2023年5月18日 (木)

最近の監査役員に関する話題(備忘録程度ですが・・・)

ブログを更新する時間があれば書こうと思っておりました話題をいくつか備忘録として書き留めておきます。どれも関心のあるテーマです。2013年に始まったコーポレートガバナンス改革の流れの中で、「監査」と「監督」の境界線があいまいになり、機関投資家も「監督」には興味があるのに「監査」には興味を示しません(常勤の監査役員を置く日本企業においては、資本コストの判断やサステナビリティ経営への本気度を評価するにあたっては「監督」よりも「監査」のほうが可視化できるのに-つまり効率的に評価できるのに-、そこに気づかない投資家が多いのは残念です)。いかにして「監査役員の監査環境を構築していくか」という問題は切実です。

1 常勤監査役の解任のための臨時株主総会の開催

東証スタンダードに上場する某社において、常勤監査役解任議案を付議案件とする臨時株主総会の開催に関するお知らせがリリースされております(5月9日付け)。ふつうは経営陣と意見が合わない監査役さんは「一身上の都合により辞任」という方向で退任されるケースが多いと思いますが、これは常勤監査役さんが辞任はできないという意思をお持ちなのでしょうか。招集通知に添付される参考書類には解任の対象とされる監査役の意見や他の社外監査役さんの意見が表明される機会がありますので、そちらに関心が向きますね。なお、以前当ブログでもとりあげた某監査役の方(株主提案で監査役解任議案が出された)は、みずからホームページを立ち上げて解任理由への反論を株主向けに開示しておられました。

ところで会社側が解任理由で述べておられるような事情があるとすると、そもそも「常勤性」は解消しないのでしょうか。監査役3名の決議によって「常勤監査役」を解職できますので(ともかく別の監査役さんを常勤に選定する)、そちらのほうはなぜしないのでしょうか。

2 粉飾決算で上場会社に「株価下落」分の賠償責任認容(堺支部)

5月16日付け朝日新聞ニュースによりますと、上場前から(中国子会社にて)粉飾が行われていた某上場会社(東証プライム)に対して、一般株主が粉飾発覚によって株価が下落したことによる損害の賠償を求めていた訴訟で、大阪地裁堺支部は一部会社の賠償責任を認めた、とのこと。なお、監査法人や主幹事証券会社の責任は認めなかったようですが、これを不服として株主側は控訴する意向のようです。

本案件は内部通報への対応が問題とされた案件でもあり、また2019年に詳細な調査委員会報告書が公表されていることから、私も当時報告書を読んだのですが、「監査役(監査役会)は何をしていたのか・・・」という点が報告書からはよくわかりませんでした。監査法人や主幹事証券会社の責任が否定されたことと、当時の監査役会(現在は監査等委員会設置会社)の行動との関連性はどうなのか・・・そのあたりはぜひとも判決文を確認しておきたいところです(おそらく法律雑誌に掲載されるでしょう)。

3 会計監査人による非保証業務の同時提供に関する監査役会・監査等委員会の取扱い

公認会計士の倫理規則の改訂により、非保証業務の同時提供に関する独立性が強化されたことはご承知のとおりですが、監査人が非保証業務を提供するにあたっては(監査法人からの事前説明を経て)個別承認もしくは包括承認という形で監査役会が同意をする実務が始まりました。私が支援している会社では、監査役員間で真摯に協議を行い、「原則、同時提供は禁止。ただし、同時提供が必要である理由および監査役が(監査法人による)同時提供によって監査人の独立性を阻害することがないと確信できる合理的な理由がある場合にかぎり、例外的に同時提供ができる」という取扱い要領を作り、監査法人側の了解を得ました。また、経営陣にも「監査人から同時提供の申出があったとしても、まずは非保証業務は別の監査法人を探すように」と伝えました。

会計監査人の利益相反問題への対処ということで、監査の結果および方法の相当性を審査する監査役員にとっては重大問題です。ただ、これを重大問題と意識しておられる監査役、監査等委員の方が意外と少ないのではないでしょうか。

