2021年3月 1日 (月)

社外役員の情報収集行為は「許される業務執行」と考える-会社法施行日にあたって

3月1日は令和元年改正会社法の施行日なので、改正会社法関連の話題をひとつ取り上げます。会社法上の社外役員(社外取締役・社外監査役)さんは、会社法2条15号、同16号により、会社の業務執行は行えないことになっていますが、本日より、社外取締役に限ってですが取締役会の承認決議があれば委託された範囲における業務執行(特定受託行為)も可能となります(改正会社法348条の2。ただし社長の指揮命令に基づく業務執行は行えないのが原則なので、詳しくは条文を読んでください)。

この特定受託行為は社内の取締役が担当すると利益相反状況に陥る可能性のある業務が念頭に置かれていますが(非友好的買収時における買収希望先との交渉、上場子会社と親会社との取引、MBO時における公正価値算定のための委員職務等)、その他にも社外取締役が内部通報の窓口になったり、有事に社内調査に関与したり、調査委員会委員に就任すること等も(潜在的には)社内取締役との利益相反状況が想定されるため、348条の2に基づく決議を活用することが有用とされています。

ところで、この改正会社法348条の2に基づく取締役会決議を経なければ、社外取締役が会社の業務執行をなしえない(つまり、業務執行をやってしまうと「社外性」を喪失してしまう)というわけではないと考えられています(「考えられています」と申し上げたのは、ここは会社法2条の解釈が関係するからです)。そもそも社外取締役が業務執行はできない、とされているのは、「業務執行」は通常は社長以下のラインによる指揮監督下でなされるものであり、もし社外取締役が業務執行に関与できるとなれば、社長の指揮監督が及ぶことになるため「独立性」が阻害されるからです。

ただ、会社の業務には社長の指揮監督が及ばないものもありうるのであり、その範囲であれば社外役員が業務執行に及んだとしても独立性には問題ないはずです。むしろ、近時のコーポレートガバナンス改革において期待される役割を果たすためにも、社外役員は許容される範囲における業務執行には積極的に関与することが必要ではないかと。では、どこまでが許容される業務執行で、どこからは許されないのか、かなり解釈上あいまいな部分があるため、少なくとも会社法348条の2に基づく承認決議を経ていれば「社外性」は失われない、というのが改正法の趣旨と理解しています。逆にいえば、だれが見ても「社長の支配下の仕事」を社外役員に行わせることは、たとえ同法に基づく決議を経たとしても社外性に問題が生じるということになります。

ここからは私の意見ですが、社外役員(社外監査役も含む)による情報収集行為は、たとえ業務執行であったとしても、会社法2条で規制される業務執行には該当しない、あるいは該当するとしても348条の2に基づく承認決議(つまり「その都度」の解釈を緩やかに認める)をもって委託できると解すべきものと思います。スルガ銀行事例や関西電力事例など、大きな不祥事が発覚するたびに「社外取締役は何をしていたのか」「社外役員の機能不全」と指摘されますが、そもそも社外役員が情報収集できない立場である以上は「不正を発見したくてもできないのだから仕方ない」で終わってしまいます。不正を認識している社内役員も、社外役員に騒がれるのを嫌って、不正公表の直前まで事実を隠すのがあたりまえになっています。

では「会社と社内取締役との利益相反状況」ということを念頭に置いた場合、社外役員による平時からの情報収集行為は会社法2条で規制される業務執行に該当するのでしょうか。348条の2の条文を読む限りは該当しないようにも思えます。しかし、日ごろから経営会議やコンプライアンス委員会に出席して意見を述べたり、経営者の関与するハラスメント案件について「取締役会の承認決議」を経ることなく(承認決議を経ていては証拠を隠されてしまう)社内調査に関与することは、社外取締役の職務に必要な情報収集業務として、むしろ近時のガバナンス改革で社外役員に期待されていることだと思います。また、そもそも情報収集行為を業務として行いうるからこそ、社外役員にも(有事における)善管注意義務違反を問いうる前提が形成されるものと考えます。なお、あまり議論されていませんが、社外監査役の方々も、私は一定の業務執行については(たとえ348条の2に基づく承認決議がなくても)会社法上の社外性を喪失することなく行いうるものと考えております(ただし、社外監査役の場合には、「許容される業務執行」を議論するよりも、「監査権(是正権)の行使に含まれる職務」として議論するほうが適切かもしれません)。

おそらく、今後は社外取締役の特定受託行為については「活動の概要」や「期待される役割」として事業報告や参考書類で開示されることになるでしょうから、社外取締役への評価項目としても有益に活用される可能性があります。いずれにしても、「社外役員に許容される業務執行の範囲」の問題への正答は、依然会社法2条の解釈に委ねられているところがあり、改正会社法348条の2の新設だけで解決するわけではありませんが、各会社において、「何を社外役員に期待するのか」を明確にする議論が活性化する要因になることは間違いないと思います。

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2021年2月26日 (金)

官僚の倫理研修も義務化してはどうか?-武田総務相の記者会見発言に思う

ビジネス法務とは関係ありませんが、財務省のコンプライアンス・アドバイザーを務めたり、人事院の要請等で、何度か国家公務員(幹部)の方々への倫理研修の講師を務めている者として、総務省幹部職員への処分に関する武田大臣の記者会見の発言について一言、二言。以下はNHKニュース記事からの引用です。

