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2006年1月 8日 (日)

「公正妥当な企業会計慣行」と長銀事件(2)

いつもチェックさせていただいている粉飾列島(会計はアートか)のkeizoku2005さんのブログで知ったのですが、足利銀行を原告、中央青山監査法人を被告とする違法配当損害賠償請求事件の第2回公判が昨年12月27日に開かれたようです。元記事はおそらくこの朝日新聞栃木ニュースではないか、と思います。
(ちなみに、記事を引用させていただきますと・・・)

足利銀行の01年3月期決算の粉飾に深く関与したとして、一時国有化中の足銀が、中央青山監査法人に11億円の損害賠償を求めた訴訟の第2回口頭弁論が27日、宇都宮地裁(柴田秀裁判長)であり、中央青山側は粉飾への具体的な関与について「否認ないしは争う」と述べた。中央青山側はまた、足銀監査を担当していた公認会計士が足銀の融資先の旅館の顧問税理士に就任していた事実を初めて認めた。国有足銀は、破綻(はたん)前の01年3月期決算について、繰り延べ税金資産の過大計上や貸し倒れ引当金の過少計上によって粉飾され、11億円が株主に違法に配当されたと主張している。これに対し、中央青山側はこの日、原告足銀が「過大」「過少」の根拠とする「金融検査マニュアル」について、「公正なる会計慣行として法的拘束力を有していたとする根拠は不明」として足銀側に釈明を求めた。また、違法配当があった場合、足銀は、株主に対し不当利得返還請求権を有すると中央青山側は指摘。11億円のうち5億円は整理回収機構に配当されており、中央青山側は「回収は極めて容易」と損害の発生そのものを否定した。また、中央青山の代表社員を務める会計士が、足銀融資先の温泉旅館2社の顧問税理士に00年2月と8月に相次いで就任していた事実を中央青山側が認めた。顧問税理士として2社の実態を熟知し、足銀による2社の債務者区分が虚偽だと認識していたという足銀側の主張に対しては、中央青山側は「否認ないし争う」と答えた。

この記事は、当時足利銀行の会計監査を担当していた中央青山監査法人の(別の代表社員の方が)足利銀行融資先の企業の顧問税理士を務めていたことを認めた点を問題視しているようですが、私はむしろ別の論点に興味を持ちました。

ひとつは、中央青山が足利銀行側に釈明を求めている「2001年3月期決算時に存在していた金融検査マニュアルは、違法配当を認定するうえで法的拘束力をもった基準たりえたのかどうか」といった論点です。つまり、当時の計算書類(または、その基礎となる商業帳簿)作成のための基準となるべき金融検査マニュアルが、現商法32条2項にいうところの「公正なる会計慣行」に該当して法的拘束力を有していたのかどうか、また該当していたとしても、金融検査マニュアルが当時唯一の公正なる会計慣行だったのかどうか、といった問題が今後大きな争点になりそうです。(なお、会社法431条では「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる会計慣行に従うものとする」と規定されました)この点につきましては、昨年11月15日のエントリー(公正妥当な会計慣行と長銀事件)でも取り上げたところでありまして、企業会計法上、非常に重要だけれども、よくわからない(本当に理解されている方が、一体どれほどいるのだろうか、と疑問を抱く)ところであります。当時の金融検査マニュアルが企業監査業務(もしくは企業会計実務)において、いかに利用(評価)されていたのか、またそれまで別にも、公正妥当と思料される会計慣行が存在していたのかどうか、という事実関係は私の知るところではありませんが、おそらく平成17年5月19日東京地裁判決(いわゆる長銀違法配当民事事件)の判断基準の妥当性を中心に今後双方の主張が尽くされるのではないか、と予想いたします。(ただ、11月のエントリーのときにも申し上げましたが、この判決はまだ高裁で逆転する可能性もありますので、東京地裁の判断が絶対のものとは言い切れません

そしてもうひとつの論点が、足利銀行の損害発生の有無であります。足利銀行は違法配当によって11億円の損害を被ったと主張されているようですが、(粉飾への加担という)不法行為責任を追及されている中央青山側は、「違法配当の場合は会社は配当金を受領した株主の悪意、善意にかかわらず返還を求めることができ(これは現商法に明文規定があります)、とりわけ回収余力のある整理回収機構に5億円も配当をしているのであるから、まずはそっちから返還してもらうべきであり、したがって11億円もの損害は発生していない(もうすこし、推測してもいいのでしたら、株主から11億円分を取り返すことができるのであるから、その取り戻しの努力をしないまま、中央青山に損害賠償を請求することはできない、といった主張になろうか、と思います)」との反論がなされています。なるほど、たしかに会社は違法配当時、株主に対して違法配当金の返還を要求できるわけですから、こういった中央青山の反論も「ごもっとも」かと思われます。「公正妥当な会計慣行」を議論するところは、規定が若干変更されている会社法下においてもそのまま妥当するかどうかはわかりませんが、いずれにせよ、かなり会社法(商法)や、会計基準の概念的フレームワークについて検討するには非常にいい題材だと思いますので、ちょっとこの点を続けて検討していくことにいたします。(と、いいつつ今日はこのへんで失礼いたします)

