「公正妥当な企業会計慣行」と長銀事件
この時期、公認会計士の皆様は中間決算監査にたいへんお忙しいものを拝察いたします。私が社外監査役を務める企業も今週が中間決算の報告となります。会計士さんにお話をお聞きしても、いろんな会計基準が新設されたり変更されたりと、弁護士に比べて憶えなければならないルールが非常に多いように感じます。加えて新会社法の法務省令が発表されますと、今度は政令(規則)による計算書類作成上の準則にも留意しなければならないとなると、本当に頭の下がる思いです。
ついこの間のエントリーでも書かせていただきましたが、弁護士と会計士による関西の合同研究会でLLP、LLCに関する講演が開催されましたが、今度、ぜひとも税理士さんも含めて合同で研修をしてみたいな、と(勝手に)思っているのが「公正なる会計慣行の斟酌」ですね。現商法では32条2項ですが、会社法では431条で規定されています。(すこしばかり、現商法と会社法とで文言に変化がありますが、あまり意味はない、というのが通説のようです。「公正なる会計慣行」→「公正妥当と認められる会計慣行」とか「斟酌すべし(従わなければならない)」→「従うものとする」などなど。ただ、内部統制監査との関係では、すこしばかり意味があるのでは、と私は考えておりますが。理由は下に述べます)
第431条 株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行により従うものとする
会計帳簿の作成にあたって、公正妥当な企業会計の慣行が「法規範」としての意味を持つわけですから、新しい会社法のもとで株主代表訴訟や第三者による責任追及の被告となりうる会計監査人や会計参与という会社機関にも重要な意味が出てくるわけでして、もちろん違法配当の有無に関する判断基準にもなるわけで、経営者にも大きな影響を与えるわけです。私にとりましては、最近まであまり関心もなかったのですが、この10月に長銀配当損害賠償事件第一審判決が雑誌で公開され(判例時報1900号)、日債銀損害賠償請求事件の判決(判例時報1863号115ページ)との比較も可能となり、とりわけ長銀事件では刑事と民事で裁判所の判断がまったく異なっているということもありまして、この会社法上で法規範となるべき「公正妥当な企業会計の慣行」とはいったいどういった要件があれば裁判所が「法規範性」を認容するのか、どういった根拠をもって裁判所を説得すべきなのか、興味の湧いてくるところとなりました。さらに、証券取引法上だけで「財務情報の信頼性確保のための内部統制の構築」が議論されているのであれば無視することもできそうですが、会社法にも(とりわけ公開会社の場合には義務規定として)「内部統制システムの構築」に関して規定され、会計監査の対象となるわけですから、こういった分野におきましても、はたして「公正妥当な企業会計の慣行」という「法規範」概念が入ってくるのかどうか、という問題も出てきそうです。(現商法32条2項は「商業帳簿の作成に関する規定の解釈については」とありますが、会社法431条では「株式会社の会計は」と変更されておりまして、そういった監査基準そのものの法規範性を念頭に置いているのでは、と考えております)おそらく上の長銀配当事件における控訴審判決が出たとしましても、まだまだ議論は尽きないものと思われます。ということでして、この会社法431条の解釈問題につきましては、企業経営者を含めて、法律実務家、会計実務家等による共有資産としての研究が、ぜひとも有益なものではないか、と思う次第であります。(といいますか、私が関西なもんで情報に疎いだけで、もう東京のほうでは、そういった合同研修がなされているのかもしれませんね?)
ビジネスに関連する話題を一回読みきり、をモットーにしているつもりではありますが、このブログでも、長銀配当損害事件の一審判決を中心に、シリーズで考えていきたいと思っておりますので、どうか(不定期ですが)おつきあいいただければ幸いです。また、この問題に興味をお持ちの方でしたら、ぜひ判例時報1900号の判決文(雑誌110ページ以上にわたりますので、非常に大作の判決文ですが、研究するに値するものと思います)の原文をお読みになることをお勧めいたします。(なお、この判決では、原告、被告双方が「公正なる会計慣行」をどのようなものとして主張しているか、別紙として紹介しておりますので、そこもまた非常に勉強になります)
ちょっとだけ具体的な問題について触れてみたいと思いますが、先の長銀配当損害賠償事件一審判決や日債銀損害賠償請求事件では、いずれも金融庁(以前は大蔵省)の通達や会計基準が施行されていたからといって、それが「公正な企業会計の慣行」といえるものであり、その通達、基準に従わないと違法となる、とは考えていないところです。それは、会計慣行といえるための厳しい要件に該当していなかったり、同じ事象に適用可能な会計慣行を二つ以上認めたり、会計慣行のない問題について、別の慣行を類推適用することを認めたりと、いうところが理由なんですが、もっとも裁判所の考えの根底にあるのは「企業会計の継続性」の重視と民法92条(事実たる慣習)の適用(もしくは類推適用)にあると思います。
詳しい理由はまた次回に述べたいと思いますが、結論として、たとえば企業会計審議会で、いろんな考え方が出て、委員の間で意見がまとまらない状況が続き、最後に「オトナの事情」によって会計基準が出た場合など、おそらく後の裁判では「会計基準」の法規範性を主張する側には不利に働くことを予想しておりますし、また先日の中央青山のカネボウ粉飾事件などによって、今後会計士協会や公認会計士・監査審査会などが中心となって、会計士協会内部における統制システムが適正に構築されていくならば、ぎゃくに法規範性を主張する側には有利に働くのでは・・・と予想しております。少なくとも、私が上の長銀、日債銀の民事事件判決を検討したところからは、そういった争点の形成も、ひょっとすると可能ではないかな、と思いました。
勝手に会計士さんや税理士さんの土俵に上がりこんで、わいわいと持論を展開しているようなもんですから、どうか「そんなアホなことがあるかいなぁ」といったご批判なり、ご意見を頂戴できれば、と存じます。(不定期にて、つづく・・・)
| 固定リンク
コメント
「連載」期待しております。
現状企業会計審議会は既に会計基準の設定主体としての役割を実質的に停止し、1民間機関である企業会計基準委員会(ASBJ)がその役割を担っていおり、その法的位置づけは、まだ曖昧であると認識しています。そのあたりについても何か教えていただけるとありがたいです。
投稿: KOH | 2005年11月16日 (水) 02時29分
KOHさん、おひさしぶりです。
ご教示ありがとうございます。もし、今後もまた長銀事件のような違法配当がらみの損害賠償請求事件が発生するならば、KOHさんのおっしゃるような基準設定の主体に関する説明も、かならず要求されるはずです。そして、その基準設定と実際の監査での利用度、普及度などが実証的に検証されたうえで、法規範性の有無が認定されることになると思います。ただし、基準委員会が基準決定権限を有するとしても、それだけで「唯一の公正妥当な企業会計の慣行」だと断定できないところが、重要なポイントになろうかと思います。
ところで、さっそくお気に入りブログ、いれさせていただきました。今後とも宜しくお願いします。
投稿: toshi | 2005年11月16日 (水) 22時21分