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2023年5月13日 (土)

全国の社外取締役必読!(その2)-SBI新生銀行TOB意見表明書

6月の定時株主総会の時期を前に「おまえ、そんなことしている場合か?自分の心配が先ではないのか?」とご批判を受けるかもしれませんが(^^;)、昨日リリースされました「支配株主であるSBI地銀ホールディングス株式会社による当行(株式会社SBI新生銀行)株式に対する公開買付けに関する賛同の意見表明及び応募推奨のお知らせ」はきわめて興味深いリリースです(このようなリリースは忙しくても、どうしても条件反射的に読んでしまうのです・・)。

とりわけ全国の上場会社の社外取締役さんにとっては必読ですね。先日、こちらのエントリーにて、伊藤忠・ファミマTOB案件の決定内容も必読と書きましたが、SBI新生銀行事案もぜひ「自分が社外役員だったらどうするか」検討してほしいと思います。TOBの対象会社であるSBI新生銀行側に設置された特別委員会を構成するのは同社3名の社外取締役と外部有識者1名です。2019年経産省「公正なM&Aの在り方に関する指針」に沿って、取引条件の公正性確保のためのプロセス、及び一般株主による判断に必要な情報開示の適正性を担保する措置が執られるわけですが、当該委員会の4名中1名が反対意見、もう1名が補足意見を述べておられます(その理由も開示されています)。さらに、対象会社の別の社外取締役(特別委員会の委員ではない方)は、当該TOBへの意見表明について(委員会報告を受けた取締役会において)反対意見を述べておられます(審議・決議に参加した取締役6名中、反対は1名。反対理由も開示されています)。

本事案特有の問題もありまして(国が保有する株式への処遇、公的資金返済の必要性)、一般株主保護はTOB価格の公正性だけでなく、株主平等原則への抵触問題(会社法違反か否か)にも配慮する必要があります。ということで、パッシブ運用が主流となった証券市場を前提に、MOM条件も合意されていない親会社のTOBにどのように社外取締役が決断するのか・・・、いやいや、委員は厳しい立場に置かれますよね。ましてや、先日の伊藤忠・ファミマの地裁決定が出ていますので、自身の責任問題も意識しながら対応しなければならない。なお、あえて個人的な感想で申し上げると、私は特別委員会で補足意見を述べておられるT社外取締役(弁護士)の意見にいちばん近いかなあ・・・と(株主平等原則に違反するかどうかはわからない、という結論を、一般株主と買収会社のどちらの負担と結びつけるか、という点はまだ悩んでおりますが)。

ぜひ多くの社外取締役の方々にも悩んでいただきたい事案です。価格の妥当性やどこに株主平等原則との関係で問題が生じるのか等、内容につきましては、また続編を書きたいと思います。なお、こういった事案の場合、どうしても従属会社側の社外取締役の対応に関心が向きがちですが、買収する側の上場会社の社外取締役にもプレッシャーがかかることに注意が必要です。近時は機関投資家から「資源の最適配分」への要望が強くなりましたので当然のことではありますが・・・

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2023年5月12日 (金)

近ツリ「重い代償」-内部通報制度は機能しなかったのか?

東洋経済オンラインにて、近ツリ社のコロナ過大請求事件の重い代償についての記事(5月12日付け)が掲載されています。国民への信頼を裏切った事案として、業績にも影響があることが報じられています。

ちなみに4月の朝日新聞ニュースによりますと、市からの委託料を過大に請求していた事実は「3月下旬になり、『人数をごまかしている』という内容の匿名の通報が市に寄せられ」たことから発覚したそうです。推測になりますが、社員(グループ会社、下請会社を含む)からの情報提供(内部告発)によるものと思われます。

社員から不正を打ち明けられた支店長が黙認していた、という事実も重大ですが、そもそも不正に関与していた(見て見ぬふりをしていた)ことで苦悶していた社員の声を社内で受け止める制度は機能していなかったのでしょうか?パソナの案件が発覚した直後であり、地方自治体も各社に自主調査を要請していた時期でもあっただけに、ここで大手企業の自浄作用が機能していなかったという事実は極めて厳しい。

