書面による取締役会決議と経営判断法理
4月5日の日経朝刊(近畿経済)に関西の大手スーパーである平和堂とオークワが、インターネットや書面による取締役会決議ができるように定款を変更する議案を、この5月の株主総会に上程する、とありました。新会社法370条で認められる「みなし取締役会決議」を定款変更によって導入する、というものでして、新聞記事では「ネット上での取締役会決議ができるようになれば、会社としての危機管理能力が高まる」(平和堂役員)、「重要案件に迅速に対応できるようにするのが狙い」(オークワの社長室長)との担当者のコメントが寄せられています。今度の会社法施行にあたっては、用意されている道具を使って「横並び」ではなくて自社のガバナンスに関する独自性を打ち出そうとすることはたいへん有意義なことだと思いますし、先陣を切って新会社法対応策を導入する企業の姿勢は、会社としての活力を感じます。
ただ、この書面による取締役会決議というものを導入するにあたりましては、すこし慎重な対応も必要なんではないかなぁと思ったりもしております。そもそも会社法要綱案の時点で、この「みなし取締役会決議」がパブリックコメントにかけられたとき、各種団体によって賛成、反対真っ二つに分かれましたよね。(たとえば一弁と二弁は賛成、東弁と大弁は反対など。もちろん経済団体は大賛成だったと思いますが)少なくとも3ヶ月に1回は業務執行取締役による報告が取締役会において義務付けられておりますので、まぁ最低限度の取締役会の回数は確保されている、ということで意思決定の迅速化の効用を重視してもいいのかなぁとも考えられますが、迅速化と同様に、会社法で期待されている取締役会における意思決定機能の強化、監視機能の強化という面からいえば、そもそも書面決議による場合には(電話会議、テレビ会議と異なり)取締役会は開催されないわけですから、その業務執行の適正性を担保しえない場面も出てくるのではないでしょうか。とりわけ独立社外取締役など、社外役員の意思を経営に反映させるべき、といったガバナンス強化を重視する立場からいたしますと、書面決議の多用化は、せっかくの良質な企業統治導入の機会を失うことになるのではないか、といった疑念が生じるところであります。たとえば、上記のような担当者のコメントですが、「危機管理能力が高まる」というのは、おそらく迅速な意思決定のことを指していらっしゃるのだと思いますが、十分な審議を尽くさないで同意書面でもって「取締役会決議があったものとみなす」ことは、いくつかの選択肢のリスクを十分検討したうえでの判断とはいえないこととなり、コンプライアンス経営を軽視している、とも受け取られかねないものでありまして、逆にリスク管理に問題があるように思えますし、「重要案件処理に有効」というのも、果たして会社法が重要案件にまで書面決議を期待しているかといえば、それは逆ではないか(重要案件こそ、いままで以上に取締役会で決議をして、各取締役の署名捺印を議事録に要求し、それほどでもない案件についてのみ書面決議によるとか)と、私は考えておりますが、いかがなものでしょうか。純理性的に各取締役が「ダメなものはダメ、この案件はきちんと私が外国から帰ってきてから審議しましょう」とか、監査役が「この案件は、同意書面制度によって審議すべき案件ではないから不適切だ」と異議を述べることが現実に期待できるような状況ならともかく、おそらく「これは早く決定しとかないと、ライバルに出し抜かれるぞ」といった営業政策的観点のみから運用されるのであれば、単にこれまでの取締役会の運用の不便さを補うためだけの制度導入になってしまうような気がします。結局、各取締役による「不同意」への期待は薄いのではないでしょうかね。
もちろん、会社法および会社法施行規則が「みなし取締役会決議」の要件を規定している以上は、その利用は(株主総会の特別決議があれば)可能なわけですが、いくら内部統制システム構築に関する規定(規則100条)に「業務の有効性、効率性を確保するための体制整備」が謳われているとしましても、書面決議の安易な利用は避けるべきであり、あくまでも補足的な利用に限るべきであると思っております。(なお、「内部統制システムに関する取締役会決議に関する監査対応」(監査役協会監査法規委員会)においても、この取締役の業務の効率性は、業務の適正の確保と表裏の関係にたつことがある、と指摘されています。「月刊監査役」512号134ページ以下)取締役の職務の適正性担保といった内部統制システム構築からの要請との調和点としては、①意思決定機能強化のために取締役会への上程案件を増やすこととして、その代わり案件によっては審議の無駄を省くために書面決議を利用する②あくまでも署名捺印を要する取締役会の開催を原則として、書面決議は予備的なものとする③そのうえで取締役会上程規則、書面決議基準を策定する④上程規則どおりに取締役会に案件が上程されているか、決議基準どおりに書面決議が利用されているか、その相当性につき監査役会の審議事項とする⑤書面決議による場合には、そこに経営判断法理が十分妥当するように、同意、不同意の選択によるそれぞれの企業リスクがどのようなものであるか、社外役員を含めて理解できるほどの参考書類を事前に準備する、などの対策が必要ではないでしょうか。
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コメント
山口先生のご指摘に賛成です。
取締役会決議が仮に形式的にのみ必要な場合であれば、便宜ということもあるかもしれません。その意味で、例えば上場会社ではない会社一般や上場会社の子会社などでは、実質的な意思決定がなされているにも関わらずわざわざ取締役会を開催するのは不便であったり、またはあまり実益がないような場合があるかもしれません。そのような場合には実益があるといえるでしょう。
他方、上場会社については、取締役会決議が必要であることの意味をその議案ごとに検討のうえで、この便法がその法の趣旨に反しないことが分かり、リスク管理上の問題もない場合に限定するのが適当のようにも思われます。
法制度としてこのような方法が一切ないのは不便かもしれませんので、立法政策として今般導入されたことは大きな意味があるのでしょうが、上場会社などがこれを広く活用するのが適切か、どのような注意をしながら活用すべきかについて、先生ご指摘のように、慎重に検討すべきかもしれません。
例えば、重要な事項について上場会社がこの方法を活用する場合に、情報が外部に漏洩しないように、取締役らが参集する場合の会議体での意思決定の場合に比較して、情報管理(インサイダー取引などの防止)のための厳重な注意が必要となるなどの注意は必要なようにも思われます。
投稿: 辰のお年ご | 2006年4月 7日 (金) 01時11分
コメント、ありがとうございます。
書面決議にせよ、ネット決議にせよ、利便性が高まるのはいいですけど、情報管理に関するリスク低減手続が必要になるような気がしますね。単に効率性だけを追求した結果、もし情報漏洩などが発生した場合、結局内部統制システム構築義務違反(善管義務注意義務違反)となってしまう可能性が高いんじゃないでしょうか。これは単に「情報管理規約」などを制定していれば済むという問題でもないと私は思っております。そう考えますと、議題そのものに重要性があるというケースでは、やはり書面決議は控えておいたほうがいいのではないか・・・と。
今年の総会で、どれほどの公開企業がこの議案を上程するかすこし関心を寄せております。
投稿: toshi | 2006年4月 7日 (金) 18時22分