと思います。ここ10年不正が繰り返されてきたことからみると、単にプレッシャーだけの問題ではないと考えます。

調査結果をみなければわかりませんが、10年以上前からの不正とはいえ、安易にデータを偽装したり、最終検査を省略する社員の数は次第に増えてきたのではないでしょうか。最初は知る人も少なかったが、次第に知る人も増え、そのうち「これはおかしいのではないか」と疑問を抱く社員も現れるようになり、品質調査のプロを配した社内調査にひっかかったというのが背景ではないかと推測します。この「次第に安易な行動」が増殖する過程、内部通報や告発もなく、組織として不正を増殖させていった過程こそ企業風土の問題の核心のような気がいたします。

10月 16, 2017 コンプライアンス経営 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年10月13日 (金)

必見!会計・監査・ガバナンス-ジャーナリスト・記者の視点

10月24日に東芝さんの臨時株主総会が開催されますが、株主送付書類の中に監査委員会による「計算関係書類及び会計監査報告に係る監査報告」が掲載されています(東芝さんのHPで閲覧できます)。

会計監査人であるPwCあらた監査法人さんは、(予定どおり?)計算関係書類について「限定付き適正意見」を表明しているので、東芝さんの監査委員会としては「会計監査の方法及び結果については不相当」という意見を表明するのでは、と予想していました。しかし、相当性審査の結果は「(監査の方法も結果も)限定付き相当意見」です。つまり、限定付き適正意見の根拠とされる部分については相当ではないが、その部分を除外したところでは相当である、とのこと。

ちなにに日本監査役協会「監査役監査実施要領」(平成28年度版)152頁~156頁あたりの「会計監査人監査の方法と結果の相当性判断」に関する記載を読みましたが、監査委員会による相当性判断は「相当」とみるか「不相当」とみるかというもので、条件付きとか限定付きの相当性判断という類型はありませんでした。うーーん、私の解釈では、上記の記載は「監査委員会と会計監査人の見解が一致している場合」には該当せず、結論としては会計監査人の監査は方法及び結果とも相当ではない、と読めるのですが、いかがでしょうか。。。

さて、(まったく話は変わりますが)来週10月19日ですが、東京日本橋の書店「丸善」にて、読み手と作り手をつなげる本の祭典(ニホンバシ・ブック・コンベンション)が開催されます。そこで、たいへん興味深い企画を見つけました。私も過去に出版でお世話になった同文館出版さんの企画です。

<対談>同文舘出版の本からみる会計・監査・ガバナンスのいま―ジャーナリスト、記者の視点と編集者の視点<16:00~17:00 丸善日本橋店3Fギャラリー>

※定員50名(先着順にご案内させていただきます)

ゲストの経済ジャーナリストや新聞記者と編集者が、それぞれどのような視点で会計、監査、ガバナンスに関するテーマを追い、記事の執筆や本作りをしているかを語り合います。

むむ!?これは気になる。。。ということで、同文館出版さんに問い合わせたところ、トークショーに登壇されるのは磯山友幸氏(経済ジャーナリスト、元日経新聞記者)、伊藤歩氏(経済ジャーナリスト)、加藤裕則氏(朝日新聞記者)という、いわば会計・監査・ガバナンスの世界を良く知る「大御所」の方々だそうであります(このブログでお名前を出すことについては、皆様のご了解を得ております)。

私もちょうど午後3時半まで丸の内で仕事をしておりますので、「帰阪の時間を遅くしてでも、これだけは行かねば・・・」ということで出向いてみようと思っております(先着50名って、遅れたら入れないってことかな?)。漏れ聞くところでは、あの企業会計審議会の委員でもいらっしゃる某著名学者の方も見に来られるとか?(そういえばこの方の還暦記念「21世紀会計・監査・ガバナンス事典」を頂戴していたことを思い出しました)。

会計・監査の世界をおもしろく世間に紹介する「通訳」「橋渡し」の役割は重大であり、ジャーナリストの方々へ期待するところは大きいのです(このトークショーを盛り上げるためには編集者の力量も重要です)。参加可能人数に限りがありますが、もしお時間がございましたら10月19日木曜日午後4時~5時、日本橋丸善3階ギャラリーでのトークショーをご一緒に堪能しましょう!(^^♪

10月 13, 2017 未完成にひとしいエントリー記事 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2017年10月11日 (水)