ご承知の方も多いと思いますが、昨年6月の公益通報者保護法の改正により、自治体への告発者の保護要件は緩和され、また行政機関には内部告発への対応体制整備義務が明記されました。さらに外部通報を業務として支援する弁護士やリスクコンサルタント事業者も増えています。このような状況で内部通報制度が機能せずに自治体への情報提供で不正が発覚した場合、レピュテーションリスクの毀損と経営陣の業務執行上の不備との因果関係が明らかとなるため、経営陣の責任問題にも発展する可能性があります。

本事案では、近ツリ社でなぜ内部通報制度が機能しなかったのか、自社においてその真因を詳細に調べることが喫緊の課題ではないでしょうか。

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2023年5月 9日 (火)

第三者委員会-根本原因の解明と企業の「深い闇」

610994_xl いつもお世話になっている八田進二先生(青山学院大学名誉教授、大原大学院大学教授)から、またまた書籍を頂戴しました。佐藤優氏「国難のインテリジェンス」にて、佐藤氏と八田先生が対談をされていたのですね。「『禊(みそぎ)』のツールとなった第三者委員会再考」と題する対談であります。日本の組織力学を冷徹にみつめる佐藤優氏が、八田先生の「第三者委員会制度に向けた疑念(懐疑心?)」に関心を寄せておられ、八田先生の前著「第三者委員会の欺瞞」を拝読したときと同様、私にとっては耳の痛い内容であります。この対談集の中で、私個人としては菊澤研宗氏(慶應義塾大学教授)との「人間は合理的に行動して失敗する」というテーマの対談録もたいへん興味深いところでして、ぜひおすすめの一冊です。

さて、第三者委員会だけでなく、会社から依頼を受けて社内不正の調査を行う中でも、不祥事発生の根本原因とか、真因というものを深く探求することが求められます。なにゆえに社員がやむにやまれず不正に手を染めたのか、その原因をいわゆる「不正のトライアングル」にしたがって解明すると、なかなかキレイに整理できることが多いです。しかし、そのような社員の不正がなぜ長年続いてきたのか、疑惑を知りつつ、なぜ同僚は黙認していたのか、部下から報告を受けたにもかかわらず、なぜ経営陣は徹底した監査をしなかったのか、といった構造的な欠陥については真相究明が深堀りされないままで調査が終わってしまうこともよくあります。

ここで調査委員として「根本原因の解明」に全力を注ぎますと、よくぶつかるのが当該企業が抱える「深い闇」ですね。この「深い闇」に手を突っ込んでここに光を当てようとすると、いろんなところから(今まで経験したこともないような)圧力がかかる。あるときは社長から、あるときは海外親会社のCEOから、あるときはOBから、あるときは監督官庁から、またあるときは取引先から、さらにあるときは従業員組合や特約店組合から・・・。不祥事解明は、別の企業の不正発覚に飛び火したり、日銭を稼ぐ事業部門の日ごろの取引に悪影響を及ぼしたり、国の不作為責任が問われる材料を提供することになったり、社内の人事政策に重大な変更を生じさせたり、その圧力の理由は仮説の域を超えないけれども、次第に判明してきます。

本当は深堀りして、構造的な問題について確信といえるまで証拠をそろえて公表したい(開示したい)と思うのですが、通常はステークホルダーへの説明責任を果たすために調査に与えられた時間は2~3ヶ月でして(フォレンジック部隊をそのまま事件に繋ぎとめておけるのも、費用的にみても3ヶ月が限度かと)、疑惑のままでギリギリのところで手じまいをして妥協せざるを得ない場合が多いのではないでしょうか。私個人としては、ここに「第三者委員会の限界」があるように感じています。ただ、それで本当に良いのか・・・悩むこともありますね。企業にはここまでビジネスを発展させてきた背景に、かならず「触れることができない(望ましくない)深い闇」を持っているはずです。社会で問題視される不正・不祥事はこのような深い闇と何らかの関係をもって社内に潜んでいたのであり、これを晒して「にっちもさっちもいかない状態」にしてしまうのが第三者委員会の役割かと言われると、逡巡してしまうのですね。

