職務執行の「効率性」確保のための体制とは?
品田太市さん、辰のお年ごさん、そしてM.Eさんなどから、たいへん有益なコメントを頂戴しておりまして、もしご興味がありましたら、それぞれのエントリーのコメント欄をクリックしてみてください。私自身はコメントされている方のご身分を承知しているから申し上げるわけでもないのですが、それぞれ問題点の整理と申しますか、問題点をかなり的確に掘り下げていただいておりまして、(なるほど、と合点のいく部分も多いわけでして)ほとんど「私的ブログ」の領域を超えてしまった感があります。(すいません、すぐにでもお返事といいますか、私もコメントを残すべきでしょうが、コメントの内容がヘビーなだけに、もう少しだけお時間をください。)法曹の方々も会社法施行を目前にして、いろんなところで「会社法における内部統制」といったテーマで講演をされているんですね。ひところは「SOX法日本上陸!」といった感じで会計士の先生方やIT関連企業の方が講演をされることが多かったんですが、やはり5月の取締役会における決議問題や、株主総会における説明義務、そして(これは来年のことになりますが)事業報告書への記載要領のことなど、会社法からみでの「内部統制」といったもののへの関心の高まりによって、弁護士の登場回数も増えてきたのかもしれません。
ということで、5月(までの)取締役会決議で、いったい会社法が大会社に要求している「会社の体制整備事項としての決議事項」の実務指針指南書のようなものがいろいろと緊急出版されているようです。やはり企業の担当者や役員からしますと、施行規則100条で規定されている各項目から「いったい何を決めたらいいのか」、具体的なモデル案が欲しいですよね。私も自分が講演をする関係上、そういった指南書をチョロっとみたりしておりますが、どの指南書も「取締役の職務執行が効率的に行われることを確保するための体制」を整備するということは、いったい何を決めたらいいのか、(施行規則100条1項3号)頭を悩ませていらっしゃるようですし、決議事項の具体案もマチマチのようであります。そもそも、良質な企業統治を実現するためのものであって、その最良の選択は企業それぞれ異なるはずですから、モデル案も「どれが正解で、どれが誤り」といったものはないと思います。また職務執行の効率性などといった概念は、なかなか監査役の相当性判断にもあまりなじまないような項目でしょうから、それほど神経質にならなくてもいいんじゃないか、と思ったりしております。(多少おかしいかなぁとか感じたら、また6月以降の取締役会で修正決議をすればいいでしょうし)
ただし「アバウトでもいいじゃん」と申しましても、6月の総会で株主様より説明を求められて、「取締役会における決議事項の概要」(決議したことの全てではありません、ここは訂正省令で訂正されているところですのでご注意を。訂正省令は事業報告書に関するものですが、株主総会における説明に関しても「概要」で足りるものと思われます)を説明できなくてはカッコ悪いので、いちおう筋の通った回答ができる範囲では決議をしておく必要はありそうです。そこで私だったら何を決議するか、ということですが、私は昨年11月29日に公表された法務省令案の「内部省令案」に立ち返って決議事項の検討をすべきではないか、と思っております。ご承知のとおり、会社法の省令は当初9本だったものが本年2月7日の時点で3本にまとめられたのですが、これによって内部統制省令の一部が削除されております。したがいまして、省令の整理のために削除されたところが大半でして、この削除された条文は内容が誤っていたとか、不適切だったということで削除されたものではないわけですから、今回の整備事項として何を決定すべきか、を考えるにあたっては、「業務の適正を確保する体制に関する法務省令案の概要」部分とともに、削除された条文の趣旨といったものも参考になるものと考えております。
そしてこの「法務省令案」の「概要説明」部分を読みますと、「取締役の職務執行の効率性」という問題はほかの4項目とは並列で記載されていないことがわかります。また法務省令では削除されてしまった「取締役の責務」(省令案の3条3号)では、「株式会社の業務および効率性の適正の確保に向けた株主または会社の機関相互の適切な役割分担と連携を促すものであること」と定められております。結局、規則100条の取締役会が決議すべき体制整備事項のうち4つはコンプライアンス・リスクマネジメントと密接に結びついているものでしょうが、この「効率性」確保といった項目はほかの4つとは異質なものでありまして、そもそも自民党の小委員会が法制審議会に提言していた政策的なニーズに合わせたもの、つまり国際競争力を高めるために大会社にスピード経営が可能となるような機関設計、自治権を与えて、そのかわり健全な経営が可能となるような自浄作用を促す、といったあたりと結びつく項目だと思われます。