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2005年9月 7日 (水)

敵対的買収策への素朴な疑問

来年の定時総会へ向けて、監査役として「買収防衛策」をあれこれと考えておりますが、ふと「恥ずかしくて、いまさら人に聞けないような素朴な疑問」が湧いてきました。

今年5月に出された経済産業省、法務省コラボの「買収防衛指針」を読み返しているのですが、いざ自分が公開買付対象会社の個人株主だとした場合、敵対的買収防衛策は「最終的にはどっちの提案が株主共同利益を向上させるか、どちらが企業価値の向上に資するのか、その判断を株主に委ねる趣旨で導入されるべき(現経営者の保身目的であってはならない)」とありますが、よく考えてみると、個人株主が本当に買収希望会社の事業計画を「いいなあ」と思ったら売りたくなくなっちゃうんではないか。ある勉強会の会合で、長年社外取締役を経験されてきた方からのご指摘が発端となり、私もそんな素朴な疑問が頭から離れなくなりました。

私だったら、(買収希望者が)そんなにいい経営をしてくれるんだったら、買付に応じないで長期保有しちゃうんじゃないでしょうか。もちろん防衛策が発動された後に、委任状獲得競争に至った場合には、防衛策解除のために(買収希望会社のほうへ)委任状を交付するとは思いますが、それでもその企業が経営権を取得した後も、ずっと保有したいと考えるのではないでしょうか。つまり、敵対的買収策は、究極的には株主利益をどちらがより向上させるかを株主の判断に委ねる、というのが「目的としては正論」かもしれませんが、買収希望者がTOBの成功を目的としているのであれば、そこに売ってしまう株主にとっては「将来における企業価値などどうでもいい。ともかく時価より高い値段で買ってくれれば、後はその会社がつぶれようが、上場廃止になろうがどうでもいい」という感覚でTOBに応じるのが本音の部分だと思います。そういたしますと、(防衛策の是非を判断する基準として)上記の株主利益の将来的な向上、という目的もあまり説得力がないのでは・・・と考えられそうです。私は公開買付のルールとして、現金一括、買付数量に限定なし、という場合を想定しているものですが、たとえば買収の対価としてその買収希望会社の株式を付与する、というのであれば、(買収対象企業の株は失っても、その親会社の株を取得するわけですから)

またすこし利益状況も異なるかもしれませんが、おそらくMBOの場合だって、経営陣がそんなにいい経営を目指すというのだったら、買付に応じることなく保有したほうがいいのではないか・・・と個人株主としては素直に考えてしまいそうです。(まあMBOの場合には上場廃止という結末があるために、やむをえないと思いますが)

さきごろ、夢真ホールディングスの社長さんが「TOBの失敗」を理由に辞任されたそうですが、たしかにTOBでは買付が奏功しませんでしたが、ひょっとすると日本技術開発の個人株主さん方は、「そんなに夢真がいい経営をしてくれるんだったら、俺は売らない。(過半数を取得した)夢真といっしょに俺も日本技術開発の将来を見届けたい」と願っている人がいたかもしれません。(いえ、あくまでも「可能性」の話ですが)大口の機関投資家の意向というのは、公開買付を行う会社にとっては当然判明していることでしょうが、個人株主の意向というのはわからないと思いますし、なぜ「TOBの失敗」ということで辞任しなければならないのか、理屈としてはちょっと私には理解できないのです。昨日、夢真ホールディングスより、日本技術開発の定時総会について、現取締役から検査役選任を裁判所に申し立てるよう要望するとの意見がリリースされましたが、この内容からすると夢真の経営権取得のための方策は今後も継続するようですし、もし夢真が経営権を取得する事態となった場合には、「やっぱりTOBをかけておいてよかった」と評価される可能性も残っているように推測できないでしょうか。

こういった議論というのが、巷(ちまた)でなされていないということは、私の理解に根本的な誤りがあるのかもしれません。公開買付の経済的な意味合いがまったく理解できていないのかもしれません。しかしながら、この世の中、私と同じ疑問にぶつかった人も何人かいてもよさそうな気がします。防衛指針の13ページには明確に「買収者が公開買付等に移行する機会を確保することは、株主が自己の判断で買収提案に応じる形で株主の意思を反映する有効な手段である」と記述されております。しかし、これから株を売っちゃおう、と思っている人が値段以外にその企業の将来とか真剣に考えるでしょうか?グリーンメーラーであろうが、焦土化であろうが、短期売買目的で値段がそこそこよかったらホイホイ売っちゃうのが道理のような気がします。

なんか勝手な考えを自由に書いてしまいましたが、敵対的買収防衛策に関するいろんな考え方が、いろんな方に批判されて、自然淘汰されていけばいい、と落合誠一東大(大学院)教授もおっしゃっています。

その落合教授ですが、「企業会計10月号」の「論壇」で、「敵対的買収における若干の基本的問題」と題する論稿を発表されています。これ、社外取締役や社外監査役と敵対的買収防衛策というテーマで、司法判断を考えるにあたって、たいへん貴重な論稿です。大胆な自説の展開に終始されており、メチャメチャおもしろいです。不遜にも反論させていただきたいところがたくさんごさいますが、落合教授ご自身で「どうぞ、批判しちゃってください」と申されているとおり、今後の敵対的買収防衛策の議論進化のためにはたいへん有益な意見が詰まっております。防衛策に関する論文はたくさんありますが、司法判断との関連で興味をおもちの方には、この落合教授の論稿、お奨めします。

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コメント

toshi先生、始めまして。さきほど、47thさんのほうで変則的なご挨拶をいたしたところですが、いままでこのブログを拝読して勉強させていただきましたので、お礼方々書き込みいたします。なお、小生、大学で商法を研究しているものです。

ここでtoshi先生がお書きになっていることは私は正しく、しかもそのことに誰も触れていないのはこれまでの議論が浅かったからだと思います。

TOBは買収者の経営能力が高ければ高いほど成立しにくく、低ければ低いほど成立しやすい、つまり社会的に有益な買収ほど成立しにくいというパラドックスがあります。しかも、そのパラドックスは買付対象株式が限られる場合(部分買付)にはさらに先鋭なものとなります。通常は、適切でないM&Aの手段として部分買付等の「強圧的な」手段が取られることが批判されますが、逆にいうと良いM&AをTOBによって実現するためには、何らかの形で強圧性を加えないと、今の株主は売ってくれないということにもなりかねません。

現在の個々の株主の利益を重視しすぎると、会社そのものの合理的な経営(企業価値)にとってはマイナスになることもある、株主共同の利益と企業価値とは矛盾しうる、というテーマについては、今後議論が深まっていくと思われます。

中途半端な説明で、御疑問への回答に放っていませんが、今日はここまでで失礼します。

投稿: けんけん | 2005年9月12日 (月) 15時28分

>けんけん先生

神田秀樹教授が編者となっておられる、あの有名な本のなかで、「けんけん」先生が執筆されている部分を最初に拝読し、内部統制システムのあり方と日本文化の関係について、たいそう興味を持ちました。いまでも考え方の礎になっております。日経などでお顔は何度か拝見しておりますが、このようなブログにまで目を通していただき、ありがとうございました。
先生のおっしゃる「パラドックス」、今後の証券取引法改正や新会社法の運用で、いい方向へと改善されるのでしょうか?ともかく、自分の見解がまったくハズシていたのでないことがわかって安心いたしました。。。また、よろしかったらお越しください。

投稿: toshi | 2005年9月12日 (月) 21時26分

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