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2006年1月19日 (木)

ライブドア捜査と罪刑法定主義

世間はどちらかといいますと、すでに「ライブドア粉飾決算」と「東証ショック」のほうへ興味が移っているようですが、私は場末の法律家の使命として、東京地検の強制捜査の根本である証券取引法158条(風説の流布と偽計)の適用範囲について、再考してみたいと思います。おそらく今後も、投資サービス法(仮称)制定後の不正取引行為(証取法157条1項、しかしこの条文が刑事事件で適用されることがあったら、それこそ憲法違反ではないでしょうか)への検察権力の介入にあたっては、常套手段として、この158条が適用されるものと予想されますので、ぜひ企業の財務担当者や証券会社、監査法人の方が「萎縮的効果」を覚えることのないよう、運用されることを願っています。

きょう、出版当時、東京地検特捜部の副部長であった永野義一さんが執筆された「企業犯罪と捜査」(警察時報社)のなかの「株価操作事犯の捜査」について一読しておりました。いわゆる検察庁側からみた「捜査端緒」→「強制捜査」→「有罪立証」のマニュアル本でありまして、いかにして株価操作事案における「捜査令状」要件をみたす内偵が重要であるか、が認識できました。この永野さんも明言されていらっしゃいますが、「株価操作事犯の場合は、強制捜査が(裁判官に)許容されるまでが勝負であって、その後どんな証拠隠滅をされようが、被疑者に黙秘されようが、確実に有罪に持っていけるだけの証拠を固める必要がある。もし強制捜査のあとで逃げられるようでは検察の恥である。」とされています。いや、このあたりは私も実務家としてはよく理解できます。不退転の決意をもって、大型経済犯罪の解明に乗り込む検察の意欲というものは、検事をしている友人からも聞く話であります。したがいまして、やはり今回のバリュークリックジャパン社(現ライブドアマーケティング社)に対する証券取引法158条(風説の流布、偽計)の適用は、おそらく考えぬいた末の「これなら逃げられない」との確信をもった検察の結論があったのではないか、と推測いたします。

そこで、この証券取引法158条の解釈問題ですが、ライブドアマーケティング社としては、自主的に開示すべき、と東証から指導されている開示情報に「風説の流布」と「偽計」といった文言に適用されています。(条文につきましては、ふたつ前のエントリーをご参照ください)

ところで証券取引法158条は、一般に目的犯と説明されていますが、本当にこれって主観的構成要件として要求される「目的犯」なのでしょうか?たしかに、158条の条文を読みますと、「相場のある有価証券」の取引につきましては、その相場変動目的による風説流布、偽計が予定されていますが、相場の存在しない有価証券取引の場合には、なにも書いてありません。「有価証券取引のため」と規定されてはおりますが、これは「取引による利得目的のため」という意味ではなく、「有価証券取引の際」と解釈すべきだと思います。その理由は、会社法施行日に合わせて新しく適用される刑罰規定(証券取引法197条)が、1項の加重犯として、158条の罪を犯す場合に「財産上の利得を得る目的」で158条の不正取引を行った場合には3000万円以下の罰金に処す、としており、この加重要件として「目的」が要件化されているからです。そうしますと、結局のところ158条の「風説の流布、偽計」といった行為は、相場変動目的に向けた一連の行為、といったものが「危険犯」として立件されればいいわけです。なお、この「目的」の立証ですが、そもそも個人でも法人でも、内心まで立証することは至難の業ですから、いくつかの行為の積み重ねによって立証することになりますが東京地裁判決平成14年11月8日(東天紅TOB事件)においては、時系列的に3つの発表行為を総合評価したうえで相場変動目的による風説の流布と評価したものがありまして、こういった前例から検察庁は「財産的利得目的」の立証不要と解釈をして158条を適用したのではないか、と思われます。

ただ、そうしますと法定開示情報ではない株式公開企業の四半期報告書に虚偽記載があった場合にも、すべて経済刑法に触れること(風説の流布)になるのか、といった疑問が呈されるところであり、こういったところに158条の適用は萎縮的効果がありそうです。ただ、私は単に四半期報告書に虚偽記載がなされただででは、この158条の構成要件には該当しないものと考えます。といいますのは、このたびのライブドアマーケティングの事例では、マネーライフ社との株式交換→自社株100分割発表→四半期報告といった流れが存在することと、(おそらく)同様手法を反復継続してきた経緯との総合判断から「相場変動の目的」を立証できるのであって、たんに信用維持目的(たとえその結果として株価安定といった効用があったとしても)での情報開示だけでは確信的な「相場変動目的」は立証できないと考えられるからであります。また、「有価証券取引のため」といったルートでたどってみましても、上記のとおりこれは「利得を得るため」といった目的犯としてではなく「有価証券取引の際に」と解釈すべきであると思われますので、そうであるならば予想される当事者は有価証券等売買取引者であって、単に純粋な第三者は除外されるのではないでしょうか。そうしますと、四半期報告を開示すべき株式公開会社は、「相場変動目的」を有するものでないかぎりは、この規定からははずれるのではないかと思います。(なお、「萎縮的効果」などという言葉を用いましたが、もちろん四半期報告であっても、虚偽情報が悪いことにはかわりません。ただ、ここでは証券取引法158条の適用範囲の明確化といった意味で、使っておりますこと、ご理解ください)

