村上氏に違法性の認識はあるか
(6月3日午後追記あります) ライブドア事件の際には「堀江氏に逮捕はない!」などと断言して、大きく「はずして」しまいましたので、あまり信憑性はないかもしれませんが、やはり今回の村上ファンドのインサイダー疑惑で注目されるのが村上氏の「公開買付等関係者による不正取引」、いわゆるインサイダー取引の違法性を(村上氏が)認識していたかどうか、という点ではないでしょうか。本来、立件が非常にムズカシイと言われている内部者取引であり、かつ自白は容易にとれないことが予想される村上氏のことですから、捜査機関としては「違法性の認識」という主観的な要件につきましても、いわゆる客観的な証拠の積み重ねによって、ほぼ100%故意(違法性の認識)を立証できるレベルに持っていく必要がありそうですね。
前回のエントリーでも少し触れましたが、ライブドア事件の捜査によって、「5%を越える買付に関する準TOB行為の決定が、ある時点までに適正になされたこと」「その後17年1月5日に村上ファンドが80万株を買い付け、ニッポン放送の株式18.57%を保有するに至ったこと」「ライブドアの買い付け決定に基づき、実際に17年2月8日(ライブドアがニッポン放送株を大量に取得し、持株比率が約35%に上った日)までの間に準TOB行為が実行されたこと」「その後、ライブドアはさらに買い進めて、ニッポン放送株を40%以上保有するに至ったこと」は間違いないところです。そして宮内氏もしくは堀江氏によって、「準TOB行為が決定した旨を村上氏サイドに伝えたこと」につきましても、おそらく供述の裏づけはとってあるのではないでしょうか。また、取得を決定すべき村上氏自身の面前で準TOB行為が行われることが決定した旨を伝える(情報の一次受領者)必要がありそうですが、これも宮内氏、堀江氏どちらかの供述によって、なんとか補完できるようにも思われます。
では、果たして上記の事実が認定されると、村上氏の違法性の認識も立証されたことになるんでしょうか?それまでニッポン放送の株式取得に興味をまったく示していなかった村上氏が翻意をして一気に買い進んでいたとするならば肯定できそうにも思えますが、そもそも村上氏は2003年9月30日からニッポン放送株を6.3%取得してニッポン放送の筆頭株主ではなかったか、と記憶しております。つまり、「ニッポン放送株」の取得を勧めていたのは村上氏側であって、ライブドアはその村上氏の話を聞いて準TOB行為に及んだのではないでしょうか。ということになりますと、上の事実が立証されるだけでは、村上氏によって「ライブドアは(ニッポン放送株を)買いたいという希望は聞いていたが、買うことを決めたとまでは言ってなかった。私はそれまでの自身の買付行為の延長として、その後も自分の判断で株を購入したにすぎない」と抗弁されてしまいますと「違法性の認識」立証まで到達しないような気がいたします。(もし、村上氏の従前からの保有、という点に事実認識の誤りがありましたらごめんなさいです)
あまり参考となる刑事判例の存在しない分野なので、まったくの推測ですが、このライブドアと村上ファンドとの関係を考えるうえで、もっとも重要なポイントは「ギブアンドテイク」の関係が立証できるかどうか、というところではないかと思います。つまりは、2月8日の大量買付けの公表日をはさんで、村上氏がライブドアの内部情報を入手するかわりに、ライブドアのほうが何かを村上氏(もしくは村上ファンド)から得ることができたかどうか、そしてその二つの行動を結びつける因果関係、という点であります。そこが明確になりませんと、なんでライブドアが村上ファンドにもうけさせる必要があるのか、重要事項をなぜ村上氏に教える必要があるのか、その動機がはっきりしないわけでして、全体像が最後まで見えてこないことになりかねません。(ただ、こういったギブアンドテイク説は、巷間噂されているように、2月8日に村上ファンドが保有している株式をライブドアが時間外取引で取得したのではないか、という風評が真実ですとまったくハズレになってしまいますかね?それともギブアンドテイク説が維持できるストーリーはあるでしょうか。私は、あくまでもこの2月8日以降に村上ファンドの保有していたニッポン放送株がライブドアの利益として利用されたことが前提となるような気がしますが。)
(追記 6月3日午後)
朝日新聞のネット記事に 村上ファンド利益100億円、裏で何が というのがリリースされております。これを読みますと、株価5500円程度だった1月5日時点には18パーセントだった村上ファンドのニッポン放送株の株数が、時価8000円程度にまで上った2月末時点ではわずか3%になっておりますが、その間に半分程度はライブドアの買付公表時点までに処分され、残る半分を市場で売却したのでは、との推測が記載されております。もし、こういった密約があったとするならば、「ギブアンドテイク」の関係は成立するはずですし、どうしてもファンドからライブドアや市場にどうニッポン放送株が流れたか、という客観的な取引履歴によって主観的な要件も立件できるのかもしれません。
