内部統制システムと文書提出命令(その2)
昨年の5月に内部統制監査と文書提出命令というエントリーを書いておりまして、今回はその続編ということになるのですが、あれからすでに1年が経過しようとしており、法律家の間でも、そういった訴訟対策としての内部統制システム構築の話が発展するんじゃないか・・・・と、期待しておりましたが、現時点でもあまりこういった観点から、法律雑誌で解説されているような気配が感じられませんね。と、いうことは「あまり気にするような事態にはならないですよ」といった考え方が通念なのかもしれませんが、どうも私的にはひっかかるところがあります。
専門家的には、要証事実の特定性や証拠と要証事実との関連性など、それなりに難しい論点も出てくるわけですが、誤解をおそれずにわかりやすく問題点を挙げるとするならば、株主や会社債権者が、親会社や役員個人の責任を追及する裁判において、役員の不法行為や善管注意義務違反の事実、親会社の共同責任を根拠つける事実などを立証するために、内部統制システム構築のために整備された文書ほか記録物について、民事訴訟法220条に基づいて文書の提出命令を申し立てることができるかどうか、といった問題です。もし、こういった内部統制システム構築の一環としての文書が、企業にとって「自己使用文書」「職業上の秘密に関する文書」「第三者のプライバシーに関わる文書」などに該当するものであれば、その提出を拒否できるのでありますが、そうでなければ原則として相手方に開示する必要が出てまいります。(文書提出命令の判例通説あたりを概観するのであれば、伊藤眞教授の最新版「民事訴訟法」あたりが適切かと思います)いずれにせよ、平成10年に東京高裁で、金融機関の社内稟議書は「自己使用文書」には該当せずに、文書提出命令の対象になるという判断が出ておりますし、また金融商品取引法自身が一般投資家保護を目的とした法律であることや、良質な企業統治の実現を目的として、(大会社に対してではありますが)会社法でも内部統制システムの構築事項の決定義務(体制整備事項決議義務)が規定されたこともありまして、会社の職務執行の意思決定過程を明確にするための文書や、従業員の職務執行の適正性を担保するための文書などにつきましては、その文書の作成目的が単に「わが会社における自己使用の目的のため」と言い切れるかどうかは極めて問題が残るような気がいたします。そもそも、取締役の責務としましては、そういった文書の保存や、システム自体の運用状況の監視そもものについても構築義務の範囲内にあると考えられますので、「残っていない」と回答することもできませんし、企業グループ全体における統制という面からすれば、親会社が子会社のリーガルリスクを甘受しなければいけない場面というものも予想されるところであります。
このあたりの研究や企業としての対策というものは、財務報告の信頼性に関わる内部統制でも、会社法における体制整備に関わる統制でも同様の問題が生じるでしょうし、会社法における体制整備事項への「COSOシステムの落としこみ」と同様、法律を扱う人間が対処する必要があるんじゃないでしょうか。たとえば、今年5月の取締役会までには、公開企業では各社「体制整備事項の決議」をするわけですが、その場合会社法施行規則100条で定められた整備事項の柱に沿って「事業報告書で開示されること」「有価証券報告書のガバナンス報告で開示されること」を前提に、いろいろな規定や機構を設置します、と宣言するわけですよね。その体制整備目的と具体的な施策との関係次第では、企業内部に保存する文書や、システム自体が外部第三者への開示対象になりうることは意識しておく必要があるのかないのか、そのあたりは専門家がもっと議論していいのではないか、と思います。近時の文書提出命令や、事前開示制度の裁判所における運用状況と対比しながら、今後の日本版SOX法対応文書がどのように扱われるのか、ひとつの研究課題になるような気がいたします。
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