2021年8月 2日 (月)

日本企業に「知財ガバナンス」は定着するか?-社長を説得する工夫について

ほとんど東京五輪は見ておりませんが、松山英樹のゴルフの最終日だけはテレビの前でずっと応援しておりました。彼がアマチュア時代から慣れ親しんでいるコースでも、やはり五輪で勝つのはむずかしいのですね。たいへん悔しいですが、日本代表としてよく頑張ったと称賛したい(まぁ「3位になるために、こんなに頑張ったことはない」と語ったマキロイでも勝てないんだからしかたないか)。

さて、先週のデータガバナンスに続き、本日は「知財ガバナンス」のお話です。改訂ガバナンス・コードにも記載されることになったので、最近は日経フィナンシャル7月29日記事(知財・投資家との対話手段に、統治指針改訂で機運)や旬刊商事法務最新号(2269号スクランブル「知財ガバナンスが描く未来」)でも取り上げられています。ガバナンスといえば「企業価値向上」を目的とした組織構築を示すイメージが強まってきたことから、このような言葉が使われるようになってきました。

ただ、データガバナンスと同様、知財ガバナンスといっても、経営陣が自分事として受け止める傾向はほとんどないと思われます。上記日経フィナンシャルの記事ではホンダの取り組みが紹介されていましたが、ホンダは創業者が「知財の神様」と言われるほどに知財戦略を推進しておられた会社なので特別です(つまり会社自体に知財ガバナンスのDNAがあるわけですから、あまり他社の参考にはならないのではないかと)。

ということで、私もとくに知財に詳しい弁護士ではありませんが、平成16年以来、メーカーや製薬を含めて社外役員を経験した立場から、知財ガバナンスが重要であることを社長にどう説明すべきか、という点について私論を述べたいと思います。

まずM&Aの進展です。少し前まではM&Aといえば「食うか食われるか」という組織再編での経営判断が主流でした。しかしネットワークの構築が重要な無形資産と言われるような時代となり、中小ベンチャー企業との提携(合弁会社の設立等)などもさかんに行われています。ベンチャー企業の持つ知財を活用することで新規事業にチャレンジするわけですが、そのチャレンジが新規事業を生む結果となることがあります。ところでベンチャーにとっては大きな成功でも、規模の違う大会社にとっては「横展開」をしなければ大きな成功には結び付きません。ただ、ベンチャー企業は当初の成功に満足してしまい、大企業の「横展開」構想に対しては消極的になり、知財の活用にも賛同してもらえません。こういった中小ベンチャーとの事業展開リスクを最初から想定するためには、どうしても経営陣の関与が必要となります。

次に日本企業における労務慣行の壁です。現場レベルで知財開発・知財管理を行うことについては問題ありませんが、「知財ガバナンス」の対象となるような他社とのネットワークの中で知財戦略を実践するためには多大な投資が必要です。しかし「減点主義」の人事評価が長年の慣行となっている企業では、20回失敗する中で1回モノになればOKのような知財戦略に手を挙げて責任者になる人がいるのでしょうか。過去に何度も見てきた風景ですが、失敗の原因究明はほとんどやらずに「責任者への処分」で一件落着させる(明確な敗者復活戦もない)という組織論理がまかり通る中では、到底「知財ガバナンス」は日本企業には浸透しないはずです。

そして最後に「競争法と知財法の両方に詳しい人が社内に存在しない」という現実です。これも現場レベルでの知財管理にはあまり問題が出てきませんが、知財戦略となると(モノになりかけた場合に)独占の問題とか優越的地位の濫用の問題とどこかで抵触することになります。つまり知的財産法を活用して管理するのか、オープンイノベーション戦略に出るのか、その際に独禁法上のリスクはどうなるのか、といった両面からの経営判断が必要となるわけで、その両立を図ることが「知財ガバナンス」の要諦です。これは「この会社がこれから10年、20年、世界で何をしたいのか」という経営方針を決定する者が判断しなければならず、(経営に責任を持たない)法律の専門家に任せるのはご法度です。

