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2005年8月 6日 (土)

日経ビジネスの「法廷戦争」(1)

日経ビジネスの8月1日号で、またまた「法廷戦争」という特集記事が組まれています。ライブドアとニッポン放送の事件における「最強の弁護団」の話などはたいそう興味深く読ませていただきました。

日経ビジネスという雑誌の性格からでしょうか、裁判所に対するイメージは現状としてかなり批判的な特集が組まれておりまして「時代に取り残された戦場、裁判所は変われるか」とのタイトルが掲げられ、「嘘がまかりとおる法曹界」「偽証の海を泳ぐ」「下々の者へ判断を下す意識」「企業に役立つ裁判所へ」などの副題がついております。ちょっとこの記事には閉口しました。弁護士のビジネスに対する意識に対するご批判などは、まったく気にならないのですが、裁判所への注文となると、私の意識と日経ビジネスの意識とではかなり大きな隔たりがあります。あまりにも片面的な主張であって力のない文章になっています。

まず第一の疑問が、なぜ裁判所は変わらないといけないのか?

「時代に取り残された戦場」とされていますが、べつに裁判所が時代に取り残されているようには思えません。基本的に日本の裁判は「本人訴訟」が原則ですから、片方に弁護士がついていない場合には、その「本人」のペースに合わせる必要があります。誤解をおそれずに言えば、裁判所が弁護士のいない本人側に有利に訴訟を取り仕切ることで初めて「実質的な対等」が保持されることだって考えられます。最近、医療裁判で東京地裁や大阪地裁で採り入れられている争点整理手続きも、双方に代理人弁護士が就任しているケースで採用されるものであり、一方当事者が本人である場合には、やはり従前どおりの訴訟審理です。憲法でだれでも裁判を受ける権利が保障されているわけですから、すくなくとも「本人訴訟」の原則を維持しうる程度のわかりやすさが裁判には必要なわけでして、それが時代の要請だと思います。裁判の歴史をみても、「企業社会」というのは、裁判を利用する人のなかのごく一部の人が住む世界にすぎません。もし裁判にスピードや専門性を求めるのであれば、それこそ企業社会がADRを構築すればいいのであって、一般株主と国税庁の合意をとりつけて、最終解決機関を作ってしまえばいいわけです。日弁連も弁護士をつけられない方のために司法扶助制度を拡充し、予算をとりつける努力をして、訴訟促進や権利保護のために尽力していますが、特別に裁判所が変われなければならないとは思いません。

第二に、裁判所では嘘がまかりとおる、とか偽証の海、という言い方も、毎日のように法廷で証人尋問に関与する法曹の立場からすると笑止千万です。イマドキの裁判において、原審、控訴審を通じて嘘がまかりとおるほど判事さん方は甘くはありません。もちろん書証を偽造するということを意味するのであれば、それは弁護士の倫理の問題であって、裁判所の問題とは異なります。おそらく、ここでは当事者や証人として立つ第三者の法廷証言のことを指しているものと思われますが、だいたい考えていただきたいのは、どっちかの当事者が100%ウソでどっちかが100%真実を証言する、ということがありえるでしょうか?野球やサッカーを見ていても、ひいきのチームに好意的なジャッジをしてしまうのが通常ですし、人間の記憶に頼りない部分があることも皆さん経験することだと思います。どっちかの立場にたてば「相手はウソを言っている」となり「こっちは本当のことを話しているのに」と愚痴をこぼすことになります。これぞまさしく片面的なモノの見方でありまして、有能な弁護士ほど、こういった点については洞察力が鋭いと思います。ウソがまかりとおったり、偽証が公然と訴訟の結論に影響を与える、というのは裁判所の責任ではなく、そういった証言の信用性をくつがえせなかった弁護士のほうにも原因があると思います。たとえば、この日経ビジネスで掲載されているコクド株の名義偽装問題にしても、たしかに日本の民事訴訟にはアメリカのようなディスカバリの制度はありませんが、新民事訴訟法による当事者照会制度があります。私は相手方が大企業の場合には多用しますが、訴状提出後、内容証明通知で事実主張に関する釈明を求めたり、書証の事前開示を求めることによって、その回答次第では事実上の立証責任の転換を狙います。詳細な事実が掲載されていないので、そういった作業を現実にはされていたのかもしれませんが、偽証を共謀して敢行される、ということは少なくとも防止できるはずです。

なお、私は特別に現状の裁判所を擁護するつもりは一切ありません。むしろ、今年6月、大阪地裁の民事10部の行っている専門家調停制度は(一生懸命制度に携わる人達を不幸にするシステムということで)廃止すべきだ、という意見書を、弁護士会の司法委員会を通じて進言させていただきました。批判すべきところはきちんと批判すべき、という立場であります。

まだまだこの記事に関する批判は続きますが、きょうは(1)ということで、このへんで。

8月 6, 2005 日経ビジネスの法廷戦争」 |

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日経ビジネス 8/1号 「ライブドア・西武だけじゃない 法定戦争 企業の生死はここで決まる」 ★★★☆☆ とうとう「牛島信」の世界がやってきた。 「買収者(アクワイアラー) 」 「株主代表訴訟 」 「株主総会 」 など、牛島信氏が打ち立てた企業法律小説の世... [続きを読む]

受信: 2005年8月 9日 (火) 23時58分

コメント

TBありがとうございました。

ご指摘の通り、日経ビジネスに(限らずですが)
「白は白、黒は黒、何か文句あっか?」
みたいな書き方をされて閉口することがありました。
記事としては面白いのでしょうけど。

でも、それは記事にされている当事者だから、
同じ業界の人間だからその記事の偏りに
気づくのであって、自分の知らない世界ならば
「(日経ビジネスが言うことだし)なるほど、
これはこういうことなんだ」と納得している
ことも良くあります。

日経とは言え、やはりクリティカルに
冷静に記事を読まなくてはなりませんね。

勉強になりました。
ありがとうございました。

投稿: 分譲マンション屋 | 2005年8月11日 (木) 01時01分

>分譲マンション屋さん

お越しいただき、ありがとうございました。今年の目標が365冊の本をお読みになること、とブログで宣言されていらっしゃったので、もうつぎの話題に向かっておられるかと思いましたが、コメントいただき、恐縮です。
この日経ビジネスエントリー第2話は、忘れ去られないうちにアップする予定ですので、また閲覧いただけましたら幸いです。

投稿: toshi | 2005年8月12日 (金) 11時27分

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