「再発防止策の提言」など、調査委員は偉そうに語るわけですが、実はこのような「深い闇」を断ち切らなければ不正・不祥事は(形を変えて)再発することは間違いないですね(笑)。いや、このように考えていること自体が「第三者委員会の深い闇」だったりします。第三者委員会の委員等を本気でやってみるとおわかりになると思いますが「本当に難しい仕事だなあ」と、上記八田先生と佐藤氏との対談を読みながら黙考しておりました。

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2023年5月 2日 (火)

弁護士資格を有する取締役であるがゆえに高度な善管注意義務あり、との裁判例

旬刊商事法務の最新号(4月25日号)の「新商事判例便覧」を読んでいて初めて知りましたが、弁護士である取締役による他社の買収・管理に問題があり、会社に損害を発生させた場合に、当該取締役には弁護士資格者であるがゆえに高度な善管注意義務があるとして、当該善管注意義務違反に基づく損害賠償が認められた高裁判決が出ているのですね(令和4年9月15日東京高裁、なお原審東京地裁判決もほぼ同旨)。

A社がある会社を買収するにあたって、金融機関から融資を断られたため、A社オーナー経営者が「このままだと(買収が不成立となって)契約上の責任を負わないといけないかもしれないがどうしよう」と悩んでいたところ、弁護士資格を保有するA社取締役が「確定申告の控えをみると、対象会社には資産があるから財務的に大丈夫」「1億円ほどの資産があるので債務についても十分に返済可能」「自分はM&Aを専門とする弁護士であり、DDの経験もある」といったことを述べ、最終的にはトップも納得して経営判断として資金調達のうえで企業を買収しました。その後、この買収対象会社は統合後に破綻したため、A社が当該弁護士資格を有する取締役に会社の損害について賠償請求した、といった事案です(事案の解説はジュリスト2023年3月号の舩津教授(同志社大学)の解説記事から引用しています)。

これも判決全文を読んでおりませんので、あくまでも推測ですが、弁護士という資格をもって「当該取締役には高度な善管注意義務あり」との判断はそれほど聞いたことがありません。ちなみに過去の判例としては、小会社の監査役について、弁護士資格を有する監査役であるために代表取締役の粉飾決算を見抜けなかったことについて「重過失あり」とされ、対第三者責任が認められた下級審判決はあります(東京地裁平成4年11月27日 判例時報1466号146頁)。令和4年判決の弁護士の方は監査役や社外取締役ではなく、業務執行を担当していた社内取締役ではないかと思いますが、いずれにしましても、同業者としましてはちょっと気になる判決であります。会社社長に対する忖度もあったのでしょうか。

これも推測ではありますが、単に弁護士資格を有する監査役、取締役だからといって善管注意義務のレベルが高くなる、という単純な判断基準が示されたのではなく(事案をよく読むと)「うちの会社は弁護士が役員やっているから信用しなさい」とか「おれは弁護士だから安心しなさい」といった、やたら信用補完の材料として弁護士資格をちらつかせたことが「関係当事者の期待を高めた」として問題視されたのではないかと思います。属性要件に行為要件が加わったようなところがあるのではないかと(あくまでも希望的観測ですが)。

しかしそうなりますと、ガバナンスや内部統制に関する議論がさかんになった現時点では、この「行為要件」のところは結構重要なポイントになるかもしれません。世間では「ボード・スキルマトリクス」などが開示されることも増えており、そこには取締役会構成員の「法律」とか「財務会計」のスキルも掲げられるケースも多いようです。ちなみに会計士資格を保有している取締役(あるいは監査役)の場合には、会計不正事案の発生を防止するため、もしくは早期に発見するための「高度な善管注意義務」も認められるケースが増えるのでしょうかね?このあたりは当該判決がどこまで個別事情によって「高度な善管注意義務」を認めたのか精査する必要がありそうです。また、もう少し詳細な情報が集まりましたら続編を書きたいと思います。