以上、知財戦略がこれからの企業経営にとって重要であることは間違いないのですが、そこで検討すべき課題は「担当役員に任せておけばよい」というものはありません。そこを社長さんにどう説明するか、この問いへの回答を各社で考えだすことが「知財ガバナンス」ではないかと思います。

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2021年7月30日 (金)

取締役会における多様性とLGBTQ社内ガイドライン

本日(7月30日)の日経朝刊で、イギリスでは取締役の4割を女性取締役とする旨のガバナンス指針の改訂が検討されている、と報じられています(2022年1月以降に開始する会計年度より適用)。

本当に悩ましく、まじめな疑問です。日本でも(4割はないとしても)同様の指針改訂が今後予想されますが、たとえば社内のLGBTQガイドラインに沿って男性役員(戸籍上の男性)がトランスジェンダーであることをカミングアウトした場合、多様性の要件は満たされるのでしょうか?現時点での世の中の風潮からすると、私個人としては要件を満たすように思うのですが。

これが満たされる場合、真にトランスジェンダーなのか、そうでない偽装(ESGウォッシング)なのかはどうやって調べるのでしょうか?いくら金融庁でも「あなたがトランスジェンダーであることを証明せよ」というのは(守秘義務とか議論する以前に)個人の尊厳を侵すものとして明らかな国際法上の不正行為ですよね。いや「この10人の取締役のうち、誰がトランスジェンダーなのか報告せよ」といったこともできないかもしれません。取締役の選任議案に記載する、もしくは個別の株主からの問合せに回答する、ということも人権保護の見地から困難ではないでしょうか。

「これまで当社は10名の男性取締役ばかりとされていたが、今後は(当社LGBTQガイドラインに従い)3名の女性によって構成されているため、多様性の要件を満たしている」と開示する会社は、まさにESGの先頭に立つ優良企業ということになるのでしょうか。どなたかSDGsに詳しい方がいらっしゃったら(メールでも結構ですので)ご教示いただければ幸いです。

 

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2021年7月29日 (木)

LINEの個人情報保管問題-「データガバナンス」とは何か?

今週の日経新聞「迫真」では、LINE社で発生した個人情報の不適切保管問題をネタとして、親会社であるZHDとLINEとの実質支配の力学が語られています。親会社からすると「グループ経営管理の難しさ」を痛感する具体的事例として興味深い内容ですね。

この「迫真」記事を読むと、今回の問題には様々なガバナンス上の論点があることがわかります。その論点のひとつとして、本日は「データガバナンス」について考えてみたいと思います。たとえば7月27日「苦悩のLINE(1)-いつか起こる問題だった」では、韓国での個人情報保管問題にせよ、中国の業務委託先企業が日本の利用者データを閲覧できた問題にせよ、LINE社では開発担当者以外には知らなかった可能性があり、これは同社における「データガバナンスの問題だ」と述べられています。

ところで、この「データガバナンス」なる定義はどのようなものなのか。そもそも、いったいどのようなガバナンスなのか。ということで、とりあえずGoogleで検索をしますと、

データガバナンスとは、組織が目標を達成するうえで情報を効果的かつ効率的に使用するための、プロセス、役割、ポリシー、標準、評価指標の集合を意味する単語です。 ビジネスや組織全体で使用されるデータの品質とセキュリティを保証するプロセスと責任を確立します。

と出てきます。重要なデータ保管の状況を開発担当者しか知らなかったということは、まさにデータのセキュリティを保証するプロセスに欠けていた、ということかと思われます。しかし上記の問題を「データガバナンスの問題」と捉えるのであれば、役員が知っていたらすぐに対策をとることが前提となるはずですが、果たしてそうでしょうか?

