2016年5月31日 (火)

刑訴法改正-司法取引導入にひそむ弁護士倫理の課題(上)

日本公認会計士協会さんが、たいへん興味深い調査報告書を公表されたようですが(「不正な財務報告及び監査の過程における被監査会社との意見の相違に関する実態調査報告書」の公表について)、かなりの分量なので、また熟読したうえで感想を述べさせていただきたいと思います。

さて、昨日は監査役のフィデューシャリー・デューティーに関する話題でしたが、本日は弁護士のフィデューシャリー・デューティー、いや「場末のコンプライアンスさん」はこの言葉は深い議論がなされないおそれがあり大嫌いとおっしゃっていますので、もう少し一般的な「弁護士倫理」について考えてみたいと思います。

今朝(5月30日)の日経朝刊法務面で、「経済犯罪に司法取引、企業不正の摘発加速も」といった見出しの特集記事が掲載されていました。ご承知の方も多いと思いますが、今国会で刑事訴訟法の改正法案が成立して、日本でも組織犯罪の摘発を容易にするための司法取引制度(協議・合意手続、刑事免責制度等)が導入されました。被疑者、被告人が同種犯罪に関する他人の犯罪行為を明らかにすれば、自分自身の起訴を見送られたり、通常より軽い求刑を受けられる・・・といった制度です(ここでは便宜上、改正刑事訴訟法350条の2に定める合意制度だけを説明しています)。警察・検察は「取調の可視化」を受け容れることと引き換えに、司法取引という絶大な権力を手中にしたわけです。

司法取引制度は、暴力団犯罪や外国人犯罪等の組織犯罪だけに適用されるのではなく、金融商品取引法違反事件や独禁法違反事件にも適用されることになっており、今後の政令では不正競争防止法違反事件等にも適用が予定されているそうですから、「ビジネス法務」としても、当然に関心が向けられるところですね。現に、上記日経の記事でも、大手法律事務所の弁護士(元検事)の方が解説をされています。当該弁護士さんの予想では「(司法取引制度は)幹部を摘発したい捜査機関と、助かりたい一心の部下の利害が一致し、捜査力は格段に上がる」とされています。

ここで改正刑事訴訟法における司法取引制度を詳しく解説することはしませんが、私はこの司法取引に関与する弁護士は相当慎重に弁護士倫理に配慮する必要があるのではないか、と危惧しております。以下具体例ですが、ある特定の犯罪について被疑者、被告人となっているA氏にはBという刑事弁護人がついているとします。関連する犯罪について、A氏が上司であるC氏の犯罪事実を申告するために、この刑訴法350条の2に基づく合意制度を活用することを検討しています。合意制度による恩恵をA氏が受けるためには、その合意(司法取引)に弁護人であるBの同意が必要となります(刑訴法350条の3、1項)。したがって、Bとしては合意制度を活用して自己の不起訴もしくは刑の減軽を得たいA氏から相談を受けるでしょうし、場合によっては弁護人のBから合意手続きの活用を勧めることもあるかもしれません。

改正刑訴法によると、上司であるCを立件するにあたり、このAの供述証拠のほかに補強証拠は不要とされています。そうすると、Aの信用性が十分に吟味されないまま検察がCの起訴に踏み切る可能性があり、Cの刑事事件には「助かりたい一心で、かなりいい加減な」Aの証言が証拠として採用されるおそれがあります。その結果、Cの弁護人であるDが熱心な弁護活動によってAの証言が虚偽である疑いを刑事裁判官に抱かせることも十分に考えられます。こういった例を念頭に置くと、CやDとの関係では検察官の合意離脱(刑訴法350条の10、1項3号)が考えられますが、そもそもA氏の弁護人であるBにはどのような倫理上の問題が発生するのでしょうか?(以下、たいへん長いので明日のエントリーにつづく)

5月 31, 2016 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年5月30日 (月)

監査役もフィデューシャリー・デューティーの時代

月刊監査役最新号(2016年6月号)の巻頭(羅針盤)に、樋口範雄氏(東大教授)の小稿「契約関係と信認関係-専門家の信頼強化のために」が掲載されています。職業専門家の利益相反事例に関する米国の裁判例を通じて、「法と契約と倫理の関係」が解説されています。樋口先生といえばもちろん信託法の権威でいらっしゃいますが、20世紀末に「フィデュシャリー(信認)の時代」という著書でフィデューシャリー・デューティー(現在は「フィデュー」とか「デューティー」と伸ばすようです)を日本に紹介された第一人者の方です。小稿の中で掲げられている具体例も、なかなか興味深いものです。企業の利益を追求すればするほど、その信用が失われ、持続的な成長を困難にしてしまう例は日本でも多く存在します。

フィデューシャリー・デューティーの徹底は、金融資本市場の環境整備に必須ということで、日本再興戦略2016(素案)でも金融行政の重点項目とされており、昨年あたりから金融機関では(行政当局との対話において)話題になっていますね。このたび月刊監査役でも樋口先生が登場されたということは、一般企業の監査役の皆様にも理解が必要な概念になってきた、ということではないでしょうか。そういえば5月25日の日経新聞朝刊「大機小機」のタイトルも「フィデューシャリーの時代」ということで、「21世紀の日本は、金融界を超えて社会全体がフィデューシャリーの時代を迎えているとの認識が必要ではないか」と問題提起がされていましたが、私もまさに同感です。近時話題になっている「フィデューシャリー・デューティー」は日本の金融機関の信頼性向上を目的としたものですが、コーポレートガバナンス・コードが成長戦略として実施されている昨今の上場会社にも、日本の証券市場を通じてフィデュシャリー・デューティーの発想が妥当するものと考えます。

