東証の「ガバナンス報告制度」の目的は?
(1月11日午後1時 追記あります)
日本経団連タイムス(1月1日号)によりますと、経団連は東証が今年3月から導入を予定しております「コーポレートガバナンス報告制度」(正式には「コーポレートガバナンスの充実に向けた上場制度の整備について」と題する提言を指します)の意見募集に対して、12月5日付けでコメントを提出した、ということであります。(経団連のコメントはこちら)不十分な報告であれば、上場規則などによって事実上の罰則が課される可能性がある、とのことで、経団連としましては東証の想定している報告制度の根幹に修正、改善を要求する内容となっております。
私も以前からかなり気になっていたのですが、「一般投資家による企業評価」のために個々の企業の統治システムを開示することの目的はいったいどこにあるんでしょうかね?「コーポレートガバナンスと商法の役割」(神田秀樹編著)の神田教授が執筆した章によりますと、昨今、ガバナンスが世界的に大いに議論されるようになった背景には、①企業不祥事を防止するための不可欠の仕組みと評価されるに至ったこと②企業価値の向上等、企業パフォーマンスの向上に寄与する(らしい)とされていること③欧州特有の事情として、EU会社法の各国における国内法化の是非が議論されていること、などにあるとされています。そういった事情を東証も期待したうえで、一般投資家向けに「コーポレートガバナンス事情の報告」を上場企業に義務付けることに至ったのでしょうか。
しかしながら、経団連のコメントにもありますように、コーポレートガバナンスの良し悪し(良し悪しという概念自体が、そもそもありうるかどうかも、ひとつの問題です)が、企業価値の向上に影響する、といった実証例はあまり今まで紹介されてこなかったのではないでしょうか。また、どういったガバナンス体制を採用していれば、企業不祥事が減少する、といった実証例もあまり聞いたことがありません。もちろん私自身も社外取締役ネットワークの一会員という立場から、コーポレートガバナンスの向上に向けて、各企業が熱心に取り組むこと自体は非常に好ましいことであるとは思いますが、他社との企業価値の比較、ということになりますと、果たして(個々の企業のガバナンスの開示ということに)どれほどの意味があるのだろうか、と逡巡せざるをえません。企業価値を把握するための重要情報や、企業の継続性に影響を及ぼす重要情報を公開することは市場に株式を流通させている企業にとっては当然の義務であると考えますが、企業がどのような統治システムを採用するか、といった事柄がどれほどの重要性があるのか、いまだ十分な議論が尽くされていない感があります。コーポレートガバナンスのあり方をIR活動として、またSR活動として開示するかどうか、それ自体も本来個々の上場企業の自己判断によるガバナンスの問題ではないでしょうか。
また、かりに一歩譲って、コーポレートガバナンスのあり方につきまして、一般投資家向けに公表することに重要な意義があることを認めるとした場合、これまでの東証における上場規則の運用方針とは矛盾することはないのでしょうか。たとえば、東証がガバナンス内容として開示を求めている項目としては取締役、監査役の独立性といった点を強調しておられるようですし、内部統制システムの整備状況などにおきましても、会計監査などに関する体制整備なども盛り込まれているようです。新会社法施行後の取締役会設置会社におけるコーポレートガバナンスの理想を追求するならば、監査役は財務、会計に相当の知識のある者が、その独立性を確保された状況で会社の機関たる会計監査人の業務状況までも内部統制システム監視の一貫として厳に監査していかなければならないはずです。(会社法施行規則の77条、78条あたりを参照いただければご理解いただけるものと思います)そうしますと、これは理屈の問題になってしまうかもしれませんが、財務諸表監査や内部統制監査に対する「適正意見」に食い違いが生じることが多々生じる可能性が出てきます。そういった事態がガバナンス構築の理想形の行方に存在するということでしたら、はたして会計監査人の適正意見や限定意見といったものが、そのまま上場廃止につながるような規則の運用につきましては、これも見直しが必要になってくるのではないでしょうか。(いえ、これはあくまでも理屈の問題ですので、もちろんオトナの事情によって監査役と会計監査人との妥協のようなもので実際には解決することが多いとは思いますが)
なお、コーポレートガバナンスの開示問題につきましては、平成17年12月27日付けにて、日本取締役協会が会社法施行規則案等に対するコメントを法務省に対して提出しておりますので、また次の機会にでも、こちらも検討してみたいと思っております。(興味をお持ちの方は日本取締役協会のHPにアクセスしてみてください)
(追記)
11日の日経新聞に法務省と日本経団連との「省令」に関する「激しい駆け引き」が報じられています。社外取締役に関する情報開示、ということが中心争点で、やはりコーポレートガバナンス開示に関するものです。こちらもたいへん参考になります。
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コメント
私の意見はシンプルで、(1)制度は企業の選択に委ねよ、(2)制度は他社との比較がしやすいように開示せよ(ただし、任意で補足説明をしたい企業にはそれを許せ)というものです。あるガバナンス体制とコンプライアンスとか企業価値とか幾つか米国での研究がないではないと思いますが、ここでの議論は開示であって、ある制度の強制ではないのですから、実証研究までいわなくてもいいのではないかと思います。
