ライブドア捜査と罪刑法定主義(2)
昨日も、たくさんのコメント、TBを頂戴いたしまして、ありがとうございました。ラジオ大阪のニュース番組に出演させていただきましたが、やはり15分という時間のなかで、「偽計取引」「風説の流布」「有価証券報告書不実記載」といった内容や、刑罰の内容、堀江氏、ライブドア本体の今後など、ちょっとわかりやすく説明させていただくのは難しかったような気もします。来週月曜日は30分にわたって、解説をさせていただきますので、もうすこし一般の方にもご理解いただけるように工夫してみたいと思います。(なお、コメントいただいた方には、明日にでもまたお返事させていただきます。アエラの記事にも一応目を通しておきました)
さて、夜遅くまで弁護士会のお付き合いなどもありまして、少々疲れ気味ですが、ぴてさんやneon98さんが問題視されていらっしゃる「偽計取引」とは何か?といった点につきまして、すこしだけ自論(推論ですが)を、以前よりも敷衍して述べたいと思います。私も証券取引法158条の適用場面についてはかなり問題点が多いものと認識しておりまして、「ひとつ間違えると」どこの企業でもやっているような資金調達手段すら、「これって偽計取引じゃないの?」と財務担当者が不安を抱くことになるかもしれません。あらためて申し上げますが、規制を厳しくすることと、規制をゆるやかに適用することとは大きく異なります。このたびのような事態が発生して、法律による規制を厳しくすることは、立法政策の是非はともかくとして、国民が選択した判断であるがゆえに、それはひとつの解決方法であります。しかしながら現行規制をゆるやかに解釈して、広く刑罰の対象行為とすることは、その法律によって規制される範囲が、一般企業にとって明確にならないために、本来自由な資金調達の手段まで、抑制するおそれがあり、国民経済の発展にとって非常に危険な状況に陥ります。(罪刑法定主義)そこで、ぴてさんやneon98さんが懸念されているような問題が生じてくるわけです。
ここからは私の推論でありますが、今回堀江氏らの逮捕事実となったライブドアマーケティング(LDM)の偽計取引とはいったい何か?どこが違法なのか?といった分析について、再度確認しておきたいと思います。前にも申し上げましたとおり、158条における「偽計取引」にあたるためには、行為者には特別の目的(たとえば相場変動目的、利得の目的など)は必要ではないと思われます。(その理由も以前のエントリーで申し上げたとおりであります)要は、「当該取引について、何が公正な取引」であって、その公正な取引から、どれだけ逸脱しているのか、といった評価が必要な概念であると認識しています。そもそも証券取引法に規定されている刑罰法規によって保護されようとしている法益は、一般投資家の保護とともに、国民経済の運営という国家的法益も含みます。もうすこしわかりやすく申し上げると「国家が形成しようとするルールそのものが保護される法益」ということだと思われます。ということになりますと、誰かを騙して利得を得る目的は不可欠ではなく、面白半分でトリックを使うこと自体が、ルール違反として許されない行為だとも言えるわけです。
そこで、そもそも本件逮捕事実のなかで、相対取引の対象となるマネーライフ社の株式売買については、なにが公正な取引かといいますと、LDM社がマネーライフ社の本来株主との間において、第三者の評価機関を通じて未公開株式の価格評価を行うことであり、その価格にしたがって株式交換比率を決定して株式交換により買収する、それが公開企業であるLDM社によって重要な取引事実であるならば、真実を開示する、ということまでが「公正な取引」であるはずです。しかしながら、LDM社は、取引にとって不必要な投資事業組合を介入させて、現金取引によってあらかじめ取得したにもかかわらず、これを隠匿し、第三者機関を通じることなく当事者が評価したにもかかわらず、これを第三者機関を経由して評価したかのように見せかけ、投資事業組合とLDMとの間で1対1という交換比率で株式交換を行ったものと公表したわけであって、「LDMは正しい評価によって、今後の企業価値を高めるための優良企業を購入した」といった誤信をもたらす行為に及んだ、ということですから、先のルールに則った公正な取引との比較において、大きく逸脱しているのであれば「偽計取引」の構成要件に該当することになろうか、と思われます。相対取引の相手方を錯誤に陥らせるような行動に出た場合にも偽計取引にあたるわけですから、「公表」することは不可欠の要素ではなく、本件でのルール違反の程度を評価する一要素にすぎないわけです。
さて、それではこういった評価を伴う規範を用いて、一般企業の資金調達の自由な範囲を明確化できるかといいますと、今後の投資サービス法における立法作業に期待するところが大きいところでして、現行法を前提とするかぎりは(残念ながら)自信がありません。常識的な解釈論としましては、構成要件の該当性の判断、そして可罰的違法性の判断といった二重の基準によって、一般企業の経済活動を保護していかざるをえないものと思いますし、また刑事弁護人らによる検察と世論への挑戦意欲といったものも必要になってくるのではないでしょうか。