たしか金融法務、企業法務に精通した法曹の方々を中心に「フィデューシャリー・デューティー」について議論していたころは、取締役の善管注意義務や忠実義務との関係で、法的義務の中身を精緻化するために活用されたり、善管注意義務の範囲に含まれるかどうか微妙な問題について、信義則の内容を明確化するために(つまり法的責任を論ずるために)活用されていたものと思います(先日のクックパッド社の経営権争いの中で、取締役監査委員だった著名法律家の監査報告個別意見でも「フィデューシャリー・デューティー」なる言葉が登場していましたね)。そもそも契約内容が締結当時は明確にならないために、裁判官が、後日契約の中身を補完する目的で「信認義務」を活用することもあります。

しかし、金融監督指針等で用いられ、現在話題になっている「フィデューシャリー・デューティー」は、ややこれとは異なるようです。契約関係の有無は別として、高度な専門性を有する受託者と受益者のように信認関係に立つ場合の受託者の役割・責任ということで、法的責任を超えた誠実義務のようなものとして捉えられています。受益者の利益を最優先するために受託者は何をすべきか、受託者自身で考えなければならない裁量の幅が広いのでいわば「プリンシプルベース」の発想です。そもそもどのような行為が「受益者にとって最良の行動か」という問題提起が不思議なものです。神様でなければ「受益者にとっての最良行動」など、現実にはわからないですし(後だしジャンケンのリスクが高い世界)、生身の人間の行動は不合理なものばかりですから(受益者の心理は多くのバイアスに満ちています)、受託者の誠実義務といっても裁量の幅は広いのが当然だと思います(本気で最良執行義務とは?といったことを語り出したら、おそらく人間関係は破滅してしまうと思います)。したがって、私は緩く「企業倫理」という概念で捉えるべきものではないかと考えています。

日本は判例法ではなく実定法の国ですから、英米法で形成されてきたフィデューシャリー・デューティーの考え方が、そのまま法的責任の有無に直結するわけではないようです。しかし、誠実義務ということが議論されるのであれば、実践的に企業倫理を検討するためのテーマにはなるように思えます。刑事罰や行政制裁の対象となる企業行動の「グレーゾーン問題」やガバナンス・コードに代表されるソフトローの解釈等、誠実義務の中身および義務違反に関するエンフォースメントの在り方等、監査役の皆様方にとっても具体的な事例を通じて検討することが有益ではないでしょうか。そしてその検討の最終成果としては、各企業における監査役の信頼向上ひいては、各企業の信用の向上にあると思います。

5月 30, 2016 fiduciary duty(信認義務) | | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年5月25日 (水)

上場会社は「株主との対話」の前に「監査法人との対話」が必要ではないか?

拙ブログはアドレスをたどってお越しいただく方よりも、BLOGOSで読まれている方が圧倒的に多いのが現状です。なので、コメント欄はあまりご覧にならない方が多いと思うのですが、最近は「流星さん」ほか、多くの方の有益なコメントが付いておりますので、ときどきはアドレスから拙ブログに入っていただき、参考にしていただければ幸いです。

ところで、東芝さんが減資発表と同時に2016年3月期の連結決算を訂正することを発表しましたが(たとえばYAHOOニュースはこちら)、「ひろさん」より、先日の新日本監査法人さんの改革に関するエントリーに対して、以下のようなコメントをいただきました。全文引用させていただきます。

時事通信にこんな記事がありました(注:東芝の決算修正の件)。
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052300538&g=eco
日経でも同様に東芝が決算修正をしたと(報じられています)。5月12日にいったん決算短信を出したものの、23日に誤りと監査法人との見解の違いがあって、修正を出しました。こういう訂正がもっとなければいけなかったんだと思います。今まで、おそらくは「いまさら言うな」と言われて受け付けてもらえていなかったことなのではないかと。一般の人や監査の在り方に関する懇談会のメンバーでさえ、株主総会まで3カ月、その招集通知の発送までに監査報告書なのだから、60日くらいは監査の日数があるんだろうくらいに思っていたと思います。しかし、実際は決算短信を出したらもう数字は動かせないという形で企業側に縛られていたのが実態なのではないかと。短信を出しても誤りがあれば直す、この当たり前のことが日本のエクセレントな大企業で行えるようにならない限り、監査での発見漏れは今度も起きるのだと思うわけです。今回、東芝は、自分が事故を起こしたこともあり、そして、来期は新日本監査法人から交代されることになり、直し漏れを残すわけにはいかないという事情があって、こういうことになったのではないかと思いますが、これが多くの企業で毎期何社も生じるようになってほしいと考える次第です。(注及び下線は管理人による)

私も会計監査人サイドから上場会社の会計不正対応に従事する機会が増えましたが、この「ひろさん」の指摘は共感を覚えます。「決算短信を出したらもう動かせない、いまさら言うな」と監査法人は会社側から恫喝される一方で、行政当局から(会社側が)不正の疑惑を指摘されるやいなや、今度は「いやいや、私たちは監査法人からお墨付きをもらっています。一点の曇りもなく、やましい会計処理はありません」と回答されてしまいます。会計監査人側によるビジネスモデルの理解不足が原因の場合もあるでしょうから、会社側の気持ちもわからないわけではありません。しかし、会計監査人は不正を見つけるのではなく、自分たちの会計処理にお墨付き(適正意見)を述べることが仕事(そのために高い報酬を払っているのだ)という意識が、上場会社サイドにかなり強いことは間違いないと思います。