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2023年4月29日 (土)

いよいよ「ビジネスと人権」も第2ステージか?-法案検討

(4月30日追記あり)

すでにご承知の方もいらっしゃるかもしれませんが、4月26日の産経新聞ニュースにて、人権DD(デューデリジェンス)の法制化に向けて国会議員が動き出したことが報じられています。議員立法にて今秋の臨時国会に法案が提出されることが想定されているようです。提言は広島サミットの前に岸田首相に手渡される、とのこと。企業が「外部不経済」への対処なくして「社会的課題解決」のコミットメントはあり得ない・・・という資本主義の考え方が世界的な潮流なので、これは現実味を帯びた施策といえそうです。

人権DDのキモは「社内に救済手段を設置しているか」という点になりますが、現時点ではこちらのJaCERが最も信頼性の高い苦情処理機関ではないかと思っております(HPの下段に、すでに正会員になっておられる企業名が列記されていますね。すでに人権DDの重要性を認識しておられる企業ばかりのようですが・・・)。労働紛争は原則として企業と社内の労働者との労使関係の解決となりますが、こちらは企業と社外の労働者との紛争解決がメインとなりますので、仲介役の専門家もいろいろと模索しながらの対応となるのでしょうね。

今後、ビジネスと人権に関する企業姿勢は、環境問題解決への姿勢と同様「負の外部性に対して企業はどう動くのか」、政府と二人三脚で検討すべき喫緊の課題になりますね。上場企業を中心に、ビジネスと人権への本格的な対処が求められる「第2ステージ」が始まりますね。

(4月30日追記)同様の記事が毎日新聞ニュースでも掲載されています(こちらのほうが詳細です)。一定規模以上の企業に人権DDが義務化される、とのことで内部統制の構築義務として理解しておくべきことかと。

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2023年4月24日 (月)

社外取締役中心の特別委員会は汗をかき、自ら考えよ!

4月3日に、「もう少し話題になってもいいのでは?-ファミマTOB価格・東京地裁決定事案」なるタイトルで伊藤忠・ファミマTOB事案について触れておりましたが、ようやく日経で取り上げられましたね(先行して日経デジタル版に記事が出ていますが、おそらく4月24日の日経朝刊「法税務面」で特集記事になると思います)。いまだ地裁の決定が確定していないとはいえ、やはり実務家、商事法学者の間でも話題になっているようです。

Kansaisp_sx500_上記日経記事ではファミマの社外取締役で構成される特別委員会がきちんと役割を果たしていなかったと判断されたことへの衝撃が語られていますが、企業価値評価を行う特別委員会の衝撃といえば、関西スーパー事案における同社社外取締役で構成されていた特別委員会についても、左の書籍を読んでかなり衝撃を受けました。

以下の事実は「関西スーパー争奪 ドキュメント 混迷の200日」(日本経済新聞社編集 2022年)からのご紹介です。ご承知のとおり、関西スーパーとH2O(グループ会社)との経営統合(株式交換)は、臨時株主総会においてわずか0.2%差で可決され、オーケー社は敗北、その後の裁判でも最終的にはH2O・関西スーパー側に軍配が上がったわけですが、この薄氷を踏む関西スーパーの勝利劇には関西スーパー社外取締役で構成された特別委員会の貢献度は高かった。

臨時総会で多くの株主から関西スーパー経営陣に「なぜH2Oとの統合が関西スーパーの株主にとってメリットがあるといえるのか」といった趣旨の質問がなされるのですが、会社側からは釈然としない回答が続きます。そして質疑応答の最後に同社特別委員会委員のひとり(社外取締役)が答弁に立ちます。

