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2006年3月 1日 (水)

検察庁のコンプライアンス

先日はドンキによるオリジン東秀株式の買い集め行為が「グレーかシロか」でいろいろと議論をさせていただきましたが、またまた「グレーかシロか」で話題になりそうな記事が目に留まりました。日経の夕刊にも掲載されておりましたが、ご存知ない方は、こちらの日経ネットニュースの記事をご覧ください。(ライブドアの法令遵守体制見直しに高検検事が助言)ほかのネット記事によりますと、高検検事ご本人は「なんら問題のない行為だ」(真っ白だ)とインタビューに答えていらっしゃいますが、杉浦法相は「法律違反ではないが、検事という身分である以上は好ましくない」(つまりグレーである)と表明されたようです。

いくつかのネット記事や、夕刊記事を総合しますと、ライブドアが堀江氏ら元代表者とともに、法人として起訴された2月13日以降に、この検事さんは合計2回にわたって平松社長と面談し、今後のライブドアのコンプライアンス経営計画の策定を指導した、というものです。企業コンプライアンスについて興味をお持ちの方なら、この「検事さん」、企業コンプライアンス研究や講演でたいへん著名なロースクールの先生ですから、もちろんご存知の方も多いと思います。(私も、あの季刊誌は愛読しております)日本を代表するコンプライアンス関連の先生ですから「うっかり面会してしまった」というものではなく、ご自身の信念によってライブドアのコンプライアンス計画策定の相談を受けたものと思います。さて、この問題、どう考えたらよろしいでしょうか。

1 「好ましくない」と考える根拠

まずなんといっても、検事といった身分である以上は、ライブドアの社長と面談するにあたり、現在捜査中の事件に関する情報が漏洩するおそれが上げられます。しかしながら、この検事さんがライブドア事件に関与していない以上は、そのようなおそれは一切ないとみてよいと思います。次に、検事という職業に就く者は、その品位を保持すべく行動しなければならない清廉義務があって、たとえライブドアの個別事件捜査に関与していなくても、そもそも国民に情報漏えいがあるかのような疑いを抱かせる行動をとってはいけない、といった職務専心義務、清廉義務違背といったものが問題になるかもしれません。たしかに、こういった見地からすればグレーの可能性が高いもののようにも思えます。

2 「なんら問題なし」とする根拠

一方で、検察の使命といったものを考えてみますと、重大事件の摘発や巨悪の追及など、「悪い奴を眠らせない」ことで社会的正義を実現することが最も大きな使命であることはご承知のとおりですが、単にそれだけではなく、いわゆる「公益の代表者」的な使命といったものも大きいのではないでしょうか。たとえば公益の保護という立場からみれば犯罪者の更生のための最良策を考えたり、被害者の拡大を防止することも使命といえます。(だからこそ起訴独占主義がとられ、犯罪の軽重や犯行の重大性、被害弁償の有無などによって起訴猶予といった処分もなしうるわけです)また、検事という身分ですが、これもたとえば現役裁判官が、判検交流によって法務省に出向したり、国の代理人として法廷に立つ場合には、検事という身分に変わって仕事をされることになりますが、その場合には巨悪の摘発といった使命以外のところで、付与された使命をまっとうすることになりますし、会社法立案者でいらっしゃる葉玉さんのように、無償で全国を駆け回って新法の普及活動に専心される方もいらっしゃいます。このように考えてみますと、検察庁の組織としての役割からみれば、本件の検事さんがライブドアの更なる犯罪を防止するために(つまり更生目的のために)その指導をすることも公益に合致するものですし、またこれ以上に株主に損害を与えることを防止するためにライブドアの企業価値を最低限度維持するための支援活動につきましては、新たな被害の拡大を防止するという意味で、これまた検察庁の組織行動の規範に悖るものとはいえないように思います。したがいまして、こういった理屈を強調するならばグレーでもない、真っ白だということも可能なように思えます。

3 「コンプライアンス」の意味とは?

企業コンプライアンスを解説するときに、どういった意味でこの言葉が使われるかといいますと、やはり「法令遵守」といった言葉が真っ先に出てくるのではないでしょうか。ただ、法令遵守という意味が「事なかれ主義」「タテマエ主義」に誤解されてしまいますと、それはただの「○○するべからず」集になってしまい、企業における発展性のない議論になってしまいます。組織の活性化につながることはなく、単に担当者レベルでは「べからず集」を丸暗記をすればいい、といったレベルの話に終わってしまう可能性が出てきます。おそらくこのコンプアイアンス研究の第一人者でいらっしゃる検事さんも、この「法令遵守」といった訳し方に反対されていらっしゃるわけでして、「積極的コンプライアンス論」を提唱されているお一人です。つまり、企業をとりまく法的ルールの趣旨を組織全員が自分の頭で考え、トップの組織行動規範の実現のために、どうすれば効率的に会社が動くのか積極的に行動することがコンプライアンス経営の実現である、とするものでして、私も実はこの意味でもコンプライアンスという言葉の使い方としては妥当であると考えています。たしかに法令遵守といった用語を利用することも大事かとは思いますが、社内全体でルールの適合性が不断に検証されて、よりよいコンプライアンスルールを浸透させるためには、多少の形式的ルールに違反する事態が発生したとしましても、それによってより大きな価値を保持(防衛)しうるのであれば、コンプライアンス経営の精神には反しない、といった考え方です。