11人の職員がいずれも調査に対し「会食当時、東北新社が利害関係者にあたるとは思わなかった」と説明したことについて、(武田大臣は-注)「国家公務員倫理法令違反に対する認識の甘さ、知識の不足が大きな要因と考えている。日頃からの意識付けや、事前・事後のチェックなど、再発防止策を速やかに実施に移し、疑念を招くことが二度と起こらないよう全力で国民の信頼回復に努めたい」と述べました。

うーーーん、これは私の認識とは大きく相違していますね。官僚(とりわけ各部署の幹部級)の皆様は優秀だし、規範意識も高いので、「利害関係者」にあたるとは思わなかった、といった「緩さ」は考えられません。1990年代のノー〇ンしゃぶしゃぶ事件以来、国家公務員倫理審査会が毎年「企業倫理週間」を定めて、倫理規程の浸透を図っている状況からすれば、利害関係者の認識がなかったとか、倫理意識が低かったというのはありえないと思います。

むしろ、規範意識も高く、また倫理規程も熟知していながら、なぜ利害関係者にご馳走になってしまうのか・・・というところをきちんと考えるべきであり、これは企業不祥事を発生させてしまう上場会社の役職員のコンプライアンス研修と同じです。そして、このように書くと「ではやっぱり政治家からの圧力や政治家への忖度?」と考えてしまいがちですが、それも私は短絡的な考え方だと思います。

私は「なぜ文春の記者がそこにいるのか?なぜ用意周到に録音データまで握られてしまう環境にあったのか」というところにヒントがあるように思います。文春の記者だって神様じゃないわけで(笑)、なんらかの情報提供があるからこそニュースの端緒を掴めるわけです(もちろん取材源秘匿権がありますので絶対に開示されませんが)。このような環境を作ってしまう「緩さ」は、官僚の皆様方のどのような性質に由来しているのでしょうか・・・。

ちなみに、上記のような理由がまかり通るのであれば、一定の地位にある官僚の皆様には継続的な倫理研修義務を課してはいかがでしょうか。弁護士も5年~10年に一度、弁護士倫理研修を受講しなければならず、この受講義務を履行しないと懲戒処分となるおそれがあります(現に東京の先生に懲戒処分が下されました)。

倫理研修の義務化の妨げとなるのは「公務の清廉性」「公務員の無謬性」の思想だと思いますが、これだけ立て続けに倫理違反行為が起きるということは、「公務員も悪事をはたらく可能性がある(いわゆる性弱説)」「理屈ではなく、一般の国民から公務員の行動がどうみえるか」ということを前提とした対策も必要ではないかと。官僚の皆様も、倫理研修は必須として、5年ごとに受講義務を課し、「利害関係者にあたるとは思わなかった」なる理由が出てこないようにしていただきたいですね。

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2021年2月25日 (木)

中央経済社「ビジネス法務」に論稿を掲載していただきました。

Img_20210220_200343_400 2月22日の日経夕刊の1面に「買収防衛策導入-ピークから半減」との見出しで、M&A助言会社の調査によると買収防衛策を導入している企業がピーク時から半減している、と報じられています(昨年末で281社だそうです)。買収防衛策に批判的な機関投資家が増えていることから、今後も防衛策の廃止に踏み切る上場会社が増えることが想定されているようです。

ただ、非友好的買収事案が最近1年で10件以上に上る状況から、日住サービスのように(2019年に廃止したにもかかわらず)再度、買収防衛策を導入する議案を上程している会社も出てきておりますので、今後は導入すべきか、廃止すべきか(自社の株主構成なども踏まえたうえで)個社において検討される風潮も出てくるのではないでしょうか。

ところで「買収防衛策」って、(事前警告型が典型ですが)その外形にこだわり過ぎていませんでしょうか。「これが防衛策だ」といった概念が固定観念化しているわけですが、ここ15年ほどの間に社外役員の数も増えましたし、TOBルールも変わりましたし、支配権獲得を目指す議決権比率、株主総会の機能、株主とのコミュニケーションの取り方等も変わりました。最近は「(ファンドと組んだ)なんちゃってホワイトナイト事案」や「買収防衛目的で他社を買収する事案」まで登場するようになり(笑)、私からみれば事実上の買収防衛策は圧倒的に増えているように思います(大手法律事務所の功績のひとつではないでしょうか)。

このあたりの研究なくしてガバナンス・コードを改訂しても、結局は「いたちごっこ」で終わってしまうような気がしております。株主価値を高めることに熱心な経営者がすべて利他的な行動に出るわけもなく、むしろ「俺しか価値は上げられない!」と妄信しているパッションこそ、株主にとって必要ではないのか・・・と思うところもあります。要は「買収防衛策は善か悪か」といった議論ではなく、マクロの視点から「どう扱うか」といった議論が必要な時代になってきたのではないかと。

さて、中央経済社「ビジネス法務」2021年4月号におきまして、「特別企画 2020年に起きた企業不祥事とコンプライアンス強化へ向けた示唆」と題する論稿を掲載いただきました(計6頁)。昨年も「2019年に起きた・・・」というタイトルで同趣旨の論稿を掲載いただきましたが、反響が大きかったそうで、本年も6頁にわたって執筆いたしました。もちろん、法律雑誌の特別企画の一環なので、網羅的なお話しではございませんが、近年の不祥事に特徴的な点を指摘して、平時からの対応のヒントを記したものです(本当に少しでもヒントになれば幸いです)。 2月21日より、全国書店にて販売中ですので、よろしければご一読くださいませ。

