「債権法抜本改正」だそうです。
(1月5日 追記あり)
いよいよ今年5月には会社法が施行されるということで、会社法の勉強に勤しんでいらっしゃる方も多いと思いますが、なんと今朝(1月4日)の日経新聞によりますと、2009年にも民法(債権法)の大改正が行われるそうであります。
法務省は民法の柱の1つである「債権法」の抜本的な見直しに着手する。IT(情報技術)や国際化の進展で多様化する契約形態を法律で明確に位置付ける。時効のあり方なども含めて見直す方針で、2009年の法案提出を目指す。1896年の法律制定から100年以上が経過し、現代社会に対応できていない面が多いと判断した。 杉浦正健法相が省内に設置を指示した「民法改正委員会」(座長・内田貴東大教授)が検討を進める。債権法は「融資した金を返せ」など相手に一定の行為を要求できる権利を定めた民法条文の総称。 |
これまでの民法改正といいますと、ノーマライゼーションの導入やら、IT革新による債権譲渡特例法やら、少しばかり気合入れて勉強すればなんとか対応できたレベルのものでありましたが、「債権法改正」ということになりますと、会社法以上に法曹実務家にとりましては「大革命」でありますし、法学部の学生の皆様にとりましては、(1回、2回で合格されるような優秀な方を除いて)司法試験の勉強中に試験科目の最も大切な部分が変更されてしまう、という「おぞましい」将来予測が成り立つわけであります。(もちろん、司法試験予備校も、ロースクールも皆たいへんな状況が想像されます)金融法務事情の新春合併号(おぉ、ついに横書きになってるぅ!!でも相変わらずB5サイズ・・)の寺田逸郎法務省民事局長新春インタビューにおきましても、「民事財産法編のとくに債権法について より抜本的な内容見直しを図ること・・・などの課題が控えているわけです」と答えていらっしゃいますので、おそらく内田東大教授を座長とする「民法改正委員会」が今年から動き出すことは間違いない事実のようであります。
ただ、この新聞記事だけからでは、ほとんどどんな改正になるのか、まだ皆目見当がつきませんね。第一、「債権法」といいましても、これは講学上の用語ですから、民法上で「ここからここまでが債権法」といった範囲はございません。(債権編という区分がございますが、債権法とは異なります)果たして「契約法」だけをさすのか、「債権総論各論」を含むのか、先取特権や留置権、担保物権を含むのか、いったいどの範囲の債権(関連)法を想定しているのか、そのあたりをまず知りたいところですね。この想定されている債権法の範囲の特定によってずいぶんと勉強量の負担が変わってくると思います。もし、改正される債権法の範囲が相当広いとするならば、また2009年には早速会社法が改正されたり、倒産法も改正されたりするんでしょうね。今年成立予定の改正信託法とか、今後制定される投資サービス法(仮称)なんかも当然に影響を受けるはずですし。(法律雑誌や出版社としてはホクホクのえびす顔ですね)
第二に、「なんでいまごろ抜本的改正」なんでしょうかね?債権法の制定から110年もの間、大改正はなかったわけですが、時代の流れというコトバで説明つくようには思えません。制定から50年経過したところでも「時代の流れ」(時代に対応していない)はあったでしょうし、70年経過したところでも同様なわけでして、なぜその時期に大改正しないで110年経過した「いま」なのか?これは大きな疑問です。会社法のような組織法でしたら、時代の要請によって変遷することも理解できますし、「時代の流れ」というコトバもなんとなく納得いたしますが、取引私法の根本たる債権法を改正させることは「時代の流れ」というコトバでは説明しきれないんじゃないでしょうか。もし取引私法の分野に「時代の流れ」を理由とする変遷を持ち込むとすれば商法総則や商行為法の改正、もしくは特別立法で対応すればいいように思えますが、どうなんでしょうかね。消滅時効のあり方なども見直す方針とありますが、これも「時代の流れ」なんでしょうか。消滅時効を見直すくらいなら、法定利息5%のほうがよっぽど見直すべきなんじゃないか、と思いますが。。。
衝動的な欲望としまして、同業者(弁護士)の方々に、「いま債権法を改正しないと、仕事に支障を来たすって感じあるぅ?」と尋ねてみたい気分です。たとえば、私が現在進行形で裁判を担当しております事件でも、建築設計事務所と施主との「建築設計監理契約」や、ユーザーとベンダーとの「システム開発委託契約」といったものは、果たして請負契約なのか、準委任契約なのか、それ以外の「無名契約」なのか争いがありますし、金融商品販売における説明義務や医師の診療契約上の説明義務なども、「付随契約」なのか「商品(医療行為)の一部」なのか等が争点となりますので、そういった契約体系が明文化されればいいかなぁ、とは思いますが、そういった明文化によってどっちかが有利になるとか、不利になるといったことはあまり考えられないと思いますね。