そこで、削除されております省令案の3条の規定ぶりからすると、この「取締役の職務執行の効率性確保」のために法務省が整備してほしい、と考えていたところは(公開大会社の場合には)機関相互の適切な役割分担と連携に関連する体制整備事項ではないか、と推測いたします。そこで、私としましては、もし「効率性」に関連する決定事項として掲げるのであれば、(機関相互、といった用語とは少しずれますが)常務会と取締役会の関係、取締役と執行役員の関係など重要案件の意思決定システムのあり方とか、取締役の職務分掌規程、取締役会上程事項に関する規程、(定款が変更されたことを前提として)書面決議、電話会議、テレビ会議等の利用基準の策定、特別取締役制度の利用基準、社外役員との情報共有のための決議などがお勧めかと思っております。(なお取締役と監査役との連携に関する事項につきましては、規則100条3項3号に規程されているところの問題かと思われますので、ここでは取り上げないものとしております)
体制整備に関する事項ですから、積極的に会社の管理体制に資するものであればいいわけですが、会社法に規程された問題である以上、株主への説明責任をまっとうできるものでないといけない、とも思われます。上記のような事項を決議しておけば、とりあえず筋の通った説明が株主様に対して行えるのではないか、と考えております。
※そういえば、会社法施行前の最後の訂正省令パブコメ回答(4月14日の法務省HP)におきまして、パブコメへの意見として法務省は「社外役員は、内部統制システム構築等にとって重要な役割を果たします」との意見を述べております。社外役員と内部統制システム構築の関係って、いままで議論されていましたっけね?社外役員を増やすことは、内部統制システムの向上に資する、ということなんでしょうか。
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コメント
山口先生
小職からは、ヘビーなコメントというほどではなかったので、今度もライト級にとどめておきます。
たしかに事業報告での記載は来年からなのですが、今年から例えば東証等のコーポレート・ガバナンス報告書の制度導入がはじまり(5月31日までの提出)、また有報での記載も当然意識することになり、株主総会での質問もある程度想定することになるのでは?と考えると、対外的に説明がうまくつくようにする必要がある、と思います。
ただ、小職は本来業務執行者の側に整備(構築・運用)義務があり、取締役会での決定は業務執行の監督として、基本的な枠組みを定めてその枠内での業務をさせ、報告を求めながら継続的に監督していく、というように考えております。監査役会設置会社であっても、業務執行とその監督の分離という発想を埋め込んで、実務が進むのが求められているように考えております。
社外役員と内部統制の構築という問題も、そのあたりを背景に、業務担当取締役だけの取締役会で基本方針・大綱を決定しても、執行と監督が一体化しているような状況といわれてしまいかねない、という問題があるのではないでしょうか。また、私的にはリスク管理その他各種委員会を設置するのが適当な場合が多いと考えていますが、監督(また業務へのコントロール)が外形的にも示せる体制があることが、適当ではないかなどと考えておりました。。。手短にする予定でしたので、このくらいとさせていただきます。
投稿: 辰のお年ご | 2006年4月16日 (日) 10時05分
弁護士のM・Eです。昨日に続いてコメントさせていただきますので、本日はソフトに行きたいと思います。ご指摘のとおり、パブ・コメ案3条は取締役の善管注意義務の内容として当然に包含されているものと考えられ、規定を整理する観点から会社法施行規則には明文化されなかったとのことですので(相澤=石井『新会社法関係法務省令の解説』商事法務1761号14頁)、会社法施行規則の解釈に際してパブ・コメ案に遡ることも有益でしょうね。山口先生は、パブ・コメ案3条3号の「株主又は会社の機関相互の適正な役割分担と連携を促すもの」という文言に着目して、機関相互の適切な役割分担と連携に関連する体制整備事項を導きだされておられるのでしょう。もっとも、会社法施行規則100条1項3号は、そのような限定を外した文言となっているため、そこまでパブ・コメ案との連続性を重視しなくてもよろしいのではないでしょうか。
