カネボウTOBはグレーなのか?
今週の週刊「東洋経済」は「新会社法まるわかり」特集ということで、おもしろそうだなぁと思って買ってみたのですが、新会社法特集よりも興味深い記事が掲載されていまして、「10万人が泣くカネボウTOB(TOBルールの不備を突く手法に批判)」と題するヘッドライン記事でした。カネボウ株の公開買付(TOB)をめぐり、買手である投資ファンドの手法にカネボウの一般株主が「公正さに欠けるやり方だ」と怒りの声を上がっているようです。3月28日が公開買付期限なので、ひょっとすると29日あたりの新聞報道でも、話題になっているかもしれません。
カネボウの上場廃止時点における株価は360円だったそうですが、カネボウ株式を70%(議決権ベース)保有していた産業再生機構から投資ファンドに(価格は不明ですが)売買された後、残りの株式(10万人の個人株主が保有しているとされています)については投資ファンドがTOBで買い付ける、というものですが、その価格が162円(しかも、もし162円での買いつけに応じなければ、株式買取が強制され、そのときには同様の金額にならない可能性がある)ということでして、産業再生機構から(おそらく380円程度で)買い付けた1ヶ月半後に、なんで強圧的に162円などという低価格での買付なのか、と個人株主の方達が怒りの声を上げ、すでに個人株主被害者の会も結成されているようです。なお産業再生機構から投資ファンドへの売却価格につきましては、およそ380円程度ではないか、と推測されています。この東洋経済の記事が問題視しているのは、この投資ファンドの支配権獲得へ向けた「強圧的2段階買付」、購入時点が1ヵ月半しか違わないのに一般株主からの購入価格が再生機構のそれよりも大幅に下回っている可能性があること、そして経営陣の利益相反取引の存在というものです。
恥ずかしながら、私はこの問題については、まったく知りませんでした。一般のマスコミもライブドア事件の個人株主の動向等については連日報道されますが、このカネボウ株式のTOB問題についてはどうして触れられていないのでしょうか?あれほどライブドア事件では「個々の取引はどうであれ、全体のスキームによって違法と認定してかまわないのであり、ルール違反は明らか」と、その包括的なルール違反が問題となっているのですから、このカネボウTOBの問題についても、たとえ個々の取引については証券取引法や産活法からみて違法ではなくても、全体のスキームからみたらどうなのか?グレーなのか白なのか黒なのか、という観点から論じられないのでしょうか?
昨日まで何も知らなかった人間が、あれやこれやと解説することは到底困難(といいますか、関係者に失礼)ですし、またどっちかといいますと心情的には「公開企業の株主はたとえ少数株主でも多数株主と平等に扱われねばならない」といったガバナンスの原則に与するほうですので、一般株主への(たとえそれ自体が合法であったとしても)情報開示が尽くされていない状況でのスキームには批判的に考えたいのですが、ちょっと気がついたことだけ2点ほど疑問を記しておきたいと思います。
ひとつは、支配権プレミアムの問題はどうやって考えたらいいのか、ということです。ちょうど私がブログを書き始めた昨年のライブドア・ニッポン放送事件のころ、佐山展生教授のブログで支配権プレミアムに関する記事を読んだ記憶があり、それがずっと頭に残っています。つまり50%の株式を買うのと、51%の株式を買うのでは値段が違ってあたりまえ、なぜなら51%を取得するというのは経済的価値だけでなく、その会社を支配できる価値がついてくるからだ、というものです。普通これを「支配権プレミアム」って言いますよね。最近のM&A関連の本などを読みますと、この支配権プレミアムは買収発表直前の株価の40%から50%程度といわれています。そうしますと、ムズカシイ算定モデルを使って、もし再上場が見込まれないカネボウ株式の適正価格が162円だとしますと、51%以上の株式を取得することが可能な場合には250円程度の価格であっても不思議はないわけでして、これはルール違反という主張とはどういった関係に立つのか、という疑問です。上記の東洋経済の主張は、こういった支配権プレミアムという問題をどう位置付けていらっしゃるのか、ちょっと不明であります。
