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2006年3月 8日 (水)

一澤帆布と敵対的相続防衛プラン

go2cさんのブログで、すこし話題になっておりましたが、京都東山のカバンの老舗「一澤帆布(いちざわ はんぷ)工業」の株式相続を巡る兄弟間の紛争で、ついに店舗営業が閉鎖されてしまったようです。今年開校となる京都の名門、同志社小学校のランドセルも、この一澤帆布製だそうでして、さしづめ日本のプラダとも言える名ブランド商品だけに、この紛争は一般の愛用者にとっても残念な出来事ですね。ちなみに、まだ事件をよくご存知ない方は、こちらのHPをご覧ください。もちろん一方当事者側の管理されていらっしゃるHPですから、その点はご配慮いただいたほうがいいかもしれません。

しかしながら、この一澤帆布事件、いろんな論点を含んでいるようでして、法的にはかなり興味深いところがあります。ちなみに、今回の紛争対象である株式は一澤帆布工業株式会社のものでして、本社建物の賃借人が有限会社一澤帆布加工所だそうです。おそらく経営陣が交代した一澤帆布株式会社から、この一澤帆布加工所が明渡の仮処分を受けたのでしょうね。(新聞報道によりますと、製造部門を請け負った形になっていた、とのこと)最初の先代さんの遺言書を預かっていた顧問弁護士さんも、まさか後から遺言書が出てきたなどと長男から言われるとは思ってもいなかったでしょうが、こういったケース、先代さんと知り合いだった弁護士としては、どっちにも味方することはできないと思いますから、たいへん気を遣わないといけなかったんじゃないでしょうか。

現経営者のほうから弟の旧経営者側(有限会社一澤帆布加工所 取締役)に対して商号使用差止の請求がされているそうですが、そのほかにも(加工所の出来た時期とも関係しますが)職人の引き抜き問題や、取引先の商権引き抜き問題なども考えられます。(どっちが有利・不利といった発言は控えさせていただきますが。)これまでと同様のデザインの商品を作っていかれるとすれば不正競争防止法なども論点になってきそうですし、公正な競争を阻害するような態様の場合には、独禁法にも類似の規定があります(あまり使われていませんが)。

またgo2cさんも問題視されているとおり、企業買収における従業員の反対運動の効果といったものも考えさせられます。京都の方にお聞きしますと、ここの従業員の方は、職人として育成され、この一澤帆布でしか作れないような希少商品を作ったり、その修理をすることに生きがいを感じてやってこられたわけで、おそらくこれまで20年以上、トップとして経営してきた次男さんとの信頼関係は厚いものがあるのでしょう。普通に考えましたら、きっと第三者としては敵対的買収など考えられなかったのでしょうが、そのあたりはやはり兄弟間の紛争ならでは、ということだと思われます。

昨年9月に、敵対的相続防衛プランというエントリーを立てましたが、新会社法のもとでは、こういった相続による中小企業の経営権争いから派生する企業価値の毀損を防止するために、一定の要件のもとで現経営陣による相続防衛策が可能となります。どんなに公正証書で立派な遺言書を残していたとしましても、またどんなに立派な弁護士さんが遺言執行者予定者とされていましても、三文判で自書された日付の遅い遺言書がひょこっと出てきますと、こういった結果になる可能性があるわけでして、経営者の世代交代の健全性を保持するためにも、新会社法が有益に利用されることを期待します。いずれにしましても、「修理すれば一生モノ」が売りの商品でしょうから、なるべく早期に消費者へのサービス提供が復帰することを祈念いたしておりますし、勝手な希望的観測ですが、和解による決着こそ、これまで築き上げた商品ブランドを守る唯一の方策だと思うのですが。

