内部統制構築と経営判断原則
きょうは弁護士という立場から、内部統制理論と関連付けた「取締役の善管注意義務の履行問題」について、すこしばかり考えてみたいと思います。ご承知のとおり、株式会社の取締役は会社に対して善良なる管理者としての注意義務(いわゆる善管注意義務)を負っているわけでして、この義務違反行為というものは裁判上、たとえば株主による代表訴訟や会社債権者による損害賠償請求訴訟で争点となるケースが多いわけです。しかしながら、日本版のビジネスジャッジメントルール(いわゆる経営判断の法理)というものが裁判の原則としては認められておりまして、「(取締役による)企業の経営に関する判断は、専門的、予測的、政策的な判断能力を必要とする総合的判断であるから、取締役に与えられた裁量の幅は広いものであり、たとえ取締役の経営判断が結果的に会社に損害をもたらしたものといえども、それだけで取締役が必要な注意を怠ったと断定することはできない」という法理が一般的に適用されます。この法理が一般的に適用されるケースが多いため、なかなか取締役の責任を追及することは(立証責任の問題とも重ね合わせますと)困難な場合が多いようです。
ただ、こういった経営判断法理というものも、近年議論の高まっている「取締役の内部統制システムの構築義務」と考え合わせますと、もはや(今後の裁判において)取締役にとっての万能の武器とは言えないのではないかな・・と推測しています。といいますのも、裁判所は一般的に「経営判断原則」を取締役責任訴訟における基準にしてはおりますが、一方においては、企業経営に関する判断事項をまったく司法判断の枠外に置いているわけではなく、経営判断の前提となった事実の認識について不注意な誤解がなかったかどうか、またその事実に基づく意思決定の過程が通常の企業人として著しく不合理なものでなかったかどうか、という点については少なくとも判断は及ぶと考えているからです。
したがいまして、ここに「取締役会レベルにおける内部統制システム構築の議論」を適用できる余地があります。いわゆる「リスクアプローチ」の法律判断への応用になろうかと思われます。リスクアプローチといいますのは、①判断の対象となる経営事項のリスクを洗い出すこと②いくつかのリスクを洗い出したら、各リスクがどの程度将来の企業経営に影響を及ぼすかという評価を行うこと③リスク評価を終えたら、そのリスクをとりにいくのか(リスクを承知でビジネスを遂行するのか)、リスクを回避するのか、それとも代替手段を確保(保証を付けるなど)するのか、合理的意思決定を行うこと、であります。つまり、取締役の善管注意義務違反が問題となるケースにおいて、その取締役の責任を追及する側としては、取締役側が裁判上「経営判断法理」を防御方法として持ち出した場合、その取締役(もしくは取締役会)の判断に至った過程について、そのリスクアプローチに関する釈明を求めるわけです。この方法であれば、現在の裁判で通説とされている経営判断法理とも矛盾なく争点を深化させることができ、「内部統制理論」の議論発展のために司法判断を活用することも可能になってくるのではないか、さらに経営判断の法理自体の議論も深化するのではないか、と考えています。もちろん、監査役が取締役会における意思決定過程を監視する義務というものも問題になりえますので、監査役の立場で監視義務を尽くしたかどうか、その判断にも、上記のリスクアプローチの方法が採用されるべきだと思います。
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