LINE社の役員の方々が、利用者データの保管場所や業務委託先企業の作業プロセスを知っていたとしても、何が悪いのかわからなかったのではないでしょうか。もしくは、たとえ問題だと認識したとしても、すぐに対策を打たなかった(有事の意識が欠けていた)という可能性はなかったのでしょうか。「こんな事態になっていますが、ZHDさんはご存じですか?」といった外部通報が親会社に届いたそうですが(おそらくLINEの社員による内部告発かと思いますが)、これはLINE社経営陣の感度が悪いからこそ外部に情報提供があったように推測されます。

上記の「データガバナンス」の一般的な定義からは逸脱しているかもしれませんが、ときどき情報漏洩事件を発生させた企業の危機管理のお手伝いをするなかで、一番問題だと思うのは「経営者が情報管理の重要性を認識していない」という点だと感じておりまして、私の中での「データガバナンス」の問題はむしろ「経営者は何がデータ管理上の問題なのかわからない」「たとえ漏洩の可能性はあったとしても、実際に利用者に損失が発生していなければ騒ぐほどのことではない」といった経営者の姿勢ではないでしょうか。

経営者自身に関心がないからこそ開発担当者(責任者)は問題と思われる事態を報告しないのではないかと。このあたり、真実はどうだったのか、LINE社の幹部の方にでもお尋ねしてみたいところです。

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2021年7月27日 (火)

企業のESG経営-「E」と「S]はつながる時代へ(オランダの裁判事例とEUにおける環境カルテル)

ワクチン接種も2回目が終了しましたが、おかげさまで目立った副反応もなく、普段通りに淡々と仕事をしております(皆様はいかがでしょうか)。さて、しつこくて恐縮ですが、またまた「ビジネスと人権」に関連する話題です(国際課税の合意問題も、外国公務員贈賄規制の強化問題も、実は「ビジネスと人権」に深く関わることを最近知りましたが、それはまた別途ご説明いたします)。

当職の本業においても「企業における人権原則への適応(人権問題への対応)」を検討する機会が増えましたが、海外では環境問題と人権問題とを関連付ける風潮が出てきたことに、日本企業もそろそろ注意すべきではないかと感じております。世界の金融当局が、銀行や企業に気候変動リスクの開示を求め始めている今こそ「格差是正」や「競争からの阻害(生来的差別に由来する分断)」に関連する人権問題への配慮も必要になるかと思います。

たとえば2021年6月に、オランダの裁判所で画期的な判決が出ました。原告はオランダ在住の市民1万7000人と、その市民を代表したグリーンピースなどの環境7団体で、被告は世界的大手石油企業のロイヤル・ダッチ・シェルです。裁判は、ダッチ・シェルの本社があるオランダのハーグの地方裁判所で行われました。原告である環境団体は、ダッチ・シェルの温室効果ガス削減の取組み及びパリ協定への取組みが不十分だとして訴えました。そして、裁判所はパリ協定への取り組みが不十分で、かつこのことは人権侵害につながるとして温室効果ガス排出量を2030年までに19年比で45%削減するよう命じています(この結果に対して同社は控訴を予定しているとのこと)。

ダッチ・シェルとしては、段階的に削減していくということで、温室効果ガス削減の取り組みも独自に行っていたのですが、それでは不十分だと判断され、一企業の経営方針が司法によりノーを突きつけられた格好となりました。オランダの最高裁は2019年12月20日、国に対して「危険な気候変動被害は人権侵害」と判断して、学術団体が要求していた削減(2020年90年比25%削減)を政府に命じていましたが、上記の判決は、これを企業にも同様にあてはめたものになっています。環境対策への不作為が人権侵害による不法行為と捉えられる可能性を示唆したものといえます。

そしてもうひとつは7月24日の日経WEBで報じられていたとおり、EUの欧州委員会が、ドイツの大手自動車メーカーによる排ガス浄化技術をめぐる合意をカルテルと認めたことです。製品の価格や数量ではなく、環境技術の導入をめぐる擦り合わせが摘発対象となりました。

