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2005年12月19日 (月)

ジェイコム株式利益返還と日証協のパフォーマンス

(12月19日お昼に追記あります)

大阪は連日、冷え込んでおりますが、皆様の地域ではいかがでしょうか。いよいよ今年もあと10日ばかりとなりまして、お仕事もラストスパートの時期ではないでしょうか。私もやっと忘年会も19日が最後となりまして、すこしばかり仕事に没頭できる時間が増えそうです。

さて、47thさんからTBをいただき、ジェイコム株式の誤発注で120億円もの巨額の利益を出したUBS証券が、「契約の無効」といった手法で利益を返還できないかどうか、日本証券業協会に打診していることを知りました。(ニュース記事はこちらです。)どうも先日来、いろいろと当ブログでも議論をしておりました錯誤無効(民法95条)の適用の可否が議論されているそうです。

私自身、この問題については「結論はこうでなければいけない」といった主義主張はございませんが、先日来議論させていただいておりますとおり、売買契約の有効性が疑われないままに「利益返還」の問題が浮上していたことに非常に違和感を覚えておりましたので、やっと民商法の適用の可否について社会的にも議論される機会が出てきたことにつきましては、好ましいことだと思っております。ただ、上記の朝日ニュースの内容だけからは推測の域を出ませんが、どうもニュース記事は「真相を伝えていないのではないか」と思われるフシがございますので、もうすこし掘り下げて検討してみることといたします。(何度も申し上げますが、私は証券取引実務には精通しておりませんので、あくまでも一法律実務家の勝手な私論として受け止めていただくことをお願いいたします)

1 民法95条による錯誤無効の主張は本当に困難か?

どうも、上記の朝日ニュースの報道内容を読んでおりますと、本件証券取引に民法95条の錯誤無効の規定を適用することはむずかしい、との結論に至っているようです。(いつもコメントをいただく narita-k さんも、これまでの私のエントリーでの結論と、この記事は異なるようですよ、とのご意見を頂戴いたしました)しかし、本当にこの取引に民商法の規定が適用されるとした場合、錯誤無効の規定をあてはめることは困難でしょうか。たしかに、民法95条の規定を読みますと、表意者(ここではみずほ証券)に錯誤が認められたとしましても(どういった要件該当性があるのか、といった点は私の過去のエントリーをご参照ください)、「表意者に重過失があるときは無効を主張することができない」とされておりますので、そもそもみずほ証券に重大な過失(と評価される事実)がある以上は、無効にはならないのではないか、とも思われます。しかしながら、この民法95条の規定が、表意者に重過失がある場合に無効を主張できない、と規定しているのは、表意者の財産保護と、相手方の取引安全保護とのバランスを図るためのものでありますから、取引相手方に「悪意」(つまり、みずほ証券が誤って売り注文を出している、ということを相手方が知っていること)ある場合にまで無効主張が制限されるわけではありません。本件では、ジェイコム株式を購入した証券会社については、まず間違いなく悪意が認定されることは、これまでのエントリーで述べたとおり明らかだと思います。また、インターネットによる通信販売の事例でもおわかりのとおり、取引時において、取引相手がどんな人なのか特定できない場合でも、当事者の利害状況は同様です。したがいまして、本件に民法95条が適用されるかどうか、といった問題については、それほどみずほ証券に「重大な過失があったかどうか」は大きな問題にはならないように、私は考えております。

むしろ問題となりそうなのは、みずほ証券はいったん決済には協力しているわけですし、すでに多額の決済金を拠出しているわけですから、すでに錯誤無効を主張する表意者としての利益を放棄しているものと評価されるのではないか、という点であります。ただ、みずほ証券といたしましても、証券取引所の信用および自社の社会的信用を守るために、いったんは決済をして、その後訴訟などによって個別の利益保有者との間で法的紛争の解決をはかる、といった事情にも合理性があると認められますので、無効主張をなしうる利益まで放棄したと評価されるわけではない、というのが私の意見です。したがいまして、この点からも錯誤無効が成立する余地は十分にある、と考えております。

