« よいクリスマスをお過ごしください。 | トップページ | 取締役会の権限委譲問題(新会社法) »

2005年12月23日 (金)

井上薫判事再任拒否問題と裁判所のデュー・プロセス

neon98さんが、 「LLM留学日記」で取り上げていらっしゃいます が、「判決理由が短い」との理由で裁判官20年目の再任を拒否されようとしている井上薫判事が記者会見を21日に開いたそうです。
(ニュースとしましては、朝日ニュース と 共同通信ニュース をご参照ください。)

井上薫判事は、週刊誌でも「他の裁判官の判決内容への批評」などが報道される方で、法曹界ではかなり有名な裁判官でいらっしゃいます。東大理学部、大学院を修了後に司法試験に合格されたユニークな経歴をお持ちの方で、「裁判官と考える法律学シリーズ」(法学書院)は非常におもしろく、「こんな考え方もあったのか!」とまさに「目から鱗」の連続でして私も愛読者のひとりでございます。クライアントや学生の方々と円満に対話のおできになるかたかどうかは、私は存じ上げませんが、井上薫判事のお書きになった書籍を読ませていただいたかぎりにおきましては、(もし再任拒否ということでしたら)法科大学院の教授や、経済法関連の弁護士として、その類まれなる能力を発揮されるのではないか、とひそかに期待をしております。

1 井上薫判事を擁護する

ブログというメディアの性格上、私の勝手な意見もお許しいただきたいのですが、「判決文、判決理由が短い」といったことだけが当面の再任拒否の対象となっているのかもしれませんが、これは井上判事の主義主張の片面だけを取り上げたものでありまして、井上判事が「裁判官はもっと判決理由を書くべきだ」と主張している分野のことなどは、まったく取り上げられていないようです。そもそも、井上判事は「裁判官は、事案の紛争解決に必要な範囲において社会に影響を及ぼすような判断理由を付すべきである」といった司法謙抑主義(司法分限主義)を貫く方でして、事件解決に不要な論点についてまで裁判所が判断することは百害あって一利なし、という考え方をお持ちです。これは現在の民事訴訟の基本原則(当事者主義)に根ざした考え方でして、裁判の争点を形成するのは、裁判当事者ですから、裁判官はその当事者の主張内容に拘束されながら判断をしなければなりません。職権を発動して、裁判官自らが証拠を採用したり、主張を追加することはできないわけです。そういった訴訟構造からみた場合に、裁判所がなしうる範囲というのは自ずと限界があるわけでして、その限界を超えた「裁判所の政策形成機能」は、有益な情報を得ないままに不適切な判断を出してしまう恐怖を抱えている、ということを非常に危惧されておられます。(だからといって、事件の解決に必要な最低限度の判断でいいのかどうか、といったことにつきましては、これまた民事裁判の大原則であります「要件事実論」からの反論が待っているわけですが、これを議論してしまいますと法曹関係者以外にはまったくわからない話になってしまいますので、ここでは取り上げないこととします)逆に、井上判事は「司法分限主義の範囲に属する判断過程については、裁判官はもっと当事者から事情を聞きだすなり、証拠を提出させるなどして、社会背景や社会事情に精通して、国民が納得する程度に詳細な判断理由を書かなければならない」と主張されておりまして、実際に「理由記載」の方法論なども提唱されていらっしゃるところであります。つまり、ほとんどの裁判官が、これまで疑おうとされなかった「判決理由とは何か」といったことを問題点として指摘され、それを自らの裁判官実務に実用されていたのが井上判事の行動パターンではなかったか、と推測いたす次第であります。実際、刑事事件は別としまして、民事事件におきましては、代理人弁護士が訴訟を担当しておりますと、ここまで極端ではなくても、判決文が短い裁判官はいらっしゃるわけでして、その判決文の短さは裁判官だけの責任かといいますと、そうでもないと私は思っております。事件解決に必要な争点を形成できなかったのは、代理人弁護士の能力に起因することも多いと思いますし、また弁論期日や、準備期日に裁判官との口頭でのやりとりのなかで、「このままですと短い判決になってしまいますよ」といった裁判官のサインに協力しなかったことによるのかもしれません。いずれにしましても、事案の性格や、担当弁護士の立証方針などを検討することなく「判決理由が短すぎる」といったことだけで再任拒否の理由になる、ということはすこし違和感を覚えるところであります。

