ライブドアMの取締役会決議の効力
ライブドア逮捕劇の直後、取締役6名のうち3名が逮捕されてしまったライブドアマーケティングが、残った3名の取締役による取締役会で穂谷野氏を代表取締役とする決議を行ったことについて、「これは無効ではないか」といったことが報道されました。(朝日ニュースはこちらです)事実関係をもうすこし補足するニュース(日経)によると、この1月24日午前3時の取締役会では、岡本代表取締役のほかに、追加して代表者を選任した、とのことであります。この朝日ニュースを読む限りでは、過半数の定足数を満たさなかったLDMの代表者選任決議は手続上の瑕疵があって無効になるのではないか、多くの法曹関係者もそう考えているのではないか、こういった無効決議を「問題なし」と回答したLDMの弁護士は「アホ」ではないか、といった印象を受けたのは私だけでしょうか。でも、少し考えてみますとこの報道は真実に合致していないようにも思えます。
1 本当に弁護士が「法的に問題なし」と判断したのか
弁護士資格をもった方が「取締役が逮捕された場合は、取締役が死亡した場合に準ずる」との解釈に「それは法的に正しい」と保証するでしょうか?ご承知のとおり、取締役の死亡は委任契約に関する民法653条に規定により当然の終任事由ですが、48時間で戻ってくる可能性のある取締役が死亡の場合と同様に当然に終任しなければならないと考えるのは解釈上で到底無理があります。相談を受けた法律専門家が、当然熟知しているか、もしくはすこし調査すれば容易に判明する内容について、軽々に「法律上問題なし」と回答するということは、おそらくありえないのではないか、といった疑問。
また、念のためにLDMのリリースを読みました(代表取締役社長および取締役異動に関するお知らせ 取締役辞任に関するお知らせ 一部報道につきまして)が、LDMとしては、(朝日ニュースと異なり)1月23日夜半に開催した3名による取締役会決議を有効として公表しており、ここに弁護士とも相談したうえ、問題ないとの判断のもとで行ったと記されています。24日に再度取締役会を開催した、といった事実も公表されておらず、また1月25日の時点であらためて「23日の取締役会決議には問題ない」との趣旨を記していること。
こういったことからみると、朝日の報道はひょっとして、会社関係者が「逮捕も死亡に準ずると思った」との発言をとらえて、①弁護士もこの条件での有効性を「法的に問題なし」と推測した②この条件(逮捕も取締役死亡に準ずる)で定足数を満たすかどうか、といった質問で法曹関係者の意見を聞いた、といった前提があったのかもしれません。
2 LDMの取締役会決議は無効なのか?
私も、この「会社の一大事!」の深夜に、残った取締役から「このままでは会社が機能しなくなってしまう!いまから取締役会を開催して、○○を代表者にしてもかまいませんか?」と相談されたら、「うーーーん、違法かもしれませんが、決議そのものは有効かも・・」と回答するかもしれません。
LDMの取締役は登記簿上6名で、代表者を含む3名の取締役が逮捕されたわけです。このままでは、たしかに過半数の取締役が取締役会に出席できず、法定の定足数を満たさないためにLDMの臨時取締役会を開催できそうにもありません。仮の取締役選任を裁判所に求める時間もありません。しかしながら、逮捕された3名のうち、1名でも適法に定足数から除外させる方法があるかもしれません。たとえば、残った3名のうち、ひとりの取締役が、岡本代表取締役の解任(代表権の解職)を求めたら、その議題に関しては岡本代表取締役は議題に関して「特別の利害関係」を有する取締役になりそうです。(最高裁判例昭和44年3月28日判例 ただし学説では反対説が多いところです)こうして、定足数から岡本取締役を適法に排除すれば5名中3名が出席した取締役会は定足数を満たすことになります。(商法260条の2、第2項)しかしながら、本件では、3人の取締役は別の代表者を選任する決議を行っています。議案ごとに特別利害関係人の有無を判断する必要がありそうですから、このケースではどうがんばっても定足数の問題をクリアすることはできないように思います。(すでに代表権を有している取締役が、他の取締役に代表権を付与する議案において、特別利害関係人に該当する、とは言えないでしょうね)おそらく定足数に関する規定は、厳しくする方向では定款の定めによって変更できますが、緩和する方向では強行法規として許されないものでしょうから、この決議は違法な手続きによってなされた疑いが強いのではないでしょうか。