上記記事の中で、独禁法対応で著名な弁護士の方が「世界がひっくりかえるほどのインパクト。競争法のパラダイムシフトだ」と驚いたほどの内容です。グリーンディール目標の達成を危うくするカルテル行為に対しては対応をためらわない、というのが当局の判断だそうですが、ここでも環境技術の推進を妨げるメーカーの行動は最終的には消費者が損害を被る、といった判断が前提になっていると思われます。

もちろん未だ試論にすぎない点も多いのですが、日本の生産年齢人口の過半数がミレニアム世代となる2025年を迎えるにあたり、環境対策への取組みが人権尊重につながる、という企業哲学を(日本企業も)持つ必要があるのではないか・・・と、最近の事例をみながら考えるところです。

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2021年7月26日 (月)

リスクマネジメントTODAYに論稿を掲載していただきました。

Img_20210725_205209358 リスクマネジメントTODAY2021年7月号の特集「コーポレートガバナンスの新機軸」におきまして、「社外取締役急増時代の『副作用』-ガバナンス事件簿より」と題する論稿を掲載していただきました。タイトルからご推察のとおり、コーポレートガバナンス・コードの改訂により、企業統治改革が深化していると言われておりますが、本当にそうなのか?とりわけ急増している社外取締役は期待された役割を果たしているのか?といった問題を、具体的な事例から検証する、といった内容です。

とりあげた具体的事例としては、東芝事件、天馬事件、シャープ子会社事件です。有事に直面した社外取締役はいかなる対応が期待されるのか、リスクマネジメントの視点から考察しております。いずれの事例もたいへん興味を抱いておりましたが、最近本業が忙しかったこともあり、あまり当ブログでは取り上げていなかった事例ばかりです。リスクマネジメント協会HPから1冊単位で購入できますので(電子書籍ではございません)、もしご興味がございましたらご一読ください。

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2021年7月25日 (日)

「ビジネスと人権」を時間軸で考える-長島愛生園見学

Line_111038789583650_400 連休を利用して岡山県瀬戸内市にある国立療養所長島愛生園に行って参りました。瀬戸内海に浮かぶ長島は、1987年に架けられた「人間回復の橋」によって車で行けるようになりましたので、見学に訪れる方も多いようです。

最近はESGL経営の一環として「ビジネスと人権原則」の実践に関心が寄せられることもあり、日本でも人権デューデリジェンスを義務化する国内法が制定される前に、一度「差別と偏見」に関する重要な歴史を検証したいと思いました(なお、すでに昨年来、日本の「差別と偏見」の長い歴史を持つ場所に何カ所か伺っておりますが、長島は「世界遺産登録」を目指している土地、ということなので紹介させていただきます)。現在もハンセン病の後遺症をもつ患者の方々が100名ほど入院されていて、その生活ぶりも初めて間近で拝見することができました。

少年時代、家族に別れを告げてここに連れてこられた方の人生日記など、感傷的になりそうなエピソードはここでは控えます。ただ、この島は今でこそ「差別と偏見」を象徴する負の遺産であると誰もが認める場所ですが、現在進行形で隔離政策が実施されていたころの日本人の考え方に思いを寄せる必要があると思います。私たちも、ひょっとしたら50年後、100年後に「あれは差別と偏見だった」と後世から批判されるような誤認や誤評価を日常生活においてやっていないのだろうか、と。いや、そういった誤認や誤評価でやり過ごしているからこそ(愚かなバイアスに支配されながらも)、なんとか生活ができているところもあるのではないか、と。