監査報告書の長文化(KAM)と監査関係者の法的責任

すでにご承知の方も多いと思いますが、あの「監査役 野崎修平」がドラマ化されるそうです。主役の「監査役 野崎修平」は織田裕二さんが演じ、社長(頭取)が古谷一行さん、専務が岸谷五朗さんに決定(「そんな監査役おるわけないやん!」というご指摘は置いといて・・・笑)。来年1月からWOWOWの連続ドラマとして放映されるそうで、とても楽しみです。ちなみに「おい!頭取に反抗するなんて、おまえ何考えてるんだ?何もモノを言わないのが監査役の役目だぞ!」と野崎を諫める先輩監査役は誰が演じるのか、こちらも楽しみです。

そういえば、かつてNHKで「ドラマ監査法人」や「ジャッジ~島の裁判官」が放映されたとき、日本監査役協会の方々と「『野崎修平』をNHKでドラマ化できないだろうか・・・。NHKにシナリオを書いて提案したらなんとか考えてくれるのではないか」と真剣に検討したことがありましたね。今回のドラマ化は(NHK、とはいきませんでしたが)日本監査役協会にとっても(監査役の知名度を飛躍的に向上させるものとして)悲願ではないかと思います(少し大げさ?笑)。

ただ、監査役制度の認知度がアップすることは、そのぶん「期待ギャップ」も拡大するということで、企業不祥事が発生するたびに「監査役は何をしていたんだ!?」と批判され、監査役等の皆様が損害賠償請求の被告になる確率も高まることになります。そしてドラマ化と同様、監査関係者の提訴リスクを高めることの一因となりそうなのが「監査報告書の長文化(透明化)」ではないでしょうか。3年ぶりに開催された企業会計審議会総会の議事録を拝見しましても、海外での先行例をそのまま日本にも導入するということはないようですが、長文式監査報告書が近いうちに採用される可能性はかなり高いようです。

旬刊商事法務8月5日号(2141号)の座談会「会計監査の実効性確保と監査役の役割」でも、KAM(重要な監査事項)を会計監査人の監査報告書に記載することで、監査関係者にどのような法的責任が及ぶのか・・・という点への懸念が(有識者の方々から)表明されていました。あまり法的な問題をほじくりまわすと、せっかく監査人による自由な記載に期待がかけられているのに、結局「お決まり文句のKAM表示」になってしまうのではないか、との懸念が生じます(これまでの監査制度の変遷からみて十分にありえます)。

そのような状況で、月刊監査役の最新号(10月25日号)の特集「監査報告書改革の論点」にて、早稲田の黒沼悦郎先生のご論稿「重要な監査事項の記載と監査人の責任」は、ズバリ監査報告書の長文化が導入された場合における会計監査人(金商法上の監査人)と監査役等の法的責任をどう考えるか、という点に光を当てておられ、共感する点がたくさんありました。たとえば会計監査人や監査役等の任務懈怠責任としての①事実上の影響、②KAM記載方法、記載内容に関する行為規制、③金商法上の虚偽記載責任(開示規制)、④これに派生するものとしての民法上の不法行為責任など、いずれも私は制度実施において法的に問題になると思います。いくら株主と経営者、監査関係者との積極的な対話のための道具だとしても、財務諸表の不正には司法裁判所が関与するという現実があるかぎり、法的責任論から免れることはできないはずです。

ただ、金商法、会社法の著名な学者の方が、現行法との整合性に配慮したご主張を、わずか2頁の紙面で展開されていらっしゃるので、一般の監査役の皆様には「通訳」が必要ではないかな・・・とも思いました(このご論稿の元になっている「現代監査」のご論稿も拝読しましたが、やはり一般の方には通訳的な説明が必要かな・・・と思いました)。私などは、「事実上の影響」として、KAMとして報告書に記載された内容だけでなく、KAMの記載に至った会計監査人と監査役等(統括責任者)とで、どのような協議がなされたのか、その議事録まで文書提出命令の対象となる可能性なども議論の対象になるような気がいたします(たとえばシャルレのMBO頓挫事件の株主代表訴訟の際に、なぜ社内文書に文書提出命令が認められたのか、といった点からも、検討しておくべきではないかと思います)。