2 井上薫判事再任拒否の結論の妥当性を考える

それでは、最高裁判所の再任審査機関が、井上判事が記者会見で述べたように、広く反論の機会を与え、再任拒否理由を詳細に告知すべきか、といいますと、これもおそらく「そもそも裁判官の示すべき判決理由とはなにか」といった「大切ではあるが抽象的」なために、一義的に結論が出ない方向へ議論が進むことを(最高裁が)好まないものと思いますので、そういった方針はとらないだろう、と予想いたします。

そこで私の意見ではありますが、上記のとおり井上判事を擁護すべき点を最大限配慮してもなお、「判決文が短すぎる」なる理由で再任拒否と評価することにつきましては、「裁判所のデュープロセス」という観点からみてやむをえないものであって、裁判官の独立も侵害しない、という見解に与したいと思います。たしかに我々のような職業法律家が当事者を代理して裁判審理に立ち会っているケースでしたら、多少判決文が短かろうが、判決理由が不明瞭であろうが、控訴審への不服申立にたいする影響は大きくないかもしれませんが、日本の裁判というのはあくまでも「本人訴訟」が基本であります。つまり、裁判官が下すべき判決というのは、基本的には素人である一般人が控訴できる程度に判断理由が理解しやすいものでなければなりません。もし、一般の人にとって理解不明な判決理由ということでありましたら、弁護士に相談できるほどのお金のない人にとりましては、「事実の認定において2回の裁判を受ける権利」が保証されなくなるのではないでしょうか。ご承知のとおり、(民事訴訟の場合)控訴裁判所というところは、「続審性」を採用しているものですから、地方裁判所の事件がそのまま控訴審に継続する、といったイメージのものです。その継続している裁判におきまして、別の裁判官が、地裁の裁判官の判断内容を評価したり、新たな証拠をもって再度判断しなおすわけです。そういった裁判手続きを受ける権利が国民一般に保証されている限りにおきましては、やはり一般の人が「前の裁判官のこういった理由は納得できない」と控訴審で主張できるに足る程度の「判決理由」は付さなければ、国家権力の担い手である裁判所の適正手続きに問題が発生している、と言わざるを得ないのではないか、と考えております。なお、この点につきましては、井上判事も持論がございまして、たとえ具体的な事件当事者が判決を理解できなくても、一般水準の国民がわかる程度の内容で判決理由を記載すればよい、とのお考えのようです。ただ、現実問題としましては、判決理由の把握できる程度の「国民の一般水準」というものが、いったいどの程度であるかは、検討不可能でありますし、結局のところは、そういった理解の「しやすさ」といったものは判決文の長短でしか判断はできないとしか表現の仕様がないのではないか、と思います。したがいまして、この点に関する井上判事の持論は効果的ではないと思っております。

また、1で述べたところから、私は井上判事の提起している問題は「裁判官の独立」にも影響を及ぼす問題として捉えておりますが、ただ裁判官の独立を議論することに意味をもつのは、司法手続が国民に対して適正に行使されていることが前提でありますから、そもそも最高裁判所は、権力行使が適正とは認められない現実を早急に是正する必要は高いものと思われますので、本件ではこれを排斥することもやむをえないものと考えております。

もうひとつ、これは本筋とは離れますが、井上薫判事は、裁判の政策形成的機能を重視し事案解決に不可欠ではないと思われる争点にも言及する裁判官の判断を「蛇足」というコトバをお使いになって論難されることが目立ちます。(司法蛇足主義など・・)「蛇足」というコトバはかなり辛辣であり、裁判官のプライドをいたく傷つける言葉のような気もいたします。「裁判官の独立」ということを自らご主張されていらっしゃいますが、裁判官という職業は、その「独立」が憲法上保障されるほどに気高い存在なのでしょうから、それに伴う気品といいますか、品位のようなものも配慮されるべきだと思ってしまいます。(作らなくてもいい敵まで作ってしまうといいますか・・・・)ご自身がそうであるように、裁判の政策形成機能を重視したいと思う裁判官の方々も、「能力が乏しい」ためにそうされているのではなく、主義主張をお持ちのうえでのことでしょうから、どうも「蛇足」というコトバで切り捨ててしまわれるのは、いかがなものか・・・と前々から疑問に思っております。こういった部分がなければ、もっと別の裁判官あたりから、再任拒否問題への異論(つまりは、井上判事への賛同の意見)が出てくるのではないか、(たとえばneon98さんがおっしゃるように、せめて再任拒否の手続きだけでも整備されねばならないのではないか・・・など)とも思うのですが。

|

« よいクリスマスをお過ごしください。 | トップページ | 取締役会の権限委譲問題(新会社法) »