さらに問題点は、逮捕された3名に対して、臨時取締役会の招集通知が発送されていない点ですが、たしかにこれも(強行法規としての)手続き上の瑕疵にあたり「違法」であることは間違いないようです。ただ、この点につきましては、昭和44年12月2日の最高裁判例がありまして、このような瑕疵があった場合、その通知されなかった役員たちが会議に出席していたとしても、結論に影響がなかったような特別の事情がある場合には、そのような手続き上の瑕疵ある取締役会決議も有効、とされています。そこで、先の定足数の問題につきましても、この判例の法理を適用して、こういった「違法ではあるが、瑕疵が治癒されて決議はさかのぼって有効」と解釈することも考えられそうです。おそらく、翌日である1月24日そして25日に、この3名の辞任届を、次々と受け取りにいったのは、この「特別の事情」があることが立証可能な証拠を念のために採取する目的だったのではないか、と推測いたします。(24日に辞任届を受理した後にも、報道のとおり取締役会を開催したのかもしれませんが、それだったらLDMの25日のリリースは事実と相違することになってしまいますね)
取締役会への各取締役の「出席の意義」といったものは、意見を自由に発言すること自体を重視するか、決議そのものを重視するかによって結論は異なりますでしょうし、社外取締役の意義、会社の意思決定の迅速化などを考慮して、一定の条件のもとで(会社法370条)、「持ち回り決議」が認められる新しい会社法のもとにおける取締役会の考え方なども学者の方々によって異なるかもしれません。ただ、とりあえず上記のLDMの火事場での実務家の意見としては、「ぎりぎりセーフ」といったことを言い切れるかどうか、思案のしどころだったのではないか、と思います。
といったあたりの理由から、私は「法的には問題があるものの」LDMが相談をした弁護士の方の指導は適切だったのかもしれない、と思いますし、(ただし私はライブドア自身を擁護する立場にもありませんし、むしろ今後の監査役、会計監査人の責任問題については強い興味を抱いております)朝日に意見を述べた法曹関係者の方々も、「もしこういった条件なら」といった留保つきの意見を述べたのではないか、と推測をしております。いずれにしましても、こういった問題が私の近辺で発生しないことを願っております。また、基本的なところで私の誤りがございましたら、ご指摘いただければ幸いです。(すぐに訂正いたしますので・・・・・)
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コメント
理屈はぎりぎり詰めていませんが、商法にせよ定款規定にせよ、究極的には株主をはじめとした会社関係者の利益保護なので、自分なら多少難しい解釈だとしても会社にとって最善の手段がとれるよう知恵をしぼったかなぁ、と。
個人的には、迅速に旧経営陣との訣別を示し、この決算間際の時期に監査法人を変更して内部調査を行い、フジテレビに頭を下げるという、今の混沌とした状況の中で、会社としては最善に近い対応をしているのではという印象です。自分が代理人だったら、こうした関係者の真摯な努力に水をかけたくはないなぁ、と・・・まあ、もちろん、全く理屈が立てられなければ、考えなくてはいけないわけですが・・・
投稿: 47th | 2006年1月29日 (日) 00時34分
先生のおっしゃるとおり、伝言ゲームの途中で捻じ曲がった情報が活字になっているのかもしれません。信じがたい内容でしたので、過去LOGでついつい色々書いてしまいましたが・・。
投稿: ぐっばる | 2006年1月29日 (日) 10時36分
あんまり考えてませんけれども、やっぱり先に辞任させるのが筋でしょうね。
本人が固辞した場合とかどーしても連絡がとれない場合は、職務執行停止・職務代行者選任の仮処分ということになるのでしょう。
それ以上のショートカットは、法が予定するところではないし、認めてもいないのでしょうね。
投稿: とーりすがり | 2006年1月29日 (日) 17時45分
ライブドアの開示情報によると宮内亮治は関連会社の取締役も
1月24日付けで辞任したと記載されているんですよね。
関連会社にLDMが含まれてるかどうかはわかりませんけど。
http://disclose.finance.livedoor.com/pdf/2006/01/25/21190bf0_20060125.pdf
投稿: お茶 | 2006年1月29日 (日) 19時54分