また、かりに会社法監査の報告書においてもKAMが記載されるのであれば、会計監査人のKAM決定についても監査役等の相当性審査が義務となるわけですが、ではどのように連携をすれば会計監査人の監査の方法および結果の相当性を判断した、と評価されるのか、会計不正が発覚した際には、大和銀行株主代表訴訟の際と同じく、監査役等も会計監査人と連座して任務懈怠が認められる事態になるのではないか、といった問題にも配慮が必要ではないでしょうか。これまで多くの会計不正事件の第三者委員会報告書でもほとんど触れられてこなかった監査関係者の行動が、この監査報告書の長文化によって明らかにされることを私自身は期待をしております。それは、最終的には監査関係者の方々の環境整備(監査人や監査役等の独立性の確保や監査報酬の適正化など)につながるものと確信しています。

10月 11, 2017 会計監査の品質管理について | | コメント (4) | トラックバック (0)

2017年10月10日 (火)

神鋼品質データ改ざん事件-被害企業側の説明責任

つい先日、日産自動車さんの無資格検査事件が発覚しましたが、今度は神戸製鋼さんの品質保証に関するデータの改ざん事件が発覚しました(不適切検査問題も同時に発覚)。神戸製鋼さんとしては、もう少し実態調査の内容が明らかになるまで公表しないつもりでしたが、「取引先さんのいろいろな動きのため」に公表を急がねばならなかったそうです(朝日新聞ニュースの記事より)。同社グループによる昨年のJIS規格強度偽装事件では、自浄作用を発揮した対応が目立ちました。しかし今回の件は「なぜ昨年、同じように公表できなかったのか」という点で疑問が残り、個人的には非常に残念です。影響度があまりにも大きくて公表を躊躇していた、ということでしょうか。

安全性よりも「納期を守る」ことが「誠実な企業」として大切だと考えたのか、それとも事業戦略上の重要領域であるがゆえに失敗は許されず、自社基準、法令基準さえクリアすれば保証品質をクリアできずとも「安全性に問題なし」と、いつしか拡大解釈されるようになったのか、品質基準には広い裁量の範囲があったのか、「相手方企業による監査手続がないので絶対にバレない」との考えがあったのか。いずれにしても企業風土の問題と言われても仕方ないように思います。

ところで本件は取引先から要求されていた品質を具備していないにもかかわらず、さも具備しているかのような品質保証書を作成して取引を行っていた・・・というところに特色があります。CFE(公認不正検査士)の本場米国では、こういった際に、被害企業から委託されたCFEが取引先企業に乗り込んで実態調査を行うことがありますが、日本企業ではそこまで行かないようですね(品質保証契約の際に、そのような条項が元々挿入されていない、ということでしょうか)。

このようなデータ偽装事件において、被害者側企業の危機対応を支援したことがありますが、品質偽装を受けた企業側が、当該製品をお使いの顧客の方々のためにリコール等の対応を最優先事項とすることは当然です。しかしそれだけでなく、被害者側企業が上場会社の場合、被害回復の徹底を図ったことを株主に説明しなければならないので、「偽装をした相手方にどこまで厳格に対応すべきか」という点も、一つの大きな課題となります。ここに、平時からのリスク管理の巧拙が、他の被害企業との明確な差となって浮かび上がります。

詐欺事件として刑事告訴をする企業、詐欺を理由に不法行為責任を民事賠償として追及する企業、契約責任(瑕疵担保条項)による民事賠償として追及する企業、不正を発生させた企業が何らかの対応を決定するまで静観している企業など、いろいろと対応が分かれると思います。実は「品質保証を要求する」と言いながら、保証された品質が具備されているかどうかきちんと確認していない企業も多いのではないでしょうか(品質保証書が提出されていれば、あとは保証表明による責任のみ?)。お互い信頼関係で結ばれている日本企業ですから、安全性さえ確認できれば、どこかで円満にトラブルを終結させたいところです。

ただ、最近は株主の方々に、1円でも多くの被害回復に尽力したことを説明する必要性が高まっているので、被害企業の対応も厳格にならざるをえないように思います(あたりまえといえばあたりまえですが・・・)。しかし、たとえば法が要求する安全基準を満たしていない、といった事例であれば問題ないのですが、合意に基づく品質基準を満たしていないということについては、「品質基準を満たしていない製品の確認義務は尽くしていたのか」ということについて、一点の曇りもなく「尽くしていた」と言えるかどうか、悩ましいことがあります。被害回復を徹底的に行う(つまり法的責任を追及する)ということになりますと、自社の行動に問題がなかったどうかも明るみに出る可能性があります。そのあたり、とても慎重に行動しないと、今度は不祥事の火の粉がこちら側に飛んでくることになりかねません。