近時、国際的にも「ビジネスと人権」への対応が企業に求められていますが、国内にせよ、海外にせよ、人権問題に企業が踏み込むにあたっては、その時間軸から理解をしなければ、かえって企業の存立に重大な影響を及ぼしかねないリスクを背負い込むのではないでしょうか。環境問題への対応にも「企業哲学」が必要ですが、人権問題への対応にはさらなる困難があるように感じております。2年前に国が控訴を断念したハンセン病家族国賠訴訟の歴史を眺めただけでも、事業経営者が人権を取り扱うことにためらいとかおそれを感じてしまうのは私だけでしょうか。

写真は、かつて病棟として使用されていた建物の1階にある喫茶室(5周年だそうです)から眺めた瀬戸内海の風景です。このあたりにかつては「船着き場」があったそうです。この風景と島の歴史とのギャップはとても大きい。まだまだ疑問がたくさんあるので、また愛生園に伺おうと思っております。

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2021年7月20日 (火)

会計限定監査役の「監査見逃し責任」を厳しく問う最高裁判決(破棄差戻)

本日(7月19日)、会計限定監査役の会計不正事件の見逃しに関する損害賠償請求事件の最高裁判決が出ました(最高裁判決全文はこちら)。会計限定監査役といいますのは、監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定めがある株式会社の監査役のことであり、通常の(業務監査権限+会計監査権限のある)監査役と分けて、会計限定監査役と言われています(最高裁判決文の中でも使われています)。

原審(東京高裁)は被上告人が「会計監査に限定された監査役(会計限定監査役)」という立場であることから、会計帳簿の信頼性が明らかに認められないような特段の事由がないかぎりは会計帳簿の資料と計算書類の数字と整合性をチェックすれば足りる、よって被上告人には任務懈怠はない、というものだったようです(こちらが参考になります)。

しかし、最高裁は、いくら会計限定監査役といえども、計算書類の「情報提供機能」を担保する役割はあるのだから、その役割を果たすためには

監査役は,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも,計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため,会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め,又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。

として、会社の預金口座の管理状況や当該預金の重要性などから、被上告人が適切な監査を行っていたかどうか、改めて審理を尽くすように差戻しの判断を下しました。

ただ本件の一審(千葉地裁)が監査役の責任を認める根拠として、①会社は経理担当者が少なく、不適正な経理が行われる蓋然性が高い、②一方で、監査役は会計士かつ税理士であり、監査役として負う善管注意義務の水準は公認会計士及び税理士としての専門的能力を有さない一般的な善管注意義務の水準よりも高い、③会社から示された会計帳簿は明らかに写しであることを認識しており、原本の提示を求めることが容易であるにもかからわずこれを行っていない、といった点を挙げていましたので、「ちょっとそれは違うかもしれませんよ」という意味で、草野裁判長の補足意見が示されているのが興味深いですね。

以前、当ブログでもご紹介しました安愚楽牧場事件における監査役責任も、大阪高裁レベルではありましたが会計限定監査役の「不正見逃し責任」が否定されました(被害者側の逆転敗訴 高裁判決の全文はこちらです)。ただ、あの事件では会計監査というよりも、業務監査に関連する「見逃し責任」が問われていました(知らない間に会社が会社法上の「大会社」になっていたので、会計限定監査役も通常の監査役と同様の業務監査責任が発生するかどうかが論点でした。ちなみに安愚楽牧場事件においては、被害者側が上告受理申立てを行ったものの、監査役が亡くなったために申立てを取り下げています)。今回の最高裁の判断は、会計限定監査役にはあくまでも業務監査権限がないことを前提として、ただそれでも会計監査における権限や責任根拠となる会社法上の条文を手掛かりとしても「債権者や株主のためにもっとやるべきことがあったのではないか」と原審に投げかけた意味が大きいと思います。

それでは「業務監査」に及ばない範囲で、つまり会社の財産状況の調査や取締役への報告要求等によって監査を尽くす(善管注意義務をもって粉飾や不正な資金流出を発見する)というのはどこまでやればよいのでしょうか。このあたりは草野裁判官の補足意見以外にも、過去の判例なども参考になりそうな気がします。たとえば会計監査ではなく職務執行の監査に焦点をあてている判決ではありますが、釧路市民生協事件札幌高裁判決(平成11年10月29日)を挙げておきます。ポイントを要約すれば