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2021年2月24日 (水)

企業不祥事の発生は「必然」だが発覚は「偶然」である-小林化工事案の考察

(2月25日 事実関係に誤りがありましたので修正いたしました。ご指摘いただきまして、ありがとうございます。)

薬剤に睡眠薬が混入し、2月に業務停止命令が下された小林化工の(経営者が関与したとされる)企業不正については、すでに多くのメディアが報じています(たとえば時事通信ニュースはこちら)。福井県の名門企業であり、ジェネリック大手として地域経済の活性化にも大きく貢献している同社が、なぜ長年にわたって試験結果の捏造等の不正に手を染めていたのか・・・。

問題発覚の原因は、イトラコナゾールに睡眠薬が混入し、死亡例を含む健康被害が出たことにあります(自動車事故や転倒など、健康被害は239人にのぼるー2月8日時点)。その後の福井県による立ち入り調査で、①2人で作業すべき原料取り出し作業を1人で実施(内部統制違反)、②国に提出している手順書とは別の「裏手順書」による原料の継ぎ足し(法令違反)、③平時の立ち入り調査用に虚偽記録を作成、④品質試験結果を捏造(法令違反)、⑤長年、これらの法令違反を経営陣が黙認・放置、といった事実が明るみに出ました。

同社社長さんの会見では、「安定供給が最優先であり、決して欠品で医療関係者・患者の皆様に迷惑をかけてはいけない」「生産性の向上を図るために、できるかぎり効率的な作業を優先していた」「ジェネリックという患者様を救う新たな領域を社会に浸透させたかった」という言葉が何度か出ていました。同社の不祥事を並べると、とんでもない悪質企業のようにも思えますが、コンプライアンスを秤にかけて自らの正義に重きを置く企業はとても多い、というのが実感です。毎度申し上げるとおり、どんなに立派な企業でも不祥事は発生するのであり、同業他社としのぎを削る以上、発生は「必然」です。

今回は「たまたま」現場作業担当者のミスによって薬剤混入事件が発生したことから明るみに出たのであり(事故発生→不祥事発覚)、もし当該ミスがなければ、今も同社は福井県の地域貢献企業として、厚い内部留保のサステナビリティ・カンパニーの代表格であったはずです。

ただ、ここから先は私の推測を含むものであり、間違っていれば福井県に失礼になるのですが、本件は福井県が「本気の調査」を行ったからこそ、同社の長年の不祥事発覚に至ったのではないかと推測しております。というのも、今回の件の発端は、ひとりのベテラン内科医師による通報にあると考えられるからです(こちらのヤフーニュース参照)。

外部からの通報によって小林化工としては薬剤と健康被害との因果関係を認めて調査に乗り出すわけですが、福井県としても、医療関係者のエビデンスに基づく通報が先行している以上、性悪説に基づいた調査を徹底しなければ県民に説明がつかない。ということで、県の徹底調査によって長年の不正が一気に(しかもスピーディーに)明るみに出ることになったと思われます。なお、新聞報道された後に「会社関係者の証言」も出てきましたので、内部告発もあったと思われます。

いずれにしても、(たとえ事故が発生していたとしても)63歳のベテラン内科医師の勇気ある行動がなければ、地域の名門企業の不祥事は明るみに出なかった可能性が高く、不祥事の発覚は「偶然」です。過去の不正を是正するところまではできたとしても、これを「なかったことに」して公表しない、という企業は多いと思います。多くの企業が、本件の「63歳のベテラン医師」のような人が出てこないことに期待を寄せるのです。そして、この「偶然」を「必然」に変えていくのが公益通報者保護制度、ということになります。

ちなみに今週月曜日(2月22日)、いよいよ消費者庁HPに「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会・報告書案」が公表されました。同検討会では、企業実務に大きな影響を及ぼす改正公益通報者保護法第11条1項、同2項の指針の内容が検討されてきましたが、その全貌が見えてきました。上場会社の社長ですら「前科1犯」になりかねない法改正なので、経済団体代表委員の個別意見の内容は(公益通報に基づく社内調査の実効性を上げる、という意味では)まことに当を得たものと考えます。本報告書案に関する当職の意見はまた別途エントリーで述べたいと思います。

 

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2021年2月22日 (月)

今こそ会社法上の「会計監査人設置義務」への関心を高めよ-フタバ図書粉飾案件に思う

日曜日の夜の東京新聞ニュースでは「電子機器や服飾を含む日本の主要小売り・製造業12社が、中国新疆ウイグル自治区などでの少数民族ウイグル族に対する強制労働への関与が取引先の中国企業で確認された場合、取引を停止する方針を固めたことが21日、共同通信の取材で分かった」と報じています。先日、東京オリ・パラ元組織委員会会長の発言問題について、スポンサー企業がどのようなコメントをしたのか、という点が(比較されて)話題になっていましたが、もはや「ESGは企業価値向上に役立つか」などとフワっとした議論をしている時代ではなくなってきましたね(たいへんだぞ、これは・・・)。以下本題です。

