管財人と向き合う金融機関、そしてファンド
(まずは、司法試験に合格された皆様方、ほんとうにおめでとうございます。合格はご自身の力だけではありません。周囲に支えられたうえでの合格です。周囲のかたがたとともに、その喜びを分かち合ってくださいね。)
最新の会計ネタをアップしてくださるkeizokuさんや、憧れのまま留学の夢消えた私にとって少しばかりの気分を味わせていただいている関西人neon98さんのブログが、「最高裁がファンドの回収に待ったをかけた」判決について取り上げていらっしゃいます。
最高裁、抜け駆け回収に待った、ゴルフ場を巡る訴訟で(朝日ニュース 11月8日)
最高裁判決の全文はこちらです。
(以下、一般のビジネス法務に興味をお持ちの方むけに、できるだけ優しく解説いたします)
更生管財人や破産管財人には、倒産手続が円滑に公平に進行するように、一部債権者の抜け駆け的債権回収行為には待ったをかけることができます。これが管財人の否認権を言われるものです。否認権が行使されますと、いったん抜け駆けによって回収した財産を、管財人のもとへ戻さなければなりません。本件では、更生管財人は、事後倒産に至った会社と、抜け駆けした企業との間での弁済協定と根抵当権設定行為を否認したわけですが、本件で一番問題になったのは、200億円相当のゴルフ場資産への根抵当権設定行為について、管財人はすべての根抵当権を否認できるのか、それとも抵当権を設定することによって、実際に根抵当権者が「抜け駆け的」利益を受けることになった金額に相当する部分だけを一部否認できるだけなのか、という点です。全体を否認できなければ、現在進行している更生手続は頓挫してしまいます。結果として最高裁は、会社更生手続の円滑を重視する立場、つまり担保権全体に対する否認権行使の効果を認める判断を下しました。
上告していたのはゴールドマンサックス系列のケイマンファンド会社でして、元最高裁判事でいらっしゃった河合伸一弁護士を擁して上告(上告受理申立)を行ったわけですが、それでも最高裁の壁は厚かったようです。ただ、この裁判、この論点に限って申し上げますと、東京地裁での第一審判決では、ファンド側が勝訴していまして、東京高裁(原審)でひっくり返った経緯があります。
新しい会社更生法や破産法にも、同様の否認権に関する規定がありますので、担保権設定行為が否認の対象になりますと、たとえ物件が可分なものであっても全体としての担保設定が無効になりますから、金融ビジネスの実務に及ぼす影響は大きいものといえます。
そもそも、破産管財人や更生管財人の否認権行使に対してケンカするのは、かなり勝訴の確率が低いと考えてよいでしょう。なぜかといいますと、管財人は「ちょっとこの抜け駆けはアンフェアじゃないかな」と思って否認権を行使して、相手がそれに従いませんと、破産裁判所(ここでは、倒産事件を一般に扱う裁判所のことを「破産裁判所」といいます)の許可をもらってから否認権訴訟を提起します。まず訴訟を起こす段階で、破産事件の担当部裁判官から許可をもらうわけですから、そこで勝訴見込みがわかります。そして、事件進行中も、主張方法などについて破産裁判所からいろいろな支援を受け、また全国の管財人の裁判状況もリアルタイムで、破産裁判所から情報を入手できます。つまり、否認権を行使された相手方は、実質的には「裁判所」を敵に回して訴訟をしているようなものでして、まさに裁判のプロ中のプロの法的主張に挑戦しなければならないというハンディを背負っているわけです。
また、今回は担保権設定行為の一部にだけ否認権行使の効果が及ぶべきである、ということを民法上の詐害行為取消権の制度との比較をもって上告人が主張したわけですが、これ、普通に考えて判例実務上、無理があると思います。たしかに、民法上の詐害行為取消権の制度(これも債務者が債務超過にあるときに、抜け駆け的に弁済を受けたり、担保を設定するようなことをした者は、これを返還せよ、という制度)は、抜け駆けをしたことで債務者の財産の減った分だけを返せばよいということを認めているわけですが、これは旧来からの最高裁判例が、できるだけ債権回収に熱心な債権者は保護します、といった運用を認めていることとの対比から出てくる結論でして、(ですから詐害行為取消権を行使した債権者は、抜け駆けをした債権者に対して、「みんなのために債務者に返せ」ではなく「私にその分を返せ」と言えるわけです)破産や会社更生のように、純粋に公平分配の世界では通用しない議論だと思われます。