昨日、東洋経済オンラインに伊藤歩さんの記事「1年後、決算短信からBSとPLが消える?」と題する記事が掲載されました。金融審議会の「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告書をもとに作成されたものです。もちろん審議会の提言は、2019年までに開示の簡素化を図り、投資家のためにわかりやすい投資情報を開示しようとの日本再興戦略2016(素案)の趣旨を実現するための第一弾だと思います。しかし、上記「ひろさん」の意見などを拝読しますと、企業と会計監査人との信頼関係を構築すべし、とするコーポレートガバナンス・コードの趣旨を実現するために、会計監査人と企業との対話を促進させる意味も含まれているのかもしれません(これは私の勝手な推測ですが)。

基準日をずらして株主総会の日程をずらしたり、株主総会関連手続きの電子化を図ることで決算監査の日数を増やすことも「適切な情報開示」にとっては重要ですが、なによりも意見表明に至るまでの会社と会計監査人との実のある対話を促進することが、最終的には株主と会社との対話の促進につながるものと思います。統制環境が財務報告に及ぼす影響や重要性の判断については、監査人どうしのコミュニケーションが円滑でなければ会社側に説得力ある説明ができないと思いますが、そういった監査人どうしの円滑なコミュニケーションも、やはり会社と会計監査人との対話が前提になるはずです。

ディスクロージャーが、会社の株主に対する説明責任を尽くす手段である以上、会社と会計監査人とは二人三脚で情報開示に努めるべきであり、だからこそ会社と会計監査人との信頼関係が維持できない場合には「監査人の変更」ということも堂々と議論されることになり、会計不正が発覚した場合には、会計監査人の責任を問えることになると考えます。

5月 25, 2016 ディスクロージャー | | コメント (3) | トラックバック (0)

2016年5月23日 (月)

創業家のからむ経営支配権争いには「ふたつの顔」がある

27800506_1定食屋さんを全国展開する大戸屋ホールディングスさん(JDQ)の定時株主総会において、創業家株主の方々が会社側人事案に反対する意向であることがマスコミ各紙で報じられています。最近は某大手流通グループさん、セコムさん、クックパッドさん、ロッテさん、黒田電気さん、王将フードサービスさん、そして大塚家具さん等、多くの企業のガバナンス問題で「創業家株主の活躍(暗躍?)」が話題になります。こういった時代を反映してか、左にご紹介した本のように、経営支配権争いに関与する法律家、企業実務家向けの良書も出版されています(ちなみに電子書籍版もあるそうです)。

経営支配権をめぐる法律実務(二木康晴、平井貴之著 新日本法規出版 3,500円税別 2016年4月)

本書のご著者である二木先生は富山和彦さんのところ(株式会社経営共創基盤)の社内弁護士の方ですね。平井先生も東京の企業法務に強い事務所の方だそうです。これまで真正面から「支配権争い」の攻撃防御について指南する本は出版されなかったのではないかと思います。経営権争いの準備方法、具体的な手段、参考となる裁判例が豊富に掲載されています。攻撃側、防御側いずれにも参考になります。私自身も現在進行形で3つほど(実際に裁判になっているのは1件ですが)、経営支配権争いの代理人を務めていますので、今後、活用させていただきます。

ただ、実際の経営支配権争いとなりますと、中小会社の「親族間の争い」に近いものと、委任状争奪戦等を前提とする上場会社の紛争とでは争い方も変わってきます(そもそも和解による終結の方策も全く異なります)。相手が嫌がることはなんでもやる!・・・という感じで、監督官庁や証券取引所にいろいろな投げ込みをやりますし、メインバンクや資本業務提携先企業を揺さぶるような情報提供もやります。コンサルタント・アドバイザーの方々のお知恵も拝借します。ときには著名な商法学者の方々の意見書も頂戴します。法に触れない、もしくは弁護士倫理に反しない範囲で、いろんな手を考えて事件を組み立てるので、まさに総合格闘技のような世界ですね(当ブログも、一方代理人の方から「あまり手のうちがわかるような内容のブログは書かないでね」と警告?を受けたことが何回かあります)。もちろん事件処理は秘密裏に行うのが鉄則です(ときどき表に出てしまうケースもありますが)。

ところで、先に掲げたような最近の事件は、オモテの世界に登場してしまったものですが、いったんオモテの世界に出てしまいますと「創業家VS現経営陣」「創業家内のお家騒動」といった構図でおもしろおかしくマスコミで話題になってしまう傾向があります。もちろん、本当に大株主としての支配力を駆使して現経営陣と対立するものもありますが、実はもうひとつ、「創業家の威信を隠れ蓑にした社長派と反社長派、または社長派と会長派との派閥争い」が実態、というケースもあります。いや、私が経験上では後者のほうが多いのではないか、と。