今回の神鋼さんの品質データ改ざん問題のように、10年以上もの間、幹部クラスまで関与していたとなりますと、たとえば取引先にも過去に神鋼さんの社員だった方が勤務している可能性が出てきます。たとえば昨年の神鋼さんのJIS規格強度偽装事件では、「トクサイ品」として、取引先もJIS品質の強度不足を知っていながら取引を継続しているということもありました(2016年7月11日付け日経ビジネス参照。ブランド品を破格の値段で購入できるわけですから、いわば「三方よし」のようなものかと・・・)。取引先は日本を代表する「安全性重視」の企業ばかりなので、あまり失礼なことを推測だけで語ることは控えますが、それでも要求した品質保証のレベルをどのように確認してきたのか、そのあたりの日本企業の実情は、法律レベルではなく商慣行レベルでどうだったのか、知りたいところです。

 

10月 10, 2017 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年10月 6日 (金)

コーポレートガバナンス・コード改訂の行方はいかに

施行から3年~5年で改訂が予定されている(とされる)日本版コーポレートガバナンス・コードですが、実施率(コンプライ)が90%を超えるとされている日本の上場企業にとっても関心が高いところと思います(「これがベストプラクティス!」と言っておきながら、コードが改訂されると、また改訂されたコードを企業が実施する・・・というのもなんかへんな話ですね)。

そんなガバナンス・コードの改訂の行方を占うためにも、ぜひとも参考にしたいのが元祖英国版ガバナンス・コードの改革方針でして、8月29日に今後の改革方針をまとめた報告書が公開されました。法律雑誌でもよく取り上げられています。

メイ首相が就任当初に公約していたような急進的な改革はなくなりそうですが、それでも企業の社会的責任を意識した改革内容はなかなか興味深いところです。一定規模以上の株式会社に対して、取締役が従業員や取引先、地域住民の利益をどのように保護しながら事業を進めているのか説明することを会社法で義務付けたり、ステイクホルダーの利益保護に一層配慮するようにコードに盛り込んだり、ステイクホルダーの利益を代表する取締役の選任、従業員代表取締役制度、従業員諮問委員会の設置などの実施(コンプライ)を要請したり、ということで企業の社会的責任を果たすことが強く求められることになりそうです。

ペイレシオ(社長の報酬が従業員の給与の何倍なのか)の開示といった役員報酬の見直しが中心となりそうですが、いわゆる「アメとムチ」による株主主権的なガバナンス改革が変容を迫られているというところでしょうか。日本が向かおうとしているインセンティブ報酬制度の改革とはなんとなく逆方向に向いているような気もします。

従業員らと経営者との建設的な対話に関するガイドラインの策定、取締役がステイクホルダーの利益保護を実践するためのガイドラインの策定といったことも検討されているようです。仮に日本でも、英国改革が影響を及ぼすおそれがある場合には、企業もしくは取締役の社会的責任配慮実際に関する詳細なガイドラインが策定される可能性もありますね。昭和49年の商法改正時における「企業の社会的責任条項導入論争」が再び(コードではなく会社法改正というレベルで)起これば楽しいような気もしますね。

10月 6, 2017 コーポレートガバナンス・コード | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月 4日 (水)

コンプライアンス経営のレベルは「役員秘書」に表れる?

大株主さんから臨時株主総会の招集請求を受けている東証一部の9790号さんの経営権争いがたいへんな状況になっていますね。現社長さんと女性秘書とのプライベートな関係を大株主さんから糾弾されたり、一方で監査役会が大株主さんと会社との関連当事者取引がコンプライアンス違反の疑いありとして第三者委員会が設置されたりと、社内で混乱を来しています。場外の第三者からはどこまでが真相なのか不明なのでコメントは控えますが、一般的には役員秘書と経営トップとの親密関係はセクハラ・パワハラ問題に発展することが多く、社長解任事例でもときどき取り上げられるスキャンダルです。

