監査法人交代のリスクマネジメント
先週の「会計監査人の内部統制(3)」には、たくさんのコメント、TBありがとうございました。立石さんやKOHさんがご指摘のように、中央青山監査法人の「内部管理体制の不備」は直接の処分理由とはなっておらず(つまり、今後是正すべき点の指摘)、直接の(監査法人への)処分理由は懲戒根拠が「虚偽証明・不当証明」、懲戒事由が「社員の故意による虚偽・不当証明」ということになるんでしょうね。(ご指摘どうもありがとうございます。)ただ、本件で問題とされている会計士の行為が平成16年4月1日施行の改正公認会計士法の施行日前のものであったとしましても、おそらく監査法人の社員として監査証明業務を執行した者以外に、監査法人をも行政処分の対象とするわけですから、改正公認会計士法のもとにおける金融庁の「公認会計士・監査法人に対する懲戒処分の考え」と同様、実質的には当該監査法人の「社員に対する内部管理体制の不備」を主たる理由として両罰的に処分の対象としている、と考えるのが妥当ではないでしょうか。そもそも、このたび問題となっております「一部業務停止」は「行政処分」です。行政処分は刑事処分と異なって、なんらかの行政目的を達成するために、必要最小限度の範囲内において一般企業の憲法で保障されている経済活動の自由を制約することです。たとえば、ひとりの会計士さんが故意に不正経理に関与したのであれば、その方の資格を抹消すればいいわけでして、なにもその会計士さんが所属する監査法人の業務まで停止する必要はありません。もし何千人もの会計士さんが所属する監査法人の業務を、憲法違反にならずに停止する必要があるのであれば、それはその監査法人が「第二、第三の不正監査に関与する会計士さんを発生させる環境」があるからでありまして、それがまさしく監査法人の内部管理体制のことになると考えられます。
なお、中央青山が不正経理問題に絡んで、過去に二度ほど「戒告」処分を受けている点や、瑞穂監査法人に対して、業務停止処分を発令した前例との事例比較などによって、どうしても厳しい処分とせざるをえなかった、という事情もあるのかもしれませんが、これらは行政処分の量刑にあたり、処分の公正性、明確性をはかるための加重・軽減事由にはなりえても、行政処分を課す「処分根拠」そのものにはなりえないと思いますが、いかがでしょうか。もし別紙2に記載されているような(平成11年3月決算時点から15年決算時点までに)内部管理体制の不備が中央青山に存在しなかったとして、その監査法人に所属するたったひとりの社員の故意による虚偽証明の態様が悪質である場合には、何千人もの社員が存在する監査法人に対して両罰的に「業務停止」という処分が下るようには思えませんので、やはり実質的な処分根拠は監査法人の内部管理体制の不備にある、といわざるをえないように考えておりまして、やはり監査法人の内部統制のレベルといったものが、どの程度のものであればよいのか、客観的な基準というものが開示されないままに、このたびの社会的混乱に至ったといわざるを得ないように思います。
なお、今回の金融庁の処分にあたって、金融庁は処分直前にPCAAOB(公認会計士・監査審査会)の意見を聞いておりますので、そのあたりで、どういったやりとりがあったのか、もしくは5月9日に開催されましたPCAAOBの会合で、どういった委員間のやりとりがあったのか明確にされますと、行政処分の量刑理由(内部管理体制の調査結果)といったものも明らかになるかもしれません。(ちなみに、PCAAOBは昨年10月より四大監査法人に対して品質管理レビューを行っておりますので、そのあたりの調査結果も判断根拠になっているのかもしれません)
ひるがえって考えてみますと、このたびの中央青山の行政処分に対して、十分に監査人交代(もしくは一時会計監査人の選任)のリスクを検討していた企業がどれほどあったでしょうか。監査法人が刑罰を受けたり、課徴金を賦課されるということであれば、それは監査対象企業において自主的に検討すればいい話でしょうが、金融庁の業務停止処分ということであれば、自分のところを担当している当該監査法人の社員の人たちとの関係が良好であったとしても、会計監査人の交替を余儀さくされるわけでして、企業にとっては大きなリスクになるはずです。このたびのような金融庁の業務停止処分の出される経緯からしますと、監査法人のどういった内部統制に問題があれば会計監査人交代のリスクがあり、どういったPCAAOBによる意見形成がなされるのか不明なことも併せ考えますと、中央青山以外の監査法人でもふたたび同様の事態が発生する可能性は十分あるように思いますし、このリスク回避のために一般企業がどういったリスク管理をしていればいいのか、そのメルクマールは不明のままであります。
