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2005年12月16日 (金)

証券会社のジェイコム株利益返上問題について

たくさんの著名なブログで、すでに取り上げられており、新鮮さもないかもしれませんが、ジェイコム株の誤発注で利益を上げた証券会社が、日証協の要請によって(おそらく基金を設立して、そこへ)利益を返還する方向で調整がなされているそうです。

証券会社、ジェイコム株利益を返上へ 日証協要請(日経ニュース)

内部統制に関するエントリーが続いておりましたのと、私に基本的な知識が不足しており、あまり発言に自信がもてないこともありまして、この問題に関してはコメントを控えておりました。ただ、どうしても愚直な頭で考えてみてもわからないことが多く、ひょっとしたら、多くの人たちも「なんとなく」わかったようなフリをして問題を解決しようとされていらっしゃるのではないか、とも思いましたので、すこしだけ恥を忍んで疑問点を呈示してみたいと思います。

1 本当に現物が1万株しかない取引で、61万株のジェイコム株の売買契約は成立するのか

さまざまなブログで既に問題点が呈示されておりますとおり、そもそも「この世にない61万ものジェイコム株式」がどうして、有効に売買契約が締結されるのでしょうか?原始的に不能ということにはならないのでしょうか?もちろん、「不動産の二重売買」とか、「他人物売買」といった民法の原則からするならば、売主が二重、三重に売り渡す(背信的行為ですが)可能性があるわけですから、そういった事態において、誰が真の権利者となるか、「対抗問題」等によって処理しなければ紛争解決が困難な事態が予想される場合には、民法の原則にしたがって、61万株の売買契約を成立するとみる余地もあるでしょう。しかしながら、証券取引所で売買される株式というものは、そもそも需給関係の釣り合いがとれるタマがなければ「売買不成立」「ストップ高」「ストップ安」となって、二重、三重の売買が成立しないような体制がとられており、またそのことは取引を行う当事者も十分認識しているわけでして、それゆえに高度な取引の安定が図られているのではないでしょうか。そういった現実を前提として、現物株の取引を考えた場合には、そこに売主による二重、三重売買や、取得することが不確定な「他人物売買」の思想を持ち込むことはできるのでしょうか。(そもそも、現物株取引の場合には、差金決済はできないルールになっていて、保有が不確定な株式を売る、といったことは考えられていないと思うのですが)もし、そういった思想を持ち込むことができないというのであれば、当事者の意思解釈としましても、「ほかに売買の対象となる株式はない以上は売買契約は成立しない」と考えるのが合理的でありまして、原始的に不能な取引と評価されてしかるべきであり、「取引の安全」といった考え方をさしはさむ余地はないものと思います。この問題については「あってはならないこと、ありえないこと」とコメントされる有識者の方も多いようですが、そうであればなおさら「原始的不能」と考えるべきではないでしょうか。

2 錯誤無効は適用されないのか

しかしながら、株式の決済制度というものが歴然とあるわけで、そこで保管振替制度や、名簿書換制度といったものがある以上は、やはり株式の売買成立の有効性については、伝統的に民法原則は適用されねばならない、といった考え方もありうると思います。つまり、不動産の二重譲渡や、他人物売買と同様に、当事者間では61万株の売買契約も成立する、ということも認められるのかもしれません。しかし、もしかりに61万株の株式売買契約が成立したとしましても、この売主の「売りたい」という意思表示には、明らかに表示の錯誤が存在すると思われます。61万株を1円で、というのは常識としてあり得ない話ですし、取引に参加している買受希望当事者の経験レベルからすれば、表意者の錯誤については「悪意」(勘違いであることを知っている)です。(したがいまして、たとえみずほ証券側に表示上の錯誤に陥ったことに重大な過失が認められるとしても、無効を主張できる可能性が出てきます)さらに、この錯誤は、値段と株数という売買契約の最も重要な部分において「勘違い」が発生しているわけですから、これは明らかに「契約の要素に関する錯誤」です。したがいまして、もしこういった市場取引においても民法の伝統的な原則が適用される、という立場に立ちますと、今度は錯誤無効が適用されてしかるべき、といった論法をとらざるをえないのではないでしょうか。

3 みずほ証券の株主は、「みずほ」への利益返還を要求しないのか

日証協の要請では、各証券会社の利益については、(これも、違法に取得したものでもないのに、なぜ各証券会社が返還しなければならないのか、まったくわかりませんが)新設する基金のようなところへプールする案が検討されている、と報道されておりますが、それならみずほ証券の損害はなんら填補されないわけですから、みずほ証券の株主らは、みずほへこれを返還するように主張しないのでしょうか?なぜ裁判で認めらる可能性のある権利を行使しようとしないのでしょうか?「決済した事実」の評価につきましても、市場の混乱を極力回避するために、いったん決済したという立派な理由がたちますから、手形のトラブル時において、不渡処分を回避するために供託するのと同じ理屈でして、売買契約の有効性をみずほ証券が認めてしまった、ということの根拠にはならないと思われます。

こういった諸々の疑問点がどうしても解決できないので、私人間の売買を強制的に無効にできる「東証の裁断権」のような問題まで考えることは、私には到底困難なようです。そもそも株取引に関する実務上の「慣習」や「ルール」の理解が不足しているのと、愚直な理論展開しかできない私の頭の程度のために、こういった諸点を解決できないでいるのかもしれません。しかしながら、こういった問題(なぜ裁判という司法判断の機会を逸してまで、取引の有効性にこだわり、早期決断に走るのか)こそ、基本的なことを一般人に平易な言葉で説明できるシステムを整えないと、それこそ投資サービス法時代の市場取引などは「絵に画いた餅」で終わってしまい、あのバブル時代と同じように「一般投資家の時代」と持ち上げられて、ひと踊りして、終わりといった結末を迎えることになるような気がします。

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コメント

株式はご存知のように、買いから入る場合と、売りから入る場合とあり、今回、は保有株(もしあっても)の数を超えた売り注文ですから、空売りですよね。故意はないことを前提としても、空売りとしては法令違反があったように思われます。この点どのように扱われるか、ちょっと気になりました。どうなっているのでしょうかね。なお、他人物売買は特定物についての議論で、証券市場では種類物では?