その方は、H2Oとオーケーのいずれと組めば将来の関西スーパーにとって価値を上げることができるか、検討方針を委員会自ら協議し、両当事者の話を委員が直接聞き、さらに業界の人、価値算定の専門家の人達の話を真摯に聞き、結論としてH2O側と組むことが関西スーパーの企業価値向上に資すると判断したプロセスを説明しました。つまり理屈ではなく、委員会がどれだけ自分たちで考え、また直接交渉し、さらにいろんなところへ足を運んだか、という点を一般株主にわかりやすく説明をしました。答弁終了後、株主のひとりは「はじめて腹にストンと落ちた」という発言をされたそうですし、そこで議論の尽きなかった総会審議が、上記答弁を契機に終了しました(なお、著者の方々も、この特別委員会の答弁を高く評価しています)。

上記書籍によると、総会の集計結果の発表を受けて、特別委員会の方は「思わず涙した」とありますが、この委員会委員の答弁によって若干でも票が動いたとすれば、これこそ関西スーパー争奪戦におけるキモの部分であったのではないかと。社外取締役として、その企業、業界のことを十分理解したうえで、自ら汗をかき、わからないことは「助けて」と素直に第三者の意見を参考にしてこそ「株主へのわかりやすい説明」「株主に納得のいく説明」が可能になるのではないでしょうか。法律や会計上の実務理論によって頭から押さえつけよう・・・などと考えても(裁判所には伝わるかもしれませんが)株主には伝わらないということを自戒をこめて申し上げたい。

なお、冒頭の伊藤忠・ファミマの事案ですが、日経記事は(いまだ決定が確定していないためか)両当事者への配慮が行き届いている分、少し舌足らずな点がありそうです(そのあたり、「日経Think!」の私のコメントで少しにおわせておりますが)。ということで、もう少しツッコんだ内容の記事が他の経済誌で出るかもしれません。

いずれにしましても、本事案は最終的には結論がどちらに転んでも、今後M&Aに関与する方々には多くの教訓を残すものになりそうです。

 

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2023年4月20日 (木)

有事における監査役員の活躍は話題性に乏しくなったのか?

2005年4月から書き始めた当ブログ(最初はniftyのココログではなく、ドリコムでした)も、すでに開設から丸18年が経過しました。この18年の中で「モノ言う監査役」に関する話題を何度も提供し、有斐閣「ジュリスト増刊号」等の論稿でも、モノ言う監査役さんに関する事例を取り上げて、そのご活躍を奨励してきました。私自身も裁判手続きの内外で、常勤監査役、社外監査役の方々の支援をしておりました。しかし、最近は「モノ言う監査役さん」の話題はほとんどメディアにも登場しなくなったような気がしております(直近では2018年ころの日産社員から内部通報を受け取った同社監査役さんの件、2020年ころ、支配権争いの中で委員会としての独自意見を述べておられた天馬社の監査等委員会の件くらいでしょうか。。。)。それとも、いろいろと他にもあって、私がきちんと情報を入手できていないだけなのでしょうかね?

いつも拝読している甲南大学の梅本教授のブログにおいて、梅本先生は「フジテックの事例こそ監査役(監査役会)が意見を述べるべきではないか」「監査役に関心が向かないのはなぜなのか」とおっしゃっていますが、まさにその通りでして、関係者の関心が向けられている「関連当事者取引の妥当性」や役員報酬開示の問題は、まさに監査役会が中心となって調査すべき事項のように思われます。当然、有事における監査役(監査役会)の活動が期待されるところですが、なにゆえ監査役(監査役会)の意見もしくは行動が開示されないのか不思議でなりません。機関投資家が監査役には関心を示さないという現実はわかりますが、たとえ投資家の関心が示されなくても、監査役(監査役会)としての意見は開示されるべきではないかと。「監査役は何をしているのか!?」と世間から問われるたびに、なぜか悔しい気持ちになります。