そこで、第一審被告Sらが過失により監査を怠ったといえるかどうかを検討する。証拠によれば、北海道庁の担当者は「市民生協の粉飾決算は相当巧妙に会計操作がされていることから、公認会計士でなければ真の経営実態を把握することは困難である旨の報告をしていること、市民生協の経理を調査した公認会計士は日本生活協同組合連合会にあてて「通常の監事監査などでは発見できない伝票操作も見られた」と報告していることが認められる。しかし、前記のとおり、監事の職務として問題となるのは会計監査ではなく、職務執行の監査であって粉飾決算を行った会計操作の手法を発見することや、経理の詳細の把握が求められているわけではない。そして、市民生協の決算は、多額の未収金、開発費等が毎年計上されたままであること、新規の投資が進んでいたわけでもないのに、総資産が毎年増大し、組合債の発行額が毎年著しく増加していたこと等の事情から考えると、監事らが常勤理事らに対して説明を求める等の調査によって、常勤理事会で決定された決算が不自然あるいは不当であると指摘することが困難であったとは認められない。ところが、第一審被告Sら監事は、決算書の金額が資料と一致するかどうかを確認する程度の監査をしただけで、決算が不自然、あるいは不当である等の指摘をすることはなく、そのため、市民生協において粉飾決算が継続されたのであるから、第一審被告Sらは、組合員が損害を受けることがないように適正な監査をすべき義務を怠ったというべきである。したがって、第一審被告Sらは、適正な監査を怠ったことにより、粉飾決算がされ、これを真実であると信じて組合債を取得したことによる第一審原告らの損害を賠償すべき責任がある。(→被告Sらは上告したが上告不受理決定により判決確定)

という内容です。経理部職員の業務をチェックしたり、内部統制の状況を精査するといったことまでは必要ないものの、会計帳簿の数字を眺めてみて「どうもおかしい」と素直に考えられるならば、取締役に質問をする、といった行動に出ることが善管注意義務の実践として求められるというところでしょうか。最後になりますが、会計限定監査役ではなく、業務監査を行う(普通の?)監査役、監査等委員の方々に、どれほど本件が実務上の意義を持つのか、という点については、うーーーん、ご専門の研究者の方々の解説を待ちたいと思います。

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2021年7月19日 (月)

ビジネスと人権原則の実践-パワハラも公益通報事実として取り扱うべきである

週末は公益通報関連の大きな記事が各紙で報じられていました。ひとつは日本郵便の内部通報体制整備に関する朝日、産経の記事でして、内部通報者の特定につながる情報をパワハラ加害者に伝えていた元役員への社内処分が下された、今後は情報漏洩を防ぐために通報窓口と社内調査担当者を完全に分離する体制をとる、というものでした。

そしてもうひとつは日経ニュース「パワハラ対策道半ば 防止法施行後も被害増」という見出しで、ベルシステム24ホールディングスの通報相談事例が(好例として)詳細に紹介されています。記事の中では恥ずかしながら私が社外役員を務めている会社の事例も「問題事例」として挙げられていまして、ぜひ参考にさせていただきたいと思いました。

ところで内部通報窓口への通報の多くはハラスメント関連の事実ですが、日経ニュースで語られているように2020年6月に施行されたパワハラ防止法には企業や加害者に対する罰則規定がないためか、企業によっては対策があまり講じられていないところもあるようです。しかしながら、ビジネスと人権原則(国連)に基づく「日本版ビジネスと人権に関する行動計画2020-2025」も策定され、さらにガバナンス・コード改訂2021でも「人権尊重への配慮」が盛り込まれるようになりましたので、対策はこれまで以上に「経営者マター」として検討する必要があります。先日、トヨタ自動車のトップが、パワハラによる社員の悲しい事件を知って、すぐに社員のご遺族との和解の席に赴き、二度にわたって再発防止策を説明し、パワハラ加害者には社内で厳罰を課す旨のルール改正を行ったことは有名な話です。

