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2006年2月14日 (火)

住友信託は戦術ミスか?(統合合意破棄訴訟)

ちょっと本業が忙しいために、日経の夕刊しか読んでいないのですが、住友信託と旧UFJ銀行との統合合意破棄に関する損害賠償請求訴訟において、東京地裁は原告住友信託の約1000億円の支払を求める訴えを完全に棄却したそうです。(被告はMUFG)

UFJ銀行は、住友信託に対して(統合に関する基本合意書)を白紙撤回した時点においては、その合意書には法的拘束力はあるものの、最終契約を締結する義務を負わせるものではない。ただし、白紙撤回時においては、まだUFJ側は住友信託に対して、独占交渉義務、誠実協力義務はあったから、債務不履行は認められる。なお、その不履行による損害賠償の範囲は、その最終契約が履行されたならば得られたであろう利益(履行利益)と、債務不履行とは因果関係がないために認められず、その他の損害については、原告はなにも主張立証していないから、損害賠償請求権は認められない

といったあたりが判決の骨子でしょうか。

昨日のエントリーで、私は希望的観測のもとで、以下のように判決骨子を予想しました。

>この程度の判断であれば、明確に原告側が主張していなくても、弁論主義には反しないものと考えられますし、裁判所の判断の自由度も確保されるかもしれません

私は契約違反において定められた違約金の金額などは、民法の条文にもかかわらず、比較的自由に裁判所が斟酌することがあることと、独占交渉に関する住友信託の期待権を侵害した場合の構成としては不法行為構成もあるんじゃないか、と思っておりましたので、たとえ弁論主義のもとであっても、信頼利益(一般に履行利益と対比される概念です)については柔軟に認めてもらえるんじゃないのかな・・・と考えていたのですが、私の予想以上に弁論主義を徹底した厳しい判決でしたね。ちなみに、弁論主義といいますのは、民事訴訟の基本原則でして、当事者が争点として呈示していない問題については、裁判所は判断しない、といったものでして、本件でいいますと、「たとえ住友信託が、UFJ信託との統合が困難となったことで、その統合後に得られたであろう利益を賠償請求することができなくても、いままでに統合準備のために要した費用については賠償義務がある」「そして、その準備に要した金額は○○円である」といった主張をすべきなのに、そういった主張を(予備的にも)していないのだから、裁判所としては債務不履行は認めるものの損害賠償金額についてはなんら算定しない、というものです。昨日の私の懸念はこのあたりのことを指したものです。

こういった判決内容を捉えて、日経夕刊は原告側に戦術ミスがあったのでは?との見出しをつけています。しかし、上記のように「場末の弁護士」でも懸念されたような弁論主義から発生する問題点について、高額納税者に登場される著名な先生が見落とすはずもなく、おそらく戦術ミスといったものではなくて、予備的にでも信頼利益を損害と主張できない事情背景があったものと推測いたします。

推測その1

そもそも、東京地裁の保全処分(差止)では一度、勝訴しているわけです。「契約は守られなければいけない」といった趣旨を保全処分時の裁判官は重視して住友信託側をいったん勝訴させているわけですから、そんなに弱気になる必要はなく、堂々と履行利益の賠償を求めてしかるべき、との判断は首肯しうるところですし、また住友信託側の株主に対しても、経営者らの行動の妥当性を示すためには強気で攻めるべき、との判断もありうる。

推測その2

判決文や準備書面を読んでいないので、あくまでも推論ですが、ここで住友信託側も債務不履行構成で信頼利益論を持ち出してしまいますと、高裁での一発逆転が苦しくなる、との見込みが働いたのではないでしょうか。履行利益と信頼利益に分別すること自体を原告側が認めてしまいますと、割合的因果関係論のような極めて難しい相当因果関係論を持ち出さないかぎりは、損害額の差というものは20対1くらいの開きで、「どちらか」に決してしまいます。もちろん原告側が「1」でもとれたら訴訟をした意味がある、ということならば信頼利益をとりにいく方法もあるでしょうが、とりあえず「1」をとりにいく予備的請求を立てて一部勝訴した場合、もはや不法行為構成などに戦術を変えて(20と1の中間をとりにいくために)高裁で勝負しようとしても、原審での原告の主張に高裁が引きづられてしまう可能性が高くなる、との判断も考えられます。したがいまして、「1」をとりにいくのは得策ではない、との考えが根底にあった、との推測がはたらきます。

3 推測その3

そもそも、基本合意書を締結する際に、相手方企業の取締役会決議に基づいて独占交渉権付与の合意をとりつけたわけでして、たとえ相手方企業の株主が1社だけ(UFJHD)だったとしても、将来的には企業統合をめざすものであるがゆえに、株主総会特別決議が必要な契約だったのではないかとの疑念もあります。そういった相手方と独占交渉契約を締結するのであれば、住友信託側としては独占交渉契約の解除権放棄や、白紙撤回時における損害賠償金の予約条項といったものを導入しておくべきであった、との経営判断も成り立ちそうです。そういった役員の責任問題を回避するためには、やはり住友信託としては白紙撤回を無条件に認めてしまうような主張はたとえ予備的にでも、しにくかったのではないでしょうか。