今週号の経営財務(4月17日号)では、さきごろ開催された日本監査役協会の監査役全国会議の様子が紹介されています。そこではサステナビリティ経営への関心、内部監査と監査役監査との連携強化が話題になっています。しかし、近時の監査役員の存在感が失われつつあることへの危機意識を共有するような話題は出ていないようです。私から言わせてもらえば、サステナビリティ経営(平時のガバナンスを含む)について監査役が意見を述べることを学ぶのであれば、その前に有事における取締役会の機能不全の有無に関する意見を陳述する(開示する)、監査等委員会が個別取締役の人事や報酬についての独自の意見を述べる(総会で説明する)ことを学ぶほうが先ではないでしょうか。監査役員の存在意義は常に具体的な形として企業社会に発信を続ける必要があり、会計監査人も、何か財務報告上の懸念を抱いた際には、経理部や執行部よりも先に監査役員と懸念事項を共有すべきです。

いまこそ、監査役員を支援する団体が「有事における監査委員のガバナンス上での役割」に危機感を持たねばならないと考えます。2013年のガバナンス改革の進展とともに、監査等委員会を含めて「監査役員」の影が薄くなってしまいました。もし公表されている報告書等において「元気な監査役員さん」の活躍事例をご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えていただければ幸いです(すいません、最近、適時開示をきちんと読めていないもので・・・)

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2023年4月17日 (月)

「不正のダイヤモンド」理論を活用した島津製作所子会社不正・調査報告書

少し前の話になりますが、2023年2月10日、島津製作所は、同社子会社の島津メディカルシステムズで行われていた保守点検業務に関する不正行為の内容について、外部調査委員会による調査結果を発表しました。(2023年2月10日付け「外部調査委員会報告書」)。この週末、当該調査報告書をようやく拝読いたしましたが、なかなか興味深い内容でした。

新聞等でも報じられていた同社の代表的な不正は「熊本県内の5つの医療機関に納入したX線装置の保守点検の際に、電力供給回路に不正に外付けタイマーを取り付け、これを作動させることで、一定期間経過後に意図的にエラーを発生させてX線装置が故障であるかのように装い、保守(補修)部品の交換を有償で行っていた」という、たいへん重大な不正行為です。本件は2017年に最初の内部通報がありましたが、担当執行役員(F前執行役員)の不十分な対応のためにその後も不正が継続し、2022年の内部通報でようやく親会社による社内調査が開始された、という経緯があります。

ここで問題となっている「F前執行役員」の行動については、ぜひ多くの上場会社の役員さんに知ってもらいたいです。不正を知った役員としては、これをそのまま取締役会や親会社に報告してしまうと大事(おおごと)になってしまう、私が現場に忠告して、将来的に不正を止めさせることでなんとかしよう(つまり過去の不正はうやむやにしてしまう)・・・と思うことも多いのではないでしょうか。しかし、そのような対応が現場社員をさらに不幸にしてしまう(さらなる悪質な不正に手を染めることになる)という結果を招来させます。その教訓を本報告書は明らかにしています。

また、本調査報告書では、不正の原因分析として「不正のトライアングル」ではなく「不正のダイヤモンド」を活用している点に特徴があります。私も2018年のJICPAジャーナルの論稿で述べたところですが、「トライアングル」では不正の真因究明(およびこれに基づく再発防止策提言)には不十分な場合があります。本調査報告書では「動機」「機会」「正当化事由」のほかに「実行可能性」のテーマを取り上げて、不正の発生要因を検討している点はとても説得力があります。不正調査に関わる専門家にとっては研修材料になりそうですね(ちなみに「不正のダイヤモンド」理論については、こちらの田中教授のご論稿が参考になりますが、具体的な不正事案に適用された例はあまりなかったかもしれません)。

なお、私がもっとも問題だと考えている「F前執行役員の報告懈怠と中途半端な自助努力がもたらした二次不祥事(証拠の隠ぺい)疑惑」については、どのような再発防止が考えられるのでしょうか。このあたりの原因究明が上記調査報告書の中で深堀りされていればおもしろかったように思いました(なかなか証跡が残らない不正行為だったために、このあたりは「疑惑」のままとせざるを得ず、さらなるツッコミが難しかったのかもしれません)。将来に向けた不正防止が奏功したとしても、過去の不正への清算を抜きにして「2017年の内部通報者」は納得するでしょうか。このあたりは「組織ぐるみの不正」と世間から指摘されてもいたしかたないようにも考えられます。