すでに新聞でかなり状況が報道されていますが、東証社長記者会見(http://www.tse.or.jp/guide/interview/051211.pdf)での公表内容ややり取りも参考になります。

投稿: 辰のお年ご | 2005年12月16日 (金) 09時06分

証券市場においては、通常の場合、善意・悪意を問題とすることは難しいのですが、今回の場合には、きちんと取引のログを追うことで主観的要件を確定することもできるのではないかと思うので、ロジックを詰めて欲しいなと思います。
盲目的に取引の成約を追及することだけが、取引安全の意味ではないという気がするんですが・・・どうも、ブログ界では少数説のような気配があります(苦笑)

投稿: 47th | 2005年12月16日 (金) 11時47分

御存知かもしれませんが、みずほ証券の株主は、みずほコーポレート銀行と農林中央金庫の2法人だけです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BF%E3%81%9A%E3%81%BB%E8%A8%BC%E5%88%B8
どちらも今回の問題をこじらせようとするとは思えませんので、利益返還を請求するという事はないと思います。

私も錯誤無効が適用されない事に疑問を持っていました。
新聞にも全く出ないので、証券取引の関連法規に適用を排除する規定でもあるのかと思っていたのですが、
法律の専門家の方が同じ疑問を持っていると知って、驚きました。

投稿: 匿名希望 | 2005年12月16日 (金) 21時02分

長年、金融機関の法務部員をやっているものです。今回の誤発注の問題に、民法から検討を加えると言う考えは全く思いもよりませんでした。
というのは、証券市場というものが、閉鎖された特殊な取引の場で、市場自体に独特の規定がありそれに従うことを承認して参加している金融機関だけの取引の場だからです。
その特徴は、大量性、画一性、迅速性、匿名性、などがあげられ、およそ民法が予定した特定の者との相対の取引とは異なる世界だと考えています。
さらに、市場では現実に存在しない株数の取引を行うこともありえますし、自分の売り注文と自分の買い注文が取引として成立することもある訳です。
このような特殊な取引の場に民法の規定が適用されると考えるのは、むしろ参加者にとっては全く予定していないことだと思います。

投稿: sakurita | 2005年12月17日 (土) 02時01分

このエントリーには、おそらくコメントがつかない、と安心しておりましたが、ありがたいことに「大御所」の面々にお越しいただき、恐縮でございます。

>辰のお年ご さん

いつもありがとうございます。「空売りとしては法令違反」というのは、いわゆる取締法規違反の及ぼす「私人間効力」といったことをさしておられるのでしょうか?もし、そうでしたら、私自身が「空売り」行為の市場取引におけるイメージがよくつかめておりませんので、どこまで違法性が強いのか、ちょっとよくわかりません。故意でなくても、違法性が重大といったイメージがあるならば、売買契約という私人間の法律行為に及ぼす影響もあるか、とは思います。
「他人物売買」というよりも、種類物売買の場合には、「数量指示売買」といったほうが適切かもしれません。いずれにせよ、民法の基本書では原始的不能というわけではない、と説明されているようです。

>47thさん

どうもコメントありがとうございます。
近い視点でエントリーされているのに気づきませんでした。(さっき、読ませていただきました)そうですか、少数派になってしまったわけですね(笑)現実の仕事の場面では、もうすこし「大人の対応」をしているつもりですが、せっかくのブログですから、原理原則に則って、正論を考えてみたいと思っているのですが。おっしゃるとおり、民商法の原則の適用範囲をもうすこし詰めて考えてもいいのでしょうかね。

>匿名希望さん

どうも、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、たしかにみずほ証券の株主はコーポレート銀行と農林中金です。しかし私はむしろ個人株主ならばあきらめもつくでしょうが、コーポレート銀行にも株主はいるわけでして、そういった株主の手前、銀行の役員はなにもしないで静観していていいのかどうか、そのあたりが問題ではないか、と思っています。
私の周囲にはオンブズマン株主が多いせいか、どうしても株主対応といった問題に目がいってしまうようです。
おそらく錯誤が問題になる、と思っておられる方もいらっしゃると予想しておりますが、赤恥をかくのを覚悟で実名ブログでツラツラと疑問を書き連ねる法律家は少ないかもしれませんね。でも一般の常識が正しいケースというのも、けっこう多いと信じております。匿名希望さんの言われるような「特別の法律」を知らなかったりしますとカッコ悪いことになってしまいますが。。。
また、ご教示お願いいたします。

投稿: toshi | 2005年12月17日 (土) 02時25分

>sakuritaさん

コメントを返している間に、コメントいただいたようで、失礼いたしました。
ようこそ、おいでくださいました。

平易な文章(まさに一般の人向け)で、民法適用の可否を論じていただき、感謝いたします。まさに、こういったご意見(があるのではないかと期待しつつ)、お待ちしておりました。
ちょっと関連エントリーを明日にでも書かせてください。(ちょっと、忘年会疲れのため、思考力がにぶっておりますので今夜のところは ご勘弁を・・・・・)

投稿: toshi | 2005年12月17日 (土) 02時37分

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