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コメント

会社法の議論とはすこしずれてしまうのですが、昨日のエントリともあわせて考えると、金融庁の「無謬性指向」ともいえる部分に問題があるんじゃなかろうか、という印象を持っております。
金融行政が事前指導型から事後監督型に転換されて以降、かえって金融機関が予防保全的な行動を取るために局面によっては従前以上に過剰に組織防衛優先の行動を取るようになったように感じています(金融庁の指導を理由にした貸しはがしなどはその一例ではないでしょうか)
その一因として金融庁の「金融機関は間違ってはいけない」という監督処分のスタンスがあるように思います。
その結果金融機関は「金融庁に怒られないように」というのが行動原則になってしまい、金融検査マニュアルや過去の指導例が金科玉条のようにになってしまっているという面はないでしょうか。

投稿: go2c | 2006年1月 8日 (日) 21時50分

>go2cさん

コメント、ありがとうございます。金融庁の無謬性指向といった点は、たしかに大きな原因かもしれませんね。そういえば夢真と日本技術開発の敵対的防衛事例のときに、夢真側の代理人弁護士の方が、関東財務局に政令の解釈について直談判をされ、それなりの効果をあげましたっけ。あれは監督官庁をもたない弁護士という立場だったので、強気の行動に出ることが可能だったのかもしれませんが、金融機関といい、監査法人といい、金融庁は監督官庁ですから、必要以上に保守的行動に出ることは考えられるところだと思います。先日、会計士さんに聞きましたが、欧米ではこういったマニュアルの解釈指針などの参考にしたり、官庁との交渉のために、弁護士や税理士その他関連専門業の者が多数在籍しているということですが、そういった必要以上の萎縮的効果を排除するためにも、監査法人などでは他業種の人間が必要なのかもしれませんね。この金融検査マニュアルの効果といったものは、もうすこしご専門の方の意見もお聞きしてみたい気がします。

今後とも、よろしくお願いいたします。

投稿: toshi | 2006年1月10日 (火) 02時42分

ご無沙汰しております。興味深く拝読させていただいております。
仰るように長銀事件の判断基準を中心に進行していくのでしょうね。
金融検査マニュアルの会計慣行性については、銀行等監査特別委員会報告第4号「銀行等金融機関の資産の自己査定に係る内部統制の検証並びに貸倒償却及び貸倒引当金の監査に関する実務指針」では、「自己査定制度導入後の会計監査において、検査当局の検査結果は、監査上の参考として常に注意を払う必要があるが、検査時点の相違や頻度の相違等の理由から、当局の検査結果をそのまま監査判断の基礎として利用すれば足りるとはいえないことに留意する必要がある。また、監査人は、必要に応じて、銀行等金融機関の了解のもとに、検査当局と可能な範囲内で直接情報交換を行うことが監査の効率化の観点から適当である。」とされていたことや、実際に金融機関の監査にあたり金融検査マニュアルを読まない(これは「参考にしない」程度の意味です)会計士はいないこと等を踏まえれば、説得的かどうかは別として、01年3月期の決算にあたり金融検査マニュアルが「公正なる会計慣行」の「ひとつ」であること自体はそれほど異論はでないのではないかと考えています。
問題なのはやはり、「唯一」かどうかというところですが、私自身は「金融検査マニュアルが本件において唯一の公正会計慣行となるわけではなく、別の公正会計慣行も存在しうるため、金融検査マニュアルに従った会計処理をしなかったとしても本件会計処理は違法となるわけではない。」と考えています。あとは個々の債務者区分の判定における実務との逸脱の程度で判断されるのでしょうか。

足銀裁判については、長銀裁判との比較でいうと、長銀・日債銀粉飾の97~98年あたりと足銀の01年3月期とでは、金融行政、会計慣行、監査実務いずれもかなりの変化があった時期ですから、そのあたりの状況の差を裁判所がどのように評価するのかも注目しているところです。

投稿: keizoku | 2006年1月10日 (火) 23時52分

>keizokuさん

いつもありがとうございます。とりわけ、私の理解不足の点について、的確にご指摘いただきまして、感謝いたします。昨日は神田川さんのご指摘いただきました点の勉強のために、十分なフォローができませんでしたが、ちょっとこのたびのkeizokuさんよりご教示いただきました点、再度検討いたしまして、(その4)につなげていきたいと思います。
「唯一」であったかどうか、が大きな争点になる可能性があるとのことですが、このあたりは実務の経験とか、全国的な実務情報の収集能力がないと適切な主張ができないかもしれませんね。たいへん興味のあるところです。
また、遊びに行きますので、いろいろと教えてください。

投稿: toshi | 2006年1月11日 (水) 11時23分

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