とりわけ、何度も申しますが、新会社法のもとでは、監査役は会計監査人たる監査法人の内部統制状況の報告を受け、これをチェックしなければなりません。客観的な監査基準もないままに、どうやって監査法人の内部統制をチェックすればいいのか、これからそういった監査基準ができあがるのか、皆目見当もつきません。今回のケースをモデルとして金融庁の行政処分のあり方が議論され、会計士協会による自主規制部門の強化や、課徴金制度の強化、刑事罰の厳格化などの代替措置も検討されるでしょうが、今後会計監査人とよりよい関係を築かなければならない企業の監査役にとりましては、「いつ監査法人が交替しても会社がリスクを負わない程度の」連携と協調のあり方を考えておいたほうがいいのかもしれませんし、信頼関係のある「連携と協調」を必要とするのであれば、中央青山がなにゆえ「一部業務停止」「2月」とされたのか、そこにいたる理由を公正透明にしていただきたいと強く願うところであります。
| 固定リンク
コメント
「仏作って魂いれず」ならぬ
「張りぼての閻魔尺を選ばず」って感じですかねぇ。
おじゃる丸が尺を持ってる分には問題ないのでしょうが(^^;)。
事前規制の後には事後規制が来るはずだったのに事後規制の規制枠組みが事前に明確でない・・・確かに何を「よすが」にどうすればいいのかという当事者が・・・
投稿: ろじゃあ | 2006年5月15日 (月) 17時37分
素人なものでこういう素朴な質問をして恐縮ですが、中央青山は単にPWCと提携しているというより、周辺では中央青山といえば、ああPWCのことねと言われるほどの密接な関係にみえていたので、PWCが受け皿になるのであれば、単に形式的に横滑りするだけのような印象をうけます。訴訟などが今後生じるでしょうが、その場合問題はないのでしょうか。
投稿: さなえ | 2006年5月15日 (月) 17時44分
こんにちは。週末は仕事で追われておりました。。。
今年の2月のエントリーなのですが、
http://grande.blog2.fc2.com/blog-entry-508.html
監査法人のローテーションにより、どんな監査法人に対しても対応できる体制を整えるというのは、一つのリスク管理となりえるのかもしれません。
もっとも、監査法人の変更自体はコストのかかることですし、このコストを投資家がどう判断するかにかかってくるわけですが。
3ヶ月経過した今となっては、トレンドマイクロのこのような試みは、評価されてもいいのではないかなと思っています。
投稿: grande | 2006年5月15日 (月) 19時56分
ご指摘の通り、今回の事件では結局のところ「処分根拠」が分からない(明らかにできない?)ことが、実は一番問題ではないかと感じています。
どうにも今回の処分は「結果が×だったから、今までのプロセスも×だった」という論理が見え隠れしてなりません。これが罷り通るようなら「何をしたって、結局コトが起こればダメ」となってしまう危惧を感じます。すると、かえって「マネジメントの仕組みとしての内部統制」がないがしろとされてしまうのではないでしょうか?
過去の行政処分を詳しく分析したわけではないですが、(少なくとも日本の)行政処分の場面では「オレがルールだ、オレの言ったことは正しい、だからオレが処分を下す」的なイメージがあり、これが今回のような“問題”を引き起こす土壌になっているのではないか、と感じるところです。
投稿: Swind@立石智工 | 2006年5月15日 (月) 22時01分
grandeさんのブログを拝見しておりますと、いよいよ監査人の変更も本格化してきたようでして、こういった事態はどうなんでしょう、果たして金融庁が処分を発令する際に、予想された事態だったんでしょうかね?
いずれにせよ、担当者はたいへんですね。
さなえさんのご質問でありますが、おそらくグレーな部分があることは間違いないと思います。ただ、中央青山とPWCにおいて経営意思決定機関が異なる以上は、いくら縁が深いといいましても、同一法人である、と法的に評価することを前提とした措置をとることはできないものと思います。
投稿: toshi | 2006年5月16日 (火) 02時43分