弁護士も「派遣さん」になる日が来る?
(以下はあくまでも私個人の意見でありまして、弁護士会や法曹団体の意見ではないことをまず申し上げます。)
新聞でも報道されましたが、弁護士や会計士、税理士などのいわゆる「士業」専門の仲介業が解禁されるのではないか、という話題が持ち上がっています。現に人材派遣大手の企業では、この士業専門の紹介、仲介法人を設立し、今日から営業を開始されたそうです。政府の構造改革特区に関する有識者会議でもこの7月8日、士業の労働者派遣問題に関するヒアリングが行われます。
「弁護士の派遣」ということに限った議論になりますが、弁護士を対象とする派遣業ということになりますと、弁護士法72条との抵触ということが最も大きな壁になります。他人の法律業務を、有償で取り扱うことができるのは弁護士資格を有する者に限る、とされておりますが、もし弁護士派遣業を認めるとすれば、派遣業者はこの弁護士への雇用関係上の指揮監督により、派遣業者自身が他人の法律業務を取り扱うことになる、という問題です。法務省は、以前からこの派遣業については「弁護士法72条に抵触するおそれがある」として弁護士の派遣業については強く反対しています。この弁護士法72条というのは、よく新聞でも報道されるように「非弁活動」として犯罪構成要件として利用(違法行為は刑事罰の対象)されるために、その解釈はなるべく厳格かつ明確になされることが望ましいわけでして、(解釈する人によって、対象者が逮捕されたり、しなかったりというのは困るわけでして)法務省は法律を公式に解釈する立場にはないわけですから、「72条に抵触するおそれあり」としか言えないわけです。
ただ私自身の意見は、ビジネスに携わる方(主に企業)が、このような派遣による弁護士を雇用するデメリットについて十分認識され、自己責任をもって受け入れるのであれば、派遣もあっていいのではないかな、という考えです。
弁護士派遣のメリットとしては、社内弁護士を雇用するだけの社内環境や費用負担の余裕がない中小企業などにおいて、一時的な法務スタッフとしての有用性とか、ファンド会社、M&A仲介業者などの期間限定の調査グループの法務スタッフ、渉外案件における現地での法的交渉など、季節労働者としての魅力でしょうか。また、弁護士側としても、とりわけ個人事業者の場合には、著名な人材派遣業者による営業力を利用して、いままでビジネス上の接点がなかったような専門分野への進出が可能となり、OJTによってスキルアップしたり、専門分野を開拓することが可能となりそうです。(ビジネス社会にとっても専門弁護士が増えること自体は歓迎されることになりましょう)
弁護士派遣のデメリットとしては、先に述べましたとおり、まず弁護士法72条問題が存在しますので、もし現行法のままで派遣業がオッケーということになりますと、72条から「悪質な非弁活動が行われた場合の犯罪抑制のための威嚇効果」が希薄化してしまい、派遣業者の中での自由競争で駆逐されない限り、「質の悪い」派遣業者がはびこることになります。また、登録している弁護士は派遣元と派遣先から重複して指揮監督されることが予想されますが、弁護士業務の職責に反するような指揮監督をどちらかから受けた場合、もしくは派遣元と派遣先の利害が相反するに至った場合、派遣された弁護士は、さっさと辞任することが考えられます。これは弁護士法1条の使命によって職責がまっとうされるのが弁護士の宿命ですから、有能な弁護士ほど(弁護士倫理などに対する嗅覚が優れている弁護士ほど)あっさりと辞任すると考えられます。そうしますと、果たして労働者派遣業者の思惑に一致する弁護士がどれだけ登録を継続するのか、かなり未知数ですし、ひょっとすると派遣先の希望に沿わないタイプの弁護士が多数登録している状況になることが予想されます。したがって、弁護士の質の吟味はおのずと派遣先企業が負担せざるをえない、と推測されます。さらに、よく考えてみると、企業が希望しているような「専門分野への即戦力をもち」かつ「優秀な」弁護士というのは、東京、大阪でみるとほぼ大型法律事務所に在籍して、バリバリ事務所の屋台骨となって勤務している方がたではないでしょうか。私を含め、個人事業主として勤務している弁護士は、渉外、知的財産、M&A、独禁など、それほど大きな事件を抱えて仕事をしているわけではありません。少なくとも、隣接士業の方々と協同で案件にあたった経験を有していない弁護士では即戦力、ということはムズカシイ要求ではないか、と思ったりするわけです。
もちろん、これは「企業のリスク管理」という一面から申し上げたものですから、有能な弁護士が紹介されて、バリバリと要求された内容の仕事を処理してくれる、ということも否定はいたしません。ただ、そのようなリスクがあることを承知のうえで、派遣を受けるだけの心構えがないと、やはりデメリットばかりが心配されますし、そのようなデメリットを自己責任として企業が負担できる体制があれば、私は(われわれ弁護士の将来のためにも)派遣を肯定していいのではないか、と思います。
