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2005年10月13日 (木)

専門家が賠償責任を問われるとき

公認会計士の方のブログなどを拝見しておりますと、今回のカネボウ粉飾事件などとの関係から、「会計士も事前規制から事後規制への波にのまれ、処罰の対象になったり、民事責任を問われるケースが増えるのではないか」と危惧される声が聞かれます。

いちおう最初に「用語の整理」をしておきたいのですが、「事前規制」といいますのは、たとえば証券取引法などの行為規範による規制のことです。公開企業における市場のルールを取り決めるということで、ルールに違反すると処罰の対象となります。この「処罰される」というのは、おそらく「事前規制」の範囲に含まれることになります。(つまり、事前規制の実行性を担保するための刑罰法規ですから)「事後規制」といいますのは、独占禁止法における私的独占状態の排除などの行政処分(事後的な違法状態を是正する)や、いわゆる民事賠償請求、民事による差止請求などによる規制のことを指すのが一般的です。よく「小さな政府」を作ることを目指しているのであれば、「事前規制」よりも「事後規制」が適している、とは言われますが、実はそんなに簡単なことではなく、事後規制中心の世界というのは、取締による規制結果の不平等を助長したり、実際の摘発には多額のお金や人員を必要としたりして、事前規制よりも効率は悪いとされています。(この話はムズカシイので、また別の機会に)

最近は医療過誤訴訟も進化して、原告側患者の勝訴率が上がり、また建築訴訟においても、一級建築士さんや建築士事務所などが多額の損害賠償責任を負担するケースなどが「日経アーキテクチャー」のトピックス欄などに掲載されています。さて、こういった専門家の民事責任問題が普及していくなか、弁護士や会計士の職務上の過誤というものも、ひろく賠償問題として発展していくのでしょうか。私の個人的な意見としましては、(自分が弁護士ということを極力捨象して考えてみましても)医師や建築士の責任問題ほど、急速には発展しないのでは、と考えております。

たしかに、大阪地裁を例にとりましても、医療専門部や建築専門部(つまり、医療関係者や建築請負業者などの事件を専門に取り扱う法廷)が充実し、原告側(つまり患者や施主さんなど)代理人弁護士の努力といった点も貢献度が高いと思われますが、本当にこれらの専門家訴訟が進化した要因は、医師や建築士の中に「専門家のミスを糾弾する会」のような被害者救済の組織が誕生し、そういった組織が原告側を応援してくれるシステムが出来上がったことが大きいと思われます。たとえば医療過誤を例にとりますと、「医療事故調査会」という全国組織がありまして、患者側代理人による証拠保全手続によって証拠収集したカルテを持ち込めば、全国から選抜されたメンバーの医師の方々が鑑定資料を作成してくれます。また裁判のうえで必要がありましたら、患者側の証人としても法廷に立っていただけます。医師の立場で客観的に「医療行為のここに注意義務違反がある」と鑑定していただけますと、これで医療機関を相手に五分五分の状態から訴訟を提起することが可能となります。

ひるがって、弁護士、会計士の世界に目を向けますと、私が知る範囲では、こういった「依頼者、クライアントの正義を守る会」のような弁護士集団、会計士集団というのは見当たらないように思われます。おそらく弁護士が賠償責任を負担する、というのは、現時点では懲戒処分を受けて、弁護士の職務行為の違法性が明白になったような場合に限定されているのではないでしょうか。もし、今後弁護士や会計士が職務に違法性があって、事後的な規制を受けるとするならば、こういった同業者の中から同業者の職務を正す、といった目的で活動する組織の発生がどうしても不可欠な要素になってくるように思います。あと数年後には司法試験合格者3000人時代が到来しますので、ひょっとすると今後は「弁護士を相手にすることを専門とする弁護士」や「弁護士の職務の不正を糾弾する会」のような弁護士組織も誕生するかもしれません。公認会計士の数も試験制度の改革によって増員される、聞き及んでおりますが、とりあえず会計士業界から自然発生的に誕生する組織が存在しない限りにおいては、(たとえ公認会計士協会や、金融庁の関連委員会による品質管理活動が行われたとしましても)それほど事後規制の波にのまれる、といった事態は想定されにくいのではないでしょうか。

同じような問題は、金融商品の販売や設計にも妥当するものです。投資サービス法が制定され、事後規制によって一般投資家などが救済される道も開かれるかもしれませんが、銀行や証券会社相手に訴訟で勝つためには、そういった金融商品販売における勧誘方法や、設計方法に専門家としてのミスがあることを堂々と意見書として提出していただける同業者の方の存在というものが不可欠だと思います。さて、こういった同業者の不正を糾弾する、といった民間組織が発展するというのは、「倫理」によるものなのか、「自由競争」によるものなのか、そのあたりはまだ不明ではありますが。。。

(余談)

全国紙の経済部の記者さんが、わざわざ取材ということで東京からお越しになりました。ブログをお読みいただいて、どんな弁護士か興味をお持ちいただいたようです。そもそも、ブログ嫌いであったために「とりあえず自分でやってみて欠点を非難してやろう」と始めたものの、ミイラとりがミイラになってしまいました。媒体としての効用には驚くばかりです。

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コメント

医療過誤訴訟における「原告患者」に相当するのはクライアントの「原告会社」だけなんでしょうか?

一般投資家が個別に、会計士に対して民事賠償訴訟を起こすというのは無理な気がします。証拠集めとか、その専門性ゆえのハードルの高さ、費用対効果等々斟酌すると、結局泣き寝入り。

ここはやはり「集団訴訟」を認めて、巨額の賠償金(それに応じた弁護士報酬)というニンジンめがけて、優秀な弁護士事務所が総力を挙げて取り組むという仕組みが、結局は社会正義の実現に近づく道なのではないでしょうか?

投稿: やぶ猫 | 2005年10月15日 (土) 10時37分

コメント、ありがとうございます。
原告会社というもののほかに、株主という立場で代表訴訟というのもありそうです。来年から施行される会社法では監査人も代表訴訟の被告となりますので、個別に対象とされる可能性はあると思います。
集団訴訟の制度ができたとして、その集団が株主だとした場合、代表訴訟の被告となりうる監査人に対して一般の民事賠償ができるかどうかは、微妙ですね。判例でも、代表訴訟の相手方となりうる者に対して、投資上の損害賠償を直接求めることについては、よほどの悪意がないかぎりは棄却されることが多いと思います。ただし、たとえば公認会計士協会がADR(裁判外紛争処理機関)のようなものを作った場合には、おっしゃるような集団訴訟的なものが機能するかもしれません。医事紛争処理センターとか、けっこう迅速な処理が可能な場合も多いので、同様のものができる可能性はあると思います。

投稿: toshi | 2005年10月16日 (日) 01時48分

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