単なる私論ですし、経済刑法の専門家でもございませんので、またミスがあるかもしれませんが、ちょっとまじめに考えてみたい論点ではあります。(とりわけ、この証券取引法158条が改正された平成4年改正の趣旨など、ご存知のかたがいらっしゃいましたらご教示いただけますと幸いです)

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コメント

TBさせていただきました。残念ながら157条1項は合憲との最高裁判決が過去に存在するようです。原文読んでませんし、解説本をオフィスに忘れたので引用はまた明日にでもさせていただきたいと思います。157条や158条の適用範囲・棲み分けについては一度整理した方がいいんでしょうね。

投稿: neon98 | 2006年1月19日 (木) 11時12分

157条1項単独で刑事罰が適用された事案があるのでしょうか?それは是非、教えていただきたいです。私は157条1項は、たしかに「取引上の不正行為禁止の包括条項」として、逐一法が予期できない不正行為を禁止したもので、これ単独での適用はありえないものと考えておりました。
情報ありがとうございました。
157条から159条の棲み分けについては、投資サービス法下でのこういった地検の捜査が今後もありうる以上、法曹実務家として絶対に検討課題だと思いますし、議論の進化が必要ではないでしょうか。

投稿: toshi | 2006年1月19日 (木) 12時58分

東京高判昭和38・7・10東高刑時報1417・116は「不正の手段」とは、取引所取引であるか店頭取引であるかを問わず、有価証券の売買その他の取引について、詐欺的行為、すなわち人を錯誤に陥れることによって、自己または他人の利益を図ろうとすることであるとし、その上告審(憲法31条違反が争点)では「不正の手段」とは、有価証券の取引に限定して、それに関し、社会通念上不正と認められる一切の手段をいうのであって、文理上その意味は明確であり、それ自体において、犯罪の構成要件を明らかにしていると認められるとされています(最三決昭40・5・25最高裁裁判集刑事155・831)。新訂第三版最新証券取引法・堀口亘(商事法務研究会)578頁が出典です。原典には現在あたることができませんので、この程度で^^。

投稿: neon98 | 2006年1月20日 (金) 00時16分

「風説の流布」については47thさんも指摘されているように不作為も含まれるとなると、たとえば誤発注をしてしまってネットで噂になっているのを知りながら公表せず反対注文を入れるような行為も該当してしまうんじゃないかな、と思います。
また、話題の中心が粉飾決算に移りつつあるところをみると、「別件捜査」的な部分も問題になるのではないでしょうか。

専門家の皆様が詳細な分析をされている中でシロートが口出しして申し訳ございませんが、ちょいと気になったもので・・・

投稿: go2c | 2006年1月20日 (金) 00時24分

>neon98さん

お手をわずらわせたようで、お忙しいにもかかわらず、ご紹介いただきありがとうございました。なるほど昭和40年ころの最高裁判例ですか、ちょっとこちらで原典にあたってみようと思います。ひょっとすると合憲限定解釈の可能性もありますし、また昭和40年ころの市場取引を前提としていることや、その後の刑罰に関する条文構成が変わっていることから、果たして先例としての意味を持ちうるかどうか、すこし疑問がありそうですね。

>go2cさん

コメントありがとうございます。47thさんのおっしゃっている不作為の風説流布といった概念を私がよく理解していないかもしれませんが、有価証券の取引安全とか、公正な相場形成保護のために、当事者にある一定の身分(法律によって開示することが義務付けられている者)があるケースでは、私も不作為による侵害といったことも考えられるのではないか、と思います。ただ、誤発注のケースでも妥当すると思いますが、もし不作為による侵害といったケースを持ち込んだ場合、「不作為による侵害」の故意と、単なる過失との区別をどう立証できるのか、そのあたりが非常にムズカシイ問題をはらんでいるのではないでしょうか。民事と異なり刑事の場合には、検察用はほぼ100%の確実性を証拠によって立証する必要があるわけでして、過失犯が刑事罰で規定されていない以上は、不作為による侵害の故意といったものの認定にたいねん悩ましい問題が横たわっているように思いました。

投稿: toshi | 2006年1月20日 (金) 13時05分

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