コメント

詳細な解説ありがとうございました。私には、彼がどのような主張をし、どのような判決を書いているのかはわからないので、彼個別の議論は避けて「判決の短かさと裁判官の独立」という論点だけに絞りました。井上判事は(蛇足は避けつつ)判決理由をもっと書くべきだということを主張されているのは知りませんでした。この「裁判例は事案を異にする」とだけ書くのは何の説明にもなっていないと思うわけで、もっと具体的に判決理由を述べてほしいと思うことは多々あります。その意味では井上判事の主張は正論なのでしょう。もっとも、彼の主張と裁判官としての能力という部分は別ですので、能力のないもの(あくまで一般論です。)を再任しないというシステムは当然のことだとも思います。実際にはそのシステム作りと独立性との兼ね合いが一番難しいことだとは承知していますが・・・。

投稿: neon98 | 2005年12月24日 (土) 00時42分

>neon98さん

海外で勉強されていらっしゃる方に、このような問題を考えていただくのも、恐縮ですし、私のブログをお読みいただいているビジネス法務関連のお仕事をされている方にも、ちょっと興味が薄いかもしれませんが、この井上判事の再任拒否問題は、日本の裁判制度の根幹にかかわるような深い意味を持っていると思っております。鹿子木裁判官のライブドア、ニレコ決定あたりにみられる裁判思想と、井上判事の思想とを比較してみると、おもしろいと思います。修習生やロースクール生あたりの方には、お時間があればぜひ「裁判官と考える法律学シリーズ」のうち、裁判の基準、紛争の具体性あたりをお読みいただくことをお勧めいたします。neon98さん、どうもムズカシいエントリーを最後までお読みいただき、ありがとうございました。

投稿: toshi | 2005年12月24日 (土) 02時15分

詳細な検討をされており、とても参考になりました。
私の記事は拙い情報提供に過ぎない程度のものですが、トラックバックさせていただきました。

投稿: モトケン | 2005年12月26日 (月) 23時24分

矢部さん、どうもコメント、TBありがとうございました。さっそく、そちらのブログへコメントをさせていただきました。
私のブログは法曹であるにもかかわらず、どちらかといいますと「感覚」で書いてしまっているところが多いのですが、矢部さんは、きちんと条文を掲示して、問題点を抽出されており、わが身を振り返りなんとなく恥ずかしいです(笑)
今後ともどうかよろしくお願いいたします。

投稿: toshi | 2005年12月27日 (火) 13時54分

山口先生、はじめまして。
いつもブログを読ませていただいております。

さきほど、著名な教授が詳細なコメントを書いておられたので、一生懸命、賛同の意見を書いて送ろうとしたのですが・・・(消えてますね
(;∇;))それとも何か私だけが見れないのでしょうか。
先生のご都合で消されたのであれば、このコメントも消していただいて結構です。
失礼いたしました。
また、行政法関連のカテゴリーがありましたら、興味がございますので、よろしくお願いいたします。

投稿: kanji.moto | 2006年1月 3日 (火) 23時36分

>kanji.motoさん

どうも、はじめまして。ブログをお読みいただき、ありがとうございます。
いえいえ、コメントとして対応させていただくには、あまりにもレベルの高いものでしたので、ご本人様の了解を得て、私のほうで削除させていただきました。(そちらのパソコンの都合ではございません。)
代わりにメールを頂戴いたしましたので、またご本人様の了解がございましたら、関連コメントにてご紹介させていただきたいと思います。

行政法関連ですか・・・
司法試験は「行政法」で選択したのですが、ビジネス法務との関連ということで、またエントリーを考えてみますね。(耐震強度問題と行政責任のエントリーは、やっぱり行政法関連ではないですかね。いや民事法関連かなぁ)

投稿: toshi | 2006年1月 4日 (水) 02時22分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 井上薫判事再任拒否問題と裁判所のデュー・プロセス:

» 裁判官の身分保障 [元検事弁護士のつぶやき]
 井上薫判事の再任拒否問題によって、裁判官の身分保障について国民の関心が高まると... [続きを読む]

受信: 2005年12月26日 (月) 23時22分

« よいクリスマスをお過ごしください。 | トップページ | 取締役会の権限委譲問題(新会社法) »