逮捕はたしかに異常事態ですが、仮にその後短期間に釈放されて決議を争う、という可能性が理論上はゼロではないでしょうから、そうなっていたら、有効といえるかどうか、一応議論できそうです。(本件でどうこう、という趣旨ではありません。)
また登記はどうでしょうか。辞任後の取締役会での追認でもないと、登記申請の際に問題となるのではないか、とも考えたりしますがどうでしょうか。形式書面審査という面からも、法務局が受理するか。実質論はもちろん分かるのですが、実務的な対応としてどうするか、いろいろ悩ましいところです。このあたりは登記実務の専門の方の意見も拝聴したいところですし、外野がとやかくいうことではないでしょうが、純粋な議論ということでコメントさせていただきました。
投稿: 辰のお年ご | 2006年1月29日 (日) 22時44分
辰のお年ごさん
今回のようなケースで取締役会開催の定足数を満たせない場合は、やはり本人の辞任の意思が確認できるまでは、登記申請はできませんね。しばらくは、定款や内部規定に則って代表者代行に業務執行をしてもらうようにしますかねぇ。辞任の意思が確認できれば、書面として辞任届が添付されていなくても議事録上にその旨が記載してあれば、登記は受理されます。
投稿: ぐっばる | 2006年1月29日 (日) 23時26分
ぐっぱるさん
早速ご指摘ありがとうございます。そうかな、と思っていましたが、あまりこのあたりには明るくないので助かります。
投稿: 辰のお年ご | 2006年1月30日 (月) 23時09分
辰のお年ごさん
私見によるところもありますので、そのあたりのことを近いうちBlogでエントリーしたいと思います。
投稿: ぐっばる | 2006年1月30日 (月) 23時25分
>47thさん
いつもコメントありがとうございます。47thさんの意見というのは、以前からそうですが、ブログで「なんだかなぁ・・」と批判しながらも、「いやそうは言っても、クライアントからお願いされたら、ぐっとこらえて」みたいなところを表現されるところが魅力です。所詮、実務家は依頼者あっての仕事ですから、そのあたりの実務感覚というのが、プロとしての大切であり、また一目置かれるところではないかな、と思っています。
>とーりすがり さん
こんばんは。周囲の人間の一般的な意見がそういったものでした。やはり24日になって、辞任届けを受け取ってから行動するか、もしくは再度念のため決議をとりなおしておくか、といったところです。ただ、逮捕されたという段階で、素直に届けを出してくれればいいのですが、とーりすがりさんの言われるように、取締役を下りない、俺は無罪だと頑張ってしまうケースも考えられそうですし。(職務代行者といった人たちは代表訴訟の対象にはならないんですかね?単なる思いつきですが・・)
>辰のお年ごさん
実際に、私が経験した事件では、そういった逮捕者による法的手段を心配した例でした。なんとか拘置所で会社関係者と出向いて説得をして事なきをえましたが。人間、会社の将来のために潔く身を引く、といった清廉な方は少ないように思います。
>ぐっぱるさん
どうも、話題がかぶってしまったようで、申し訳ありませんでした。また、私自身も最近の登記実務には詳しくないもので、またご教示いただけますと幸いです。そちらにも遊びに行きますのでよろしくお願いします。
>お茶さん
はじめまして。
すこし、私の記事の紹介が不正確だったかもしれません。もし、朝日の記事内容を曲解している部分がありましたら、ご指摘ください。私も取締役3名が24日、25日に辞任届けを提出している前提では理解しているつもりだったのですが。。。
投稿: toshi | 2006年2月 1日 (水) 03時07分
取締役職務代行者の権限は厳しく制限されていて、
いわゆる会社の「常務」に属さない行為をするには裁判所の許可が必要です(会社法ですと352条)。
ですんで、職務代行者の責任追及は、理論上考えられないことはないかもしれないんですが(実はよくわかりません)、
まず無いのではないかと思います。
投稿: とーりすがり | 2006年2月 1日 (水) 17時37分
2月1日に再度、取締役会をやり直して、穂谷野氏の代表取締役就任を決定したと報じられています。(2月2日夕刊各誌)
やっぱり、23日の取締役会はマズイ・・・と思ったのでしょうか。いずれにせよ、いろいろと議論するだけの意味はありましたね。
とりいそぎ、ご報告まで。
投稿: toshi | 2006年2月 2日 (木) 16時35分