商法と証券取引法が逆転?
(相変わらず、企業会計ネタとなりますと、アクセス数が爆発的に増えておりまして、ビックリなんですが、別に気をよくして、ということではなく、またまた会計ネタで失礼します。しかし、専門外の立場の人間の意見をお読みいただける、ということはありがたいことと感謝いたしております)
(11月16日午前11時 末尾に追記あります)
今朝(11月15日)の日経朝刊「経済教室」で早大の上村達男教授の論評が掲載されておりました。「信頼揺らぐ公認会計士監査~証券市場の要請に応えよ」という見出しでして、サマリーは「日本では従来、監査基準に準拠することが監査業務であり、不正の発見は公認会計士の業務とはみなされていなかった。しかし、証券市場と一体となった公開株式会社の時代においては、有価証券の真実価値の把握こそが公認会計士監査の使命である」といったものです。この話のなかで、これまでは証券取引法は「商法では足りない部分を補うための同性質の法であった」のが、日本の企業社会の変化によって、証券市場と一体の本格的な公開株式会社の時代を迎え、まさに証券市場は公正な価格形成実現の場となったのであって、今後は証券取引法ルールが中心となる時代となり、会社法の旧来の制度意義は失われつつあるということが指摘されています。
昨日のエントリーとも関連しますが、私もここ20年くらいは、おそらく企業法務と言われる分野におきましても、「会計の時代」がやってくるのではないか、と信じて疑わないほうの部類です。証券取引法が商法を逆転する、といった比喩につきましては、それぞれの制度趣旨が異なるわけですから、抽象的かつ単純に比較すること自体には異論がございますが、平成の時代に入ってからの会社法の改正経緯を追っていきますと、法学者の手にあった「商法」(会社法)が、いまや経済学者や会計実務家、経営者団体の手によって変容してきたものと言っても過言ではないと思いますし、来年施行されます新会社法の習熟度におきましても、現状では悔しいことに(おそらく)会計士さんのほうが、弁護士よりも高いことは間違いないものと思っております。ガバナンスにしても、M&Aにしても、また内部統制問題にしても、それらの投資家への「開示」を重要課題といたしますと、注目されるのは証券取引法による規制であり、また各証券取引所における規則になってしまうわけです。今朝の日経には、別の記事として「金融庁において過日、経済産業省の企業価値研究会が発表した指針に対して異論が出ている」ということが報道されておりましたが、証券取引法や証券取引所規則の運用に近い「金融庁」と新会社法の運用に近い「経済産業省」との「綱引き」がありうることも十分納得されるところでしょう。
会計士さんが、これまで「監査一般」の専門家とみられてきたのは、証券取引法の法文を頼りにしながらも(証券取引法193条、193条の2)、実は「法とは一線を画す会計・監査の慣行の権威」をよろどころとしてきたためであり、会社の会計顧問としての地位は、監査慣行の集約である監査基準などに準拠することこそが監査業務とされてきたためである、という上村教授の説明は、このあたりに「モヤモヤ」したものを抱いていた私にとりましては、かなり明解な回答をいただいたような思いです。ただ、その後なんですが、「これからは証券取引法における真実価値把握のための投資判断の集積こそ生命線となるのであるから、公認会計士は取引法の趣旨に則り、会社の不正行為発見にも積極的に努めるべき」との問題提起に対しては、すこしばかり違和感を覚えるところです。(といいますか、素人なりの疑問を抱くところであります)
この議論は上村教授の論稿に始まったわけではなく、たしか金融庁のなかでも、公認会計士の「不正発見」に期待し、これを制度化すべし、との意見があることは随分前から報道されておりました。ただ、西武鉄道の上場廃止やカネボウの粉飾加担事件などがセンセーショナルに取り上げられるようになり、公認会計士の職務上の倫理問題などもクローズアップされていくうちに、どうも極端な形で「不正発見義務の規定化」が話題に上ってきたのではないでしょうか。そこで浮かぶ疑問なんですが、発見の対象となる「不正」というものはこれまでの会計士さん方の業務と簡単になじむものでしょうかね。不正という言葉には評価部分が強く含まれています。取引上のルールとしての「不正行為」については、証券取引法にも列挙されておりますが、一般的な「不正」の概念については明確にはされておりません。これまでの会計士さんの業務として「評価」内容が含まれるとすれば「適正」「不適正」とか「不備」「重大な不備」「欠陥」とか、そういったものではなかったかと思いますが、今後の業務の中で、不正ということへの評価が含まれてくるとすれば、段階的には 適正→合法→違法→不正といった流れが予想されます。つまり「不正」は企業犯罪、「違法」は「不正」とまでは言えないけれども、会計上の法規範に反すること、つまり公正と認められる会計基準違反、「合法」は、「真実性に合理的な保証を与える」ほどに適正、とまではいえないけれども、企業会計基準内にあることなど、そういった評価を必要とするはずです。今回はたまたま逮捕者が出るような事態が発生したために、こういった議論が登場したわけですが、実際にはグレーゾーンに含まれるような事件が大多数を占めることになるわけですし、そういった事例の場合に、会計士さんが「不正」や「違法」など判断することが、果たして投資家への会社価値の情報開示として正しいかどうかは疑わしいように思います。もし「不正があった」と開示して、実際には「不正」と評価されない事態だったというケースでは、株価への影響は計り知れないものでしょうから、会計監査人の責任問題が浮上してくるのは必至でしょうし、また逆に見逃した場合には、証券取引法上の刑罰を受ける、というものではたまったものではありません。結局のところ、現実論からいたしますと、「不正」「違法」の最終判断は一般株主の判断に委ねるものとして、公認会計士はそういった株主が真実価値を把握するための判断の基本となる企業の情報の適正性を審査して、その結果を公表することまでの仕事と捉えることが、今後の企業と会計監査人との理想的な関係を築くためには、唯一の方法がないのではないか、と私は考えておりますが、いかがでしょうか。