では、債務超過のおそれのある債務者に融資をする場合、担保設定行為は抜け駆けであって、「やるだけ無駄」なんでしょうか?そんなことはありません。上に書いたとおり、詐害行為取消権の制度といいますのは、できるだけ債権回収に熱心な債権者の利益は保護しよう、といった判例の立場がありますから、もし債務超過のおそれがあっても、破産や会社更生に至らなければ、債権回収の実効性は上がるわけです。たまたま破産、会社更生などの手続に意向してしまった場合には、あきらめないといけないこともありますが。(私も一昨年、RCCから詐害行為取消訴訟を提起された企業の代理人として、大阪地裁での一審で勝訴しましたが、控訴審の最中に債務者会社が倒産したために、管財人による否認権訴訟に引き継がれ、控訴審で逆転敗訴をくらった経験があります)
以前、足利銀行の訴訟事件と関連して、中央青山監査法人はピンチである、とエントリーしましたが、これは相手がRCCと銀行内の特別委員会の合同チームだからであります。こういった現役裁判官がチームに加わっている集団というのは、おそろしく強い。この裁判で認定される事実をもとに、金融庁へ懲戒請求を申し立てるわけですから、かなりの覚悟が必要だと思います。
| 固定リンク
コメント
こんにちは。
TB飛ばすほどの内容もなかったので飛ばしてはおりませんが、ご紹介させていただきました。
最近、民事再生でも否認権が行使されるケースが見られていて、気になっているテーマです。
投稿: grande | 2005年11月10日 (木) 03時32分
真面目に分析しているとは言い難いエントリにTBしていただいてありがとうございます。随分遅くまで頑張っていらっしゃいますね。下級審判例を読んでいないのでコメントする立場にないのですが、私の直感的な問題意識としては「故意否認」のケースでこれでいいのかという点です。可分の担保設定行為の中で「債権者を害する」行為とそうでない行為があるはずで、一部の行為については故意否認が成立しても、他の部分には故意否認が成立しないのじゃないか(他の否認の根拠があればともかくとして)と思ったりします。直感的なコメントにすぎませんので、近いうちに読んでみたいと思います(まずは下級審判例を入手しないといけませんが)。
投稿: neon98 | 2005年11月10日 (木) 08時10分
>grandeさん
ご紹介いただき、ありがとうございます。ずいぶんとアクセス数が増えてるなあ、と思ってリンク元解析をしてみたら、grandeさんとこだったんですね。一般の方にはなじみがないエントリー内容なんで、ちょっと「場違い」とは思っていたんですが・・・。否認の効果が相対的なこともあって、会計処理的にも否認された場合にはムズカシイ部分が残るんではないでしょうかね。
>neon98さん
今週はじめ、また法人破産の管財人に就任しましたので、現在は調査にとても忙しく、深夜にしかエントリーできないんです。(いまは、その工場近くの喫茶店でモバイルで書き込みしております)おそらくneon98さんの意見は第一審の裁判官の感覚に近いのではないでしょうか。こういった管財人と金融機関との対立問題は、片方で倒産法制の円滑、片方で債務者の金融制度の円滑という政策的に重要な法益の対立が常につきまといますので、どちらが正義にかなうとか、経済的な効率性が高いと一概にはいえないように思います。なかなか下級審の判決文を入手するのは難しいかもしれませんが、またお読みになった感想でもお聞かせください。
投稿: toshi | 2005年11月10日 (木) 11時43分