太陽誘電の内部統制システム
東証一部上場の太陽誘電の代表者が、本社および子会社の経費を不正使用したとして、監査役会からの指摘を受けて辞任された、とのニュースがありました。
日経ニュース 河北新報ニュース 太陽誘電のIR(代表取締役異動のお知らせ)
新会社法下における内部統制システムの効果が発揮された、まさに教科書的な事例に思えます。それもそのはず、監査役会を構成する(非常勤)社外監査役のお二人は、会社法の教科書を執筆されている弁護士(大学の学長)、公認会計士(法政大学アカウンティングスクール教授)の方がたですから、「教科書的」なのもうなずけます。
ちなみに、教科書的に申し上げますと、代表者の業務執行に対する内部統制システムというのは、「不正の行為」「法令・定款違反」「著しく不当な行為」「著しい損害のおそれ」に触れることがないように、適切なシステムを構築すること、をいいます。なかでも「不正の行為」というのは、代表者の信認関係違背によって会社財産に損害を与える行為、と定義されます。子会社との「非通例的取引行為」というのは典型的な不正行為温床の場とされておりまして、親会社費用の負担要請の事実をどのように調査すべきか、その企業の業態などから、企業ごとに検討をしていきます。とりわけ内部通報制度(ホットライン)の親子会社共有の広報が有効であることが多いようです。
このたびも、監査役会による調査の発端となったのが内部通報制度による告発とのこと。代表者の不正支出事例というのは、取締役からの指摘がされにくいといわれ、「内部統制システムの限界」と称される部類に属する、きわめてコンプライアンスルールが効きにくい場面であります。しかも東証一部上場企業である電子部品老舗メーカーの8回の宴会費用「100万円」が問題となるわけですから、会計監査という視点からみても、不正が企業の財務報告に及ぼす「重要性」や、地域商工会との宴会の「費用性」といったところから判断いたしますと、「これくらいなら・・・」といった考えが経営陣には存在していたのかもしれません。しかしながら、(推測だけで判断するのも差し障りがあるかもしれませんが)企業コンプライアンスの企業への浸透は、なによりもトップのコミットメントにかかっているのは間違いないところですし、その重要性を早期段階で監査役会が社内外に示した、といっても過言ではないと思います。昨年来、太陽誘電は株価高騰でありますが、こういった内部統制システムの効果といったものが、株価にどのように影響するのか、興味深いところです。
この内部通報制度ですが、子会社の経費負担もあったようですから、親会社の社員だったのか、子会社の社員だったのか、そのあたりも知りたいところであります。ホットライン規則を作ってみたものの、社内にその存在さえ知られていない、といった企業もあるようです。取締役会の内部統制システムを機能させるものは、監査役すら「握りつぶせない」システムを持つホットラインかもしれません。ともかくも、監査役会の方達の英断に、これからのガバナンス論進化へ一石を投じた意味で、深く尊敬申し上げます。
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コメント
微妙なラインですね。会社の代表者ですからこうした付き合いが正当な交際といえる場合も多くあると思いますし、金額も異常とは思えませんし、そこまですることもないのではと思う人間も多いと思います。代表者って、特に交際費の妥当性という面では、公私の区別が難しい職業ですね。辞任されるほどですから私物化しているといわざるをえないような背景事情があったのかもしれませんが、私が監査役だったら相当迷う局面ではあります(コンプラ意識が弱い?)。
投稿: neon98 | 2006年2月 2日 (木) 02時16分
neon98さん、おひさしぶりです。例の風営法関連の大作に匹敵するほどの「ガバナンス論稿」はすべて読ませていただきました。関連エントリーをぜひアップいたします。
いえいえ、私も迷うと思います。とりわけ地域の商工会と地域の子会社との温泉宴会ということでしたら、接待交際費としての費用性が認められて「不正」にあたるかどうかは、微妙ではないかな・・・とも思いました。ただ「財務報告の信頼性」といった内部統制監査の目的からすると、今後はこういった対処を監査役が行うことが企業の透明性を高めることになるのかもしれません。ご専門の方のご意見などもお聞きしてみたいところですね。
投稿: toshi | 2006年2月 2日 (木) 02時38分
山口先生もさすが早いですね、この話題の選択。(事案については報道だけでは十分わからないですので、その面でのコメントは差し控えるべきですが、おそらく何らかの「質的重要性」からあえて辞任にいたったということがあるのかなと推察していました。Neon98さんの考え方も理解できなくはないですが、そのような断定も現時点でどうかな、と。)