それともうひとつの疑問はといいますと、これは昨年12月に出版された「M&A最強の選択」という服部暢達教授のたいへんおもしろい「企業価値を考える」参考書なんですが、その166ページ以下に、「株主価値を破壊するM&A」の代表例として、2003年10月から2004年3月ころまでのカネボウの事業譲渡に関する事例が分析されていまして、4400億円で花王が(カネボウ化粧品事業を)営業譲渡で譲り受けようとした話をご破算にして、3800億円で産業再生機構に売却するに至ったことは、M&Aの基本を全く無視したものであり、この決断をした経営陣は代表訴訟を提起されても不思議ではない(本来、産業再生機構は、化粧品事業以外の事業だけを再生させるべきではなかったのか)とまで断言されていらっしゃいます。たしかに、再生機構のおかげで、カネボウ本体の企業価値は維持されたといってもいいと思うのですが、今回の関係当事者の動向と、こういった2003年から2004年の動きと、どっかで関係してくるのではないかなぁ・・・などと、すこし疑問を抱いたりしております。とりあえず、もうすこし本件につきましては、動向を注視してみたいと思っています。(なんせ上場廃止株式の処理問題とMBOにおける処理方法を比較できるほどの専門性を私は持ち合わせておりませんので、用語の使用法や考え方に間違いがございましたら、どうかご遠慮なく指摘してください・・・・・汗)
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コメント
余り踏み込むと差し障りがあるんですが、普通のMBOと再生の文脈の中でのエグジットには共通に考えられる側面もありますが、違う側面も色々とあります。
機構とカネボウ化粧品が売却したのはC種後配株式であり、形式的な意味で普通株式とは異なりますし(但し、残余財産分配については500円の優先権があることと相俟って評価は簡単ではありませんが)、2004年6月時点での発行価額は1株380円です。そういう意味では、スポンサーへの売却価格が380円だとすれば、出資額相当で売却したに過ぎないということもできます。
この出資額相当への売却ができず、他の普通株式と同額でなければ処分できないということになると、おそらく、2004年当時の時点でのスキーム自体が変わった可能性もあります。そのスキームが、より株主に優しくなるとは限らないわけですし、そもそも機構の関与がなければダイエーはどうなったのかということもあります。
160円という評価の妥当性やTOBに際しての情報提供のあり方・手法の妥当性は、十分に議論されていいと思うのですが、通常のMBOの文脈とは異なって、機構からスポンサーへの売却価格との単純比較をすべき事案かについては、ちょっと?もつくところです。
もっとも、私はどちらかというと機構やスポンサー側から再生のスキームを立案する立場の者ですから、「そうはいっても放っておけば倒産してしまうところを救済して、資金も回収しなきゃいけなくて大変なんだよね」というバイアスがかかっていたりするかも知れませんが。
投稿: 47th | 2006年3月29日 (水) 06時48分
>47thさん
いつもコメントありがとうございます。とりわけ今回のエントリーに関しましては、機構側、ファンド側のご意見なども、どっかに反映させたかったのですが、私の能力不足のために、十分な意見が書けませんでしたので助かります。産活法の認可をもらって簡易組織再編を行うことは、再生機構の立場からすると、普通のスキームのひとつ、と受け取っていいのでしょうかね。
「支配権プレミアム」ということより以前に、こういった手法をとることが再生機構の立場上、もっとも自然ということなんでしょうか。新会社法で規定されている企業再編の方向性などとも考えあわせたうえで、どこかに一般株主への対応について問題点がなかったのか、私ももう少し考えてみたいと思います。
ご示唆、どうもありがとうございました。
投稿: toshi | 2006年3月30日 (木) 11時47分
あれ?
コメント欄に反映されていないみたいですね。
投稿: toshi | 2006年3月30日 (木) 13時49分
個別案件のコメントは、原則避けたいところですが、形式論で片がつけようとする意見があるようですので、ちょっとコメントさせていただきます。
傾いている会社の支援として最初に入れたお金を回収するのが正当かどうか、事案によって事情は異なるでしょうから、正当と一律に断言するのはどうでしょうかね。個別事案について問題点ばかり指摘することになっては差し障りがあるので、これ以上は差し控えますが。
またその価格が適正であれ、不適正であれ、公開買付けが開始される直前の取引をしておき、その詳細が開示がされないように仕組むのは問題ではないのでしょうか。公開買付届出書の様式では、過去60日以内の取引についての開示が義務としてありますが、価格の開示は求めていません。この点、現在の公開買付けにかかる開示制度に不備がないかも検討されるべきではないでしょうか。(法案通過後の内閣府令の改正時に検討いただきたい点です。なお、大量保有報告書では、市場取引の場合を除き、取引の価格の開示がされていますし、米国でも過去60日間の取引の開示は、価格の開示を含めて必要とされています。Regulation MA Item 1008(b)(4)参照)。
上場廃止銘柄について、3分の2を大きく上回る議決権を保有して支配権をすでに確立している者が残りの株式を公開買付けする場合、どうやって強圧的な取引が生じることに対処するか、という問題がありますが、現在の法制は強者に対して歯止めがないように思われます。改正法案に、全部買付け義務が入っていますが、必ずといっていいほど手残り株は生じるわけですから、この点の手当てをしなければならないと思われます。(キャッシュアウトのときの反対株主の株式買取請求権がありますが、実際の使い勝手がいいかどうか、制度が整備されているかの検討が必要でしょう。)
