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2006年1月15日 (日)

井上薫判事再任拒否問題と裁判所のデュープロセス(2)

12月23日のエントリー(井上薫判事再任拒否と裁判所のデュー・プロセス)に対しまして、このお正月、ある大学教授の方よりご意見を頂戴いたしました。(数時間ほど、実名コメントが掲載されておりましたので、おわかりの方もいらっしゃるかもしれませんが・・・)おおよその事件概要もおわかりいただけると思いますので、すこし引用させていただきます。(なお、ご本人とわかる部分につきましては、こちらで勝手に省略させていただいておりますのであしからずご了解ください。また教授よりこういった引用について、ご迷惑になるようでしたら引用を取り消す場合がございますので、よろしくお願いいたします)

井上薫判事の「我、『裁判干渉』を甘受せず」(諸君2006年1月号80頁以下)を読んで、雑ぱくな感想を書きます。
 この論文は、横浜地裁の浅生重機所長が井上判事に対し、判決の理由が短いので改善するようにと勧告したが改善されていないので、人事評価で減点されたということが、裁判官の独立を害する裁判干渉であるとしている。
  ここで、判決の主文に必要のない蛇足判決を批判して、実践していることが、判決の理由が短いということと同じこととされている。仮にそうであるならば、判決の理由が短いことは、意見の違いはあれ、非難には値せず、改善を求められる理由にはならない。
しかし、この井上論文を読んでも、蛇足をつけないことと、短いこととが同義であるとの説明は見つからない。普通にいえば、判決の理由が短いというから改善せよということは、蛇足を付け加えよというのではなく、主文を納得させる理由が簡単すぎて、説得できないとか、当事者の主張に答えていないということを意味する。
(中略・・・)

 裁判官の再任の際の審査事項であるが、新任と同じく自由裁量なのかという問題が提起されているが、再任の際に、これまでの判決が分析評価されて、裁判官としての能力が不足なら、辞めて貰っても、裁判の独立の保障には反しないというべきである。裁判官になった以上は、ずさんでも定年まで独立が保障されているというなら、それは恣意も保障されることで、裁判の当事者にとってたまったものではない。裁判官の独立は保障されても、庶民の裁判を受ける権利は侵害されてしまう。

 問題は、再任の際の審査の手続きと基準の問題である。それがこれまで不透明であったから、裁判官の独立を害する可能性が大きかったが、それをまっとうな基準とし、透明にすれば、だめな判事には辞めて貰っても、まともな判事は残れるから、それでよい。それこそが裁判官の任期制の本旨ではないか。裁判官は、再任されなくても、これまでの高給で蓄えもあるはずだし、弁護士として食っていけるはずだから、再任されないことをおそれて、裁判の独立を放棄するべきではない。再任拒否をおそれる、そんな気の弱い判事に、判事としての高給を与える必要はない。

 再任審査の透明性と合理性の確保の方法については今回は述べないが、ただ、個々の判決の内容で意見の違いの問題ではなく、外形的な問題であれば、再任審査の対象になるのはやむをえないのではないか。それは裁判官を恣意的に放逐することにはつながらないと思われるから。
(中略・・・)

 むしろ、そのような判事を裁判所から放逐する方が国民の裁判を受ける権利を保障することになる。
  要するに、判決が短い、改善せよという趣旨が蛇足を書けという趣旨かどうかが肝心のことだと思う。この点では、井上判事の論文は、やはり短い、理由が不足している。蛇足を書けとは言わないが、短いということが蛇足を書けということと同じ趣旨とするためには、もっと説明が必要である。たとえば、浅生所長にその真意を確認して、そうだといって貰うなどのことが本来必要ではないか。

私もアマゾンでこの井上判事の論文の掲載されている「諸君!」1月号を取り寄せまして、ひととおり読ませていただきました。また、この論文のなかで井上判事が掲示しておられる著書「判決理由の過不足」(法学書院)も再度目を通してみました。(井上判事の著書は、以前から所持しております。)

私は、基本的に井上判事の提唱されておられる「司法分限主義」(裁判所は、紛争を解決する範囲において事実の認定、法律の適用をすべきであり、その権力行使にあたっては謙抑的であらねばならない、判決理由についても社会に影響を与えるような事実については、その判決の主文を導くために必要最小限度に留めるべきである)に同調する立場であります。しかしながら、司法分限主義に対峙するものとして「司法蛇足主義」を位置づけることについてはどうも同意しかねるところがあります。

この問題については、ふたつに整理して考えたいと思います。ひとつは「裁判官の再任審査と裁判官の独立」との関係であり、もうひとつは井上判事が主張しているとおり、果たして蛇足を付すことは裁判所法3条1項に違反する「裁判官の違法行為」(判決理由の過不足のなかで、このように明言されていらっしゃいます)たりうるのか、といった問題であります。もし、井上判事のおっしゃるように、理由に蛇足を付すことが違法ということであれば、これも一種の裁判所のデュープロセス違反ということで、蛇足と判決の長短との関係を十分吟味する必要が生じるからであります。
そこでまず、この「二つめ」の問題から考察してみたいと思います。

1 井上判事が指摘される傍論部分は、果たして「蛇足」か?