来年施行される改正公益通報者保護法では、公益通報への対応業務従事者の守秘義務違反には刑事罰が科されますし、法人にも(対応体制等整備義務違反として)行政処分が課されることになりますので、パワハラ対策を「経営者マター」として優先順位を上げるためには、パワハラ通報が「公益通報対象事実」に該当するケースが増える、という認識を広く持っていただくことが大切かと思います。朝日や産経で報じられている日本郵便の事例では、パワハラ加害者が「強要未遂」として刑事罰が科されましたので、たとえば職務上必要性の認められない行動を上司から要求された場合には刑法犯に該当する可能性が高いものとして、パワハラ通報は公益通報として取り扱われることが周知されると思います。

また、これは未だ立法論にすぎませんが(日経ニュースにあるように)パワハラ防止法に企業や加害者に対するペナルティが規定されるようになれば、「公益通報対象関連法」にパワハラ防止法が含まれる可能性が高くなるので、これも「経営者マター」として対応することになりそうです。とりわけ今後は「人権デューデリジェンス」の一環として、海外グループ会社を含めたグループ内部通報制度の整備・運用状況を開示する企業が増えますので、グループ会社社員からのパワハラ案件の取り扱いにも留意しなければなりません。

多くの内部通報案件を処理している企業ならおわかりのとおり、近時のパワハラ案件の特徴は、被害者よりも第三者からの通報案件が急増しているという事実です。つまり、パワハラに後ろ向きの企業は、企業にとって必要な人材を流失させてしまうというリスクに直面することになります。その点に少しでも多くの経営者の方々に気付いていただければ、もうすこし内部通報制度への取り組みも進むものと思うのですが・・・

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2021年7月16日 (金)

東芝6月定時株主総会の決議取消訴訟は提起されるか?-調査報告書への強い疑問

7月14日の産経新聞朝刊(7面正論-オピニオン)におきまして、上村達夫先生(早大名誉教授)が「ファンドに翻弄される日本企業」と題する論稿を書かれていて、ひさしぶりにドキドキしながら拝読いたしました。メディアはこぞって会社法316条2項に定める株式会社の業務及び財産の状況を調査する者による調査報告書の内容を信じ切ってしまって、さも真実であるかのように報じているが、そこまで調査報告書の内容は信用性の高いものなのか、東芝の6月総会の議決権行使は、あの調査報告書の内容が不当な影響を与えてしまっていて、決議の方法が著しく不当なもの、あるいは多数決の濫用に至っているのではないか、とのご主張です。

当該ご主張の論拠としては「株主による業務・財産調査権」の歴史的背景と他の条文との関係性(3%以上を保有する大株主は総会に関係なく業務財産検査権を行使できるのに、なぜそちらを行使しなかったのか-裁判所を介入させることをおそれたのか)調査者の独立公正性に関する問題点(莫大な弁護士報酬は大株主がいくら出したのか)から展開しておられます。そして、上村先生は東芝の6月総会の決議については総会決議取消の訴えを提起しうる、いや提訴期限(総会から3か月以内)のある取消訴訟のみならず、株式会社の運営機構という公序の毀損として決議無効確認の訴えすら想定しえないではない(無効確認訴訟は提訴期限はありません)、とまで述べておられます。そもそも東芝は「お人よし」すぎるのであり、調査については「不当なもの」として拒否すべきであった、とのこと。