税務の面で、仮に普通株式より劣後する株式を380円で売買し、その1ヶ月後に普通株式を162円で公開買付けをした場合に、税務上の問題が生じないでしょうか。何が時価か、という問題がありますが、仮に(1)劣後するC種株式の取引価格を適正な価格と考えると、普通株式の取引は時価を著しく下回る価格での取引になったりしないでしょうか。他方、仮に(2)普通株の公正な価格が低い額であった場合も考慮する必要があるでしょうが、その場合、高額での取引をその直前にしていることは、税務上どのように取り扱われることになるのでしょうか。なお、C種株式は利益配当を受ける権利がなく、残余財産の分配についても、普通株1株あたり500円を分配した後に残余がなければ、残余財産の分配を受けられないという定めがあったものとします。ただし、議決権はあり、また8ヶ月後には1:1で普通株に転換できるようになる場合を前提としておきます。どう考えたらいいでしょうか。
投稿: 辰のお年ご | 2006年3月31日 (金) 03時53分
私の元コメントは「正当と断言」はしたものではなく、通常のMBOの文脈とは違う視点もありますよということでいくつか思いつくままに並べただけなので、辰のお年ごさんのコメントが私に向けられていると思うのは被害妄想かも知れないと思うのですが(笑)、スクウィーズ・アウト一般に関する政策論として開示の方向性を厳しくするという選択肢を否定するつもりはありませんが、今回のような事案では、より根本的には再生プレミアムの分配のあり方として考える必要があるんではないでしょうか?
例えば、事後的なエグジットで再生プレミアムを得ることを制限すれば、事前の段階でのスポンサーの出現の可能性は減少するかもしれません。あるいは、事前の財務状況が悪い中で既存株主の利益を縮減(典型的には100%減資)してからでないとスポンサーが入ってこないということになるかも知れません。
そうした面を含めて、一般株主とスポンサーのエグジットのバランスを考える必要があるんではないかというのが、元コメントの趣旨でした^^
投稿: 47th | 2006年4月 1日 (土) 06時04分
7/10の東洋経済のカネボウについての記事で、主要事業の譲渡についての詳しい記載がありました。
産業活力再生特別措置法12条の3第2項に基づき、カネボウ(株)主要3事業のファンド子会社へ譲渡が4/14認定され、事業譲渡が5/1に行われていますが、買収資金は大半が現金ではなく、ファンドの子会社による免責的債務引受であり、その担保もカネボウの自己株式(特殊株、未上場株)となっています。資金移動はほとんどなく、実質全ての事業が大株主所有の自社株式との交換されたともとることも出来ます。売買条件の決定は、ファンド派遣の経営陣とファンド自身の交渉により行われたと見ることも出来ます。ファンド以外の少数一般株主の財産権はどのように考えれば良いのでしょうか。非常に不明朗な事業譲渡ではないかと考えられます。
投稿: 個人株主は虫けらなのか | 2006年7月22日 (土) 00時57分
インテリジェンスの株主がUSENとの株式交換をめぐって株式買取価格決定を求めていた事件で、東京地裁の決定があり、株主側が実質勝訴した模様です。
http://blog.livedoor.jp/advantagehigai/archives/65423611.html
投稿: 山口三尊 | 2010年4月 1日 (木) 02時32分
三尊さん、こんばんは。
情報ありがとうございます。
いま、そちらのブログ拝見しました。
ほんとですね。実質勝訴ですね。しかも8民ですよね。
決定文、読みたいです。(株主の会の方でご準備されているようですね)
しかし、期末にいろんな興味ある情報がいっぺんに飛び込んできましたので、ちょっと注意散漫な状況です。
投稿: toshi | 2010年4月 1日 (木) 02時46分
http://blog.livedoor.jp/advantagehigai/archives/65439571.html
カネボウ高裁決定分アップしました
投稿: 山口三尊 | 2010年5月26日 (水) 11時27分
どうもおつかれさまでした>三尊さん
ご指摘のとおり相手方提示価格の約2倍とされたことは評価してよいのではないでしょうか?
40頁にわたる決定文をきちんと読んでから、株式買取価格決定事件に関する課題について、自分が思うところを述べてみたいと思います。あくまでも「裁判で争うことの意味」であり、価格の妥当性についてではありません。もっと一般の株主が活用できる体制がとられる必要があると思います。
投稿: toshi | 2010年5月27日 (木) 01時50分