破産管財人の社会的責任(木村建設)
構造強度偽造事件により、熊本県八代市の木村建設が11月末に破産手続開始決定の申立を行うことが伝えられました。木村社長の記者会見によりますと、「今後、入居者、購入者への代金返済問題は破産管財人に委ねる」ことのようです。私も現在、大阪で2つの法人の破産管財人に就任しておりますが、裁判所から、この木村建設の破産管財人に選任されたことを想像いたしますと、この管財人弁護士さんは、たいへんな苦悩を背負い込むことになるであろう、と思われます。今後の職責の重大さを考えますと、おそらく裁判所は、その地域における最高のエースを破産管財人に投入してくる(選任する)ことは間違いありません。おそらく、破産管財人としての社会的責任を理解し、最高のバランス感覚をもって職責を果たしうる弁護士さんに就任してもらうことが、まずは必須の前提条件となるように思われます。
今後、破産管財人に課された重大な職責は次の4つに整理されるものと思われます。
1 購入者、入居者への優先的返済行為は管財人の業務として可能か
2 建物撤去、改修費用は破産財団から捻出できるのか
3 姉歯が木村建設がらみで構造計算したとされる34件のマンション、ホテルの実名は公表すべきか
4 行政、設計事務所、確認検査機関へ法的責任を追及をすべきか
破産管財事件の手続につきましては、細かく説明していきますと、とんでもなく長いエントリーになってしまいますし、法律専門家でもないかぎりは興味も浮かばないと思いますので、「バランス感覚」が必要だと思われる部分に限って問題を提起させていただきます。まず、「限られた財団資産をどこに振り分けるか」ということでありますが、これは「人命尊重」を優先すべきか、被害者の財産権を優先すべきか、によって重視すべき点が異なってくるものと予想されます。つまり、近隣住民を含めて「人命尊重」を重視するならば、まず建物の解体撤去、耐震性の補強工事に優先的に費用を投下することになります。(これらの工事に携わる人たちへの支払優先)もし、被害者の財産保護を優先するのであれば、購入者、入居者(おそらく現破産法のもとでは破産債権者として認定されるものと思います)への返済を優先することになりそうです。(ただし、むずかしい説明は省きますが、工事途中のビルの購入者と、すでに完成したビルの所有者とでは、その優先返済の度合いが異なってきます)さて、このたびの木村建設の破産管財人は、どちらの保護を優先すべきでしょうか?ここで破産管財人はいかに社会的責任を果たすべきか、悩むところです。
ところで、トラックバックをいただきました「ビジネスからみた構造計算のブログ」のtanaka-kozoさん(構造設計士さん)によりますと、現在の日本においては「既存不適格」建物が3割程度も存在する、ということだそうです。(既存不適格、というのは、耐震検査導入以前より存在し、耐震強度が低いと認められる建物に該当します)いま姉歯事務所の偽造ということに焦点が当たっておりますので、その設計対象物件の危険性が大きく報道されておりますが、実際には同じような危険性のある建物に、多くの国民が居住しているわけであります。そういったことを考えますと、破産管財人としましては、自らに与えられた職責をまっとうするために、まず被害者の財産権回復のほうを優先すべきであろうか、との意見も成り立ちそうであります。(このあたりはまた、おおいに異論もあろうかと思いますが)
さて、姉歯に構造計算を委託したとされる34件の公表。これも大いに悩ましいところであります。耐震強度の再調査費用は行政に負担していただけるものと期待しておりますが、ビルの実名とその耐震強度の結果につきましては、(たとえ強度に問題なし、というものであっても)管財人は自ら公表すべきかどうか。これも再調査に市民の税金が投入されたという事実や、ビル周辺の住民の安全ということを重視するならば、公表すべきである、という結論に傾きそうであります。しかしながら、すこし考えてみますと、もし強度に問題がないと判明したとしても、「姉歯さんが計算したビル」は今後資産価値は下がってしまいませんでしょうか?強度の再調査を行って「大丈夫」と太鼓判を押されたことが、かえって資産価値を上げる、という意見もあるかもしれませんが、おそらく私は資産価値を下げるのではないか、と思います。そういった「なんの問題もない」ビルの所有者の財産権を、きわめて減少させてしまうような行動を、破産管財人としてとりうるものであるかどうか。このあたりの破産管財人のバランス感覚も、この事件における「人命を尊重」の価値判断に左右されるのかもしれません。
もうひとつ、破産管財人の大きな役割として、破産財産の増加への努力があげられます。通常の破産財産の換価作業に加え、この事件特有の問題として、行政責任の追及、設計事務所や確認検査機関への責任追及の必要性であります。「木村建設が破産申立」と聞いて、一番ビビっておられるのは、こういった責任を追及される可能性のある法人ではないかと思います。なんといいましても、破産した企業に残された財産は、とうてい建物撤去や被害者への財産返還を履行するには不十分であると予想されますので、返済の原資となります資産をどっかから調達してこなければなりません。木村建設とはなんの「しがらみ」もない破産管財人は、堂々と裁判を提起して、できるかぎりたくさんの賠償金をとりたいと考えますので、これらの破産管財人の責任追及訴訟の結果が、今後のリーディングケースにもなりうるわけでして、管財人を相手とする団体は戦々恐々としていることでしょうし、ここにエース投入の必要性があると言っても過言ではありません。(このあたりの問題は、和解を前提とした交渉が行われる可能性もありそうです。(たとえば、行政責任の追及を断念するかわりに、危険建物の撤去、改修については無償で行政が行うことを合意するなど)
