会計監査人の内部統制(3)
第163回国会 財務金融委員会の議事録などを読んでみたり、知り合いの会計士さんにお聞きしたりして、「パートナー・レビュー」の意味もなんとなくわかりかけてきました。と同時に、いつも拝見しているkeizokuさんのブログで「処分理由(別紙2)に思うこと」のエントリーを拝読いたしまして、やはり問題点はこのあたりにあるんじゃないかなぁ・・・と、すこしばかり自分の興味の焦点が絞られてきたような気がいたしました。(ちなみに、金融庁がこのたびの中央青山監査法人に一部業務停止の行政処分を発令した理由につきましては、こちらです。)
すでにご承知のとおり、この金融庁の行政処分発令によって、上場企業の会計監査体制に大きな影響を及ぼし始めておりまして(すでに今回の処分によって会計監査人変更を決めた企業もあり、また受け皿監査法人を認容する大臣発言もあるようですが)対象監査法人にも、そして企業社会にも重大な行政処分であることは明らかです。こういった処分がなされる場合、対象となっている監査法人としては不服申立を行う権利があると思いますが、そういった申立がなされる気配はありません。それはやむをえないとしても、内部管理体制の「不備」(こういった場合、「不備」以外にどういった評価基準があるのかはわかりませんが)を理由に処分を行うのであれば、まず「あるべき内部管理体制」に関するガイドラインが存在するか、もしくは存在しないのであれば、相手方に不服申立を行うことが保証される程度に詳細な理由が必要なのではないでしょうか?たとえば法人の刑事罰のように、すでに両罰規定が存在していて、その監査法人に在職する(もしくはしていた)会計監査担当者個人が罰則を受けることを前提に処罰される、というのであれば理解できるのですが、本件は行政処分であって、また両罰規定のようなものも存在しない中での法人への処分です。ということであれば、当然に法人に対する処分理由は必要であって、はたしてこの程度の処分理由が、その影響と比較して反論することが可能な程度の実質的な理由になっているのかどうか、極めて怪しいのではないかなぁと感じております。結局、最初に「厳罰にすべし、という結論ありき」であって、keizokuさんのおっしゃるように「なにか法人全体を厳罰にできるいい理由はないかなぁ」といったところで「内部統制」を持ち出したような印象を与えているのではないでしょうか。ここのところは、金融庁が明治安田生命に対して業務停止処分を発令した場合とは大きく異なるところです。(明治安田の場合には、発令よりずっと前から調査を行い、その際に再生防止に関する指示を出し、また会社側も再発防止の宣誓をしていたにもかかわらず、金融庁からみて「結局、なにもしていなかったではないか」と判断した経過がありました)
さらに、今回の処分理由でわからないところは、果たしてパートナーレビューが適正になされていれば今回のカネボウの不正監査は防止できたのでしょうか?品質管理レビュー全体が正しく機能していれば(どういった体制であれば適正と評価できるのか、そこのところが果たして合意ができているのかどうかも疑わしいのですが)合理的に判断して、このたびの会計士と経営陣との癒着による不正監査は防止できたのでしょうか?金融庁が考えている「あるべき品質管理レビュー」といったものが、その企業から受ける監査報酬との関係で十分採算があるものなのでしょうか?すくなくともこういった問題点をきちんと考えて、明確な回答が出ないのであれば、今回の処分が法律に基づく適正手続を経た処分と言えるのでしょうか?