昔、普通の弁護士(?)をしていた頃、よく相続争いの事件を担当していました。亡くなった母親と同居していた長男夫婦の悪口を、生前、母親は、ときどき見舞いに来てくれた次男夫婦にしていました。次男夫婦は世話をする責任がないから「そんなことひどいことをされたのか?お母さん、かわいそうに」と母親に同情します。母親はかわいい次男夫婦に多くの遺産を与えて、(ケンカをしながらも、最後まで母親の面倒をみてくれた)長男夫婦には遺産を少ししか渡さない・・・ということがありました。経営者をリタイヤした創業家についても、経営権争いを繰り広げる反主流派が「今の社長はこんなひどいことを社員に強いています。このままだと会社はもちません」として創業家をなんとか自派の味方にしたいと画策します。創業家の中で主流派支持、反主流派支持と意見が分かれるケースもあります。冒頭の大戸屋さんの一件でも、監査役さんや社外取締役さんの多くが一度に退任されますので、色々な憶測が飛び交うことになるのでしょうね

某大手流通グループさんの事例で、社外取締役の方々に対して(社内取締役の方から)「S氏の退任後の処遇にまで社外取締役が口をはさむとは何事か!」と発言があったことが報じられていますが(産経ビズニュース)、やはり過去に大きな成功体験を持つカリスマ経営者の方の影響力というものは非常に大きいと思います。創業家がたとえ数%の株しか保有していないとしても、その方が経営に口を出すということは、おそらく現在議論されているガバナンス改革では制御できない影響力があります。では、そのような創業家大株主が存在する場合のガバナンスの最適な運用方法はどのようなものか?これはまた、持論を別途(論稿で)述べたいと思います。

5月 23, 2016 商事系 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2016年5月20日 (金)

三菱自動車燃費偽装事件-人事政策と不祥事を生む企業風土

三菱自動車さんは「迅速な経営」、そしてスズキ自動車さんは「効率経営」を徹底的に標榜したことで、燃費不正を発生させてしまいました。スピード経営、効率経営は攻めのガバナンス(企業の競争力向上を後押しするガバナンス)が推進するところですが、攻めのガバナンスを徹底すると、こういった守りのガバナンスを無効化する現象を生みやすくなる、ということが露呈されたように思います。

昨日(5月18日)、人事部長を経験された某役員の方と夕食をご一緒したのですが、人事部長さんだったころのお話はなかなか興味深いものでした。経営トップと人事部長で異動を含めた人事政策を検討するのは部長級及びグループ会社のトップまでで(人事担当役員という方はいらっしゃったのですが、あまり権限はなかったそうです)、その下は部長級クラスの方々の意見が最も尊重されるのであり、全体の組織のパワー発揮を重視して、バランスをとる程度しか人事部は関与しなかった、とのこと。これは楠木新さんの最近のご著書「左遷論」の中で、同じようなことを楠木氏もおっしゃっています(「左遷論-組織の論理、個人の心理」中公新書58頁以下)。

本日(5月19日)の日経夕刊社会面に、三菱自動車燃費偽装事件に関する取材記事が掲載されていまして、本社部長クラスの方が、部下に「なんとしてでも燃費目標を達成しろ」「やり方はおまえが考えろ」と高圧的な発言をしていたことがわかった、と報じられていました。直接指示をしていた事実もあったようですが、おそらくこういった経営幹部のプレッシャーによって部下が燃費偽装に手を染めてしまったものと思われます。これは東芝会計不正事件における「チャレンジ」「工夫しろ」「社長月例」と同じ構図であり、経営トップ(もしくはトップに近い方々)が不正に関与しているわけではないが、不正を許してしまった企業風土に問題があった、と会社側が説明する際の常とう文句です。

このような原因分析があたりまえになると、とりあえず経営トップは辞任ということで責任をとりますが、「企業風土に問題があった」ということで、三菱自動車さんの場合には部長級の方々、東芝さんの場合にはカンパニーのトップの方々は社内処分だけで済み、ほとぼりが冷めたころには経営トップに近いところで要職に就かれるはずです。そのような方々は社内でも顔が広く、結果もきちんと残しているので、おそらく人事権も握ることになるのでしょう。歴代の経営トップの方々の「不正関与疑惑」についても、墓場まで持っていく気概(私の胸にしまっておくのでトップは汚さない)なので、そのことが上司からの信頼をさらに増す要因にもなります。厳しい不祥事の矢面を一回経験して「学習機能」が発達しているので、次回はさらに隠ぺいが上手になりますし、リスク管理の専門家を活用するノウハウにも長けてきます。

ということで、日本企業の典型的な人事制度を前提とするかぎり、不祥事を生む企業風土が簡単に変わるわけがなく、売上目標や開発スピード、製造原価の低減だけを目標とした経営に加担していた方々による「悪しき企業風土」は長く組織に根付くことになります。住宅ローンや教育費、そして親の介護にお金が必要な世代であれば、組織力学を優先して行動することも当然かと思われます。

しかし、楠木さんが上記「左遷論」でも述べておられるように、「一億総活躍」しなければならない時代、もはやこれまでの(人の能力よりも組織パワーを重視した)人事政策はもたなくなってきます。「悪しき企業風土」が残る組織はかならず国民から「自分たちの幸福追求にとって不要な会社」と選別され、淘汰されてしまうことになります。そうならないためには、やはり「企業風土」をどうすれば変えていけるか模索する以外に持続的成長はのぞめないように考えます。よく「コンプライアンスは経営トップ次第」と言われますが、実際に高圧的な発言をした社員、その高圧的発言で不正行為に及んだ社員が会社にいらっしゃるかぎり、それでは思考停止に陥ってしまいます。ではどうすべきか?私はすでにセミナー等で持論をお話しておりますが、私なんかよりもっと「根回し」とか「貸し借り」とか「汚れ役」など、人間を冷徹に洞察して組織力学を実践された方々に検討していただきたい課題です。