どんなに細かく契約体系を明文化しても、現実に想起する事件は千差万別であって、その細かくなった体系のうち、「今度はどっち」みたいな争いが発生するわけでして、少なくとも裁判を前提としてみた「債権法」の大改正はあまり仕事がしやすくなる、といった恩恵を与えてくれるものではないだろう、と思います。だいいち、新聞の記事で例示されているようなフランチャイズ契約やファクタリング(債権買取契約)などの企業間取引など、普通は契約書がまかれるわけでして、そうでなくても、これから大量な弁護士が世の中に登場する時代になって、法化社会へのインフラは準備中なわけですから契約社会の進化は間違いないはずでしょうし、どうして企業間取引のために(当事者の合理的な意思解釈の指針となる)民法大改正が必要なのかは、ちょっと私には想像がつきません。ひょっとしますと、民法の世界の中にも、会社法や証券取引法のように、国民の社会活動の指針となるような強行法規、行為規範みたいな性格の条文が登場するのでしょうかね?それとも、「裁判規範」といった性格を超えて、手形法上の「人的抗弁の切断」とか「債権譲渡特例法」のように「ある特別の社会」だけを想定した条項などが組み入れられるようになるのでしょうか?しかし、それを民法と呼ぶことは、かなりの「発想の転換」を必要とするような気もします。私は「これでゴハン食べています」ので、民法がどんなに難しくなっても一向に構いませんが、刑事事件が被疑者公選制度、裁判員制度の時代に、民法と民事訴訟法が専門化、複雑化することは「国民に近づく司法」といったタテマエとは矛盾してしまうのではないか、と一抹の不安を覚えてしまうところであります。
(1月5日午前 追記)
読売新聞の朝刊に、すこし詳しい記事が掲載されております。(読売ニュースはこちらです)110年ぶり、ではなく、こちらは60年ぶりの大改正となっています。(ただ60年前の改正は親族・相続編に関するものですから、財産法については110年ぶり、ということでしょうか)また、改正の対象となるのは、主に契約時の取り決めなどを定めた「債権」が中心になるようです。まだ本当かどうかは不明ですが「リース契約」などの項目も新設されるとか。この記事によりますと、日本民法のお手本となったドイツ法とフランス法が、2000年以降相次いで抜本的な見直しがなされるようになった、ということで、そういった国際的な動向も「大改正」の要因になっているようですね。
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コメント
ろじゃあです。
本年もよろしくお願いします。
今回の方向性が前提となれば新司法試験とロースクールの位置づけというのはいよいよ新しい枠組みに移行するということになるんでしょうねえ。
ろじゃあは、やはりアメリカのUCCとかの枠組みが選択的に順次移行される可能性と、契約のリスト化と消費者契約法の民法化?とか中長期的な視点の問題も関係してくると思います。あとは貸金債権をめぐる法律関係とかについて特別法の規定の一部の民法化とかも関係してくるかもしれませんねえ。
司法制度改革の最終的な到達点をもう一度確認する必要があるんでしょうねえ。
この件、またお邪魔します(^^;)。
投稿: ろじゃあ | 2006年1月 5日 (木) 12時34分
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
民法大改正、驚きです。憲法改正の議論もありますし、現在は法体系の大転換期という印象を受けます。また勉強します。
投稿: tempasan | 2006年1月 5日 (木) 18時48分
>ろじゃあさん
今年もよろしくお願いします。
読売の記事を読む限りでは、消費者契約法的なものを採り入れたり、ファイナンスリースなどの、いわゆる三者契約なども導入されるような改正も視野に入れているような書きぶりでしたね。片面的な強行法規といえば、借地借家法がありますが、これも民法の特別法なわけで、民法のなかに平然と「契約で合意しても効力が発生しない」強行法規が登場する、という事態はちょっと、まだ違和感があります。
情報通のろじゃあさんの今後のエントリーに期待しております。
>tenpasanさん
今年もよろしくお願いいたします。
民法の大改正は、おそらく周辺の法領域にも多大な影響を与えることになりますので、企業法務に従事されていらっしゃる方にも「会社法」と同様、要チェックですね。法制審議会で検討される、といったパターンで議論が進むものではないようですので、今後の議論の進み方にも留意されたほうがよさそうです。パブリックコメントなども積極的に出してみましょうかね。
投稿: toshi | 2006年1月 6日 (金) 02時16分