調査者の独立公正性に関する疑問の根拠とされる「調査者の報酬を誰がどれだけ払ったのか開示せよ」との意見については、私の記憶では決議内容が「タイムチャージで換算された調査者の報酬は正当なものとして東芝が支払う、もし払わなければ議案を上程した大株主が払う」というものだったと思います。「東芝は調査に全面的に協力します」とおっしゃっていたので、おそらく全額東芝自体が払ったのではないかと想像しておりますが、違いますでしょうかね?(そうであるならば、調査者の独立性、調査の公正性にはそれほど大きな問題はないような気がいたします)。

ただ、そもそも社外取締役など全く存在しなかったときのエージェンシーコストとして「調査者」制度が出来たにもかかわらず、エージェンシーコストの一部である社外取締役の適格性を調べるために「調査者」が活用できるのか(条文の制度趣旨を超えてるのではないか)、株主との信頼のうえに社外取締役(とりわけ監査委員とか監査等委員)が存在するにもかかわらず、その社外取締役の適格性を調査できる(無制限に社外取締役のメール等を入手して事実認定に活用できる)となれば、そもそも監査制度自体を否定することにならないのか、といった上村先生のご主張には一理あるようにも思いました。

また「商法の大家」でいらっしゃる学者のご意見として「昭和44年のふたつの最高裁判決は、中小企業の実質上の支配者たる個人等の責任を厳しく追及する、事実上の立法といわれたほど」の判決だったそうですが、いまだ最高裁は(事実上の立法といわれるほどの)大規模公開株式会社法理の形成に存在感を示していない(だから存在感を示す良い機会である?)と指摘をしておられて、これも興味をそそる内容です(ちなみに「ふたつの判決」といいますのは最判昭和44年3月28日民集23巻3号645頁と最判昭和44年12月2日民集23巻12号2396頁ですね)。

もし東芝の6月総会の決議の有効性が司法の場で争われるということになれば、また新たな事実も出てくる可能性もあり、新たな判例法理が示される可能性もあっておもしろい展開になるかもしれません。ひょっとしてすでにどこかの法律事務所が提訴準備に入っているのかもしれませんが、そもそも「原告」になる方がいらっしゃるのかどうか。いずれにしても「経産省の圧力」vs「ファンドの圧力」が司法の場で議論される、ということになれば世間の関心も高まるのでしょうね。

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2021年7月14日 (水)

国税庁職員のイケナイ事件についてひとこと(私は謝罪すべき立場なのでしょうね・・・)

国税庁職員が「居酒屋で5回送別会、国税庁職員14人参加し7人感染…『2人以下90分以内』守らず」(読売新聞ニュース)ということで、財務省のコンプライアンス・アドバイザーである当職から深くお詫び申し上げます。適切な納税の促進といったところでの世間と国税との見解の相違などはときどき起きてしまうのはしかたがないのですが、こういった納税者の信頼を裏切るような行動こそ注意せよ、と常々申し上げているのですが。ホンマ、反省してほしいです。

先日の経産省の集団飲食&感染の件が明るみになったときにも、また接待問題で総務省の件が明るみになったときにも「まさか財務省では起きてないよな」と心配をしておりました。幸い、国家公務員倫理法に違反するような問題はなかったようでホッとしていたところでした。国税庁は20年ぶりに組織理念を新しくしまして(現場の職員の皆様にもわかりやすく、常に参照していただけるようなスタイルにしました)、納税者からの信頼を今まで以上に高めるため、省内一丸となってコンプライアンス意識の涵養に努めているところでありました(ということで、本件の報道には本当にガックリ_| ̄|○ でございます。。。)

なんでこんなことになるんやろな(悲)。コロナ禍における飲食自粛についてはいろいろな意見もあると思うのですが、さすがに自粛を要請している立場だから信頼を失ってしまいますよね。。。ものすごい大所帯だから・・・というのは理由にならないですよね💦新年度となりますので、また新たな気持ちでアドバイザーとしての責任を果たしてまいります。

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«ガバナンス改革で品質不正は間違いなく急増する(日経ものづくり調査より)