ライブドアショック・検察の突破口を考える
(文中 追記あります 20日午後 追記2 20日夜)
19日の読売新聞や日経新聞の記事を読んでおりますと、ライブドア本体の粉飾決算の仕組みにつきましては、投資事業組合や子会社の預金口座を利用しつつも、詰めの段階では非常に稚拙な手口によって(親会社から子会社へ架空の請求書送付など)自社株取引益(資本取引)が、売上(利益増加)へ変遷していったような内容のものでして、報道内容が事実だとすれば、ちょっと私の予想に反して、ライブドアにとっては深刻な事態になるような気もしてまいりました。
ところで、やはり私にとって最も気になる点は(しつこいようですが)、このライブドアショックの引き金になったライブドアマーケティング(LDM)によるマネーライフ社株式交換と、それにまつわる株式分割のスキームです。ここに検察が絶対の自信をもって証券取引法158条(風説の流布、偽計取引)の有罪立証の確実性をいかにして確保して、裁判官を説得して令状をとったか、といったところです。
1 偽計取引
証券取引等監視委員会の活動状況(平成16年度版 大蔵財務協会発行)によりますと、平成4年度(事務年度、以下同じ)から平成15年度までの間におきまして、監視委員会が告発した事件として①クレスベール・インターナショナル・リミテッドによるプリンストン債販売事件、②ドリームテクノロジーズ株式のネット会員への売買推奨メール事件(ただし、風説の流布も併記)、③エムティーシーアイ株の公募増資事件あたりでして、非常に数が少ないですね。やはり予想されたところですが、偽計を弄する対象となる取引は、なにも市場を有する取引ばかりではありませんので、特別に「相場の変動を目的とする」ことは必要ではないわけです。(そもそも相場がないことが多いわけですから)このたびの新聞報道でも、虚偽を公表した、という点が強調されていたわけですが、別に立件するにあたって、「公表」することを強調する必要はないわけでして、要は証券取引法が保護しようとしている法益、つまり国民の有価証券の取引における安全性を害するような行為態様があれば、それは処罰の対象とされるわけですね。今回の事例にあてはめて考えてみますと、マネーライフ社の株式について、事実上はすでにライブドアの支配下にある投資事業組合が先に現金取得していたにもかかわらず、(事実に反して)LDM社があらたに株式交換という手法によって支配下に置く取引を行った、というものです。錯誤に陥れる相手方は税務署でも、取引相手方でも、一般投資家でもいいわけでして、有価証券取引が公正安全に行われるものと信じるについて保護に値する者に対して、その誤解を招く行為をすれば「偽計取引」に該当する、との判断があるのではないでしょうか。たまたま今回の取引は「公表」という形で露見したにすぎないと思います。めんどくさい「犯行目的」など立証する必要はないわけですから、これが最も確実に(おいしく)捜査令状をとれる部分ではなかったか、と思います。もちろん投資事業組合がライブドアの実質的な支配下にあるかどうか、といった点についても立証は必要ですが、こういった問題は賄賂罪における「事実上の支配力を有する者かどうか」とか、共謀共同正犯論における「実質的な首謀者」など、静的な証拠の積み上げによって立証は十分可能だと思われます。(追記 どうもマネーライフ社をLDMが買収する旨の発表文書を、ライブドア本体のファイナンス責任部門が作成して送付したことが判明したようです 追記おわり20日午後)
2 風説の流布
これは、「流布」といった言葉からおわかりのとおり、不特定多数の者が認識しうる状況で、虚偽の事実をひろく広報することであります。これもかならずしも相場の存在を必要とするものではありませんが、流布の相手が不特定多数の者ですから、おおよそ有価証券取引相場のある場面での適用が中心になろうかと思われます。私はこっちの「風説の流布」の立件のほうが検察庁にとっては「ややこしい」のではないか、と思います。今回の事案では、LDMが上場企業ですから、その株式市場における相場変動を目的とした行為があった、との評価が必要になってくるからです。さきほどの「事実上の支配関係」の立証でしたら、いくつかの事実を積み上げて「総合評価」すれば立証可能ということになりますが、こちらの「相場変動目的」の立証の場合には、必要となる事実それぞれの因果関係が要求され、その因果関係のひとつでも、(?)がつきますと全体としての立証が困難になってくるおそれがあります。したがいまして、どういう考え方になるかといいますと
①LDMによるマネーライフ社子会社化発表(2004年10月)→LDM株式分割発表(2004年11月8日)→LDM 四半期決算報告(2004年11月12日)→株式分割実行日(2005年1月)→投資事業組合によるLDM新株の売却、という時系列の流れ
②2004年10月から2005年1月までのLDM社の株価推移
③上記時系列と株価の対応および、ライブドアが反復継続して同種行為を繰り返している事実
以上の各問題点の整理などから、①にあげた各行為と、株価変動との因果関係が認められ、相場変動目的が立証されるものと推測いたします。また、いくつかのブログにおいて「不作為による風説の流布」といった構成が問題視されておりますが、(私自身がこの構成を理解していないからかもしれませんが)風説の流布は「故意犯」としてのみ規定されておりますので、不作為の故意と過失犯としての「注意義務違反」との区別を考えますと、検察側が果たして過失犯と区別して立件できるかどうか、かなり難しい問題が出てきます。そういった意味では、私は「不作為による風説流布、偽計」といった概念は実務としては立件してこないものと予想しています。どこか、基本的な考え方の誤りがあるかもしれませんが、こういったものが今後の議論の基礎になれば、と思い整理してみました。
