黄金株と司法判断
いつも愛読させていただいている「ふぉーりん・あとにーの憂鬱」の47thさんから、「黄金株原則禁止?」のTBをいただきました。以前、「会社法トリビア」のエントリーでも、たいへん感動いたしましたが、このたびのエントリーは「ブログやっててよかった・・・」としみじみと思うほどの珠玉の作品に思えてしかたありません。先日「LLM留学日記」のneon98さんのラブホ研究論文にも驚きましたが、「自分の頭で考える筋肉の発達しておられる若い人」には(正直なところ)同業者としての嫉妬すらおぼえます。(まあ、「嫉妬」というのは、人間の感情としては、あまりよろしくないものですから、前を向いて歩くしかないのですが。)
前フリはこれぐらいにして、とりあえず、東証の「黄金株導入企業の上場廃止論」に関する正式なリリースが出るまでに、このブログをご覧の方も、一度47thさんの上記エントリー、ご一読されることをお勧めいたします。黄金株(といいますか、この定義自体がまず問題である、との指摘がなされておりますが、一般的には単純化したほうがわかりやすいので、あえて黄金株という言葉で括ります)というものが、いったい何のために使われるものか、どういった場面であれば効力が最大化されるのか、そういった知識を比較的(?)コンパクトに頭に納めることができそうです。
トラッキングストックのM&Aへの利用、事業再生時における利用など、「投資家平等原則」をはかるために黄金株を利用するということも非常にわかりやすい事例だと思いましたが、なんといっても、一番感心したのが敵対的買収防衛策を導入するということは、「オトシドコロ」を探るための道具である、という「いつもの47thさんの一貫した考え方」が、ここでも貫徹されているところだと思います。本来、大手の法律事務所の弁護士さんであるならば、企業にリーガルコストをかけてもらうほうが「営業としてはおいしい」話でして、ぶっちゃけて申し上げるならば、「紛争拡大路線」を推奨してもいいはずでありますが、47thさんが啓蒙せんとする話の先、といいますのは、限りなくリーガルコストを少なくして、平和的解決を図り、株主に無駄な損失を与えない、というきわめてシンプルな(理想的な)対処法に向いているように思えてなりません。スゴイ。実務家として敬服いたします。
ただ、一言、私なりに意見を述べさせていただくならば、「この感覚が日本に定着するには、あと20年かかるんじゃないでしょうか」。47thさんのおっしゃるように、もともとトラッキングストックや事業再生に利用する黄金株は、いわば元々「平和的利用」の場面であり、おそらく法律専門家、会計専門家主導によって最適利用が可能な場面だと思います。ただ、それは黄金株の最適利用に関する予想がつくからこそ、当事者双方の経済的価値の均衡がルールとして定着し、スキームの導入にも納得がいくように思われます。そこには、やはりアメリカでの裁判の歴史というものが横たわっているのではないでしょうか。(このあたりは、あまり自信をもって議論できるだけの知識を持ち合わせてはおりませんが)
私も、東証が黄金株の導入一律禁止を決定することは反対です。47thさんがおっしゃるとおり、「投資家平等原則」実現の機会を逸することにもなりかねないと思いますし、まずなによりも司法判断によって、事案ごとに適正な防衛策のあり方を形成する機会が奪われてしまうことが「もったいない」ように思います。これから本当に国内、国外の企業が日本の市場で企業再編を繰り広げるのであれば、今以上に弁護士、会計士、証券会社、機関投資家、ファンド、そしてなによりも経営者の戦略的知識という「社会インフラ」が不可欠です。そこに関与する人たちが、みなさん47thさんのように経済的な理論にも精通できればよいのですが、おそらくそうはならないでしょう。とすれば、やはり最も依拠しやすいものは日本における司法判断ですし、その集積だと思います。黄金株導入というのが、もし根こそぎ「ダメ」ということになり、さらには葉玉検事さんが提起されたような種類株式を用いた防衛策も「投資家平等原則違反」ということで無理、ということになってしまうと、おそらく敵対的買収時における平和的解決へのバランス感覚というものは社会インフラとしては育たないのではないか、ひいては双方が疲弊するまで紛争を繰り広げ、株主の利益が悲しいほどに無為に失われてしまうのではないか、と危惧しています。(まあ、それで一部の業界は儲けを出すことにはなるわけですが)
まあ、黄金株というものが「百害あって一利なし」ということが、社会的な合意とされてしまえば、どんなに反論しても覆らないのでしょうが、47thさんのおっしゃるような「平和的解決のための道具としての価値」があるとすれば、一律禁止は、そういった意味でたいへん残念な気がします。
最後になりますが、この東証のコメントにある「投資家平等原則」という言葉、ちょっと使い方が気になります。普通は投資家がこれから市場に参加しようとする場合に、そのスタートラインにおける経済的な面における機会均等ルールを決めるときに用いられるのであって、株主平等原則と同義に使われるものではないと思っていますが。
(11月20日 昼 追記)
今朝の読売のニュースによると、ちょっと報道のトーンが変わっていますね。
22日の東証取締役会で概要が決定されるそうですが、もしこの記事内容が真実に近いとすれば、かなり経済産業省の発表した指針に近い運用も期待できるのではないでしょうか。
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コメント
ご紹介いただきありがとうございます。
私も、toshiさんの仰る「もったいない」という感覚に全面的に賛成です。子供に自転車を与えたらけがをするかも知れませんし、時には大けがにいたるかも知れませんが、何度か痛い思いをしながら、いろんなことを学ぶわけで、ある程度のエラーは覚悟しながら、チャレンジの先に広がっている(かもしれない)世界を目指すことが許されて欲しいと思います。