2月20日の中国新聞デジタルのニュース「フタバ図書、10年間粉飾 在庫や資産償却を不適切記載」では、広島の書店チェーン大手のフタバ図書(非上場会社)が10年にわたって決算書に書く在庫を実際より多くしたり、固定資産の償却を小さくしたりして、不適切な計算書類を作成していたことが報じられています。また、別の中国新聞記事では、借入先の金融機関の数を少なく記載して、過小の債務総額を取引先金融機関に示していた、とも報じられていました。

これまで粉飾を説明してこなかったのは「上場会社のような開示義務がある企業を除き、企業価値を損なわないぬよう非開示が原則。信用不安からの破綻を回避しようと考えた」というのが会社側の説明だそうです。しかし、上記中国新聞の記事が正確に伝えているとすれば、この会社側の表現は誤解を招くものと思います。

上場会社ではなくても、株式会社である以上(つまり会社法が適用される会社である以上)、フタバ図書には計算書類(BSやPL)や事業報告について開示義務があります(会社法440条1項、同442条1項1号)。実際には開示義務を果たしていない非上場会社が多いことは事実ですし、また有価証券報告書の提出義務はありませんが、「法律上の開示義務がない」とは言えません。さらに、計算書類の内容についても、会社法では虚偽記載は過料の制裁が規定されていますので(同976条7号)、破綻を回避するために(会社の信用を維持するために)不適切な記載が許されるわけでもありません。

とりわけフタバ図書の場合、そもそも同社は金融機関からの借り入れだけでも総額235億円に上るということですから、会社法上の「大会社」に該当するはずです(同法2条6号。「大会社である」と断定できないのは、最終事業年度の貸借対照表に負債200億円以上が実際に計上されているかどうかはわからないため)。

ご承知の方も多いと思いますが、会社法上の大会社に該当すれば、会計監査人の設置義務がありますし(同法328条2項)、内部統制の基本方針についての決議義務も発生します(同法362条5項)。同社が会計監査人を設置していれば、まちがいなく粉飾決算を防止でき、仮に防止できないとしても、粉飾に対して早期に対応できることになり、今回のようにステークホルダーに迷惑(9割の貸付債権免除)をかけることもなかったはずです。

会社としては「当社は会計監査人設置会社である」という認識はなかったのでしょうか?あるいは、取引先金融機関として、会計監査人を設置すべきだ、と要求することはなかったのでしょうか?ぜひ、このあたりは更なるニュースで明らかにしていただきたい。

ところで、2010年に発覚した林原の会計不正事件のときにも思いましたが(2013年8月19日拙ブログエントリー「金融検査の見直しと林原の破綻」参照)、会社法上の大会社のように、会計監査人を設置しなければならないにもかかわらず、これを放置している会社が、日本にはかなり多いはずです(以前、日本公認会計士協会が、登記簿上の5億円以上の資本金を調査したことがあったように記憶しています)。林原のケースでは登記簿上の資本金5億円企業なので明確ですが、フタバ図書のように「負債額200億以上」となると、取引先金融機関でもなければ、なかなか指摘することはできないのかもしれません。

今後、金融機関も融資先の事業リスクの定量化を図り、M&A等の仲介事業なども手掛ける時代となりますと、これまで以上に融資先の会計不正には注意を向けなければならないと考えます。そうであれば、融資先に会計監査人設置義務があるのか、財務報告に関連する内部統制の構築義務があるのかどうか、という点には強い関心を示す必要があるのではないでしょうか。今回のフタバ図書の事例では「借入先金融機関の数を過少説明され、債務総額が見えにくかった」という事情があったのかもしれませんが、そもそも「会計数値」への信頼が融資業務において軽視されてきたのではないか、といった疑問がわいてきます。

当ブログでは何度も「会社法上の過料規定-976条-は時代に合わなくなってきたので、必要に応じて刑事罰規定に改正せよ」と言ってきましたが、計算書類の虚偽記載規定とともに、会計監査人の設置義務違反についても刑事罰化することが、「担保」偏重ではなく、事業リスク重視による金融機関の融資姿勢の変化を促すことになるのではないか、と考えております。

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2021年2月18日 (木)

経営者が交代すれば風通しが良くなる-曙ブレーキ検査不正事件の公表

2月16日、自動車部品大手の曙ブレーキ工業は、国内工場で製造するブレーキとその部品に関して、検査データの改ざんなど約11万4000件の不正行為があったと発表しました。不正検査があった部品のうち、自動車メーカーと取り決めた基準値に達しなかったものは約5000件あったそうです(曙ブレーキ工業2021年2月16日付け「当社国内生産子会社が製造する一部製品の定期検査報告における不適切な行為について」参照)。

なお、弁護士4名で構成された特別調査委員会報告書は開示されておらず、報告書の内容が会社名で紹介されています。また、最終報告書は昨年9月に会社が受領していたのですが、発覚した不正の内容の開示が5か月後というタイミングになっています。会計不正事件は別として、神戸製鋼、日立金属と同様、最近のグローバル企業における製品偽装事件の調査報告書はそのまま開示されないケースが増えたような気がしますね(やはり弁護士秘匿特権との関係でしょうか?-たとえば拙ブログ2018年3月27日付け「報告書の全文公表と弁護士秘匿特権の放棄」参照)。