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コメント

すでに親族間では放火問題があったりして、とうてい和解は困難ではないかと思います。2月の京都新聞に、一澤帆布工業取締役の自宅が全焼した、との報道されていました。

投稿: noboru | 2006年3月 8日 (水) 11時09分

素人判断ですが、京都という話ですが、横浜でもバッグのキタムラが相続問題から有名ですね。Kというマークは本家(兄)、弟側はK2というマークで、こちらは商標権争いでした。元々横浜・元町のたいしたお店でない(店の職人手作りではなく、委託生産だったはず。失礼。笑い)ですので、京都の伝統と異なって商標権の争いだったと思います。

投稿: 胡桃 | 2006年3月 8日 (水) 23時39分

わざわざご紹介いただきありがとうございます。
そういえば敵対的買収防衛策の中に「焦土作戦」というのがありましたが、株式を取得したほうが焦土化を進めてどうするんだろう、という状態ですね。
設備とか商標使用が問題であるなら、弟さんは職人さんたちと資金を集めて別ブランドを立ち上げるという対抗策もあるのではと思います。でもそうすると今度は意匠権の侵害とか不正競争云々の争いになるのでしょうか・・・

投稿: go2c | 2006年3月 9日 (木) 00時13分

>noboruさん

はじめまして。
ホントですね。京都新聞ニュースのバックナンバーを読みました。相続紛争と関係があるのかないのかは定かではありませんが。ずいぶんと他人にはわからないほどに根が深いものがあるのかもしれません。
私もあまり経緯については詳しくないものですから、また参考になるような情報がありましたら教えてください。ありがとうございました。

>胡桃さん

おひさしぶりです。
京都というところは、関西でも「新しいもの」と「古いもの」が混在しているところでして、けっこうソロバン勘定だけでは人が動かない風土がありますね。これも京都の方にはたいへん失礼かもしれませんが、けっこう和解による解決がむずかしい事件も多かったような気がします(いえ、これはあくまでも私ひとりの感想ですが・・)バブルの時代に10年間も兄弟間の相続紛争をしていたために、登記がそのままになっていたので、崩壊の危機に直面せずに済んだ、という笑い話のような事件も経験しました。
またお越しください。

>go2cさん

なるほど「焦土化作戦」ですか。20年かけて若い人の職人育成に取り組んできたわけですから、なんとなく気持がわかります。しかし、商品供給が全くとまってしまうというのも驚きですね。
最近のgo2cさんの話題の取り上げ方はたいへんおもしろいですね。弁護士事情につきましては、「業務停止2ヶ月」というのは、実際非常に厳しい状況に追い込まれるのです。懲戒委員会の監視のもと、看板をはずし、顧問契約をすべて解消し、事件も辞任するとなると、もはや信用丸つぶれなんです。私も業務にからむ懲戒対象にならないように気をつけます。。。

投稿: toshi | 2006年3月 9日 (木) 01時51分

「この問題にしても、JALにしてもそうですが、一番大切なのはお客様・利用者であり、その信頼無くしてブランドも企業価値も企業の存続もないのですが、一番大切なものを見失って骨肉の争いを堂々と繰り広げるというのは、どちらが経営権を取った
としても、ブランド価値がこれ以上高まることはないと思います(職人や設備が流出する以上、今までと同じ物を作れるかどうか疑わしいし、企業の生産力が分散されるわけですから競争力の低下は明らかです)。内向きの争いになった時点で、自己保身や私情が優先し、企業の常識・世間の非常識に陥っていくものです。大切なブランド企業が衰退していくのは非常に残念です。
唯一の救いは、会社のブランドなどを脅かす強力なライバルの出現ですが、これも あまりに他力本願です(孫子の兵法でいう「呉越同舟」と同じ発想で、大同団結して危機を脱するのが最優先となるため。もっとも、意識が内向きなので、ライバルの存在に気付かなかったり、過小評価して足元を救われることが多いですが。リスクセンスを働かしてどこまで正しいリスク分析・評価ができるかが重要ですが、専門的見地から推察する限りでは、このような争いが起こること事態がリスク管理ができていない証ですので、あまり適正な分析・評価は期待できないと思いますが)

