上場廃止を禁止する仮処分命令事件
すでに会計士さんのブログなどでは取り上げられておりますが、「1年間、債務超過の状態が継続したこと」によってジャスダック市場の上場廃止基準(株券上場廃止基準第2条4号)に該当すると(ジャスダックから)指摘されております株式会社ペイントハウスが、ジャスダックを相手方として「上場廃止禁止仮処分命令」を申し立てておりましたところ、東京地裁で申立が却下され、そして東京高裁でも、このたび抗告が棄却されました。(ペイントハウスのIR情報に抗告審決定全文および抗告人の抗告状、準備書面が掲載されております)
主な争点は、企業会計原則や金融商品会計基準、金融負債の消滅に関する実務指針の解釈および適用問題でありますが、(ペイントハウスの代理人弁護士の方々にはたいへん恐縮ではありますが)会計原則の解釈や契約内容の法的解釈において、ペイントハウス側の主張はかなり苦しいなぁといったところでして、これが本案裁判ならまだしも、仮処分命令申立事件にあっては、とうていペイントハウスの解釈が「明らかに誤りだ」との主張を裁判所に納得させるのは困難なように(個人的には)思えました。
ただ、この東京高裁の抗告審決定を読んでいて、もっとも興味をそそられたのが、決定理由の「なお」書き部分です。私もなるほどなぁ、と思いましたが、そもそも本件のような上場廃止禁止の仮処分命令などというものが存在するのかどうか、かなり疑わしいところかもしれません。ご承知のとおり、仮処分命令申立が認容されるためには、保全されるべき権利(被保全権利)の存在と、保全の必要性が疎明されなければなりません。この点につきまして、ペイントハウス側の代理人は被保全債権を「株券上場契約に基づき、上場を求める権利」として構成されていらっしゃいます。しかし、すでに上場しているペイントハウスにつきまして、果たして「上場を求める権利」というものは存在するのでしょうか。上場契約をして、その要件を満たしているのに上場させてくれない、といった事態があれば理解もできるのですが、現に上場されている企業が、その地位を失いかねないといった状況であったとしても、裁判所の強制力をもって実現させるべき権利は存在しないのではないでしょうか。と、いうことはそもそも、ジャスダック側としましては、この被保全権利の存否さえ争っておけば、わざわざ企業会計原則や金融商品会計基準といった本論で争わなくても、あっさり却下された可能性もあったのかもしれません。
こういったケースですと、「仮の地位を定める仮処分」を求めるのが常道かと思います。つまり、ペイントハウスは何の条件も付けずに「上場廃止を禁止せよ」といった仮処分を求めているわけですが、もしこれが認容されてしまいますと、本案裁判もしないで、終局判決をもらったに等しい状態、つまり満足的仮処分を求めることになってしまいますので、(申立人側は本案裁判を提起する必要もなく、そのまま満足的な地位を勝ち取ってしまうということになって、そもそもの仮処分制度の趣旨から離れてしまうことになってしまうため)裁判所としましても慎重にならざるをえないわけです。だから保全の必要性がある、といいうるためには、少なくとも申立人側は「上場されている、といった仮の地位を求める」とか「何月何日までは上場廃止をしない」といった、保全処分にふさわしい形式での申立をすべきであったと思われます。さらに、仮の地位を求める仮処分というのも、実際にはありえますが、これを裁判所に認めてもらうのはかなり難易度が高い場合が多いと思います。たとえば労働紛争におきまして一方的に解雇処分を受けた労働者が裁判所に雇用者たる地位にあることを仮処分で求める場合があります。しかしながら、現在の東京地裁での扱いでは、この仮の地位を定める仮処分だけでは認容されず、これに賃金の仮払い仮処分などの、なんらかの作為命令を付して初めて認容されるような状況です。