以上はあくまでも、報道ニュースからの推測でありまして、また判決全文などを読んだうえでの感想は変わるかもしれません。いずれにせよ、企業再編にからむ経営者判断を考える先例的意義としましては、判決全文から、「どういった時期にどういった合意をすれば、法的拘束力が認められるのか」「経営判断が適正である、と評価されるためには、団体法上および取引法上、どのような手続をふみ、どういった規程を盛り込んでおけばよいのか」「白紙撤回のリーガルリスクはどのあたりまで、と予想しておけばよいのか」といった研究を怠らないことだと思いました。

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コメント

初めて書き込みさせていただきます。私も今回の判決は弁論主義に徹した厳しい判決という印象を持ちました(勿論、判決を読めてないので、判決を読めばなるほどと思うかもしれませんが・・・)。原告が予備的主張を行ってないのはやはり信頼利益の主張を明確にすると自己の主張を弱めるからということではないかなと思いました。履行利益と信頼利益は確かにその法的根拠が全く異なりますので主張しづらいのでしょう。ただ弁論主義との関係においては、履行利益の主張さえしていれば信頼利益の主張もあったものとみてくれてもいいのではないかと漠然と思ったりもします。

投稿: hibiya_attorney | 2006年2月14日 (火) 03時47分

おはようございます。あいかわらずエントリーが早いですね。
なるほど「弁論主義」を取り上げておられたのは、そういった趣旨だったんですね。私はあまり意識しておりませんでした。
信頼利益と履行利益という概念は、先生の言われるほどに明確な区別をしなければいけないものかどうかは、すこし疑問をもっています。白紙撤回がなされた時期によっては、たとえ債務不履行の構成をとったとしましても、一般に言われているところの履行利益の一部についても裁判所は損害として認めるものと思いますし、特別に割合的因果関係論を持ち出す必要もないと思います。(私もまだ本文を読んでいないので、ざっくりの感想ですが)
ただ、先例としての意味がどこまであるか、先生の言われるように、ちょっと研究する人によって見解が分かれる可能性が出てきましたね。

投稿: taka-poo | 2006年2月14日 (火) 09時18分

>hibiya attorneyさん

はじめまして。こちらこそよろしくお願いします。なんとか信頼利益も含めた主張があるような構成はないかなぁとか、考えてみたのですが、主張だけでなく、立証方法まで考えた場合、これまでの経費とか準備費用といったものを損害に含めて主張していない以上は、やっぱり無理かもしれませんね。おそらくそのあたりの費用などは損害に含めずに主張されていたのではないか、と思います。今朝の三宅伸吾さんの日経新聞記事では、経費関係は高裁で主張すれば認められる可能性が高いとありましたが、私も同じように思います。それでは納得できない「事情」というものが住友信託側には存在するとみたほうがいいのではないかな・・と。
また、いろいろとご教示ください。

>taka-pooさん
いつもコメント、ありがとうございます。大阪ネタのときにコメントいただけるか、と思っておりましたが(笑)
割合的因果関係というよりも、段階的因果関係といったほうが適切かもしれませんが、個別の合意までの事情から、その因果関係のある範囲の損害を認定するといった手法でしょうか?私は因果関係の範囲といったものを裁判所が認定すること自体、非常に難しいものと思いますし、段階的に斟酌するようりも、割合で認定するほうが、なんとなくスッキリするように思うのですが。まだあまり深くは検討していないので、ちょっと自信はありません。
また、続編のなかで検討したいと思います。
ありがとうございました。

投稿: toshi | 2006年2月14日 (火) 15時46分

ろじゃあさんのところでコメントを拝見
しました。

山口先生のコメントをいつも拝見していて
思うのは、先生の物腰の柔らかさ、そして、
様々な方面に対する配慮の見事に行き届いた発言に、心から信服致しております。

山口先生の(良い意味での)「大人の
言動」に」、一法学徒として尊敬の念を
禁じ得ません。
これからも、山口先生のコメントから
人間としての生き方のようなものを
学ばせて頂きたいと思っています。

感謝の意を込めて、コメントまで。

投稿: 尊敬する人 | 2006年2月14日 (火) 17時59分

一法学徒さん、はじめまして。

典型的な関西人ですので、お褒めの言葉を頂戴しましても、ちょっと困惑いたします。

まぁ、趣味のブログの一種だとお考えいただければ、と思います。「人間の生き方」ということでいえば、実は大好きな「歴史探訪モノ」のブログを作ってみたいとは思いますね。残念ながら時間がありませんので実現はしそうにもありませんが。
また、エントリーへのコメントなども気軽に書き込んでください。

投稿: toshi | 2006年2月15日 (水) 02時46分

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