ところで、昨日、労務訴訟(使用者側)対応で、とても有名な東京の某弁護士の方と意見交換をさせていただいたのですが、その方は永く「役員秘書研修」を担当しておられるそうで、これがとても盛況だそうです。秘書室長を務める総務部長さん(男性も女性も)や、個々の役員の方の秘書さん(女性が多い)が受講者です。役員秘書の心構えや役員との接し方といった一般的な研修テーマのほかに、①インサイダー情報の取扱いについて、②セクハラ、パワハラ、マタハラ問題への対処、③保有個人情報、企業秘密の取扱い、④秘書特有の労務問題などを取り上げて研修をされるそうで、受講者からの質問もたいへん多いとのこと。

重要なポイントとして、会社の利益と役員個人の利益を明確に区別して、役員秘書は最終的には会社の利益を守るために業務をこなすことを研修の中でお伝えするそうです。秘書室長は別として、普通は担当役員との二人三脚のお仕事なので、どうしても「会社の秘書」という感覚よりも「某取締役の秘書」という感覚のほうが優先してしまうのでしょうね。

上場、非上場を問わず、例年同じような会社からの受講申し込みが多いようで、その弁護士の方がおっしゃるには、「こんなところへ受講に来なくても、そもそも不祥事が起きないような企業のほうが多い」「役員秘書の重要性がわかっているからこそ、研修の費用を会社が払っている」ようです。たしかに(私の経験からですが)社長解任事件の準備段階で、社長の秘書さんからどれだけ情報を入手できるか、どの秘書仲間に動いてもらえば情報を入手しやすいか、といったところは重要でして、秘書の方々がしっかりしているほど、情報は簡単には入手できないですね。

冒頭の9790号さんのような事例はかなり極端かもしれませんが、それでも役員秘書の方々の対応から、その会社のコンプライアンスの姿勢が垣間見えるかもしれません。たしかに役員秘書の方がセクハラを受けていたり、役員個人のプライベートな問題に悩まされている場合には、会社としても上記のような研修は受講してほしくないですよね(笑)。企業風土のレベルを測ることはなかなか難しいですが、こんなところからも、企業のコンプライアンスのレベルを測ることができるように思いました。

10月 4, 2017 コンプライアンス経営 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月 2日 (月)

日産の無資格検査事件-「安全性に問題なし」言及のジレンマ

日産自動車さんで新規登録車の最終検査を認定外の自動車検査員が行っていたとして、リコール問題に発展しています。朝日新聞の記事によりますと、国交省の抜き打ち検査によって発覚したとありますが、定例のパトロール検査だったのか、それとも内部告発があったのかは不明です。ちなみに、今年から消費者庁と各行政庁との間で、労働者通報に関する行政機関ガイドラインを遵守する申し合わせがなされ、そもそも内部告発があったのかどうかも秘密にすることになりました(そうしないと内部告発者が特定されるおそれがあり、会社から不利益処分を受けるからです)。いずれにしても、日産さんにとっては、道路運送車両法上の保安基準を満たさない車両が見つからない以上は「法令違反」には該当しないにもかかわらず、大きな不祥事に発展してしまいました。

事実関係は第三者委員会の調査結果を待たなければ確かなところはわかりませんが、とりあえず日産さんとしては「補助者といえども検査をしているので車両の安全性には問題ありません」と大きな声で言いたいですよね。オーナーさんや販売店の混乱を回避するためにも、危機対応としては「とにかく安全です」とリリースしたいところです。しかし、これがそんな簡単でもないと思います。

「安全です」と言ってしまえば、それではなぜ国交省の通達(新車の最終検査は社内で認定した自動車検査員が責任をもって行うこと)があるのか、それは安全性の確保のためではないか、といった道路運送車両法の趣旨を真っ向から否定することになります。以前、同じような事件を担当したときに、監督官庁さんから「それを言っちゃおしまいでしょ。過剰規制ってワケ?お上にケンカ売るってこと?」ということで、安全性に関する発言はコソっとしか言えませんでした。また、世間からは「無資格者が検査しても安全ですからどうかご安心ください」って、そんな気持ちで仕事してるんだから、会社ぐるみで故意で無資格検査を放置していたということですよね?と批判を受けることもありそうです。