本件東京高裁の決定理由のなかでも、裁判所は「一般的かつ期限の付されていない」上場廃止禁止仮処分の存在について、かなり否定的な見解を示しているようですし、たとえそういった仮処分があり得るとしても、「明白にジャスダックの解釈が誤りであると認められるような」特別事情が存在する場合に限られるわけですから、この高裁判断からしますと、そもそも証券取引所の上場基準の運用に対する(会計基準適用に関する)見解の相違を問題として、上場企業が一般的に上場廃止の禁止を仮処分で求めるようなケースにおきましては、ほとんど上場企業側にとって勝ち目のない戦いを強いられることになりそうです。ただ、これは一般論にすぎませんが、争い方を工夫すれば、まったく俎上に乗っからないということもないかもしれません。上場契約の内容や廃止基準の中身を詳細に検討したうえで、基準や契約条項の解釈として、あくまでも一般投資家の損害拡大を最小限度に抑えるためである、といった視点を有利に援用して、不利益処分を受けるための手続違背の問題と捉えなおして構成することも一つの方法かと思います。民事紛争のなかで企業会計法の裁判例が増えるためには、こういった証券取引所相手の事件とか、財務諸表監査の責任者である監査法人相手の事件が増えることが前提かと思います。門前払いを食らうことなく、ともかく企業会計基準の中身が問われるような判例が増えることは、将来的には企業会計法の発展のための貴重な財産になるのではないかな、と思ったりしております。
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コメント
全銀協だって自分の業務関係に必須の項目についてどれだけ苦労して判例を作ってきたと思っているのでしょうか。其れに比べたたら東証は、全て自分でルールメイクが出来ると思ったら大きな了見違いであろうと思います。未だに自分での資金調達が出来ないくらいに株主からの独立性も確保できない状態で、独占禁止法との関係でフリーハンドであらゆる自主規制的ルールメイクが出来ると考えているとすれば・・・それは今後今回のような訴訟を通じたさまざまな面での試練を経験することで本来は足腰が固まっていくべき事であろうと思う点で結構大変だと思うんですけどね。
この点、是非U先生のご意見を賜りたいところでございます。
今日はちょっと色々な点で発言が過激になってるかもしれないので明日以降は5割ぐらい割り引いていただきたい、ろじゃあではあるのですがねえ。むずかしいっすねえ、この問題。
投稿: ろじゃあ | 2006年3月19日 (日) 21時19分
事実確認ですが、これはジャスダックで、東証ではないようです。
カネボウの上場廃止のときに、裁判にならなかったのはどうしてか。また、この会社がどういう会社でどういう理由で上場廃止となったのか、その事実関係はどうか、それを考える必要があるように思いました。
ただし、小職は、そのあたりについて、コメントできるだけの情報を持ち合わせていませんし、また個別案件について、支障があるといけないのでこれ以上は差し控えますが、上場廃止という判断がどうであったかについては、どこかで純粋な議論がなされるといいと思われます。
投稿: 辰のお年ご | 2006年3月19日 (日) 21時32分
ご意見ありがとうございます。
おそらく、私がエントリーした法律的解説については、まだまだ理論的に不十分さが目立つのではないか、と思っています。ただ、私のようなものであっても、証券取引所のルール自体を争う視点といったものを提供できる、ということは、その「穴」の多さを物語るものといえるのではないでしょうか。ろじゃあさんがおっしゃるように、この分野での判例というものは極端に少ないですよね。しかし、公共的役割や、専門的分野に属する知識を必要とする領域を扱う世界だとしても、やはり第三者による審査対象の及びにくい、もしくは監督官庁による制御のキビシイ世界であるとすれば「独善」に陥る可能性も高いわけですし、この分野を「裁判」を通して発展させることができる法曹の必要性も出てくるのではないでしょうか。
うーーーん、カネボウの上場廃止が裁判にならなかった理由ですか・・・。オトナの事情もあるのかもしれませんが、私も新聞報道以上の事実関係についてはわかりませんので軽々しくコメントはできないですね。すこし、頭のどこかに残しておいて、「比較」というカタチでまたエントリーの参考にさせていただきたいと思います。「純粋な議論」につきましては、私も非常に興味のあるところです。まさに東証ルールのあり方と関係してきそうですし。
投稿: toshi | 2006年3月21日 (火) 01時46分