また、再発防止策の決定や顧客への検査不正の影響調査などに時間を要したとして開示が遅くなったことについて、同社社長は「安全性の問題は発生していなかったため、緊急性を判断していなかった。安全の確認を最優先し、すべて終わった時点で報告したいと考えていた」と釈明されています(2月16日日経ニュースより)。なお、この点はとても重要なポイントですが、私なりの考えを、追って別エントリーにて述べたいと思います。

ところで、曙ブレーキ工業で2001年頃から20年来続いていた検査不正がなぜ今になって発覚したのか、という点(私が最も関心を寄せる点)ですが、こちらのニュースが詳しく報じています。一部引用しますと、

同社(注-曙ブレーキ)は事業再生ADRを申請、成立して2019年10月に新しい経営体制に移行した。同年11月に品質保証部門から社長に対して、子会社の曙ブレーキ山形製造が、ブレーキパッドの一部について、顧客に提出する定期検査報告書の数値を改ざんしていたとの報告があった。これを受けて社内調査を開始したところ、一部納入先から、曙ブレーキ岩槻が製造するディスクブレーキの定期検査報告書に不審なデータが記載されているとの指摘を受けた。

上記公表文書では明らかにされていませんが、社長会見では、2018年6月時点で社内の品質保証部門からデータ改ざんなどの不正行為について旧経営陣に報告があったものの、生産手法を変えるなどの作業を進めただけで「安全性には問題なし」として不正行為を放置していたことが明らかにされています(2月16日毎日新聞朝刊記事より)。その後、日経ニュースによると、2019年11月に品質保証部門から社内通報があった、とのこと。

曙ブレーキ工業といえば、創業一族ではない方が長期にわたり経営を支配しておられたそうですが、米国事業の不振から資金繰りが悪化し、事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)の申請に至ったことはご承知のとおりです。2018年には前会長氏らが経営不振の責任を取って辞任し、上記ADRにおける金融機関からの承認が得られた2019年10月、日本電産で常務執行役員を務めた方が現社長として就任しています。

自動車ブレーキの世界的名門企業として、役職員にも安全品質には誇りがあったのでしょうね。上記公表文書にもありますが、たとえ取引先から要求されていた品質検査を省略したり、検査結果を偽造していたとしても、「社内検査が厳格なのだから安全性に支障が出ることはない」「要求されている検査は、ウチでやっている検査と重複感があるから、省略しても大丈夫」という気持ち、そして「お客様のために欠品を出さないことこそ部品メーカーの『正義』である」といった誇りが品質偽装を容認する「正当化理由」になってしまったと思います。

メーカーさんの製品偽装、検査偽装事件が明るみに出るたびに「コンプライアンス意識の欠如」が指摘されます。しかし、それは原因究明においての「思考停止」です。この規模の会社の社員の皆様は、決してコンプライアンス意識が低い、というわけではありません。たとえば曙ブレーキ工業の例でいえば「検査に重複感がある、過剰な品質を求められる、ということであれば、なぜトヨタや日産に契約変更を要請しなかったのですか?」「品質検査で問題が出たからジャストインタイムのシステムを止める、ということがなぜトヨタに言えないのですか?」---本当の理由はそこにあるのではないでしょうか。

そこが解消できないために、やがて「誇りは驕りに」「自信は過信に」と変わっていく組織風土の中で、品質保証部門の地位も失われていく、というのが本当の原因ではないかと考えます。つまり、(トヨタやホンダのようなティア1は別として)不正は簡単にはなくならない、不正と共存共栄で業務を継続していくしかない、ただし企業の存続に影響を及ぼす不正だけは回避する、ということです。

しかし上記のとおり、経営者が変わると「品質保証部門の叫び」が社内で通ることになります。現場の情報提供は、経営者の経営姿勢が変わらなければ活かされない、という典型事例ではないかと。皆様方の会社の社長さんはいかがでしょうか?「過去に不正をやっていたが、今はもうやってないんだから調査も公表も必要ない」と考えるのか「今はやっていなくても、過去に不正をやっていたのなら、たとえ安全性に問題がないとしても公表するのがあたりまえ」と考えるのか。この問題は、(決してきれいごとではなく)取締役会で議論すべき重要な課題だと思います。

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2021年2月16日 (火)

働き方改革が進む中での営業秘密漏えいリスク

少し前になりますが、先週木曜日(2月11日)の産経新聞朝刊「経済♯アナトミア」の一面特集として「転職で機密流出 デジタル社会の穴-賠償すリスク『持ち込ませない』対策急務」なる記事が掲載されており、近時の働き方改革が進展するなかでの営業秘密漏えいリスクの高まりを認識いたしました(産経新聞をお読みになれる方はぜひご一読をお勧めいたします)。

①警察庁の調べでは、令和元年の営業秘密侵害事案は、平成25年の5件から21件に急増していること、②先日発覚した元ソフトバンク社員による機密情報漏えい事件は(経産省担当者によると)「事件化できたのは、ソフトバンクが営業秘密対策をしっかりとっていたから(中小事業者であれば、おそらく気が付かないか、 泣き寝入りに終わるであろう)」であること、③高額の賠償リスクを考えると、持ち込まれる側の企業にも訴訟を念頭に置いた不正対策が必要となること等が示されています。

