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2005年11月 9日 (水)

内部統制義務と取締役の第三者責任

大学などで少し商法(会社法)を勉強された方でしたらご存知と思いますが、株式会社の取締役が、悪意もしくは重過失によって会社債権者などの「社外の第三者」に損害を与えた場合には、たとえ民法上の一般不法行為の要件を満たさなくても、その損害賠償責任を第三者に対して負担する、という規定がありまして(商法266条ノ3)、新会社法におきましても、429条に同様の規定がおかれています。一般株主もこの「第三者」に含まれるとされていますが、会社に損害が発生した場合には、通常は株主代表訴訟を提起することになりますね。(金額的に大きな賠償責任が取締役に発生しますので。株主個人が第三者責任を追及してみても、微々たる金額になる場合が多いと思います)

ところで、これまでの「取締役の内部統制システム構築義務違反」ということが判例上問題になった例がありますが、いずれも取締役の会社に対する責任が問われたものでして、通常は経営判断の原則との関係で法的な争点が形成されることになると思いますが、今後はこの内部統制義務違反というのが、果たして会社債権者、ほか、ステークホルダーなどの「第三者」との関係でも問題になってくるのでしょうかね。会社法との関係で取締役の内部統制システムの整備を支援している数冊の文献にあたってみましたが、この問題を議論しているものは見当たりませんでした。おそらく、これまで議論されてこなかったのは、(委員会設置会社を除いて)商法に内部統制構築義務(取締役の義務として)が明文化されていなかったことに加えて、こういった構築義務というのは企業の予算や人的資産、といった面での限界があり、「できる範囲での努力義務」的な発想があったため、広く経営判断の原則の範囲内に収まる問題だったからだと思われます。

しかしながら、今後は新会社法において、大会社の内部統制システム構築義務が取締役の義務として明文化され(会社法362条4項5号、同条5項 なお、株式会社の業務の適正を確保するための具体的な体制整備事項については法務省令によって今後規定される予定です)、その具体的なシステム構築状況と運営状況については有価証券報告書で開示され、さらに開示内容が真実であることを代表者が宣誓するわけです。とりわけ、現在の取締役会レベルにおける内部統制文書化作業の現実をみるならば、全社的統制プロセスの運営状況を把握するための証憑を含め、業務執行者への監視機能が万全であることを示す文書の保存は今後、不可欠だと思われます。こういった制度自体を前提といたしますと、有価証券報告書に記載している「内部統制システムの整備運営状況」に欠陥があったと認定されるケースでは、新会社法429条2項1号に規定するところの「虚偽の報告」をしたことに該当し、株主代表訴訟の対象となるだけでなく、ステークホルダーから訴えられる可能性も出てくるのではないでしょうか。(なお、429条の規定からしますと、「虚偽」という意味は故意にウソをつくケースだけでなく、誤ってウソを書いちゃったケースも含みます)

また、内部統制システムへの監査については、ダイレクトレポート制度の導入が見送られたとしましても、会計監査人が代表者の開示事実を正しいものとして合理的保証を与える以上は、やはり会計監査人も同様の責任を問われる可能性も出てくるように思います。もし、取締役や会計監査人(監査役なども)が、この責任追及から免れるためには、こういった内部統制システム構築運営状況の説明自体が、「虚偽」ではないことを主張するか、虚偽であったとしても、その虚偽報告をするにあたって、個別の取締役の立場からみて、悪意重過失が(自分の立場としては)なかったことを反論しなければ、連帯責任を問われることになるんじゃないでしょうか。

どちらかといいますと、これまで第三者責任の規定は、株式会社における会社債権者保護の補完的機能を有するものとして、会社が倒産した場合に会社債権者が取締役の個人責任を追及するケースなどに利用される傾向が強かったのですが、今後はこういったコンプライアンス経営を徹底する「仕組み」の欠如を指摘して、事後的に取締役の行動規制をかける目的でも利用される場合も出てくるかもしれません。(なお、こういった私の考えはあくまでも「思いつき」ですから、もし既に整理された法理論や解説などがございましたら、ご教示いただけますとありがたいです。)

私も社外監査役という立場なので、すごく「いやらしい」考えではありますが、こういった責任追及の対象となったときの防御策を検討しないわけにはいきません。たとえば、全社的内部統制プロセスの文書化というものほど相手方にとってたいへん有利で、証拠価値の高い(おそろしい)ものはないわけですから、なんとか公に出さずに済むようにできないかな、などと考えてしまいます。(コンプライアンスオフィサー的には好ましくない態度ですが)裁判所の文書提出命令や送付嘱託、当事者照会などの攻撃から文書自体を守りながら、公的に守秘義務を有する公認会計士の監査にだけは証憑価値あるものとして開示できる、そういった文書作りをするためには、たとえば営業秘密文書になるように工夫したり、個人情報保護法の及ぶ文書にしてみたり、社外の専門家によるアウトソーシング業務文書として保存したり、いろいろと抗弁の立ちそうな方法をあれこれ検討してみることも価値があるかもしれません。