各論に入ると、実務上難しいことがたくさんあって、取締役の独立性に関する要素などはどんどん開示をすべきであると思ってますが、内部統制に関する開示というのは如何にもわかりにくいですね。あまりにもソフトな情報の開示に関しては、米国でのMD&A開示という部分に対するのと同じような疑問(=開示に意味があるのか?)をおぼえるところで、任意記載とすべきではないでしょうか。
投稿: neon98 | 2006年1月12日 (木) 01時15分
>neon98さん
このコメントを読んでおりまして、すこし気になりましたが、「開示」というのは、そもそも誰を対象に開示するんでしょうかね?もちろん一般投資家であることは間違いないのでしょうが、想定している一般投資家というのは、たとえば平均的日本人なのか、それとも努力さえすればどんなムズカシイ企業価値算定でもできてしまう人なのか。(これも機会均等という意味ではありえますよね)ただ、あまりムズカシイことを開示しても、かえって一般投資家に混乱や誤解を招くだけに終わってしまうような気がしますし、想定される人間と「開示」の関係というのも、一回検討してみるとおもしろそうですね。
どうもありがとうございました。
投稿: toshi | 2006年1月13日 (金) 02時13分
久しぶりの書き込みになりますけれども
(私は「とーりすがり」以外の名義では書き込んだことはありません)。
企業不祥事のケースなどを検証すると、そこにはやはり何らかのガバナンスの不備が見られる場合が多々あると思います。その意味では、ガバナンスの充実度というのは経営の健全性を図る一つの尺度であることは確かです。
それ以前にこれだけ柔軟な機関設計を認めているのですから、単に株式会社であるというだけではどのような組織構造になっているかはわからないはずです。その意味でもこのような開示ないし公示制度は本来上場会社を対象に限定することなく、会社法本体にあってしかるべきだと思いますよ。
もちろん上場会社により厳格な基準が適用されることは当然のことで、たとえば「会社法で認められているのだから上場規則で制限するのはおかしい」といった発言は極めて不適切なものと言うべきでしょうね。
ついでにここに書いてしまいますけれども、法務省令のあまりの出来の悪さ・いい加減さ・身勝手さに閉口しています。伝え聞くところによると、今回のパブリック・コメントにおいて、東大からも意見書が出たそうで(しかもかなり手厳しい内容らしい)、法務省令は相当の見直しがあるでしょう。省令については内容が確定するまで待たれた方がいいと思いますよ。
投稿: とーりすがり | 2006年1月17日 (火) 09時21分
>(私は「とーりすがり」以外の名義では書き込んだことはありません)。
たいへん失礼いたしました。いえ、どうも「とーりすがり」さんらしき人が、私の周囲に2名ほどいらっしゃいますので、先日聞いてみたのですが、「そんなん知らんよ。ROMってるだけやで」と言われました。まあ、存じ上げないのも「粋」ですね。
会社法上の開示ということになりますと、登記情報といったことになるのでしょうか。それとも本店備置といったものが想定されるのでしょうか。もし会社法に取り込むということでしたら、ガバナンス制度自体の枠とか定義付けをきちんと決めないといけないのかもしれませんね。
法務省令に関しましては、とーりすがりさんのご意見にしたがい、もうすこし「確定」を注視しておきたいと思います。社外取締役ネットの勉強会でも、かなり異論が出たところであります。
投稿: toshi | 2006年1月19日 (木) 12時52分
混乱させてしまって申し訳ないです。
私は単なるいち通りすがりですのであまりお気になさらぬようしていただけますと助かります。
さて、会社の組織構造にかかる開示ですが、商業登記等によるよりもむしろ、会社の名称そのものから判別できるようなかたちの方が良いのではなかったかと個人的には思います。その意味ではそもそも有限会社を株式会社に取り込むべきではなかったのではないかと考えています。
法務省令に関しても、学説において従来議論されていた点や判例の立場等を全く踏まえることなく勝手な定めが置かれていたりするなど極めて不適切なものとなってしまっているような感じがします。とりあえず私はちゃんとしたものが出てくるまでもう放っておこうと思っています。
あともう2点だけコメントさせてください。
昨年12月25日の取締役会の権限委譲問題のエントリですけれども、基本的には権限の分属のような問題は生じ得ないと思います。株主総会の権限事項にした時点で取締役会は権限を喪失するものと考えます。これについては個人的には295条3項の規定振りに問題があるように思いますが(会社の強行法規性をこのようなかたちで明文化したこと)、この点論じられた文献があるかどうかちょっと思い当たりません。もう少し考えてみたいと思います。
ライブドアに関してはもう勝手にしてくださいという感じですね。ただ、アメリカやEUが、ガバナンス改革にあたって、エンロン・ワールドコム等の不祥事への対応という事を明確に打ち出していたのに対し、我が国ではそうした姿勢が全く抜け落ちてしまっていたように思います。そのような立法姿勢もまた責められるべきなんじゃないでしょうか。
投稿: とーりすがり | 2006年1月19日 (木) 15時21分
>とーりすがり さん
いつも貴重なご意見、ありがとうございます。
法務省令の件ですが、私の場合、監査役という立場上、内部統制システム(業務執行の適正を確保するためのシステムに関する取締役会の決定)については、役員会でそろそろ根回しをしておかないといけないんじゃなかろうかと心配しております。たしか今度の5月1日以降、最初の取締役会が決定期限ではなかったかと思います。考えてみますと、あと4ヶ月ほどですから、こういった重要事項の意味を役員陣に十分認識してもらわないと、実質的な議論ができないのではないか、と危惧しています。
投稿: toshi | 2006年1月21日 (土) 02時28分