たとえば、損害賠償請求事件において、原告が被告の「違法行為」を主張して、被害の賠償を求めた事件で、被告は「違法行為」がなかったことと同時に、請求してきた時期が時効期間経過後であることを主張して、消滅時効の抗弁を提出したとします。この裁判を担当した裁判官としては、原告が明らかに時効期間経過後に裁判を提起してきた、との心証を抱いた場合、「違法行為」の認定を行うことは「蛇足」であって、消滅時効の争点のみによって被告を勝たせるべきである、というのが井上判事のご意見です。たしかに、紛争解決のために必要な争点は「消滅時効の成否」であって、(どっちみち違法行為を認定してみても、被告は消滅時効いよって勝訴するわけですから)違法行為の認定ではありません。またもし、違法行為はあったが時効によって原告の請求は棄却、との理由で被告が勝訴した場合、被告は裁判には勝ちましたが、自らの行為を「違法」と評価されたまま控訴もできない状況に置かれます。たしかにこれは被告の名誉を回復するすべがないということで不都合が生じます。(蛇足類型の「順序型」)

つぎに、たとえば建物の賃貸借契約の解除が認められるかどうか、といった事件におきまして、解除が認められるためには通常「貸主と借主との間において、借主の債務不履行の程度が双方の信頼関係を破壊するに至る程度かどうか」といった判断基準を用いますが、これを基礎つける事実認定といったものは、「信頼関係を破壊した」と法的な評価を行える場合にのみ事実認定すべきであって、いくつかの破壊要因となる事実認定をしておきながら、「それでもなお、破壊する程度には至らない」とする結論であるならば、その認定事実は「蛇足」である、とのことです(蛇足類型の「程度型」)

たしかに、そういわれてみると、説明しなくてもいいことを理由のなかで付記しているようにも思えますし、その弊害すら危惧される事例のようでもあります。ちょっと法律を学んでいらっしゃる方以外の皆様には難しいかもしれませんが、本当にこれらが「蛇足」かどうか、もしお時間がございましたらご検討いただけますでしょうか。私の意見につきましては、次回に述べたいと思います( よくよく考えると、私のブログ自体が「蛇足」そのものかもしれない・・・と不安におののきながら つづく)

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コメント

「信頼関係が破壊されているとまではいえない」という結論を出すのには,少なくとも「信頼関係が破壊されていることを基礎づける事実」すべてに関する事実認定が必要です。次に,信頼関係が破壊されているとの評価を阻害するに足りる事実(これは全て認定する必要がないこともありえます。)を認定します。その上で,上記認定事実に鑑みれば,未だ信頼関係が破壊されているとまではいえないと判示すべきです。このように判示してあれば,上記判断に不服のある当事者が上訴する場合に,原判決の事実認定がおかしいとか法的評価がおかしいとか具体的に論難することが可能になります。
他方,「信頼関係が破壊されていることを基礎づける事実」の有無が全く認定されていないのであれば,「信頼関係が破壊されているとまではいえない」との判断に不服があっても何を攻撃したら良いのかが全く分かりません。私が上訴代理人であれば,原判決には理由不備の違法があると指摘します。

投稿: soj | 2006年1月15日 (日) 16時13分

ただ,順序型の場合には,井上判事の「蛇足」との批判が全く成り立つ余地がないとまで断言する気はありません。消滅時効が明らかに成立するのであれば,不法行為の成否に触れることは適切ではないというのはありえる見解です。まさに司法の役割をどう考えるかの根源に関わってくる問題です。
もっとも,不法行為の態様等によっては,消滅時効の援用が権利の濫用として許されないという法理を承認するのであれば,不法行為の成否を認定する必要がある場合もありうることを付言しておきます。

投稿: soj | 2006年1月15日 (日) 16時30分

>sojさん

はじめまして。このようなムズカシイ問題にコメントいただき、恐縮です。といいますか、使用されていらっしゃる用語から、同業者の方か現役裁判官か、学者の方か、ちょっとオソロシイ感じもしないではありませんが、早速sojさんのコメントを引用させていただきまして、新たにエントリーをアップいたしました。なかなか終わらないシリーズになってしまいましたが、また最終の段階ででも、ご意見を頂戴できましたら幸いです。
真正面から井上判事の提言を取り上げることは、おそらく裁判所もされませんでしょうし、また法曹のなかでも見当たりませんので、なにか「たたかれ台」にでもなりましたらうれしいですね。
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: toshi | 2006年1月16日 (月) 02時28分