2 UBS証券が日証協に打診していることの真意

証券取引に民商法の適用される可能性があるのであれば、どうしてみずほ証券は黙っているんだろうかと、(株主代表訴訟の危惧といった観点から)以前のエントリーでは問題視しておりましたが、実際にはUBS証券側から「利益返還問題」と絡めて「日証協」に打診があったとのことで、このあたりはちょっと想定しておりませんでした。ということで、この報道が真実であることを前提としまして、ちょっとそのあたりの真意につきまして、私なりに推測してみました。

まず、この問題が「本気で」裁判になった場合のリーガルリスクといったものへの配慮があるのではないでしょうか。これはみずほ証券側にもありますし、UBS側にも存在します。たとえば、みずほ側としましても、利益を取得したのは証券会社ばかりでなく、個人も存在しております。被告をどうやって調査して、その返還対象者をどうやって峻別すべきなのか、そのあたりは非常にコストのかかるところですし、時間もかかるところであります。また、そもそも証券取引に錯誤無効が適用されることを想定いたしますと、厳密な意味では原状回復の対象となる「利益」といったものが、実際にはどの程度の金額になるのか(今問題になっている「利益返還」金額とは明らかに異なります)、これもまた困難な問題が生じます。いっぽうのUBS証券としましても、たしかに裁判で敗訴したことによって利益を返還すれば、株主代表訴訟のリスクから解放されることにはなりそうですが、いままさに「利益返還問題」の浮上する原因であった「企業のレピュテーションリスク」からは解放されないわけです。(裁判で断固、利益を返さない姿勢、というものは貫かなければならず、敗訴したから利益を返還する、といった結果では社会的な評判としてはよろしくないでしょう)

そういった双方の悩みを一気に解決するためには、いわゆるADR(裁判外紛争処理機関)を利用した「和解的解決」による手法が最も適しているのではないでしょうか。これは、最近代表訴訟のリスクのからむ企業紛争では比較的用いられるケースが多いと思います。長期間におよぶ訴訟に要するリーガルコストや敗訴可能性などを十分検討したうえで、双方が譲歩する形で和解的解決を図るものです。もし日証協あたりが音頭をとって、このADR的な立場で解決することができれば、証券会社のみが利益返還を行ったということへの批判もかわすことができますし、また「返還に応じない企業と応じる企業が出ることへの不平等」といった問題も解決することが可能です。また、個別の紛争解決によっては一律の解決が困難な事後救済上の税務問題につきましても、日証協あたりが仲介役となれば、画一的な処理も可能になろうかと思われます。

こういった推測からいたしますと、UBS証券あたりは、かなり詳細な検討を行ったうえで日証協へ打診をしているのではないかと思います。ただ、民法による錯誤の規定が、果たして各証券会社においても、同様に「契約無効のおそれあり」との結論を出すかどうかは別個の問題ですし、今後このスキームが進捗するかどうか、このあたりに課題が残っているようにも思われます。

(追記)

民法95条(錯誤規定)については、そもそも証券取引においては、適用されるものではないのでは・・、との有益な意見を頂戴いたしました。(fujiさん、さとさん、辰のお年ごさん、どうもありがとうございました)概ねの理由は、証券取引の高度流通性や、その取引形態からみれば、取引当事者の合理的な意思解釈として、当初から契約の成否に関しては民商法の適用を排除しているものと考えるべきではないか、というものです。(これでよろしいでしょうか?もう少し進んで、すべての取引については意思表示の外観にすべて拘束される、といった約定が存在する、というところまで言えるのかもしれませんね)ただし、そういった当事者の意思解釈の合理性をここで取り上げるとするならば、「明らかに双方が過誤発注であることをしっていた場合にも決済はそのまま行います」といった趣旨まで含むことが果たして合理的といえるかどうかは、問題ではないでしょうか。(逆に言えば、誤発注があった場合に、当事者双方が「取り消す方向で」検討をしているような場合にまで、いったん決済しなければいけないような事態というのは、どうなるのでしょうか)非常に説得的な意見だとは思うのですが、この議論は「重過失があった場合にも、相手が悪意ある場合には無効主張が可能である」といった論点と同様のところに位置付けられるようにも思います。おそらく取引の安全といった要請から「民商法の排除」といった合意を読み取るのであるならば、取引の安全を配慮する必要のない場合にまでその合意の効力を貫くことは適切ではないのではないか、とも思えますが、いかがでしょうか。