4 本件の考察

そのうえで本件を考察してみますと、まずこの検事さんは、「たしかに検察官の清廉義務はあるのかもしれない(したがって面談すること自体は問題あるかもしれない)が、これを強調しすぎると、いわゆる事なかれ主義に陥ってしまうのではなかろうか。それでは本当の意味の検察の仕事をしていないことになるのではないか」とお考えになったのではないか、と推測いたします。(杉浦法相は、このケースは検察官の仕事からは離れている、といった表現をされておりますが、この検事さんが、同様に「検事の仕事とはまったく関係ない」と考えていらっしゃったかどうかは不明であります)ただ、私としましては、やはり少しばかり気になる部分もあります。それは、この検事さんが、ライブドアが起訴された後に2度、平松社長と面談している部分であります。ライブドアが既に被告法人となっている以上は、これから裁判でライブドアの有罪、無罪といった犯罪立証のほかに、たとえ有罪となるとしても、その情状を審理されることはほぼ確実なわけでして、そういった段階で果たして(たとえ事件捜査とは無関係のお立場でいらっしゃっても)検事さんがいろいろなアドバイスをしてもよいのか、という視点です。おそらくライブドアが有罪となるとしても、ライブドアの事件後のコンプライアンス経営への努力といったものは、その量刑判断の材料になるでしょうし、そういった材料を刑事事件における検察官としての職務を経験している方が特定個別の企業のみに教示するということは、国民に(国家の活動としての)不平等感を印象づけることは否めないのではないか、と気になります。ただ、そういった形式的な法令遵守ルールに反するおそれがあったとしましても、一刻も早くライブドア自身の再生活動に尽力し、これ以上株主に迷惑をかけてはいけない、という要請のほうが強い場合には、その支援活動を行ったとしましても「より大きな公益を守るために、より小さな公益を犠牲にした」ことにすぎず、なんら責められるべき行動に出たという評価にはなりえないのかもしれません。

しかし、いろいろと考えておりますと、この「コンプライアンス」という意味も、ずいぶんと深遠な意味をもった言葉のように思えてきます。

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コメント

Toshiさんは「グレー」を「違法ではないものの、好ましくない行為」として使っていたんですね。私はどちらかというと「違法かどうかわからない」という意味でとらえるのが通常かと思っていたので、過去のコメントがすれちがっているかもしれません。
検察という組織からどの程度切り離せるのかによりますが、組織の利益相反的な要素も加味して考える必要があるように思います。結果がよかろうが訴追側の一員が被疑事実の会社に対して助言をすることを認めるのはどうかと思います。例えば現役検察官が直接事件を担当していないにせよ、有償で被疑者にコンプライアンスを助言するとしたら、利益相反そのものなわけで、それが無償だからいいという議論にもならないでしょう。実害がないだろうし、助言により社会に便益がうまれたとか、個別の議論とは別個で法律家として利害相反にもっと敏感であるべきという謗りは免れないでしょうね。

投稿: neon98 | 2006年3月 1日 (水) 04時14分

理屈で言えば企業へのアドバイスが「法科大学院に派遣」の目的や業務範囲に入っているかどうかの問題じゃないでしょうか。
たとえばこの方が別の事件の捜査業務や公判に従事しているとしたら、職務専念義務違反でもあるわけですよね。
また、法科大学院がそういうサービスを提供しているとするならそこへの派遣の是非の問題もあると思います。
それはさておいても、今後の刑事・民事訴訟や上場問題での「情状」として主張される可能性もあるわけですし、退職後のポストの提供も云々されうるので、neon98さんのおっしゃるように組織なり公務員としての利益相反に対してもう少し敏感であってもいいと思います。
実も蓋もない話をすれば、これが容認されると、一部の行儀の悪いヤメ検弁護士からの「コンプライアンス研修の有力講師の紹介」や「社外取締役」の押売りが横行するような・・・(くわばらくわばら)