 はじめまして、「はっは」と申します。
 先ほど、このサイトを新着順で”井上判事”を検索して見つけ、ちょっと争点から外れそうですがコメントをさせていただきます(いや、逆に意見を聞かせてください)。
 はじめに、私も「短い、長い(蛇足)と言う問題はなく、納得の行く分かり易いもので審理手続を含めて判決をお願いしたい」と考える一般人です(法律に係わることに一度も携わったことはありません)。
 そんな私が先月(12月)、井上判事を含む横浜地裁第6民事・合議(井上判事は裁判長ではありません)から下された判決に対して上告をした控訴人です(正確には、今月中に上告理由書を提出し東京高裁に進められます)。
 まぁー、私が変なのかも知れませんが、一般人から見て審理手続(裁判の流れ)が可笑しいのです(不思議)。
 そこで、本来の争点から外れて『裁判所を裁判してやる』と言う威勢でやってるから困ったものです。
 なんと言っても、最後に提出した準備書面は、
 『即ち、控訴人は控訴理由書にある同様な理由から控訴審を続ける意味がないと判断した。無論、8月27日付け被控訴人準備書面にも反論はありますが、本裁判においては提出しないことにする。被控訴人には大変申し訳ありません。この場を借りてお詫びさせて頂きます。』
 …で終えてしまいました(ちょうど2審は2004年11月から1年掛かりました)。
 また、控訴人から見て、判決は短いのではなく蛇足が多かったですよ(最後まで争点にしたいものと違っていました)。
 現在・本控訴審の手続において発生した事実から刑事告訴(公務員の守秘義務違反、名誉毀損)する予定です。

 ここまで、伝えたことだけでも変わったひとだと思われたでしょうね(それほど、私が直面した審理は可笑しなものだと感じました)。それも弁護士さんなしでね(予算の都合上かな)。
 もうひとつ、横浜地裁で変なことやってしまいました。
 あまりにも裁判官たちが審理中に理不尽なことをするので、抗告しました。
 この抗告(予納命令に対する抗告事件)に対して、私から見て東京高裁がとんでもない判決をしましたよ!
---------------------------------------
・主文 : 1 本件抗告を却下する。
・理由 : 第2 当裁判所の判断、
 1 XXX ~ XXXの予納命令に対し不服を申し立てるものである。しかしながら、抗告の対象となる裁判は、法律がこれを許すものに限られるところ、予納命令は、民事訴訟法328条所定の裁判に当たらず、予納命令については抗告を許す個別の規定はないから、予納命令に対し、独立に不服を申し立てることは許されない。
 2 よって、本件抗告は不適法であるから却下することとし、主文のとおり決定する。
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 もう、一般人の私には理解できない!!
 そこで、“裁判官(裁判所)が神だと思ってないことを願う”と感想を加えて、同内容として本件抗告を引用する形で再抗告(特別抗告)をした(2005.10.13 抗告理由書の提出)。
 そして、12月4日に最高裁(第二小法廷)より、事件番号と審理に入るという旨の通知書が届いた。
…と、無謀なことをひとりで進めています。

 この理由(再抗告)でも分かると思いますが、ひとつ前の可笑しいと思われる問題点を引用する容で判断を受けるようにしました(上告理由書も同様にします)。

 また、この特別抗告に私から見て理不尽と思われる次の2点の判断が下るように盛り込みました。
(1) 俗に裁判所が告げる“答える義務はない”と捉え、理由も告げず無解答でよいのか?
(2) 一部の裁判関係者が認識している不変期間の起算日となる“送達を受けた日”は、郵便サービスにある特別送達を受け取った日でよいのか?

 この2点の最高裁からの判断(判決)を楽しみにしています。
 もう、取り留めのないことを伝えてしまい失礼しました。
 また、途中経過を伝える予定ですが、何かアドバイスがあれば、よろしくお願いします。

投稿: はっは | 2006年1月17日 (火) 00時15分

はじめまして、学生です。
井上薫判事の再任に関して、特に強い興味があるわけでもなく、何となくいろいろ見ててここに行き着きました。とても面白い話ですね。そして質問です。
「違法行為はあったが時効によって原告の請求は棄却、との理由で被告が勝訴した場合、被告は裁判には勝ちましたが、自らの行為を「違法」と評価されたまま控訴もできない状況に置かれます。たしかにこれは被告の名誉を回復するすべがないということで不都合が生じます。」の部分について、請求権が時効により消滅する場合は、前提としてその請求権が存在することは必要ですか、そうではないですか?仮に必要だとしたら、被告の行為が「違法」と評価されることは、必要なことだと考えられないでしょうか。
 また、「いくつかの破壊要因となる事実認定をしておきながら、「それでもなお、破壊する程度には至らない」とする結論であるならば、その認定事実は「蛇足」である」という部分について、質問ですが、認定されたその事実の程度では、なおその関係を破壊する程度に至らないことを示す意味では決して蛇足ではないように考えられます。どうなんでしょうか。
 本文を精読したうえでの質問ではありませんので興味本位です。初めてなのに失礼いたしました。

投稿: 燃えるごみ | 2006年3月 1日 (水) 17時17分

>萌えるごみ さん

 はじめまして。
 おもしろい、と感じていただけますと、たいへんありがたいですね。かなりマニアックな議論なので、はたしてブログネタとして適切かどうかはわかりませんが。
 ところで、ご質問の内容ですが、至極もっともなご意見でして、そのあたりの私の意見につきましては、続編(3)を読んでみてください。この時期は、いろいろな方からメールにてご意見を頂戴していました。
 また遊びに来てくださいね。

投稿: toshi | 2006年3月 2日 (木) 03時01分

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