とりわけ、コロナ禍におけるテレワーク、兼業、副業等による秘密漏えいの「機会」が増加していること、DX戦略における他社とのネットワーク作り、合弁事業を前提としたオープンイノベーションの増加が、今後の営業秘密対策の必要性を高めているようです。ただ上記記事でも示されていますが、秘密漏えい対策を強化することによって、社員による業務遂行の効率性に支障が出ることにもなりますので、この二つの要請をどう調和させるかがポイントになります。ここでもやはり「事前規制的発想」から「事後規制的発想」に転換する施策が必要になるのではないでしょうか。

ところで統計的にみても転職者による営業秘密漏えい事犯の数が多いそうですが、そもそもライバル会社に転職する、というのは、当該社員の経験知見をみこまれたからですよね。では当該社員の頭の中にある営業秘密を転職先で活用することは不正競争防止法違反にあたるのでしょうか。

もちろん、転職元企業が秘密として管理していた情報をたまたま記憶していて、その情報を活用するとなれば営業秘密の侵害行為にあたるでしょう。しかし、当該社員が価値ある情報として把握していながら、いまだ転職先に伝えていない情報については、転職先で活用することは問題ない、ということになります。また、長年の経験に基づいて培ったノウハウについても、当該ノウハウがすでに知的財産権として保護されているものでなければ、当該ノウハウを活かして転職先でバリバリと働くということも不正競争防止法違反にはならない、ということでしょうね(ただし民事上の競業避止義務に違反するかどうかは別として)。

このあたりの法律問題は知的財産に詳しい専門家の方の意見をお聴きいただくべきと思いますが、上記のとおりポストコロナの時代の転職者増加の時代となれば、「頭の中に残る営業秘密」問題は、結構悩む方も多いのではないでしょうか。転職者だけでなく、転職者を受け入れる企業側も、できれば「分別管理」などの工夫のよって訴訟リスクを低減させる必要があるように思います。

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2021年2月12日 (金)

日本郵政グループ・内部通報制度検証報告書は必読-改正公益通報者保護法対応

一昨日のエントリーに、サンダースさんが「小林化工の薬物混入事件」についてコメントされていますが、私もたいへん関心をもっております(FACTAでも取り上げられていました)。同社には厚労省から業務停止命令、業務改善命令が発出されていますが、コンプライアンスという視点から、小林化工問題の一番のポイントはどこにあるのか、私なりの考えを、また別エントリーで述べたいと思います(以下本題です)。

さて、2月9日の朝日新聞(朝刊・経済面)は、日本郵政グループが内部通報制度の改善を検討していることを報じています。首都圏版も関西版も、私のコメントが顔写真付きで掲載されましたが、この記事の中でJP改革実行委員会(外部有識者が中心)による「日本郵政グループの内部通報窓口その他各種相談窓口等の仕組み及び運用状況等に係る検証報告書」(1月29日公表)が紹介されており、私のコメントも、同報告書を一読したうえでのものでした。

朝日の紙面ではやや辛口の表現でしたが、私のコメントにもあるように、自社の内部通報制度を検証して報告書の形式で開示する、という試みはきわめて斬新であり、私個人としては高く評価をしています。この報告書は、来年に施行を控えた改正公益通報者保護法にも対応できるような内部通報制度の見直しを提案しておりますので、とりわけ常用雇用者300人以上の企業(内部通報制度に関する体制整備等措置義務のある会社)の皆様が参考にするにはとても有益な内容です。当検証委員会が臨時で設置した委員会窓口だけでも195件もの通報が届いたそうですから、日本郵政グループ内での関心も高かったものと思います。

特記すべきはハラスメント通報の取扱いです。日本郵政グループでは、社内・社外の内部通報窓口とは別に、グループ会社ごとにハラスメント窓口を設置していますが、厚労省指針(セクハラ、パワハラ、マタハラ、育児介護指針)を引用しながら検証しています。ハラスメント通報の「公益通報性」を認識することは、実務ではけっこう難問ですが、まずはハラスメントに疑問を持った社員が通報しやすい環境作りに注力することを提言しています。全社的に通報への意欲を高めるためには、なんといってもハラスメント通報のハードルを低くすることが大切です。また、グループ社員のよる通報・相談の窓口のレベルを4つに分けて、重要度に応じた対策を検討している点も斬新です。

以下は、私なりの上記報告書に関する若干の意見です。改正公益通報者保護法には刑事罰や行政処分が加わりましたので、社内における対応指針作りには「行為規範としての明確性」が求められます。同報告書も、同様の考え方に立つものですが、通報制度の運用にあたっては、例外的な対応が許容される場面があることは否定できないでしょう

たとえば、内部通報を受理した、しかも公益通報だった、というケースにおいては、通報者の特定につながる情報を第三者に漏えいしてはいけません。しかし、消費者や従業員の生命、身体、財産の危機に直面している場合、司法取引やリーニエンシーを活用しなければ会社が多額の制裁金を科されたり、法人処罰を受ける場合、第三者の協力を得なければ、通報者が求める社内調査ができない場合等には、情報を第三者に提供する(もちろん最低限度ですが)ことにも合理的な理由があると考えます。そのあたりを指針にどう盛り込むべきか、かなり工夫が必要だと思います。