投稿: go2c | 2006年3月 1日 (水) 08時11分

「コンプライアンス」という言葉は確かに会社内部において頻繁に使用される言葉になってしまっています。しかし誰もその言葉の意味を明確に語れない、という・・・。
なんとなく「法令順守」という意味合いであるというイメージだけが流通してしまい、企業内の規程遵守や規律正しい行動といったような、非常に広範な内容を1語で表す都合のいい言葉になってしまい、「コンプライアンス態勢を整備する」などと、具体的にはいったい何をすればいいのかわからないような場面で使用されています。
しかし、企業のトップに社会的環境に対応していくための危機感やリスクを理解させるには、こういった言葉が流行することが必要だったのではないでしょうか。(私も社内で非常に都合よく使わせてもらってます・・・)

投稿: 周防 真 | 2006年3月 1日 (水) 09時04分

>neon98さん

おひさしぶりです。コーポレートガバナンス研究もいよいよ(9)までいきましたね。また、まとめて読ませていただこうかと思っております。そういえば最近、日本でもガバナンス研究に関する良書が出ているようですので、また読後にご紹介させていただこうかと思っております。
さて議論を整理していただき恐縮ですが、今回は「単に違法かどうかわからない」といったイメージではなく、「好ましくないもの」といった価値判断を伴った意味で「グレー」という言葉を使用いたしました。まぁ、このほうが議論しやすいかなぁとも思ったもので。

コンプライアンスを論じるうえで、まさにNEONさんがご指摘のとおり、利害相反問題に敏感であることは非常に重要なことだと思っております。ただ、そのうえでコンプライアンスの限界論といった問題を掘り下げてみたいとも思っておりまして、(理想論かもしれませんが)企業組織におけるトップダウンとボトムアップ方式によるルールの徹底のようなもの(組織の活性化による企業価値の向上)についても、検討してみたいと考えています。
いつもneon98さんには率直なご意見をいただき感謝しております。また続きの議論にも忌憚のないご意見をいただきたいです。

投稿: toshi | 2006年3月 1日 (水) 11時28分

>go2cさん

いつもコメント、ありがとうございます。
やはりneon98さんとほぼ同意見のようで、go2cさんのご指摘の理由につきましても、もっともですね。私も一番ひっかかるのが、今後のライブドアの過去の行動に対する制裁措置への影響でした。これについてどう反論できるのか(もし真っ白だと主張するのであれば)、そのあたりが逡巡してしまうところなんです。
きちんと問題を整理しきれていないのですが、おそらく計画策定に関与した、という事実は、公表されてもよい(つまり裏でこっそり、ということではない)ことをご承知のうえでの決断だと思われますので、そのあたりの「コンプライアンス」への考え方といったものを私は知りたいところです。
あまり個別事案を掘り下げるのも、よろしくないかもしれませんので、次回続編では、もうすこし争点を絞った上で(個別事情を捨象して)エントリーしたいと思います。ありがとうございました。

>周防さん

はじめまして。コメントありがとうございました。
一時期、誰も彼もが「バブル崩壊」という言葉を使用していましたが、これって非常に思考を停止させてしまう気がしました。なんだか、中身を包括的に表現するだけで、みんなが納得してしまうような。「コンプライアンス」という言葉も、最近同じような状況に立ち至っているのではないか、といった危惧を抱いております。この言葉の持つ規範性をもう少し具体的に掘り下げていかないと、社会から「流行語」といった認識だけで(つまり自分に都合いいように)使われて、その中身がわからない、といったことで終わってしまいそうな事態に至るのはなんともさびしいように思っております。
私も某企業のコンプライアンス委員会の委員をしておりますが、総論賛成、各論反対の壁にぶつかっております。(以前のエントリーでも何度か触れましたが・・・)
また皆様の常識的感覚からすこしはなれた意見を述べることもあろうかと思いますが、いろいろと感想を聞かせてください。

投稿: toshi | 2006年3月 1日 (水) 11時42分

こんにちは。
あいかわらず先生のブログは盛り上がっていますね。(笑
いや、勉強になります。

一度こういった問題をオフィサーフォーラムなどでも議論されたらいかがでしょうか。
攻撃的コンプライアンスと守備的コンプライアンスのあり方とか。

投稿: narita-k | 2006年3月 1日 (水) 11時49分

>narita-kさん

いつもコメントありがとうございます。
抽象的な概念を、具体的な政策に変えていくのも大事な仕事ですよね。じつは、きょう佐々淳行さんの講演をお聞きして、またコンプライアンス論に示唆を得たような次第でして、オフィサーとしての仕事にも生かしていきたいと思いました。またエントリーいたしますので、ご意見等いただきたいと思います。

投稿: toshi | 2006年3月 2日 (木) 22時49分

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