あまりゴシップ的な捉え方は山口先生のブログにふさわしくないので、(むしろ事実関係は現段階では関係者の判断を尊重するとして)内部通報が機能した事例として一つの大きな意義があること、また解任等のドラスティックな方策でなく辞任という方法がとられたこと、また隠さずに開示がなされていること、などを評価したいところです。
業績がいいから免罪というものではないのは当然でしょうから、企業経営の健全性の面から正すべき(と事実関係を知っている監査役が判断したこと)が正された(何が、という議論をするとゴシップねたになるので意図的に回避しています)ということでしょうか。
なお、小職の理解では内部統制というよりは、ガバナンスが効いた、と観点で捉えたい事例です。議論が分かれる面があるところですが、コンプライアンスや内部統制というよりは、機関相互のチェック機能が働いた例という考えからです。
投稿: 辰のお年ご | 2006年2月 2日 (木) 04時31分
監査役の先生はどなただろうと思って有報を見に行きましたがI先生だったんですね。
(N先生かとも思いましたが・・・)
A先生も商法が専門ですのでかなり強力な監査役会ですね。
ですので上の
>機関相互のチェック機能が働いた例
に私も同感です。
もちろん仰るとおり、いわゆる「情報と伝達」がきちんと機能していたという点では内部統制としての意義もありますけれども。
投稿: とーりすがり | 2006年2月 2日 (木) 09時33分
>とーりすがりさん 辰のお年ご さん
おはようございます。なるほど、「質的重要性」ですか・・・・・・。(これって「ゴシップネタ」との関連性ということですよね?)このあたりは、おっしゃるとおり、もうすこし情報を把握してみないと何が質的に重要性があるか、判断がつかないかもしれません。
代表者の関与する不正会計の問題は、なかなか把握しにくいところから、内部統制機能が作用しないと言われているところですが、私は内部通報の広報と手続の健全性に注目してみたいと思います。このあたりは、どこの企業にも応用できるのではないか、と。
とーりすがりさんからも、ご指摘を受けましたので、いま考えてみると「太陽誘電のコーポレートガバナンス」と改題したほうがいいかもしれませんね(笑)
投稿: toshi | 2006年2月 2日 (木) 09時36分
toshiさん、おはようございます。
私も辰のお年ごさんや、とーりすがりさんに賛成です。こういったケースでは内部通報によって監査役会調査に至るところまでは実際に散見されると思います。ただ、そっから先はなにか理由をつけて「辞任のお知らせ」というところまではいくのですが、こういった開示がなされたところにガバナンスが効いた意味があるのではないでしょうか。
「質的重要性」というものがどういったものかは私もわからないのですが、やっぱり子会社に経費上乗せで「温泉」でしょうかね??
以前、経済同友会の著名な方が監査役になっていらっしゃたようですし、なかなか監査役制度を重視されている企業なんでしょうか。
勝手なことばかり申しまして失礼しました。
投稿: sara.onji | 2006年2月 2日 (木) 11時10分
toshi様、いつも拝見しております
監査の場面においては「重要性」を判断する場合に「量」だけでなく「質」も判断材料になりますから、100万円という「量」の問題だけでなく、「使途やその隠匿方法」などの「質」も問題になる、という意味ではないでしょうか。質の悪質さが認められれば、量の過大性への推定も働くということですが。
そういった意味での質的重要性といった意味ではないかと思いました。
投稿: unknown | 2006年2月 2日 (木) 11時20分
前場は、6円高で引けたようです。市場がこの件をネガティブにとらえていないと(少なくとも現時点では)言えるようです(ポジティブに捉えていると明言したいところです。)ネガティブな情報の開示は株価に悪影響となるのではないか、という心配は一般にあると思いますが、事案によってはそうとはいえない、却って会社の姿勢が評価される余地があると考えたいところですね(実証的な資料は持ち合わせませんので、あくまで私見です)。
質的重要性という面については、やはりトップの姿勢として不適当な面があった、それが金額的に100万円ということを勘案しても、看過しえない性質であった、と監査役などが考えてそれなりの対応を迫ったということかな、と推察してコメントしていたものです。ちょっと補足させていただきました。