このエラーに対する考え方についても、最近色々と思うところがあるので、そのうちまた書いてみるつもりです。
あと、「営業面」については、紛争拡大型というのは、なんか焼畑農業みたいで、そのうち行き詰まるんじゃないかと(実際、アメリカは行き詰まっているような気もするので)いう気がしています。やっぱり、土にやさしいやり方や、地道な品種改良が長期的にみれば、ベターオフするんじゃないかと信じたいところです。
投稿: 47th | 2005年11月20日 (日) 05時42分
47thさん、いつもコメントありがとうございます。東証の立場上、政策的な理由によるもの以外は一律「黄金株」禁止といった方向に向かいそうな予感がしますが、これも諸外国の取引所との「横並び」ということからは、しかたがないのでしょうか。おそらく経済団体からの強い「黄金株」推奨論があったために、なんとか風穴があるのではないか、と思ったんですが、実際に関西の経済団体の方の話を聞いておりますと、もし黄金株が使えないとなったら、今度は「株式持合い」に動くのは間違いないところです。昔の状況に戻るくらいなら、まだ進化の期待できる防衛策を導入できる環境のほうがマシのように思えるのですが。。。
「焼畑農業」ですか・・・。
私の口からは、絶対にいえないような形容句ですね(笑)。。。
投稿: toshi | 2005年11月21日 (月) 01時49分
さりげなくご紹介いただき、ありがとうございます。47thさんと並べてご紹介いただくほどの者ではありませんで、他人の論文おもろいなあと思ってご紹介しただけです。私には考える筋肉はありませんので、どちらかというと頭の中はアルコールで充たされつつあります(^^)。横やりですが、できるものなら、「焼畑農業」を一度やってみたく。
投稿: neon98 | 2005年11月22日 (火) 08時40分
本日大臣の発言について、会社法で認められることがどうして東証の規則で原則禁止となるのか、と報道されています。全文を見るまで一定の留保をすべきですが、やはりこのような分かりやすいが誤解を招きかねない論点については、議論を尽くす必要があるのでしょう。会社法は、今般改正により、原則自由の建前に変化していますが、企業法の土台となる会社法は、未上場の会社であれ上場会社であれ適用されるものとして、かなり懐が広い(深い?)法律へと変貌することになると考えられます。上場会社のあり方についてどうこう規定することは、そもそも会社法がすることではないのです。黄金株は、持株比率に関わらず、その保有者は会社の重要な意思決定に関して、これに拒否権を行使できるという意味で非常に大きな権限を有することになります。他方、一般投資家はそのような黄金株の保有者の意思の前には無残にも散ってしまいます。
東証も大変だなと最近同情を禁じえません。カネボウの上場廃止については、強い批判を浴び、東証自身の上場の計画については(その当否については後日としますが)上場会社の方向を向くことになって自主規制機関としての機能を果たせないのではないか、とチクチクやられています。東証は、有価証券市場の開設者として、公益的な見地から求められる自主規制機関としての役割があり、証券取引法にもそのことが間接的ですが規定されています。上場して流通する物件としての適格性という観点からルールを策定することは、その東証の機能として非常に重要です。一般投資家からすれば、そのような観点からの判断がなければ、安心して上場株式には投資できません。他方、上場会社としては、いろいろな理由から買収防衛を必要とすることもあり、黄金株を含め、できるだけ選択肢を多く残しておきたいと考えていると推察されます。今回の東証の方向性は、投資者の保護、その利益を重視したもので、正に東証が期待される役割を果たそうというものということができます。東証を監督する立場にいる金融担当大臣から、批判的は発言が発せられるとすると、どうすればいいのでしょうか。政治的な圧力が加わってしまうのでしょうか。上場会社の方をもっと向くような圧力がかかる場合に、投資者側からはどのような声を上げればいいのでしょうか。日本ではまだ、あまり投資者の民主化が進んでいないように思われます。上場会社がその論理に従って行動することは不自然ではないですが、それだけではなく、議論が成り立つためにも、別の立場を代表して発言できることが求められていると思います。機関投資家だけでなく、個人投資家もこの問題を他人事として捉えずに、一緒に考えてみる必要があると思います。
なお、EUでは、黄金株が違法・無効であるという裁判は小職(一応証券を業務の範囲とする弁護士をしています)の知る限り5件程度あるようです。
投稿: 辰のお年ご | 2005年11月23日 (水) 00時41分
「この感覚が日本に定着するには、あと20年かかるんじゃないでしょうか」 同感です。この20年という設定も、おそらくtoshiさんが気をつかっておっしゃっているものと推測します。結局、経営陣は、昔も今も、おそらく将来も、本音の部分では、保身を考えているのではないでしょうか。だとすると、経営陣が、その理想的な感覚を身に付けるのは、おそらく現実にはありえないと・・・・。同じ視点から、今回の東証の動きは、現実的な見解に基づくものだと思います。
確かに、一律禁止というのは頭悪そうですがね。
投稿: 通りすがり | 2005年11月30日 (水) 15時08分
>通りすがりさん
いつもコメントありがとうございます。
現経営陣の方がたと、実際におつきあいしている身としましては、「気をつかってしまう」ところでして、通りすがりさんのように「言い放つ」のがムズカシイところです(笑)
やはり、東証の動きは「現実的」ですか。。
私はこの問題については、ついに孤立してしまったようですが、また関連エントリを立ち上げますので、期待しておいてください。
投稿: toshi | 2005年12月 1日 (木) 02時45分