5月 20, 2016 不当(偽装)表示問題について | | コメント (6) | トラックバック (0)

2016年5月17日 (火)

ロート製薬社の企業統治と執行役員制度の廃止

今朝(5月16日)の日経産業新聞に、ロート製薬さんが5月末をもって執行役員制度を廃止する、といった見出し記事が掲載されていました(ロート製薬さんといえばこの4月から社員の副業を容認したことが話題になりましたね)。HPにも「役員の異動と執行役員制度廃止に関するお知らせ」としてリリースされています。執行役員制度を廃止する理由としては、

①取締役の責任と権限を明確にするため、②経営の効率化、意思決定の迅速化を図るため、③執行役員という枠にこだわらず、全管理職が責任をもって機動的な業務執行を進めるため

とあります。大企業を中心に、執行役員制度は広く活用されていますので、ロート製薬さんの決断は今後話題になりそうです。サイバーエージェントの藤田社長さんも、2月の日経ブログにおいて、

「今に始まった話ではないが、日本の会社における執行役員という肩書きの使われ方は、実態として曖昧なものになってきていると感じる。執行役員が重要な業務執行の決定をしている場合もある。当社でも執行役員制度を廃止すべきかどうか、取締役会で真剣に議論をしたが、結局それなりのメリットがあると考えて残すことに決めた」

と語っておられました。

近時のコーポレートガバナンス改革の中で、いまホットな話題は取締役会の実効性評価ということになりますが、モニタリングモデルを標榜して「執行と監督の分離」を実質的にも検討しておられる企業が少しずつ増えています(金融機関を中心に指名委員会等設置会社に移行する企業も出てきました)。上記日経ブログで藤田さんがおっしゃるとおり、執行役員制度というのは、基本的には従業員ですが、社内的には役員待遇であり、すべての業務を網羅しているわけでもない、きわめて「あいまいな」役職です。会社法上にも執行役員なる概念は存在しません。

とくに業務執行取締役が存在する場合に(社内取締役の多くはそうですが)、その業務執行役員が重要な意思決定を執行役員に丸投げしているケースも多いはずです。機動性や柔軟性を重視すれば、執行役員はとても便利な役割を担ってくれますし、また取締役の地位に社外の人たちが増えてくると、社内の人事政策として、取締役に就任できなかった方々の昇格の道を確保できることにもなります(このあたりが大いに普及した要因ではないでしょうか)。

ただ、取締役改革の一環として「モニタリングモデル」の導入を考えますと、業務執行取締役に対して権限委譲が進むとになり、ますます柔軟性が増すことはあったとしても、その監督は極めて難しいことになります。また、権限の所在が不明となり、責任者の特定が困難となることも考えられます。このような不安を払しょくするために、ロート製薬さんは10年以上続いた執行役員制度を廃止することに決めたのではないでしょうか。一方で、たとえば後継者育成計画の中で、比較的若くて将来性豊かな社員を執行役員に抜擢して、ほかの若手と競わせてマネジメント能力を高めさせるためには必要な役職ではないか、との意見もあります。

これまで、日本企業の人事政策にマッチしたものとして「執行役員制度」や「従業員兼務取締役」といった地位が多くの企業で活用されています。しかしそのような制度が執行と監督の分離や権限委譲による経営の迅速性、効率性強化の方向性と合致しているのかどうか、外からはよくわからないものです。取締役会改革を本気で進めるのであれば、なぜこのような制度を残す必要があるのか、また標榜しているモニタリングモデルの機関形態と、その制度が矛盾しないのか、ロート製薬さんの決断をみておりますと、外から質問を受けた場合には、合理的に説明ができるように準備をしておく必要があるように思います。

さらに取締役会改革に注目が集まる中で、執行役員制度を活用するのであれば、会社法上の内部統制(効率的な職務執行体制を確保するための基本方針)の事業報告における開示として、①当社が執行役員制度を採用していること、②執行役員への業務執行権限委譲と取締役会の監督との関連性、そして③それらの運用状況を記載する必要があると考えます(場合によっては総会での質問にも回答する必要があるかもしれません)。

5月 17, 2016 コーポレートガバナンス・コード | | コメント (5) | トラックバック (0)

2016年5月16日 (月)

セコム会長・社長解職劇-指名報酬委員会の透明性について

好業績が続いているにもかかわらず、セコム社の取締役会は会長さん、社長さんの解職を決議して、その結果、おふたりは任意で取締役たる地位からも辞任されたそうです。役員会では、取締役総数11名中、過半数である6名の賛成(解職動議に関して)が得られたということなので、先日の大手流通グループさんの件と同様、かなり微妙な判断だったように思います。

一体どのような経緯で社長解任劇に至ったのか、周囲は真相を知りたいところですが、そこはさすがセコムさん、情報の流出を避けるため、会長・社長さん方のために特別ポストをご用意され、関係者間でかん口令を敷いておられるようで、こういった社長解任劇における紛争解決の模範的な対応がとられたのではないでしょうか(これはあくまでも私個人の推測の域を出ませんが)。いずれにせよ、こういった経営トップの解任に至る経緯には、到底外からはわからない内部事情がありますので、そのあたりは内部告発でもないかぎりは真相は闇の中、外からはうかがい知ることは困難かと。

