田中亘助教授の論文と企業価値論
週末、成蹊大学助教授でいらっしゃる田中亘先生の「敵対的買収に対する防衛策についての覚書」(一、二、完)(民商法雑誌131巻第4,5号、同6号)を(読める範囲で)拝読させていただきました。今年の「商事法務研究会賞、受賞論文」で「他を圧倒する卓越した論文」と評されていたものです。ちなみに田中助教授は、昨年のライブドア・ニッポン放送事件のときは、ライブドア側にたった意見書を提出され、河本一郎神戸大学名誉教授と論戦を貼られたことでも有名な方です。
まず、この論文を書き終えたのが、2004年11月ということですから、ちょうど1年前なんですね。まだライブドア・ニッポン放送事件もなく、企業価値研究会の論点整理もなく、ましてや「敵対的買収」という言葉を世間に知らしめた判例もそれほど出ていない時点ということで、(そんな時期に)まだ30歳そこそこの先生が、政策論的見地からの検証とはいえ、どういった場合に敵対的買収防衛策の発動が許されるのか、経済効率性と法律解釈論を融合させ、そしてなんといっても、アメリカにおける実証的な検証例を豊富に紹介したうえで判断の基準を示す手法は、非常に共感を覚えました。
私のような一介の弁護士でも共感を覚えることができた点といいますのは、ひとつだけ具体的な例をあげますと、株主による企業価値の把握、という問題について「時間軸」を採り入れておられるのではないか、と推測されるところです。私の周囲には「関西コテコテのおっちゃん」がたくさんおりますが、そういった「おっちゃん」の話を聞いているうちに、企業価値の把握には「時間軸」が必要ではないか・・・と思うようになりました。
「いま、この株売ったらあかんがなぁ・・・。いまはぎょうさん会社に財産しこんどるんやから、まだまだ伸びるでえ」
「もうちょっとしたら、国道向かいの同業者(お好み焼き屋)が辛抱たまらん、いうさかいな。それまでは、これまでの稼ぎ、はたいても、がんばらなあかんねん」
これ、企業の内部留保の問題だと思いますが、会社の起承転結の時期の特定を抜きにして、内部留保が会社の株主価値に及ぼす影響は判断できないんじゃないのだろうか・・・、と。たとえば、現在、ガン治療にはMRIが広く使われていますが、最近PETが登場して、より細微にガンが発見されるようになったわけですが、これも「写真」から「ビデオ」へとガン発見のために「時間軸」を採用することで進化しているわけでして、株主による企業価値の把握のためには、この「時間軸」も必要になってくるんではないでしょうかね。そういった議論の進化も意味はあるように考えています。
そんな疑問を抱いたまま、この田中論文に触れてみると、企業における「人的投資」の時期如何によって防衛策の導入が妥当な場合と、不適切な場合に分かれるのではないか、と意見を述べておられるところに目がとまりました。かなり読ませていただきながらドキドキしましたね。一般的に敵対的買収への防衛策導入を広く認める立場からは、敵対的買収が「ステークホルダーの利益、とりわけ従業員による人的投資を阻害する傾向にあるため、これを取締役が阻止する必要がある」との根拠付けがなされるわけですが、本当にこの根拠は合理性があるかどうかを検証されている箇所があるんですが、そのなかでの問題提起であります。細かいことはとても私の能力では申し上げられませんが、この「人的投資」といいますのは、企業が従業員に支払う給料と比較したところの、その労働力の獲得によって得られる企業の利益との関係を示すものでありまして、たとえば従業員が若く、バリバリ働いている人が多い企業は、従業員は将来もらうべき高額給与のためのスキルアップの時期として、(つまり従業員は自らに投資をしている時期として)先行投資される従業員の労働力を「内部留保」として蓄えているわけです。一方、そういった投資を終えた社員が多い企業となりますと、企業は支払う給与は増えていますが、提供を受けるべき労働力に限りが出てきますので、内部留保をとりくずす時期と捉えることが可能となります。敵対的買収防衛策を導入するにあたって、このような企業の成長時期かどうか、という時間的な差によって、その発動を取締役会に授権すべきかどうかの判断基準が変わってくるということは、企業価値の算定のおいて企業がいったいどういった時期にあたるのか、起承転結のどこの時期にあると判断するのか、そういったモノサシも必要になってくることを示唆しているのではないでしょうか。
もちろんここで述べている「内部留保」という言葉は会計用語とはまったく異なる使い方であります。しかし、将来に向けて、企業が蓄積しようとする人的資産もまた、企業価値を議論する際には現金における内部留保と同様に考えるべきものだと思います。
それでは、いったい「この企業が」、いま起承転結のどの時期にあるのか、といったモノサシが現存するわけでもなく、その判断が主観的なものにとどまる危険性もあるでしょうが、とりわけ社外取締役など、株主利益を代表すべき立場の人が、株主価値をどう捉えるべきか検討する場合に有力な論証の根拠としては使えそうな気がします。この田中助教授の論文、たくさんの示唆に富む具体的な提案などもあり、非常に楽しいものです。僭越ながら異論もたくさんございますが、テクニカルな防衛策の設計というものではなく、どういった場面でどのような要件が満たされることが合理的か、その基本のところを考える際のモノサシとしては非常に有益だと思った次第です。
| 固定リンク
コメント
おひさしぶりです。
今朝の日経で「ブティック型法律事務所」の特集記事が出ていましたね。toshiさんの提供しておられる話題とまさにグッドタイミングですね。この記事を見るまでに「ブティック型」事務所というコトバはtoshiさんが勝手に使っているのかと思ってました(笑)行政書士さんに依頼できる範囲を超えた対処というのも、ときどき弊社でも問題になるときがあり、役員クラスが警察や消防署、消費者団体などに出向くこともありますが、あまり法律専門家の活用というものを考えたことはありませんでした。
こういった問題をまた取り上げていただくとありがたいです。
投稿: Pへの永遠なる飛翔 | 2005年11月14日 (月) 12時39分
すいません。コメントすべき記事を間違えてしまいました。下の「衣替え」の記事にコメントするつもりでした。もしよろしかったら削除か、変更をしておいてくださいますか。たいへんもうしわけございませんでした。
投稿: Pへの永遠なる飛翔 | 2005年11月14日 (月) 12時41分
すいません。お昼はこのところ、管財事件の初期段階のために、新聞を読んでいる時間がとれず、その「ブティック型法律事務所」の記事、まだ見ておりません。
また、読んでからコメントを返させていただきますので、よろしくお願いします。
コメントの場所の変更は、どうするんでしょうかね(笑)とりあえず、このままにしておきますね。
投稿: toshi | 2005年11月15日 (火) 02時36分