「不正監査」への積極的な取り組みを認めることのほうが、会計士さん方の所得アップにつながるのかどうか、・・・これはちょっと私にはわかりませんが。
(追記)
他業種の方より、「どの業種といったことにかかわりなく、会社法の習熟については、必死で勉強しているので、会計士もしくは弁護士がもっとも習熟度が高いような誤解を招く表現は適切ではない」旨のメールをいただきましたので、とりあえず削除いたしました。ただ、このブログではなるべく個人の意見もしくは空想(笑)としてご認識いただけるよう工夫しているつもりでありまして、断定的表現は極力回避しているように努めております。こちらも気をつけるようにいたしますが、そのあたりご理解くださいませ。
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コメント
お初にコメントさせていただきます。貴ブログは上司の奨めもあり、毎日読ませていただいております。私も資格者ではありませんが、上村先生の記事を読み、「会計の時代」到来を予感した者のひとりです。また、toshi様の疑問についても共感を覚えます。ただ、ちょっと論点がずれているのではないか、と思われる部分がありまして、私がまちがっておりましたらご指摘ください。
「不正」の中味を公認会計士に判断させるのが困難ではないか、という問題提起だと読んだのですが、そもそも現行の商法特例法8条や、新会社法397条では、会計監査人が不正を発見した場合の監査役への報告義務が規定されておりますから、この「不正」を判断しなければならないのは、すでに公認会計士の使命として解決済みではないでしょうか?むしろ上村教授や、一部の知識人の方が問題にしているのは真実「発見義務」のほうであって、わざわざ探して発見しなければならないのか、という部分が問題になっているんではないか、と思うのです。なんだか、長くなってしまい申し訳ないのですが、問題の整理という意味で、確認したいとコメントさせていただきました。
投稿: 損保法務部レディ | 2005年11月16日 (水) 18時19分
>損保法務部レディさん
はじめまして。コメントどうもありがとうございました。なかなか鋭いご指摘ですね。
ただ、おっしゃるとおり特例法にも「不正報告」の必要性がうたわれておりますが、これはあくまでも監査役の業務監査権限の行使を支援するためのものだと思います。したがいまして、多少「不正報告」の運用に誤りあったとしても、(会計士が公表するものではないわけですから)監査役が最終責任で報告をするわけですよね。そうだとしますと、会計士さんの不正概念に多少問題があってもそれほどおおきな問題にはつながらないと考えています。いっぽうで、株主への真実情報の提供の場面で考えますと、そこで会計士さんが「不正」を公表するわけですから、今度は会計士さん自身の判断が最終的な責任と結びついてくるわけですよね。その違いは大きいのではないでしょうか。
また、ご意見がございましたら、お聞かせください。
投稿: toshi | 2005年11月16日 (水) 22時56分
早々に回答いただき、ありがとおございます。
なるほど、先生の明解な回答、おそれいります。でも少しだけ疑問が残るんですが、新会社法でも会計監査人や会計参与にも「不正報告義務」が書かれているんですけど、これらも同じように監査役の業務支援が目的なのか。たしかに、会計監査人は同じ趣旨だと思うんですが、会計参与にも同じことがいえるのかどうかはよくわかりません。また、お時間のあるときにでも、お教えください。
社内勉強会でも、これ話題にしたいと思っております。
ホントにありがとうございました。
投稿: 損保法務部レディ | 2005年11月17日 (木) 11時20分
読まないとわからないのは百も承知なのですが、簡単には文献が入手できないもので。上村教授のいうところの商法と証券取引法が逆転というのはどういう趣旨なのでしょうか?アメリカでの議論だと、州会社法で規制されていないところを、連邦証券法が乗り出してきて、コーポレートガバナンスまで牛耳っているということで、ある意味わかりやすいのですが、そのキャッチフレーズだけとらえると正直よくわからないなあと思います。単なる質問で申し訳ありません。
投稿: neon98 | 2005年11月22日 (火) 08時47分
>neon98さん
コメントありがとうございます。おそらく、上場企業に対象を絞っての話ではないか、と思います。エントリーの中にも記載しましたが、両法の制度趣旨が異なる以上は、どっちが優先ということも考えられないでしょうし、間接金融から直接金融の時代に変遷してきた歴史のなかで、相対的に証券取引法が企業のガバナンスまで変えることができる時代になってきた・・・といったところが趣旨のように読みました。そういった意味では、アメリカの議論とすこし似ているのかもしれませんね。
返事が遅れまして申し訳ございませんでした。また、遊びに来てください。
投稿: toshi | 2005年11月23日 (水) 21時19分