私が会計士の先生や学者の先生方に教わった「内部統制理論」によれば、「内部統制には必ず限界がある」といったことでして、これはおそらくどの先生方もお認めになるものと思います。そこには「内部統制の無視」や「共犯」などによって内部統制が無効となるケースが想定されております。たとえば、カネボウ事件の場合、経営陣と会計士が不正経理を共謀して行っていたようなケースでは、誰が品質管理レビューでそれを発覚させることができるのでしょうか。とりわけ平成3年以降導入されたリスク・アプローチによる監査方法によるのであれば、その企業の会計を長年見てきた会計士以上にリスク評価が可能な外部の人間というのは存在しないはずでありまして、だからこそ奥山理事長は「監査法人が騙された」と言い放っておきながら、あとで逮捕者が出た段階で「本部のほうは知らなかった」と言い直さずにはいられなかったわけですよね。(発言を変更していること自体、私には監査法人の内部統制の限界を感じるのですが・・・・・)
とくに中央青山監査法人を弁護する目的でのエントリーではありませんが、この金融庁の理由では、今後同様の事態が発生した場合における有効な先例にはなりえないことは間違いないところでして、世論の流れ、報道機関の興味の流れによって、これからも場当たり的な処分が下される可能性があり、果たして安定した会計監査というものが、これを契機に十分検討されるだけの土壌が育成されるのかどうか、極めて心もとないのではないか、と思っている次第であります。なお、こういった処分理由に触れた現役の会計士さん方にとって、これを真摯に受け止めてお仕事ができるのでしょうか。どうも、私の周囲の方のお話をお聞きしたかぎりでは、もともと「レビューパートナー」に提出すべき書類を作成することは「やっつけ仕事」であって、どうもその効果といったものに十分な期待をかけていないのが通常ではないか、と思ったりしております。
| 固定リンク
コメント
Toshiさん、お久しぶりです。私も同様の感想を持ちました。内部統制というのは妙なキーワードでして、これを抽象論として活用してしまうことの危険性はご指摘のとおりかと思います。また、手法としても業務停止という方向に向かうことがいかに困難か(顧客に迷惑がかかるうえで、受皿を認めるのであれば移転コストがかかるだけである)が今回でわかったはずで、今後は課徴金や罰金も含めて考えていかないといけないのかなあと思うに至りました。
投稿: neon98 | 2006年5月13日 (土) 03時34分
TBありがとうございます。
資生堂さんが契約期間満了を機会に契約を解除することにしたようであります(正確にいうと契約を更新しないということなんでしょうけどね。その割にはいつが契約終了日かわかりませんが)。
業務停止処分を受けた会社と契約の残存期間をどうするかという判断、契約期間満了時に継続するかという判断、新規にそこと契約するかという判断・・・これについて監査役の方はどう判断しなければならないのか・・・結構、同じ問題とは考えられないところもあると思うんですけどねえ。
投稿: ろじゃあ | 2006年5月13日 (土) 03時37分
業務停止処分を受けた会社
→業務停止処分を受けた監査法人
の誤りです。
ごめんなさい。
投稿: ろじゃあ | 2006年5月13日 (土) 03時39分
いつも勉強させていただいております。僭越ながらTBさせていただきました。
このご指摘については、処分発表を見たときに私も全く同じような印象を感じました。
処分発表の内容を読んでいると「報告徴求」を求める理由については「審査・教育体制及び業務管理体制を含む監査法人の運営に不備」という部分で別紙2に理由が書かれているのですが、肝心の「業務停止」に対する理由が「関与社員の故意」の一言で終わってしまっているように感じます。
少なくとも、3月30日付けで行われた別の会計士・監査法人に対する処分では「処分根拠とした理由(事象)」が明らかにされていますし、これと対比してもご指摘の中にある「反論することが可能な程度の実質的な理由」が明らかにされているとは言いがたいのではないかと感じています。
このような処分方法では、関係者がドタバタするだけでなんら全体最適に向かわないのではないかなぁ、と感じるところです。
投稿: Swind@立石智工 | 2006年5月13日 (土) 07時49分
こんにちは、トラックバックありがとうございます。
上の、立石さんの指摘の中に含まれているようにも思えますが、
>金融庁がこのたびの中央青山監査法人に一部業務停止の行政処分を発令した理由につきましては、こちらです。)
と、書かれていますが、
このこちら(=別紙2)はあくまで報告を求める理由であって、一時業務停止の直接の発令理由ではないですよね。
あくまで直接の処分理由は「・・・同監査法人の関与社員は故意に虚偽のないものとして証明した」ですので、結果責任を問われているようにも見えます。それはそれでちょっと怖いような気がするのですが。
投稿: KOH | 2006年5月13日 (土) 08時54分
>neon98さん
こちらこそ、ごぶさたしております。コメントありがとうございました。
内部統制といった言葉は極めて抽象的であり、その規範的要件性の高い概念だと思っております。それゆえに今後の実務指針のようなものが待望されているわけですね。
行政処分に代わるものの検討は私も必要ではないかと思います。ただ、刑罰の安易な導入は、市場活性化との関係で、私は懐疑的でありまして、これはまた別エントリーで述べてみたいと思っております。
なお、neon98さんが自ブログで問題にされております内部統制理論そのものへの疑問につきましては、私も非常に興味のあるところです。
>ろじゃあさん 立石さん KOHさん
ご指摘ありがとうございます。
それぞれのご意見を反映させて、つぎのエントリーをたててみました。
なお、刑事処罰と異なり、行政処分はその行政目的を達成するための必要最小限度の範囲でのみ営業の自由を制約できることになっていますよね。
たったひとりの監査担当社員の不正監査を原因とした場合、その監査担当社員の登録抹消で足りるはずであり、それ以上に大規模な監査法人の業務を行政目的(投資家の保護)のために停止する必要があるのでしょうか?
この答えが憲法違反にならないためには、第二第三の「不正監査を招く監査人が生まれる環境」があることを説明する必要がありませんでしょうかね?
また、遊びにきてくださいね。
投稿: toshi | 2006年5月15日 (月) 02時05分