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コメント

こんにちは。二度目の投稿です。私もオフィサーの試験を12月に受験する予定です。

ともかくうちの会社では、まだそこまで検討しているような状況にはなく、ほとんどの内部統制システム整備は監査法人にまかせっきりというのが法務部も常勤監査役も本音のところです。
「虚偽」というのが会社法に書かれてあるのは知っていますが、先生のいわれるように「誤って」開示してしまった場合も含むのでしょうか。ちょっと、それで第三者にまで損害を賠償しなければならないというのは非現実的であり、とても怖くて開示できないのではないでしょうか。こういうのを聞きますと、やはりこれまでと同じように「ひな型」に頼ったり、ほかの企業のマネをすることが一番無難なように思います。(最終にはわれわれが責任を負うわけですから)なんか、いい加減なことを書いてしまったようですが、たんなる感想です。

投稿: narita-k | 2005年11月 9日 (水) 10時57分

narita-kさん、いつもコメントありがとうございます。ご指摘の「虚偽の報告」ですが、条文を読みますと、取締役側には注意を怠らなかったことに関する反証による免責が規定されていますので、(たしかにキビシイかもしれませんが)無過失であることが立証されるのであれば「虚偽の報告」にはあたらない、ということになるんではないかな、と思います。要件事実論としては、そう考えないと抗弁が成立しないように思います(といっても、ちょっと一般の方には理解不能かもしれません。)

第三回のオフィサー試験ですね。どうか、頑張ってください。

投稿: toshi | 2005年11月10日 (木) 11時33分

時機を失した感もありますが、一言コメントをお許し頂きたく。

役員等の対第三者責任は、会社に対する任務違反を要件とするものでありますから、内部統制の不備も当然責任要件となるものと思います。

投稿: とーりすがり | 2005年11月16日 (水) 09時29分

とーりすがりさま

コメントありがとうございます。私も同感です。
でも、いままでの第三者責任法の運用実態から比較して、この違反で損害賠償請求(代表訴訟以外で)を問われるというのは、なにかぞっとするような気がします。
みっともないことは承知のうえで、なんとか「因果関係」論なんかで逃げられないかな・・とか、責任を免れることばっかりを考えております。

投稿: toshi | 2005年11月16日 (水) 22時46分

遅ればせながらコメントなのですが、第三者にしてみれば会社の営業に関して違法行為があった場合には、会社自体の責任を民法709条なり715条なりで問うことができるので、通常は被告は会社になるのだと思います。そういう意味で、商法266条の3は、①株主による追及か、②倒産によって会社に資力が期待できない場合にしか用いられなかったのだと思うのですが、会社法現代化で取締役の義務違反の部分を主張しやすくなることで、第三者の行動原理が変わる可能性がある(損害回復を目的としない取締役に対する威嚇のみを目的とした訴訟が増える)かどうかが、事実としての分かれ目かなという気がします。
その上で、法律問題としては、取締役の責任と会社に対する不法行為の関係が不真正連帯債務になるのか?(これも怪しいところですが)、なるとしても、取締役が会社に対して求償(委任契約における求償or 不真正連帯債務者間の求償)できるのか?という辺りが問題になりそうですね。
論理的に詰めると色々と面白いことが出てきそうな論点ですね。

投稿: 47th | 2005年11月18日 (金) 08時13分

どうも、コメントありがとうございます。高裁レベルの判断では、不真正連帯債務として扱われているのではないでしょうか。
企業コンプライアンスと司法判断、という意味では、私自身は第三者の行動原理が変わる可能性があると思っています。オンブズマンではありませんけど、クラスアクション的な訴訟提起もあるでしょうし、自分が第三者から責任を追及される立場にある人(企業)が、公証(免責)目的で取締役個人の任務懈怠を立証したい、といった場面も考えら得るように思います。
そういえば、47thさんに約束していた「興銀課税事件が破産管財実務に及ぼす影響について」の宿題、まだ果たしていませんね。あれからも私的整理ガイドラインの改正とか、いろいろありますが、また機会を見つけてエントリーしたいと思っています。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。

投稿: toshi | 2005年11月19日 (土) 01時43分

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株式公開(上場)を目指している経営者の知人によると株式公開のポイントは情報公開(ディスクロージャー)と内部統制(インターナルコントロール)だと言う。 監査法人に勤務する知人(公認会計士)も、上場審査の大きなポイントであると言っていた。 企業統治(コーポレートガバナンス)がしっかりした会社でないと、株主など利害関係者の考えやニーズが反映された経営を行うことや、法規制など企業の社会的責任(CSR)を満たせないし、それは市場への信頼感、安心感が薄れることになる。 もちろん企業は、利潤・利益の... [続きを読む]

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