このような「ややこしい」解釈を必要とする規定など、そもそも罪刑法定主義に違反するものだ、という意見もあろうかと思います。しかしながら、先日neon98さんよりご指摘のあった最高裁判決のような立場を前提としますと、ある程度解釈の幅をもたせるような規定といったものも、不正手段の複雑性といったことを考えるとやむをえないものであるかもしれませんし、この線引きは非常に難しい思考を要するところだと思います。判決のなかでは「偽計取引にあたることは明らかである」とされてしまう可能性もありますが、「偽計取引」にあたるかどうかの評価の問題をていねいに公判で論じることが、今後の証券取引における不正行為の範囲を明確にするための「いまできる」最良の手段ではないでしょうか。(まあ、こういった論点を回避するために、関係者個人およびライブドア本体について、量刑の等しい有価証券報告書不実記載だけで起訴、ということも考えられますが・・・・。フジテレビや関係各企業にとって、今後の民事賠償責任の追及のためには、ライブドア本体の起訴は不可欠でしょうから)
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コメント
TB・コメントありがとうございました。
我ながらナイーブだし、これで世の中が変わると期待しているわけでもありませんが、とはいえ、黙っているのも何なので書いてみたのですが・・・思いの外の反響で、いろいろな意味で収穫はあったような気がします。
私は、実は日本版10b-5はありなんじゃないかと思っていて、その意味で、158条が包括的に不公正取引を規制するために用いられることには反対ではないんですが、それなら、アメリカのように個別事案できちんと防御が認められるようにして欲しいという立場です。
リーサル・ウェポンばっかりじゃ、訴追側にとっても、重すぎるんじゃないかと・・・
投稿: 47th | 2006年1月25日 (水) 06時51分
偶然、タクシーの中で先生のお話を拝聴いたしました。たいへんわかりやすい解説でした。
ただ「町の声」と先生の解説とのギャップがかなり大きかったところが、おもしろかったです。
(笑)
パーソナリティの方の「たとえ話」に、先生がすこし困っておられたような雰囲気に笑ってしまいました。
また月曜日は仕事中ですが、こっそり拝聴したいと思います がんばってください
投稿: LARK | 2006年1月25日 (水) 11時16分
>今後の民事賠償責任の追及のためには、ライブドア本体の起訴は不可欠でしょうから)
ここは大変重要なポイントだと思います。ホリエモン個人を「防御」するために雇われた弁護士と、会社を「防御」するために雇われた弁護士は、今後、真っ向から対立することになるのではないでしょうか。それにしてもホリエモンの弁護士費用は自腹なのか、会社持ちなのか...。
投稿: やぶ猫 | 2006年1月25日 (水) 12時52分
toshiさん、やぶ猫さんに座布団三枚~!
こういう見方を見落としちまうと後々企業内ではコンプラとかの仕組みが作りにくくなるのですよ。
toshiさん、TBありがとうございます。
投稿: ろじゃあ | 2006年1月25日 (水) 15時39分
47thさん、記念すべきエントリーになりましたね。私が「いいなあ」と思ったのは、堂々と47thさんの意見に批判的なコメントが書かれていた点です。限られた情報でブログを書くことの切なさや、「弁護士の商売領域拡大」というご批判は、(ある意味で真実であり)私は甘んじて受けたいと思います。ただ、刑事弁護の世界は、常に「なぜあんな悪い奴を弁護するの」といった世間の非難を背負う宿命にありまして、まじめに刑事弁護に取り組む弁護士が目の前の被告人(被疑者)とともに、その背後にいる善良な市民にも目を向けながら無罪立証をしていることを、これからも理解していただけるよう広報していきたいと思います。とりわけ裁判員制度の時代に向けて。
やぶ猫さん、いつもコメントありがとうございます。西武、コクド事件とは背景事情が若干異なりますが、どうもおっしゃるような事態が今後展開される可能性が高くなってきましたね。ライブドアと堀江氏との利害相反、ということはまだまだ刑事問題ばかりが報道されておりますので、それほど取り沙汰されておりませんが、刑事両罰規定や、法人の不法行為責任といった問題がからまって、いろいろな弁護活動に支障を生じることもありそうですね。現時点では堀江氏の弁護費用はどこが負担しているのか、ちょっと興味あります。
ろじゃあさん、こんばんは。
こちらこそ、TBありがとうございました。すこしろじゃあさんとはコンプライアンスの視点が異なるかもしれませんが、次回のエントリーでまた市場規制の厳格化時代における企業コンプライアンスのあり方について考えてみたいと思っています。なるべく「弁護士の実務」から離れない形のお話にしたいと思っておりますので、またご意見など頂戴できたらうれしいです。
最後になりましたが、LARKさん、肉声を聞いていただけましたか。。。「メルクマール」なんて単語は、普段使わないのですが、表現に詰まってしまって、沈黙をおそれてしまって使ってしまいました。わかりにくい話ではなかったかと反省しております。(担当者の方は、よかったですよ・・・と慰めてくれましたが・・・)
またご批判なり、要望なりコメントしてください。
投稿: toshi | 2006年1月25日 (水) 23時31分
TBと分かりやすいエントリーありがとうございます。
偽計業務妨害罪があるので、「偽計」という言葉そのものが不明確というわけではないのかもしれませんが、裁判において証券取引における「偽計」とはなんなのか、是非明らかにして欲しいですね。
投稿: ぴて | 2006年1月25日 (水) 23時50分