ところで、日経新聞ニュースや新社長さんへのインタビュー記事で気になりましたのが「指名報酬委員会の構成員が誰だったのか公表されていない」という点です。セコムさんは監査役会設置会社ですが、数か月前に指名報酬委員会を設置されたそうで、この委員会が実質的には会長・社長交代の是非について審議をされていたそうです。ところが一体どなたが指名報酬委員会の委員だったのか明らかにされていません。新社長選任経緯がこれでは不透明ではないか、創業者の世襲制を正当化するための道筋だと受け取られてもしかたがなのではないか、といったご意見が出ても不思議ではないと思います。

たしかに次期経営トップをどのようなプロセスで選任するのか、いわゆるサクセッションプランについては、採用の有無、選任方法について外部から見える形にすべきだというのがガバナンス・コードの立場かと。とくに社外取締役がどのような立場で指名報酬委員会に関与しているのか、という点は株主の皆様方にも関心の高いところです。社外取締役さんについては、たとえ法律上の独立性要件を満たしているとしても、経営陣と親しい紹介者なしで選任されるようなことはほとんどありませんので、どの社外取締役さんが委員なのか(経営陣の誰と親しいのか)、ということも株主からは知りたいところです。そう考えますと、選任過程が不透明ではないか、ガバナンスが機能していないのではないか、という批判も出てくることでしょう。

ただ、先日の大手流通グループさんの会長退任騒動においては、(どなたが流したのかは存じ上げませんが)、まだ指名報酬委員会の結論が出る前から、誰が人事案に賛成、誰が反対といった情報が連日マスコミで報じられていたことは記憶に新しいところです。誰が指名報酬委員会の構成員か、外からわかりますと、委員に対する取材攻勢が過激になったり、また経営権争いの道具として委員側からマスコミへのリークなどが活用されることが想定されるのではないでしょうか。

あの大手流通グループさんのケースでも、事業会社重要人事案が(親会社取締役会において)賛成票、反対票、棄権票に分かれ、無記名投票による議決権行使方法まで採用されました。おそらくリークされた指名報酬委員会の審議の状況は、その後の取締役会の議決権行使の結果にも多大な影響を及ぼすことが考えられます。そうだとすると、社内の紛糾状況を極力事前にリークされることを防ぎ、「自由闊達な取締役会での議論を実現するために、あえて指名報酬委員の構成メンバーを社外には公表しない」というセコムさんの判断も、あながちガバナンス改革の方向性からは逸脱しているとはいえない、という理屈も成り立つように思えます。

指名報酬委員会というものを、仕組みの面から考えれば経営判断の透明性向上に有用だと考えられますが、その運用をひとつ間違うと逆に透明性を減殺させてしまう道具にもなりうる、ということです。いずれにしても、指名委員会等設置会社の取締役でもないかぎり、善管注意義務が問われるような場面ではなく、株主を含めた社内外のステークホルダーに対する説明責任が問われる場面なので、一連の会長・社長解任劇の内実が、公明正大に行われたことが論理的に説明できるよう準備を整えておく必要がありそうですね。

5月 16, 2016 商事系 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年5月14日 (土)

「内部告発の時代」-オリンパス現役社員いよいよ浮上!

222127_2(5月14日午前 追記あります)

さて、いよいよ待望の一冊が本日発売されました(アマゾンさんでも発売開始となりました)。拙ブログでは組織別閲覧回数解析で常にベスト10に入っているオリンパスさんですが(いつもお世話になっております<m(__)m>)、本日はあえて本書をご紹介させていただきます。

内部告発の時代(山口義正、深町隆著 平凡社新書 840円税別)

オリンパス事件の内部告発といえば、あの「高裁逆転判決」の浜田さんが有名ですが、この深町さんは、マイケル・ウッドフォード氏が主役となったオリンパス社の「損失飛ばし・飛ばし解消」による会計不正事件を最初に内部告発された方です(今も現役のオリンパス社員の方なので、もちろん仮名です)。オリンパス事件を最初に報じたマスコミはFACTA誌でしたが、同誌に記事を持ち込んだフリージャーナリスト山口義正氏に情報提供をされた方です(山口氏のご著書「サムライと愚か者」 でも告発者として登場されましたね)。本書では第Ⅰ部を「内部告発をめぐる現在」として山口義正氏が、そして第Ⅱ部を「オリンパス事件の真相」として深町隆氏が、それぞれ「書き下ろし」ています。

なんといってもオリンパス会計不正事件がどのような経緯で明るみに出てきたのか、損失とばし・隠ぺいに関与していたとされる役職員の方々は、いまどうしているのか、これまでマスコミでも明らかにされていなかった事実が満載です(正直申し上げて、大手の監査法人、法律事務所の先生方は、読むのが嫌になるかもしれません。第三者委員会や責任調査委員会設置に関する経緯なども刻銘に記されています。私に直接、オリンパス事件の会計処理を丁寧にご解説くださった会計士の先生なども登場しますので、本書をご紹介するのがやや複雑な心境ではあります。。。)