往々にして、この一番の基本であり、最も大切な点を見失う経営陣が多いからこそ、企業不祥事が絶えないのでしょう。このような企業姿勢では、内部統制も機能しないでしょうし、コンプライアンスも確保できないと考えます。内部統制もコンプラ イアンスも社会的責任(CSR)も根源は全て共通ですので・・・。

先生のおっしゃるように、会社法では定款自治により大幅に敵対的経営支配権獲得防衛策が採用しやすくなりますが、このあたりの防衛策をいかに準備しておくか、平時 の危機管理や法務戦略が一層重要に成りそうです。 かなり手厳しい批判的論調になりましたが、ブランドに対する期待を裏切られたこと への憤りとして、お許しいただければと思います。」

投稿: コンプライアンス・プロフェショナル | 2006年3月10日 (金) 19時38分

>コンプライアンスプロフェッショナルさん

今回の騒動によって、一躍「一澤帆布」のブランドは全国区になったんではないでしょうか(皮肉にも)ただ、プロフェッショナルさんのおっしゃるように、この騒動でブランドが亡くなってしまうのは経済的損失ということと同時に、ブランドに対する消費者の期待までも失ってしまいますね。おそらくここまでのブランドになったのは職人を育成したり、取引先に厳しいルールを築き上げてきた前経営者の努力と同時に、やはり愛用する消費者の力にも負うところは大きいと思います。
いっそ、現経営者はブランドのリース料収入をもらって、前経営者がこれまでどおり仕事を継続する、といったような和解ができないものでしょうかね。消費者がもっとも期待する解決方法だと思うのですが。。。

投稿: toshi | 2006年3月10日 (金) 23時02分

先生には大変失礼なんですが、

>いっそ、現経営者はブランドのリース料収入をもらって、前経営者がこれまでどおり仕事を継続する、といったような和解ができないものでしょうかね。

こういうビジネス感覚を持たれた弁護士先生の和解提案なんぞ、消費者にとっても、今後両者の収益を考えてもベストな解ですね。ブランド価値を売上の何%というようなディーリングは、欧米では当然のように行われているわけで。京都というドライな徹底した個人主義の世界は、イタリアの中小企業とまったく同じで、京都の弁護士先生方がこの手の和解案が出てくると、福井とか金沢とか、九州の有田とか地方都市でのいい解決策になると思うのですが。

投稿: 胡桃 | 2006年3月11日 (土) 14時25分

>胡桃さん

いえいえ、全然失礼などということはございません。ビジネスの世界の方のご意見を賜ることは、非常に参考になりますし、税務などを含めて、どういった和解案がベスト解であるかは、法務周辺事情も考慮してみないと、弁護過誤にもなりますので、ホント慎重に考えますね。現在、仕事で小作権の借地割合を決定する事件を扱っておりますが、地主と小作権者との最終案を策定するにあたり、税法、不動産登記法、農地法、そして測量における立会い実務まで含めて予備知識をきちんと押さえておきませんと、後で紛争が蒸し返されるおそれがあり、なかなかたいへんです。
しかし「九州の有田」といった特定地名が出てくるところがおもしろいですね(笑)

投稿: toshi | 2006年3月13日 (月) 02時36分

農地法ですか。それと測量。田んぼのあぜののりしろがどちらの所有か(笑)。往々に江戸時代から収穫をごまかす(田植えで苗1筋違うだけで収穫ちがいますからね。)ためにあぜまで代々小作側は刈り込みますからね(笑)。こういう問題はややこしいですね。これに、溜池の入会水利権と側溝が絡んできたら、うん~~~。子供のころから見聞きしていた揉め事、相続でまだまだ続くんですね。農地改革からもう50年以上経っているのに。

こういう感覚は、今すんでいる関東地区と先生の関西地区とでは異なりますからね。

そうそう、「九州の有田」という地名がでたのは、NHKのTVをみてた日だったので。丹波笹山としてもよかったのですが、製造という意味では、陶器ではブランド的な意味合いでは、パリ万博で世界的に有名な有田焼きになりますからね。

投稿: 胡桃 | 2006年3月14日 (火) 03時14分

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