むしろ、パブ・コメ案3条4号に着目したいと思います。会社法の内部統制は、取締役の善管注意義務の一環として認められるものであり、善管注意義務の内実を構成することからすると、当該システムは、当該会社の「規模、事業の性質、期間の設計、その他の個性や特質を踏まえた必要、かつ、最適なもの」としてアレンジメントされることを要し、それで十分であるという趣旨とする規定だと思われます。
会社法施行規則100条1項は、効率性を定める3号を除き、全てコンプライアンス・リスク管理等に関連する事項を定めていますが、これは100条1項が「株式会社の業務の適正を確保するために必要な体制」(会社法364条4項6号後段)というコンプライアンス確保体制を具体化した規定であるということからいわば当然のことでして、重要な問題は、コンプライアンス(法令遵守)確保を具体化した規定の中に、効率性という文言の規定をわざわざ設けたかということを考える必要があるのではないかと思います。この点、私はコンプライアンス・法令遵守が度を越して、業務執行が非効率となり閉塞状況になることを防止するためにこの効率性に関わる3号が導入されたのではないかと思います。会社法が制定されるまでの商法改正の歴史の詳細を述べることは省略しますが、平成5年以後の約10年間の改正は、未曾有の経済的不況を背景に、会社のパフォーマンスを挙げるためのツールや経済的インフラを整備することに力点を置いた改正が繰り返され、すなわち、効率性に重点をウェートが置かれていたわけです。この効率性を重視したツールは会社法も発展的に承継しておりますが、同時に商法よりも、ガバナンスが強化され、商法下よりコンプライアンス体制を重視した規整を定めています。
コンプライアンスは会社法364条4項6号そのものに規定されているのに対し、効率性は、コンプライアンスを実現するための体制として法務省令の中で定められているという条文の定め方からすると、会社法では、法令遵守を基調としつつ、法令遵守が行過ぎないように効率性にも留意することを会社法施行規則で定めていると理解されます。コンプライアンスを重視しすぎ、ブレーキを踏み続けると車は走らなくなりますので、効率性を確保するため、アクセルを踏みなさいというように、効率性はコンプライアンスを確保するためそれを裏から規定していると位置づけられます。このように考えられるとすると、効率性を確保する体制の具体例として、立法者の解説で挙げられている「取締役が職務執行を行うにあたって必要な決済体制等について決定すること」は、あまりに重たすぎ、非効率にならないような決済体制等を設けることと理解することができます。
事業の効率性を確保することということまでに会社法が口出しする必要があるのか、それをしなければ、取締役は善管注意義務違反を問われるのかというとそんなことはないわけでして、要するに、会社の規模、事業の性質、期間設計、個性や特質等に応じて自ら最適な水準と判断するようなものとして整備すればよいので、余りに杓子定規に、しかめっ面で効率性を確保する体制を考える必要はないのではないでしょうか。従って、業務の遂行が円滑にゆくような体制について何らかのことを適当に記載すれば足りるのではないかと思います。
ちなみに日本監査役協会の監査法規委員会が3月に公表した当面の実務対応14頁には、効率性は業務の適正の確保と表裏の関係に立つとする記述があり、私見と似た見解のようにも思えますが、この当面の対応は、業務適正の確保と効率性がトレードオフの関係にあり、対等の関係にあるように思えます(だからこそ、15頁に効率性確保のための種々の項目が記載されていると理解できます)が、私は業務の適正の確保が原則であり、効率性はその行き過ぎを阻止するための補充的、謙抑的に機能することが期待されていると理解しており、ウェートの置き方に違いがあります。
文章は長いですが、基本的方針として記載すべき内容はたいしたことを書くことはないという内容になりました。それでは。
投稿: M・E | 2006年4月16日 (日) 23時19分
再びM・Eです。昨日に続き二度エントリーで恐縮です。先ほどは家内から早くお風呂に入りなさいといわれて慌てて送信してしまいましたので、多少補充を。
会社法ではコンプライアンスを原則、効率性が補充的といいましたが、会社は企業価値を挙げるために事業を遂行するわけですから(平たい言葉で言いますと稼いでなんぼ)、業務執行の効率性を追及することは誰にいわれなくとも、何も会社法が何もいわなくとも業務執行者は積極的に自ら進んで行うわけです。しかも、ファイナンスの手法が多様化し、インフラが整備された会社法では効率性の追求は相当行われることが予想されますので、会社法がわざわざ規定をおく趣旨はやはり業務の適正確保、つまりコンプライアンス体制であり、このコンプライアンスが行過ぎないように、会社法施行規則の中で効率性を阻害しないようにという趣旨を定めたというのが私の理解です。