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2023年4月 7日 (金)

全国の社外取締役(候補者含む)のためにも黒塗り公開を希望-ファミマTOB価格決定事件一審決定の内容

4月3日に「もう少し話題になってもいいのでは?-ファミマTOB価格・東京地裁決定事案」なるエントリーをアップしておりましたところ、本事案の複数の関係者の方から「講学上の目的であること、当職限りとすることを条件に(つまり、当職が関係当事者への支援をしないということを約束して)」株式買取価格決定申立事件の決定文(黒塗り版)の写しを頂戴いたしました(どうもありがとうございます!<(_ _)>)。

当事者のうちの1社であるRMBキャピタルさんのリリース(時事通信より)からも東京地裁決定の概要は読み取れますが、なにぶん100頁程度の決定文でありまして中身が濃い。まだざっと拝見しただけですが、あの関西スーパー統合差止仮処分事件の神戸地裁決定を読んだとき以来(いや、それ以上かも)の興味深い内容です(東京地裁第8民事部合議ですね)。現役の社外取締役として、これは心して職務を全うしなければと、身の引き締まる思いをあらためて実感しております。

マスキングが多いので若干読みにくいのですが、当時のファミリーマートの社外取締役で構成された特別委員会が、なぜ伊藤忠によるTOBに賛同意見(ただし価格については非推奨意見)を形成するに至ったのか、その経緯が時系列に沿って(20回以上開催された特別委員会を克明に記述して)明らかにされています。各時点において、財務アドバイザーや法務アドバイザーがどのような意見を述べたのか、という点も詳細に記載されており「私も同じ意見を言うだろうな」とか「なるほど、それは説得力があるなぁ(悔しいけど、私は気づかなかった)」とか「それって、社外取締役の確証バイアスを助長する結果にならないか」とか、いろいろつぶやきながら読んでおります。

また、地裁は特別委員会がその役割を果たしていなかったと結論付けて、あらためて裁判所の裁量で公正な価格を判断するとして、詳細に検討のうえTOB価格(2300円)よりも300円高い2600円が公正な価格だと判断しています。

既報のとおり本件は東京高裁に抗告中であり、公正な価格に関する裁判所の最終結論が出ていません。しかし、日本を代表する財務アドバイザー、法務アドバイザー(東京の大手法律事務所等)の意見を聴きつつ、特別委員会が悩みながら(苦しみながら?)意見形成を行った過程は、最終的に公正な価格がどのように決着したとしても、社外取締役の有事対応にとって参考になる内容です。

プロの企業価値算定のプロセス及び結論がたくさん出てくる決定文なので、マスキング処理が必要であることは理解できますし、やむを得ないところかと。ただ、ガバナンス改革によって社外取締役が急増している時代であり、また事業再編に向けたM&A事案が増えている中で、資本市場関係者の予見可能性を高めて、M&Aにまつわる紛争コスト(関係者のレピュテーションリスクも含む)を低減するためにも、なんとか公開はできないものでしょうかね?法律雑誌に掲載される価値は高いと思うのですが・・・(;´・ω・)

今後、当ブログでは(公開されない場合には本事案の関係者の皆様にご迷惑がかからない範囲で)一般論として「このようなケースでは①委員に就任した社外取締役、②特別委員会の答申をもとに取締役会で意見を求められた社外取締役は、どのように振舞えば法的責任を問われないか」という形でご紹介できればと思っております(なお、決定文の中で、某法務アドバイザー(著名な法律事務所)の方が「TOB価格が結論として公正な価格ではないとしても、そこから取締役個人の善管注意義務違反が認められるかどうかは別問題である」とおっしゃっておられますが、その意見は私もまったく同感でございます)。

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«内部統制の重要性をあらためて痛感する大成建設・ビル建直し事案