なお、別件逮捕(別件捜索)に関する問題点などが指摘されておりますが、さて検察は「別件逮捕」「別件による捜索」といったことを認めるでしょうか?「いやいや、私達はもともと風説、偽計はけしからんと思って捜査を始めたんだけど、たまたまおいしいものが出てきただけですよ」と言われて、これをひっくり返すことはできるでしょうか??もちろん、別件逮捕であることを立証する責任があるのは被告人側です。百戦錬磨の検察相手に、弁護人がその主観的意図を暴くことは(不可能とは申しませんが)非常に試練の道であると思われます。また、捜索差押令状については、かなり広範に被疑事実との関連性が認められているのが判例の立場であることを付言しておきます。
(追記2)
この「別件逮捕、別件捜査」に関する意見に対しまして、メールにて何名の方からか、ご批判を頂戴いたしました。(最近は、同業者の方もよく読んでいらっしゃるようで。。。)私はあくまでも「現実の弁護人としての対応」を基準に申し上げているだけでして、決して弁護士の理想としての対応方法を申し上げているわけではございません。もちろん、別件逮捕、別件捜査自体が違法性の高いものである、といった主張についてまで放棄しているわけではございませんので、念のため申し添えておきます。私自身は、どちらかといいますと、こういった「別件捜査の実効性」というものが回避できない場合が多いために、それであれば罪刑法定主義の基本を重視して、できるだけ検察の突破口となる部分への厳格な法規制を主張すべきではないか、といった考え方であります。証券取引法157条1項のような、「包括規定」すら憲法違反でない、といった最高裁判例が存在するとのことでありますし(neon98さんのご教示)、そうであるならば、このまま放置してしまうと、「別件逮捕、捜索差押令状の広範な適用」が当たり前になってしまわないか、といった危惧感を抱いておりますところ、ご理解いただければと思っております。(追記2 おわり)
個人的な意見で申し上げるならば、粉飾決算がらみだけでなく、相場操縦や内部者取引など、困難な立件を必要とする経済事犯を突破するための検察の手法として、この158条は今後多用されるのではないかと予想しておりまして、もしライブドア関連の刑事手続がありうるならば、有価証券虚偽記載の点だけでなく、この158条違反の点についても正式な起訴をしてほしい、と思います(今後の刑事弁護の進展のため・・・・・)
| 固定リンク
コメント
はじめまして。
いつも記事を楽しみに読ませていただいております。
今回のライブドア事件の争点は、
1,風聞の流布、偽計取引
2,粉飾決算
3,ライブドア幹部によるインサイダー取引
になって来ているように感じるのですが、
もしライブドア幹部たちが意図的にこれらの行為に荷担していたことが実証された時は、どのような罪になるのですか?
1,風聞&偽計は5億円以下の罰金?
2,3は5年以下の懲役
でよろしいのですか?
投稿: hiro | 2006年1月20日 (金) 16時37分
はじめまして。
自分は東京の大学生なんですが、ライブドアの証券取引法違反の法的問題を探してみたら、ここのブログに至りました!
現在、司法試験、ロースクールを目指しているんですが、いろいろとためになりそうな記事が多く記されているので参考にさせていただきたいと思います!
投稿: Kazyu | 2006年1月21日 (土) 00時03分
>hiroさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
まだまだ今後の捜査の進展をみていかないと正確なところはわかりませんが、ご指摘のとおり「風説の流布、偽計」「有価証券報告書虚偽記載」「内部者取引」(いずれも証券取引法違反)の罪に問われる可能性がありますね。
罰則につきましては、内部者取引が3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金、その他は5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金(ただし財産利得目的ある場合には、3000万円以下の罰金、証券取引法197条、198条)。ただし、法律家の方以外には、ちょっと説明が難しいのですが、いくつか同時に罪に問われるからといって、それぞれの法定刑を合算するわけではありません。ちなみに、ライブドアや関連企業自身にも高額の罰金が課されることがありますが「5億円」というのはその企業の罰金のことではないでしょうか。
ほかにも細かいことをいえば、利得を没収したり、追徴されることも刑事罰の範囲となります。
幹部個人の刑事罰と法人そのものの刑事罰という概念がありますので、新聞などをお読みになるときに留意されたほうがよいかもしれませんね。
また、遊びにきてください。
>kazyuさん
はじめまして。
ブログのエントリー数が増えてきましたので、けっこうゴチャゴチャしており、わかりにくいかもしれませんね。新司法試験もいよいよ始まりますが、どうか「息抜き」程度に遊びにきてください。(かなりマニアックなブログなんで、ためになるかどうかは保証できませんが・・・)
投稿: toshi | 2006年1月21日 (土) 02時02分
toshiさん
ご丁寧にありがとうございました!
これからも楽しみにしております。
投稿: hiro | 2006年1月21日 (土) 17時49分