ただ「安全性については回答できません」とも言えないでしょうね。そんなことを言ったら販売停止に追い込まれますし、第一、一回目の車検を控えている「販売から3年未満の自動車オーナー」を混乱させることになります。ここはなんとか「安全性」に関する話題を、「とりあえず安心」を顧客の皆様にもたらすストーリーに変える努力が日産さんには必要かと。あと、こんなことを申し上げると「弱気」に聞こえるかもしれませんが、ともかく国交省と二人三脚で消費者、顧客の皆様の不安を除去するために全社挙げて対象車両を特定する以外には方法はないと思います。検査員、補助検査員とも、すでに退職している方もたくさんおられるので、ずいぶんたいへんな作業だとは思いますが。

記者会見で「なぜこうなったのか、いつからこうなのか、わからない・・・・」と経営陣の方がおっしゃっていましたが、現場の社員の方々にとっては安全性も大切ですが、納期を守るというお客様への誠実性も大切です。中にはルールを知らなかった社員の方もいらっしゃったのかもしれませんが、実際には誠実な社員の方々が、決してやってはいけない「安全と商売を秤にかける」ことをやってしまったのではないかな・・・、と推測いたします。現場の社員の方が疑問に感じて、内部告発に向かう典型的なパターンのような気もします。

10月 2, 2017 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (6) | トラックバック (0)

2017年9月28日 (木)

横断的監査を実行できる内部監査部門に期待する

昨日(9月26日)の日経朝刊「私見達見」に、長く金融機関で内部監査に従事されてきた吉武さんの論稿「内部監査を組織変革の起点に」が掲載されていました。日本企業において内部監査の重要性が認識されつつあるものの、現実には経営者に「コストセンター」と言われる内部監査部門の苦悩にも触れておられ、多くの内部監査人の共感を得られたのではないでしょうか。

私もときどき本業で内部監査担当者の方とご一緒しますが、監査役監査と違って「組織の壁」を痛感します。いくら社長直轄チームといえども、本気で不正調査に乗り出しても「●●部門の担当役員の了解を得ておかないと・・・」といったところで調査がストップします。「ええ!?お伺いを立てている場合じゃないでしょ!そんなことしてたら口裏合わせされちゃいますよ!証拠だって削除されちゃうし・・・」と申し上げるのですが、「いや、不正を見つけることができなかった時のことを考えますとね・・・・笑」

監査役さんは組織横断的な監査はあたりまえですが、内部監査部門はどうもそうはいかないようです(もちろん、経営者のチカラで横断的監査も平気で行える企業もありますが)。このあたりは内部監査が機能することで会社が良くなる・・・といったイメージを全社的に持っていただく必要があると思います。最近は30代の将来有望な社員が内部監査を数年担当する、といったキャリアパスを実現してストーリーの「見える化」に尽力している企業も増えていますが、そういったことも全社的に内部監査部門への協力体制を向上させるためには必要ではないかと。

上場後、不正会計事件で強制捜査を受け、半年後に上場廃止となったエフ・オー・アイ社の事例では、何度も東証に「紙爆弾」(内部告発)が投げ込まれましたが、これも判決文によれば同社の内部監査担当者だったそうです。私が過去に内部告発の支援をした方々の中にも、内部監査、内部管理担当者が何人かいらっしゃいました。ホント、監督官庁やマスコミは内部監査部門の告発にはよく耳を傾けてくれます(もちろん重要な証拠を握っているから、ということもあるのですが)。ただ、共通して言えることは「内部監査部門の方々は、こんな不正をしていては会社は持たない」といった真摯な姿勢で告発に至るということです。

「会社を良くする」ための内部監査には職業的懐疑心が必要です。ただこの「懐疑心」というのは「不正ありき」といった性悪説の探索的監査ではなく、現場を信頼したうえでの懐疑心です。いわば不正を見つけるのではなく、不正の兆候を見つける、内部統制の穴を見つける、組織の病理現象に気づく、といったところを目指すべきではないでしょうか。上で述べた通り、いくら内部監査部門が不正調査にまい進しても組織の壁があります。有事における本格的な調査は監査役さんや会計監査人、法務部門に任せざるをえないとしても、そもそもイエローゾーンがどこにあるのか、それはなぜなのか、他人に共感をもってもらえるような活動が必要ではないでしょうか。

そのためには、やはり日常の(病理現象を発見するための)横断的な監査ができる環境が整備される必要があると思います。

9月 28, 2017 内部統制システム構築と企業価値 | | コメント (3) | トラックバック (0)