おそらく、この議論はさとさんがおっしゃるとおり、錯誤無効の規定を正直に適用してしまいますと、一般投資家にまで無効による影響が及ぶことへの弊害といった政策的な部分への配慮も含めれているものと思います。ただ、そういった弊害についてはおっしゃるとおりだと思いますし、だからこそ第三者の介入等によって、和解的解決、といったことも検討されるべきではないか、と思ったような次第であります。(急いで追記いたしましたので、また誤り等ございましたらご指摘ください)

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コメント

証券市場では事後的な無効とかはそぐわないという議論に疑問を覚える余り、アメリカの状況などをごくさくっと調べてみた記事をTBさせていただきました。
調べれば調べるほど、今回のような誤注文の効力を認めてしまうことは、却って市場の機能を阻害するという見方の方が、日本以外では多数説なんじゃないかという気がしてきたりしています^^
錯誤規定についても、通常の場合は、ともかく、今回の場合は、みずほが相手かどうかは分からなくても、「取引相手は錯誤に陥った者である」というレベルでは認識があるという認定を行うことはできる事案ではないかと思っていますし、一般投資家への影響については、民法95条の無効は絶対的無効ではなく取消的無効(こういう言葉でしたっけ?)ということで、あくまで主張がなされた場合にその範囲で無効として取り扱われるだけであり、あとはみずほ証券としてどの範囲の者に無効を主張するかは、みずほ証券のレピュテーションリスクも含めたコストベネフィットとして考えれば、不合理に範囲が拡大することはないんじゃないかと考えています。
この辺り、また別エントリーを立てる予定ですので、また、ご意見をお聞かせいただければ幸いです。

投稿: 47th | 2005年12月19日 (月) 14時16分

今日のテレビで, 今回の誤発注に買いをいれて20億の利益を出した人の話が紹介されていました.

この人は「新規上場は全てチェックすることにしている. 今回は100万以下なら買いかなと考えていたところに, 57万円で売りが出ていたので, 買った. 誤発注であることは知らなかった」と話していました.

本当かどうかはわかりませんが, こういうふうに反論されると悪意の認定ができるかもまた大変そうです.

投稿: さと | 2005年12月19日 (月) 19時36分

>47thさん
いつもコメントありがとうございます。
海外の事情については、私は精通しておりませんので、追加エントリーがございましたら、楽しみにしております。私は錯誤無効の適用につきましては、最初にみずほが発注した時点と、いったん取消の手続を行ったにもかかわらず、東証のシステム不良で取り消せなかった時点以降でも、すこし状況が変わるんではないか、とも思っております。
いよいよオフ会ですね。(MTAのストの影響はないのでしょうか?)なんだか、うらやましいですねえ・・・

>さとさん

コメントありがとうございました。
実際問題として、やはり個人投資家相手に、無効主張をすれば、こういった主張によって棄却されてしまう可能性が高いと思います。
私は、それはそれでいいのかな・・・とも思っております。これはやはり誤振込による被仕向銀行の問題と同様で、誤発注の責任について、一般投資家に責任を転嫁することも妥当ではないような気もしますし、ともかく民法の適用を検討したうえで、証券取引の特別性を議論されるのであれば納得するところであります。(しかし利益を得た証券会社としては、今後どうするんでしょうかね?)
また、今後ともご意見、ご教示よろしくお願いいたします。

投稿: toshi | 2005年12月21日 (水) 11時21分

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