今後、地方公共団体の徴税業務を弁護士が請け負ったり、企業の社外取締役に弁護士が就任することなども、広い意味では規制緩和だと思っています。「経営のことは、経営をやったことがなければわからん」ということで、社外取締役の地位に弁護士が就任する、ということはなかなか社会的に理解されないのが現実です。ただ、21世紀は「法化社会」ということが言われ、コンプライアンス経営、コーポレートガバナンスへの評価、内部統制システムの構築義務、そして昨今の敵対的買収への防衛システムなど、司法リスクを常に抱えた経営問題がどの企業にも横たわっているわけですから、弁護士が「法務は弁護士でないとわからん」という発想を変えるのと同時に、ビジネスの社会でも「企業経営は経営者でないとわからん」という発想も少しずつでも変容されていくべきではないでしょうか。
本当はまだ、この士業と労働派遣業との関係では、「士業と監督官庁との関係」という重要な論点があるのですが、ちょっと長くなりましたので、また後日ということで。
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コメント
toshiさんへ
いつも楽しい話題を「果敢に」とりあげていただいてありがとうございます。
弁護士法72条の「周旋」の問題ですかねえ。いつも弁護士法72条と73条を読んでて思うのですが(この二つをいつも読んでる奴というのはロクな奴じゃないとは思うんですが(^^;))、72条の但書きで対応されると結構大変なんですかねえ。今回の場合だと派遣業法の改正で対応された場合の問題だと思うのですが。あと、派遣元の会社との関係をどう見るかですね。本業以外の「営業」という形になってしまうと弁護士会に営業許可申請しないといけない形になるでしょうから常に登録できるとは限らないとか・・・ろじゃあ的には弁護士法人が税法上の問題が解消されたりして派遣業法上の派遣業者兼業ができてしまったりしたほうが若手の弁護士先生なんかからすると「勘弁してください」って状況になるのではないかとかムソーしてしまいますた(^^;)。
まあ、仮に弁護士法人サイドで規制緩和されたとしても常識的にはそういう弁護士法人の営業許可申請は常議会通らないでしょうけど。この手の話は、サービサー関係とか事業再生ファンド関係とかの話まで波及すると相当の激震になると思うんですけど、まあそのあたりは別途ろじゃあのブログでエントリーできればと・・・。またおじゃましますね。
投稿: ろじゃあ | 2005年7月 3日 (日) 04時20分
ろじゃあさん、コメントありがとうございます。
もし、弁護士の派遣業登録が可能になった場合、たしかに弁護士法人の兼業というのもありますが、それよりも「協同組合」が派遣元として名乗りを上げることが考えれます。ただ、弁護士法人でも協同組合でも、もし派遣元として登録できたとしても、弁護士にとってはあまりメリットはないと思います。やはり著名な派遣業者であるがゆえに、弁護士の営業力の補完機能を有すると思いますし、そうなると
ろじゃあさんがおっしゃるように、営業許可の問題などが浮上するのではないでしょうか。いずれにせよ、日弁連の意見はおそらく否定的なものになるような気がします。また、関連のエントリーを期待しています。
投稿: toshi | 2005年7月 4日 (月) 02時46分
11月16日、ブログで紹介させていただきました。
投稿: ろぼっと軽ジK | 2005年11月16日 (水) 05時19分
>ろぼっと軽ジK さん、どうもご紹介いただき、ありがとうございました。貴ブログに若干のコメントをアップさせていただきました。
また、遊びに来てくださいね。
投稿: toshi | 2005年11月16日 (水) 22時40分
とうとう司法書士・税理士・社労士で派遣容認の既成事実が作られることが確定しました。人数激増で就職先が足りない弁護士業界も風前の灯でしょう(2006年8月12日日経新聞より)。
投稿: ろぼっと軽ジK | 2006年8月14日 (月) 20時12分
こんばんは。
相変わらず、4人の先生方で精力的に更新されていますね。
「風前の灯」だと思います。ただ大阪弁護士会は、おそらくこの派遣業認可に対しては非常に大きな抵抗勢力になると思いますよ。みんな気合入ってますから(って、あんまり詳しく話すと差し障りがありますので、このへんで)
また、エントリー立てましたので、おひまなときにでもご覧ください。
投稿: toshi | 2006年8月15日 (火) 02時29分