また、通報者が通報を取り下げる意思を示しているにもかかわらず、当該通報を端緒とする社内調査で不正の認識を得た企業としては、おそらく調査結果に基づいて有事対応に進むことになるでしょう(もちろん、ここは意見が分かれるところですので、これは私の意見です)。しかし、この有事対応の巧拙により、通報者が社内で特定される可能性が変わってくるはずです。有事に至った企業としては、対応業務従事者に守秘義務違反のおそれは生じるかもしれませんが、会社の自浄作用発揮のためにも手続きを進めていかざるを得ない。通報対応には、誰がみても100点満点の対応などありえないわけですから、現場の内部通報制度に関与する社員が自社のルールをよく理解したうえで、適宜的確に判断しなければなりません。

当該検証報告書は、わずか30頁にも満たないものですが、多数の役職員からのヒアリングも含めて、とても時間をかけて検証を行ったことが窺われます。おそらく、他社においても改正公益通報者保護法が施行される前に、自社の通報制度(内部公益通報を受け付ける体制)の見直しをされると思いますが、その際にはぜひ上記日本郵政グループの検証報告書を参考にされることをお勧めいたします。

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2021年2月10日 (水)

企業統治改革-社外取締役の「数合わせ」にはそれなりの意味(理由)がある

ときどき同じような趣旨の記事が掲載されているようにも思いますが、本日(2月9日)も日経朝刊「一目均衡」に「社外取 本質かすむ『数合わせ』」と題する証券部次長さんの意見が示されていました。3年ぶりに改訂されるコーポレートガバナンス・コードでは(プライム市場に上場予定の企業には)独立社外取締役が3分の1以上の役員構成比となることが要求されますが、これで果たして企業価値は上がるのだろうか・・・という論調です。肯定派と反対派との溝はますます深まっているそうです。

ガバナンス改革の趣旨をよくわからずに就任してしまう社外取締役の方がいらっしゃるというのもその通りですし、「希望報酬額が安いほうから5人紹介してね」と某協会にリスト開示を要望している某東証1部企業があることも知っております。ホント「アルバイト感覚」「なんちゃってガバナンス」といった実例をみますと期待と現実のギャップは埋められず、証券部次長の方がおっしゃるように「数合わせ」と言われてもしかたないのかもしれません。

「社外取締役を3分の1」「多様性に配慮した3名以上」といった要件を満たすことが企業価値の向上に役立つのかどうかは、もはや「因果関係」では議論はできず、統計学上の「相関関係」(仮説→検証)で議論せざるを得ないでしょう。ただ、それでも私は社外取締役の「数合わせ」には、とりわけ日本企業の取締役会を眺めた場合にはそれなりの合理的な意味があると考えます。

先日来、東京オリ・パラ組織委員会会長の差別発言が話題になっていますが、当該会長だけでなく、他の組織委員や評議員に対しても、発言の訂正を求めることができなかったことに批判が集まっています。同調圧力、忖度、承認欲求、成功体験によって、構成メンバーから発言訂正や辞任要求が出したくても出せない、というのは取締役会でも同様です。

上記「一目均衡」の記事のコメントとして、日本投資顧問業協会会長さんが(社外取締役に対して)「批評家然とせず、企業価値の向上に責任を持つ社外役員がもっと必要だ」と述べておられますが、批評家然とせず、価値向上に責任を持つためには、社外取締役の意見がきちんと役員会で通る可能性のある環境が必要です。私はそのためには10人の取締役のうち、3人は社外取締役が必要と考えます。2019年11月に現役の社外取締役の方々に登壇いただいた日本コーポレートガバナンス・ネットワークのシンポでも、「2人と3人では全然違う」というのが登壇者の意見でした。

たしかに、従来から異論を述べる社外取締役はいらっしゃいました。ただ、マネジメントボード(アドバイザリーボード)の時代における1人の社外役員の異論だと、社長(議長)から「貴重なご意見を承りました。今後の経営の参考にいたしますので、今回はどうかご理解を」で終わり。社内の取締役・監査役の皆様の「同調圧力の岩盤」は到底崩れません。

しかしモニタリングボードの時代における社外取締役3人の異論となると(10分の3)、社内取締役にも反対意見を述べる雰囲気が醸成され、多数決をとるまでもなく議案は取り下げられるケースが多いと思います。さらに、社外3人から社長の辞任要求があれば、社内取締役にも「忖度」「同調圧力」の呪縛が解けるおそれが生じるため、社長は退任を検討せざるを得ない状況に追い込まれます。つまり「企業価値に責任を持つ」ためには、「多数決」というしこりを残すことなく社外役員の要望が役員会で通る(同調圧力を排除した)環境を形成する必要がある、ということです。

ただ、独立社外取締役が3人以上いたとしても、けっして同じ意見でまとまるわけではありません。最大の問題は「この会社の社外取締役さんは、誰の紹介で候補者になったのか」という点です。「経営者団体での社長のお知り合い」ということでは、もはや上記のような対応は期待できないですよね。したがって、機関投資家の方々が社外取締役と対話をすることがあれば、まず最初に「あなたは誰の紹介で候補者になったのか」と質問することです。このひとつの質問に対する回答によって、その会社のガバナンスへの思いが伝わるものと考えます。

上記オリ・パラ組織委員会会長の発言問題では、同組織委員会には「わきまえた委員」が多数おられるそうですが、では日本の上場会社にとって「わきまえた社外取締役」はいったいどんなイメージなのか、そもそもガバナンス改革が求めるのは「わきまえた社外取締役」なのか、ぜひ有識者の方々にお聴きしてみたいものです。