本来、破産管財業務というものは、破産法の規定にしたがて、裁判所の監督のもと粛々と進められていくわけですが、今回の事件につきましては、破産管財人とこれを監督する裁判所の「社会的責任を果たすためのバランス感覚」を重視して、柔軟な発想で先例を築いていかれることを願っております。
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コメント
素人から見ると、破産申立前の原因による債権(瑕疵担保・不法行為)を持つ竣工済の物件の施主・購入者に対しどのように優先弁済するかはまさに弁護士の腕の見せ所だと思います。
ところで「エース級の管財人」というお話ですが、「弁護士過疎」問題が気になるところではあります。
本件は熊本地裁八代支部の管轄になると思いますが、熊本弁護士会のHPを見ると八代市には6名しか弁護士がおらず、熊本弁護士会も140名ほどの所帯です。
それだけいれば管財業務にたけた先生もいらっしゃるとは思いますが、地方都市の大物弁護士先生は地元財界とも関係が深いと思うので、そうなるとろじゃあさんのblogで言及されている倒産の引き金を引いたとされる地元銀行に対してどこまで強い立場で臨めるのかというあたりも心配ではあります。
それこそ福岡や大阪などの「エース級」弁護士に委任するというのは業界ルールとしてはできないのでしょうか?
※弁護士の方々の職業倫理に照らせば失礼千番なコメントかもしれませんが素人の杞憂としてご容赦ください。
投稿: go2c | 2005年11月25日 (金) 03時33分
>go2cさん
コメントありがとうございます。おっしゃるとおり、通常は一般債権とされる部分を、どのように優先的に返済することが可能となるか、弁護士の腕にかかる部分が大きいと思います。実は私には、もう腹案があります。このエントリーにありますように、人命尊重と財産保護の要請を組み合わせることで、うまく「財団債権化」する方法がありそうです。(これ以上申し上げると、問題がありそうなんで、またの機会に。)
管轄の問題ですが、たしかにこの会社の本社が八代市であれば八代支部となりそうですが、熊本地裁に申立ても構いません。地裁は福岡の弁護士さんを選任することができます。ただ、「オトナの事情」によって、それが裁判所にできるかどうかは、微妙です。私も、以前は尼崎や大和高田など、大阪以外の裁判所から「お声」がかかりましたが、「オトナの事情」によって、いまはなくなりました。
「大阪」というのは、おそらく無理ではないか、と思いますが。。。
投稿: toshi | 2005年11月25日 (金) 09時17分
おはようございます。
木村建設の場合、地元の下請や従業員など、破産できびしい立場におかれる人も多いわけで、購入者だけが優先的に配当が出るというのはおかしいと思います。
くわしい法律は知りませんが、ふつうどおりに配当されるべきで、あまり破産管財人が奇策を弄するのは賛成できないです。
投稿: unknown | 2005年11月25日 (金) 09時37分
破産法第148条1項5号あるいは同7号・8号あたりを使うなら何ら奇策でもなんでもないでしょうがねぇ。それ以外だとちょい奇策っぽくなるかもしれませんが。152条とか(;^_^A。こっからは管財人経験者のtoshiさんの世界だよなぁ(^^)v。これとろじゃあが書いた耐震改修促進法の弾力的運用による融資等を組み合わせるとスキーム的には三方一両の損的な(本当は得のがよいけど)仕組みはできると思うんですがね。toshiさんが立場的に書きづらいこと書いてまでこういう形で社会貢献されてるのはうれしいですね。また来ます。
投稿: ろじゃあ | 2005年11月25日 (金) 10時58分
今日のニュースを見ると、木村建設は東京地裁に破産申し立てをしたようですね。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20051201AT1C0100X01122005.html
となると「エース級」の出番になる可能性は高いですね。
また、東京地裁に申し立てたということは、木村建設は計画倒産ではないのかもしれませんね。
投稿: go2c | 2005年12月 2日 (金) 00時31分
コメントありがとうございます。
ろじゃあさんの予想、ピッタリでしたね。私は福岡はあっても東京はないと予想しておりましたが、すこし考えてみますと、木村建設の関係しているマンションやビルが関東に多いのであれば、このたびの東京地裁申立も予想されるところだったと思います。それと、「エース級」の投入、やはり東京の著名な倒産法弁護士さんの登場は間違いないところでしょうね。
明日2日に破産開始決定が出されるようですから、すぐに判明すると思いますが。
また、go2cさんのブログも、たいへん詳しく経緯を追っていらっしゃるので、参考にさせていただきます。
投稿: toshi | 2005年12月 2日 (金) 03時12分