また、新事実は深町氏の執筆部分だけでなく、山口氏の執筆部分にも驚くべき内容として出てきますので、オリンパス事件の真相は両方にまたがって記されています(たとえば情報管理の最先端を行くグローバル企業でも、こんな形でいとも簡単に重要情報が漏えいしてしまうとはオソロシイ・・・)。山口氏の執筆部分では、内部告発者の現実(正義を貫くという「きれいごと」だけでは済まない告発者と支援者との現実)なども紹介されており、社内通報の危うさ、弁護士等専門家を活用することの難しさ、そして公益通報者保護法の限界等、私にとっても耳の痛い話が登場します。

深町さんご自身による執筆部分をお読みになればおわかりのとおり、深町氏の財務、経理、法務に関する知識、知見のレベルはかなり高いと思われます。つまり、このような企業の中核(?)に現役でいらっしゃる社員の方が、2005年ころから今日まで、どなたか特定されずに普通に仕事をされている、ということです。なぜそのようなことが可能なのか?それは本書をお読みになるとおわかりになるかと思いますし、そのあたりが山口義正氏の執筆部分とつながる面白さになります。企業側からみても、内部告発リスクというものを、どのように考えるべきか、非常に参考になるはずです。

どうすれば上手に内部告発ができるか、これから内部告発を考えていらっしゃる社員の方や内部告発リスクを管理したい企業実務家の方々、そして経営者や法律家、会計専門職の方々にも、多くの示唆を与えることは間違いありません。ぜひともご一読いただきたいお勧めの一冊です(なお、本書は平凡社さんからご献本いただいたことを最後に付言させていただきます)。

(5月14日午前 追記)本書は私が最初にご紹介したと思っておりましたが、朝日新聞「法と経済のジャーナル」にて、私よりも早く紹介されていたようです。こちらはプロの記者の方が紹介されています。

5月 14, 2016 本のご紹介 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2016年5月11日 (水)

新日本監査法人さんの改革-堂々とした姿勢を期待します

中央公論の最新号(2016年6月号)に「東芝の不適切会計-監査法人は何を見落としたのか」と題して、新日本監査法人(新)理事長さんの独占インタビューが6頁にわたって掲載されています。インタビュー内容については触れませんが、(中央公論さんには申し訳ないのですが)タイトルから期待されるほどに突っ込んだ(踏み込んだ)インタビュー記事とまでは言えないように思いました(もちろん個人的な意見なので、ご興味のある方はご自身でご判断ください)。

ただ、これから株主総会を迎える上場会社のうち、新日本監査法人さんを再任する予定の会社さんは必読かと思います。金融庁による処分理由とされている「法人としての品質管理」についてどのような改革を行っているか、また現場の監査担当者のスキル向上のために、もしくは職業的懐疑心を発揮するために、どのように取り組んでいるか、といったことが解説されていますので、株主から質問を受ける可能性のある総会議長さんや常勤監査役さんにはとても参考になるかと。

新理事長さんは、インタビューの最後のほうで、今後の新日本監査法人をどのような監査法人にしたいのか抱負を述べておられ、その内容については私も共感するところです(内容は中央公論をお読みください)。しかしながら、記者さんからの個別の質問に対しては、(私の個人的な感覚かもしれませんが)監査見逃し責任を追及される訴訟を想定したうえでの回答や、監査人に期待されている不正発見機能を発揮するための独立性を確保する、そのために今後は会社との緊張関係を維持して監査にあたる、といった趣旨の回答が目立ちました。

たしかに不正発見のために職業的懐疑心を発揮したり、監査人の独立性確保のために会社と緊張関係を維持することは大切です。しかし、「東芝事件では不正を見抜けなかったから、これからは見抜ける具体策の実行に尽力します」という回答だけでは、どうも受け身に感じられます。新日本さんは日本を代表する監査法人なのですから、もっと堂々としてほしいですし、制度監査の存在価値を国民に理解してもらうためのリーディングカンパニーとしての役割を果たしていただくことを強く希望します。上場会社には株主、投資家に対する財務報告の責任があります。監査法人の適正意見をもらわないと上場会社はこの説明責任を果たすことはできないのです(このことはコーポレートガバナンス・コードにおいても確認されているはずです)。

監査は証券市場のインフラです。上場会社は財務に関する説明責任を尽くすという重責を、会計監査人に「お墨付き」をもらうことによって解除される(免責される)ことになるのです。つまり会社と監査人は二人三脚で株主、投資家もしくは会社債権者に対して説明責任を果たす必要があり、そのための信頼関係を維持することが大切だということです。100社のうち1~2社くらいは不正会計に手を染める会社も出てくるわけでして、不正発見(もしくは不正の疑惑発見)のための「オオカミ少年監査」の勇気が必要になります。しかしあとの99社くらいは、いつも粉飾の誘惑に負けそうになりながらも、監査人との信頼関係の中で誠実に財務報告を作成しているわけで、この現実を前提として会計監査が社会的インフラとして必要なものであることを、どうか国民に示してほしいと思います。

以前、ダン・アリエリー氏の著書「ずる-ウソとごまかしの行動経済学」をご紹介しましたが、同書に出てくるエピソードとして「カギの効用」があります。鍵屋さん曰く

「カギはなぜ家についているのか、わかるかい?泥棒から財産を守るため?いやいや、プロの泥棒はどんなカギがかかっていてもその気になれば盗みはできるんだ。カギは100人中99人の誠実な人たちが、『その気』にならないためについているんだよ」