なお、トップが関与している事案では、内部統制がなかなか効かないのが一般であり、それが限界といわれる点であるのは皆さんご承知のところだと思います。その意味で、会社内部の機関相互のチェックアンドバランスが働いた、と考えて、ガバナンスの面を強調したいという私見を提示させていただいた次第です。ご指摘のように、情報伝達がうまく働いたこと、また統制環境がきちんとあったといえるでしょうから、内部統制の構成要素がきちんと機能していた面について小職もちろん評価していますので、誤解なきよう、その点も念のため付言させていただきたく。
投稿: 辰のお年ご | 2006年2月 2日 (木) 11時51分
山口先生、ご無沙汰しております。
今回の事例、先生は教科書的と表現しておりますが、正に、その通りだと思います。
以前の内部統制の投稿に、
『経済産業省が公表した日本版COSO、内部統制に関する報告書では、内部統制評価と監査役の役割の強化が提唱されています。経済界は反発しているとのことですが、企業不祥事の防止の観点からは、従来のアメリカ型内部統制に日本的事情を加味して一歩踏み込んだ内容であると、個人的には評価しております。 論文の表題にもありますように、内部統制の問題から、会社のコーポレート・ガバナンスそのものの内容として論旨を展開しております。
従来の内部統制では、経営者自らが、不正を行った場合、企業不祥事を防止することができませんでした。三菱自動車、日本ハムなどがその例です。
今回の経済産業省の意図は、このような企業経営者暴走型の企業不祥事に対して、監査役の機能を強化することで、監査役本来の監視機能による牽制を図ろうとしているものと考えます。特に、今回の会社法の成立により、会計監査人が会社の機関として認められたため、今後の会社の監査については、会計監査は会計監査人、業務監査は監査役というきりわけがより一層色濃くなるものと考えられます。』
と書かせていただきましたが、今回のケースは正にこのとおりの形で、企業の自浄作用が働いたわけです。
辰のお年ごさんが、今回のはガバナンスの問題とコメントしておりますが、まさにご指摘の通り、コーポレート・ガバナンスが有効に機能したといえると思います。
もちろん前提として、内部統制システムがあり、内部通報の威力があったわけですが、監査役でもあり教育者でもある社外監査役の方が責務をはたした点は、大いに評価できると思います。
今は、会社法や公益通報者保護法の施行を前に、内部統制・内部通報バブルのような感じになっておりますが、今求められているのは、純粋な内部統制システムというよりも、コーポレート・ガバナンスと一体となって機能する内部統制』ではないでしょうか。
周りの動きに惑わされず、ビジネス法務の実務家としては、「内部統制は、『経営者が』経営戦略や事業目的等を組織として機能させて達成していくための仕組み」であり、「コーポレート・ガバナンスは、企業経営を規律するための仕組み、すなわち、企業経営を行うのは企業経営者であるので、『企業経営者を』どのように規律するか」の問題であるという基本に立ち返った制度設計が必要だと思います
投稿: コンプライアンス・プロフェショナル | 2006年2月 2日 (木) 14時57分
toshiさん、さすがのエントリーですね。
皆さんのコメント、大変勉強になります。
法務省令案を読んでからというものの、
ガバナンスと内部統制システムの違いがごちゃ混ぜになってしまい、「ひょっとして私の理解の仕方が間違っているのかなぁ。」なんて思っていたのですけど、このだびのコメントに書かれていることを読みまして、また整理がつきました。ありがとうございます。
投稿: ぐっばる | 2006年2月 2日 (木) 17時56分
toshi先生、こんばんは。
今夜の夕刊フジで、大きく取り上げられて
いるようです。
かなりゴシップネタみたいです・・・・・
「質的重要性」という意味では、監査役も
問題にせざるをえなかったかもしれません
いずれにせよ、いち早く企業自ら対応した
ところはナイスだったのではないでしょうか
こういった記事をみると、内部通報という
ものは凄い力ですね・・・・・・・
投稿: halcome2005 | 2006年2月 2日 (木) 18時24分
皆様、コメントありがとうございました。
きょうの夕刊フジを読んでおりましたら、社長直撃インタビューというものが大きく掲載されていました。(halcome2005さんのお読みになったものの続編ですね)監査役と社長との取締役会におけるやりとりが、かなり読み取れるものでして、けっこうバトルがあったようですね。皆様がおっしゃるように、一種のコーポレートガバナンスの効いた事例ではなかったかと思います。ただ、穿った見方をいたしますと、ひょっとして、なにか裏の画策が働いて、今回の提案につながった、という説もありそうです。私個人としましては、監査役の会社のためを思う英断であった、と信じることにいたします。
投稿: toshi | 2006年2月 4日 (土) 02時17分