粉飾決算に加担する動機とは?(2)
最近のエントリーを読んでくださった方々から、きょうメールをいただきました。どちらも参考になる書物の紹介でして、「まだお読みになっていなければ、一度目を通されたらいかがでしょうか」というものでした。(どうもありがとうございました。)
一冊は、ある監査法人のシニアマネージャーの方からのご推薦で、「不正を許さない監査」(2002年 日経新聞社)。中央青山監査法人の代表社員でいらっしゃる浜田康さんの執筆された書物です。そしてもう一冊は、大手商社に勤務され、事業再生ビジネスを担当されている方からのご推薦で、「りそなの会計士はなぜ死んだのか」(2003年 毎日新聞社)。毎日新聞社経済部記者の山口敦雄さんの執筆された書物です。どちらも、事務所近くの旭屋で購入してみました。
おそらく、このブログをお読みになっている経理担当者の方、会計士の方は、この「りそな・・・」のほうは既にご承知の方も多いかもしれません。とりあえず4時間ばかりで一気に読んでしまいました。亡くなった平田さんという朝日監査法人(2003年当時38歳)のシニアマネージャーは、金融監督庁(当時)への出向経験などもあり、企業財務部向けの出版物も著していた有能な会計士でした。りそな銀行監査の現場責任者たる地位にあり、その実質国有化(一時国有化という選択も議論されていたようです)をめぐって、銀行、監査法人、共同監査法人などの板挟みのなかで苦悩していたことを、作者である経済部記者は詳細に検証しています。このたびの一連の不正監査問題を考えるにあたって、参考となるものであることは間違いのないところでしょうが、私自身この本を読んで「会計士さんが粉飾へ加担する動機」として、以前のエントリーでは「ひとつ検証を忘れていたもの」があることに気づきました。専門家特有の「パブロフの犬」症候群です。これ、私が弁護士業務をやっておりまして、狡猾な依頼者から「この弱みをつかれたら、どうしよう」と真剣に考えた経験があります。
今年、私は関西の著名な医師の脱税事件の弁護人を務めました。彼の病院には、処置に困った西日本の大学病院から、つぎつぎと難病患者が紹介されて来院します。彼の治療には、その難病患者のグレードに合わせた医療機器が必要になってきます。彼はその医療機器を購入するのに、正規の病院経営利益では賄えないため、脱税でプールした資金を投入します。冷静な第三者である私は「たしかにあなたが私利私欲で脱税したことではないのは理解できるが、納税は国民としての義務でしょう。」と尋ねます。しかし、彼は確信犯だった。「そりゃ、経営者としては頭では理解できます。しかし、遠く九州から親に連れられて難病患者がやってきて、目の前にしたら、現場医師としては治すしかないでしょう」目の前に倒れている人をみたら、ともかく治療する。これは私が何度もみてきた医師の、善悪や損得を超えた職業病(パブロフの犬症候群)です。昔ながらの徒弟制度(イソ弁)のなかで高い職業倫理をたたきこまれる弁護士も同様です。自分の仕事が、弁護士倫理に反しないように、クライアントの利益保護のために全力を尽くす、という意識を常に持つことを余儀なくされて10年もたちますと、善悪、損得は二の次にして、ともかく顧客の利益のために行動してしまう、という「悲しい性(さが)」が芽生えてきます。もちろん頭では、もうひとつの弁護士倫理(社会的正義に悖る行為に及んでまで、依頼者の利益確保をしてはならない)も理解はしているのですが、やはり行動までは止められない。止めるものがあるとすれば、それは善悪や損得とは離れた場所にあるもっと他の要素(女房子供のこと、両親のこと、うまい酒を飲むこと、きれいなオネーチャンと遊ぶこと、その他の雑念)によって行動が制止できるからだと思います。
頭では理解できても、実行が裏腹となってしまう。長年の現場における監査業務から染み付いた条件反射的行動というのは、おそらく公認会計士さん達が行う監査の場面においても起こりうるものではないでしょうか。監査法人の理事会レベルで会計監査基準の変更を現場に求めた場合でも、現場責任者たる社員の方々にとっては、素直に監査法人の意向に添えないケースもあって不思議ではないと思います。この「りそなの会計士はなぜ死んだか」では、平田会計士は、現場をまかされた監査人として、現場を離れるという選択肢はなかった、そもそも監査法人の現場の会計士に「現場を降りる」というのは敗北であり、なるべく降りないように努力するというのが「当然の論理」であった、と推測されています。これは記者が亡くなった平田会計士への思いによって多少「美化」された表現だとは思います。私はすこし作者とは異なる感覚ではありますが、「クライアントからの要望に善処する」条件反射的な現場会計士の職業意識が、平田さんの体中に染み付いていたものと思います。
今回のカネボウ粉飾事件で逮捕された会計士さんは、この平田さんと異なり、代表社員という地位にあったわけですから、そこには「代表社員は営業してナンボ」という経営面での動機や、監査法人の合併事情によって、その昔からの顧客売上を落としてはならないという組織面での動機などもあるでしょうが、やはりパブロフの犬症候群のような、倫理や規則などでは行動を制御できない部分の条件反射的行動こそ、さらに大きな動機ではなかったのでしょうか。
9月20日のネット報道によりますと、公認会計士協会から四大監査法人に対して、7年以上の監査経歴を有する企業監査担当者については、(たとえ2004年の改正公認会計士法の条件をクリアしている場合であっても)速やかに対象企業の変更をすることが望ましいとの表明がなされたそうです。現場を離れてはいけない、という職業意識が染み付いている現場担当会計士さん方の不正関与への「行動」を止めるためには、これもやむをえない方策なんでしょうか。ただ、この方策は一時的な効果しか持ち得ない、というのが、上に述べたとおりの私の見解からの予想であります。
(9月22日 追記)
4名の会計士さんのうち、複数名の方が「粉飾関与」を認める供述を始めた、ということです。関与を認めたことと、有罪であることを認めることとは違いますが。
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せいさく0319と申します。
掲載されている日記を興味深く拝見させていただきました。事後の御連絡となりましたが、当方の記事にリンクをはらせていただき、日記を紹介させていただきました。
リンクをはらせていただいた件について、何か差しさわりがございましたら、その旨、御連絡ください。何分、ブログ初心者なもので、ご容赦ください。
また、よろしければ、今後とも、そちらのサイトを拝見させていただくつもりです。よろしくお願いいたします。
せいさく0319
サイト名 気になるブログ10件
mail:noguchi0319@mail.goo.ne.jp
http://plaza.rakuten.co.jp/kininaruburogu10/
投稿: せいさく0319 | 2005年9月21日 (水) 06時32分
>せいさく0319さん
はじめまして。このようなマニアックなブログを紹介していただき、ありがとうございます。こちらこそ、まだまだ未完成ですし、「ビジネス法務」といいながら、かなり脱線している部分もありますが、またよかったらお立ち寄りください。
投稿: toshi | 2005年9月21日 (水) 10時56分