監査の効用も、実はこの「カギの効用」に似たところがあるのではないでしょうか。

新理事長さんもインタビューの中で「市場の番人」という言葉を使っていますが、なぜ市場の番人たりうるかといえば、不正を発見することもあるでしょうが、会社と監査人とのコミュニケーションを通じて、批判、指導を尽くし「これならお墨付きを与えてもよい」と一般株主の代理人たる立場で会社と向き合うからではないでしょうか。米国では2000年はじめのエンロン事件以来、大きな会計不正事件は発生していません。SOX法によって会計規制が厳しくなり、それとともに監査法人の会社への対峙姿勢にも変化がみられるということです。「なれ合い」や「プレッシャー」というと後ろ向きですが、「信頼関係の構築」といえば前向きです。東芝事件で真の改革を実行するのであれば、私は堂々と会社側と向き合う姿勢を一般国民に示してほしいと思います。

会社側から「監査報酬によるプレッシャー」を受けることを防ぐには、私は一刻も早く(監査法人が)国民を味方に付けることが必要だと思います。米国でのSOX法による上場会社規制の厳格化が(会計不正事件撲滅に)成功したとみられる中で、日本でも再び東芝事件レベルの会計不正事件が再発した場合、今度こそ日本の上場会社にも、また監査法人にも厳しいハードローによる規制が待ち構えていると覚悟すべきです。

5月 11, 2016 監査法人改革の論点整理 | | コメント (6) | トラックバック (0)

2016年5月10日 (火)

下請従業員による不正告発と東亜建設社の自浄能力評価

内部通報指針が今夏にも改正される、との特集記事が日経法務インサイド(5月9日朝刊)で報じられていましたが、指針(ガイドライン)だけでなく、法改正によらなければ大企業の不正は明らかにならないのではないか・・・と考えさせる事件がまた発生しています。すでにご承知のとおり、5月6日、東証一部のゼネコン東亜建設工業さんは、羽田空港C滑走路の地盤改良工事で、液状化を防ぐ薬液の注入量データを改ざんして、設計どおりに完成したと虚偽の報告を行ったことを発表しました。二代にわたる東京支店長の方々が、「新開発工法による耐震工事に失敗は許されない」との社内論理を最優先して現場に偽装を指示していたとのこと(おふたりの人事更迭に関しては同社HPにて公表されています)。

ところで日経新聞ニュース他によると、この工事偽装が発覚した原因は、先月(4月)、二次下請業者が一次下請業者を通じて東亜建設さんに通報したことだそうで、4月21日には社長、25日には経営会議に報告されたそうです。一次下請業者による東亜建設さんの建設業法違反事実の(下請け事業者への)通報は、いわゆる公益通報者保護法上の公益通報にあたるものとして、通報者は一次下請会社から不利益処分を受けないことになっています。しかし、東亜建設さんが(通報を契機に)一次下請会社との契約を解消することは一切同法の関与しないことになっていますので、実際には(契約解消を覚悟の上で)二次下請業者の従業員の方が内部告発や内部通報に出ることはかなり勇気のいることだと思います。

公益通報者保護法は、事業者と従業員(労働者)との労務契約上の関係保護が原則であり、事業者間の契約関係には踏み込めません。これは民法上の契約自由の原則に国家権力が立ち入ることは不当な民事介入に該当するからです。しかしながら、下請法のように特別な社会政策的立法が存在すれば合理的な範囲で制限することも可能です。東亜建設さんの件は、(組織の強みからか)本体の社員は一切不正を社外に漏洩することはなかったので、おそらく下請業者さんの通報がなければ、国交省も国民も、とんでもない不正工事の隠ぺいの事実を知ることはできなかったものと思います。そのような意味では、取引先事業者も(発注会社との関係において)公益通報者に含め、一定の場合には民間取引の効力制限に国家が関与すべき例外を認めるべきではないでしょうか。

なお、最近のゼネコンさんは、今朝の日経新聞でも取り上げられていた内部通報者保護規程(ヘルプライン)において、取引業者従業員の方にも通報を認めているケースが増えてきましたので(ホームページ等で紹介されている会社も多いようです)、ひょっとすると東亜建設さんのヘルプライン規程に則って下請業者さんが内部通報をされたのかもしれません。もし、そのような経緯で経営陣が関与する偽装工事やその隠ぺいの事実が発覚、公表に至ったのであれば、それはそれで(ヘルプラインが機能したことになり)東亜建設さんの自浄作用が発揮されたと評価できる可能性もあります。本日の東亜建設さんの株価は不正の範囲の広がりが懸念されて急落していますが、不正発覚の経緯が調査委員会等による事実解明で明らかになれば、同社の自浄能力の有無に関する評価も可能になろうかと思います。

上記東亜建設さんの事件だけでなく、東芝さんや三菱自動車さんの件等、大きな企業不祥事が発生(発覚)するたびに、識者の方から「最後はトップのコンプライアンス意識」「経営トップの率先垂範が大切」と指摘されますが、私、最近の不正調査の経験等から「ちょっと違うのではないか」と感じているところです。経営トップの遵法精神は必要条件ではあっても十分条件にはならないですね。上記のようなフレーズは、もはや流行のキャッチフレーズ化してしまい、組織に思考停止をもたらし、本当の原因究明や再発防止策の実効性を妨げているように思います。そのあたりはまたセミナー等で詳細にお話したいと考えているところです。

5月 10, 2016 公益通報者保護制度検討会WG | | コメント (3) | トラックバック (0)