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2021年2月 9日 (火)

会計士協会・監査役協会共同声明-3月期決算への対応はむずかしい(と思う)

2月4日、日本公認会計士協会と日本監査役協会の連名で「2021年3月期決算への対応について」と題する共同声明が出されました(たとえば日本監査役協会HPより)。①新型コロナウイルス感染症拡大が企業業績に及ぼす影響から「監査リスク」を適切に把握すること、②在宅勤務が推奨されるご時世、直接訪問や対面による監査手続きに代わる手法を検討すること等が強く要望されています。

以前から申し上げているとおり、コロナ禍における監査手続き(とりわけ会計監査)が十分に実践できない状況はやむを得ないものなので、まちがいなく上場会社(およびそのグループ会社)における会計不正事件は増えているはずです(ただし顕在化するのは3年~5年後)。そのような会計不正の兆候を早期に把握するためにも、この時期に監査責任者の団体が共同声明を出されることについてはまことにタイムリーなものと考えます。

ただ、リアルな監査手続きの代替手法であるリモート監査や電子化書類の閲覧が、往査手続きと比較して監査リスクを低減させるに十分な手法であるかといえば、かなり厳しい見方をせざるをえないでしょう。その理由を以下3つ述べたいと思います。

まずひとつが五感で認識できる往査と画面越しで言葉、視覚、聴覚で認識できるリモート監査は不正の兆候を把握するには格段の差があるという点です。たとえばアイ・エックス・アイ事件(架空循環取引)の際、同社の監査役が「どうもおかしいなあ」と感じたのは、同社の開発したソフト(無形資産)が記録されていたCDが「廊下や倉庫のあちこちに転がっていた」という現状を往査で認識したことによるものでした(同社監査役の法廷証言より)。ホントに完成前の成果物であれば、もっと機密保護のための対策がなされているはずなのに・・・という素朴な監査役の疑問から、これは真剣に監査しなければとの思いが浮かんだのです。リモート監査では、このような状況は期待できません。

ふたつめが「会計監査人と監査役との協働」です。これはコミュニケーションという意味ですが、私はコロナ禍でも可能な限り、監査役と会計監査人とはリアルにコミュニケーションを図る時間を作るべきと考えます。たとえば昨年、私が第三者委員会の委員長を務めた事件(会計不正)では、同社の監査役と会計監査人との間で同じ不正を見つめながらも、その認識に齟齬が生じました。

1通の「取締役不正に関する提訴請求書」が監査役のもとに届くわけですが、その書面をみて、監査役3名は「某取締役の不正支出」(資金流出)の疑惑に関心を持ちました。その後のリモートによる会計監査人との協議会において、この提訴請求が話題に上りましたが、当該協議会では監査役の問題意識を共有しただけで終わってしまいました。もし、この協議会がリアルに開催されていれば、会計監査人は書面をみて「これは費用の項目に問題があり、計上すべきでない費用に計上されているために資産が不当に増えている(ソフト開発)、つまり虚偽記載が問題ではないか」との認識を早期に監査役と共有することができました(実際は会計監査人が指摘した事項が大問題でした)。監査担当者の問題意識の共有は、リモート会議ではむずかしいことを痛感しました。

そして三つめが電子化書類の閲覧の限界です。先日、こちらのエントリーで、ポーラオルビスHDの経営者が「株式譲渡契約書の有効性」を争う裁判(東京地裁)で敗訴したことを紹介しましたが、裁判所が「契約書は偽造」と判断する根拠となった証拠は、原告側(元社長側)が執念でつきとめた「作成日付けを遡らせた株価算定書」の存在が決め手のようです(ダイヤモンドオンライン記事転載のこちらの記事参照)。原告側は公認会計士らが使用した相続税申告書作成ソフトウェアを特定し、作成日付以降にしか当該ソフトは販売されていないので、物理的にバックデートでしか(当該株価算定書は)作りえないということを証明したそうです。

「ん?これってなんか変じゃない?」といった最初の疑惑は、用意された紙ベースの書類の綴じ方だったり、印刷の不自然さだったり、担当者の対応への違和感です。この違和感がなければ、上記のような執念の調査に及ぶインセンティブが生じません。あたかもチェックリストに丸を付けていくような定型的な監査手続きなら問題ありませんが、不正を発見するための監査には電子化書類のチェックでは限界があるのも当然かと思います。

もちろん、会計監査人によるAI監査の手法なども代替ツールとして考えられます。ただ、「おかしい」と声を上げるために必要な疑惑を抱けるところまでAI監査は進んでいるのでしょうか。もしそのような事例がありましたらご教示いただければありがたいです。

コロナ禍でも業績が回復してきた企業であれば誘因は少ないと思います。しかし、なかなか出口が見えない企業では、なんとしても業績を良くみせたい、と考えるのが経営陣の気持ちです。そのような状況で、たとえ不正が発見できなくても「おかしい」と声を上げるためには、ふだんよりも監査手続きが重要だという社内の共通認識が必要ではないでしょうか。つまり監査する側だけが熱心になるだけでなく、監査される側も歩み寄る姿勢がなければ会計不正事件の早期発見は到底困難、というのが私の意見であります。

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