また、「監査役の当面の実務対応」は、取締役会決議に対する監査役の対応という視点で書かれておりますが、業務執行を行う側、つまり内部統制システムを整備する側から捉えて参考にすることも有益であり、業務の適正の確保と効率性の確保の関係は、体制を整備する側にも有益な示唆を与えてくれます。
以上補足でした。
投稿: M・E | 2006年4月16日 (日) 23時39分
山口先生、M.E先生、ヘビーではありますが、的確な整理、論述等、大変勉強になります。
遅ればせながら、私見を述べさせて下さい(両先生のような論理展開・的確な整理はできないと思いますが・・・)。
職務執行の「効率性」確保のための体制とは、私も、山口先生と同様、機関相互間の役割や連携に関する体制整備であると考えております。言い換えれば、機関相互の牽制機能を、効果的に機能させるための仕組み作りを求めたものであると思います。
解釈の理由は次のとおりです。
1.内部統制システムの構築実務の観点からも、仕組みが仕組みとして効果的に機能すること、すなわち仕組みと運用に乖離がないことが重要となります。どんなシステムがあっても、システムどおりの運用が去れずに仕組みが形骸化していては、何の意味もありません。内部統制の構築に当たっては、取締役の善管注意義務として求められるレベルのものを構築しているかという「有効性」の次元と、仕組みが仕組みとして適切に機能しているかという「実効性(形骸化状況)」
の次元と、2つの側面からの構築・運用が必要です。
規則の1.2.4.5号は前者の「有効性」に関する基準であり、3号が「実効性」に関する規定であると解せるのではないかと考えております。(実務的観点からの理由つけ)
2.ただ、実務的観点からの実質的な理由つけだけでは、法解釈としては不十分ですので、条文等の解釈を示せば、
(1)条文の体系的地位
①仮に、経営者であれば言われなくてもやる経営の 効率化の話であれば、M.E先生のご指摘の通り、 会社法の条文に規定するまでもないことを考えれ ば、規則100条1項3号の「効率性」は経営の効率 性の意味ではないと解されること
②また、経営の効率性の意味で規定したとすれば、1 項の3号という場所に、他のコンプライアンス・リ スク管理の内容とともに規定することは考えにく いこと(1項の本文ないし2項など、コンプライア ンスの行き過ぎに警鐘を鳴らす意味であれば、号 の箇所には規定するとは通常考えられないこと
(2)他の条文との対比
規則100条は、4項で監査役に関する体制整備事項 を置いていますが、その4号で、「監査役の監査が 実効的に行われることを確保するための体制」と 構造的に1項3号と全く同じ条文があり、監査役の 監査の実効性を確保するための体制すなわち、監 査の内容ではなく客観的にみて監査が効果的に行 われていることを確認できる仕組みの構築を規定 していることから、取締役の場合も同様に、職務 の執行が効果的に行われる仕組みが客観的に存在 しているかを問題としていると考えれらること
(3)条文の文言
規則100条の1項3号は、「取締役の職務の執行が 適切に行われることを確保するための体制」とい 書かれており、「取締役が効率的な職務執行を行 うことができることを確保するための体制」では ないこと
以上、条文解釈の理由付けは、かなり重箱の墨をつついたような感じになっていますが、ご了承ください。
コーポレート・ガバナンス面も強化されており、ガバナンスと内部統制の両方を一体として効果的に機能させることが、企業不祥事防止には不可欠であり、その橋渡しをする条文が、規則100条1項3号と考えることはできないでしょうか。その意図はともかく、会社法の改正で求められる内部統制は、コーポレート・ガバナンスの強化と有機的に連動して機能することが求められていると考えるのが、いわば、会社という車にブレーキをかける条文全体の体系的整理としては適切なのではないかとおもっておりますが、いかがでしょうか?
投稿: コンプライアンス・プロフェショナル | 2006年4月18日 (火) 15時31分
みなさま、熱いコメント、ありがとうございます。「運用」といった面に重点を置いて、すこしばかり皆様方のご意見を参考にしまして、自説をさらに展開してみました(続編をエントリーいたしました)
かなり大胆ではありますが、まだ「内部統制」の「な」の字も会社法現代化の議論に上っていなかった時期から、内部統制システムは「有効性・効率性」のためのプロセスであると会計学の本では説明されていたわけですから、この意味をないがしろにはできないような気がしております。
投稿: toshi | 2006年4月20日 (木) 02時49分