それともうひとつ気になるのが、ライブドアの元代表取締役の熊谷氏の身柄拘束の経緯です。関係者のなかではもっとも遅く身柄を拘束され、また裁判所の保釈につきましても、(否認をしている堀江氏を除き)もっとも遅く許可が下りました。この一連の熊谷氏の身柄拘束の経緯は、捜査機関が村上ファンドへの捜査方針となんらかの関係がありそうに思うのですが。
(追記おわり)
したがいまして、村上氏のインサイダー取引に関する違法性認識立証の鍵は、「ギブアンドテイク」、つまり村上ファンドがニッポン放送株の内部者取引によって保有した株式(もしくは株式売却による金銭)が、どういう理由かはわかりませんが、その後のライブドアの大量保有に対してなんらかの支援策となったことが、客観的に解明されることではないでしょうか。この「ギブアンドテイク」の関係が解明されてしまいますと、取引関与者がどんなに否認したとしましても「違法性の認識」があった、という認定に裁判所は傾くのではないかな・・・と考えたりしております(いや、すでに全容は解明されているのかもしれません。)
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コメント
あまり詳細は書けないんですが…、本件については数ヶ月前からSECの方が関係者から色々と事情を聴いていたそうです(供述調書の作成及び任意で資料の提出を求められたそうです)。SECは多くの関係者に本件について聞きまくっていたんで絶対に外に話は漏れるだろうと思ってました。むしろここ数ヶ月間、マスコミが報道しないのが不思議でした(本当に知らなかったとは思えないんですが・・・)。
投稿: 匿名でお願いします | 2006年6月 3日 (土) 02時24分
はじめまして。ご意見ありがとうございます。
今朝の日経新聞に阪急HDの角社長が「うわさは耳に入っていた」と話しておられるので、関係者間ではかなり以前から情報は流れていたんでしょうね。ただ、やはり株価に影響を与えるような情報なだけに、報道機関も「関係者のひとこえ」を待って一斉に公表する、といったことになったんではないでしょうか。
私はまったく存じ上げませんでしたので、ホントにビックリしました。
証券取引監視委員会先行というのは、ここだけに焦点をあてると、また政治がらみでおもしろい話題になると思うのですが。
また、よろしかったら遊びに来てください。
投稿: toshi | 2006年6月 3日 (土) 12時17分
はじめてメールします。
たいへん面白い内容です。
一点気になるのは、「情報の第一次受領者」の認定ですが、
これはなにも「面前で直接」に伝える必要はなくて、
仲介者が介在していても、実質的に「直接伝えた」と
認識される場合には「第一次性」は否定されません。
(昭和63年5月19日参議院大蔵委員会議事録15号
政府委員藤田恒郎証券局長の証言)
投稿: あすくる | 2006年6月 3日 (土) 13時08分
ごぶさたしております。
専門外の話なんで、素人考えですが、磯崎さんがブログで紹介されていた「ライブドア黙示録」(朝日新聞社)を読みましたところ、toshiさんの推理のとおり、2月8日の時点で保有株のうち30%程度を時間外取引でライブドアに売却していたようですね。ただ、その後の展開が「give&take」の約束が果たされなかったようで、意外な展開になった、とありますね。(詳しくはお読みいただくとわかると思います)これを読んでみますと、ずいぶんと村上氏は恐ろしい人物のようですが。しかし、私にはインサイダー取引にあたるのかどうかは、わかりませんでした。
投稿: 品田太市 | 2006年6月 3日 (土) 18時31分
はじめてコメントさせていただきます。
関西のとある団体で法務関連の仕事をさせられている
者です。
内部統制に関する情報を集めていたら、こちらのブロ
グに行き当たり、それ以降ほぼ毎日立ち寄らせていた
だいております。
証取法については全く知識がないのですが、インサイ
ダー取引の立件が難しい、というのは聞いたことがあ
るので、マスコミ報道を見たときの感想は
「検察はかなり自信があるんだろうなあ」
ということでした。
今後もこの件には注目したいと思っています。
内部統制にかかわるお話も、またいろいろとお願いい
たします。
投稿: John | 2006年6月 4日 (日) 00時24分
>あすくるさん
情報どうもありがとうございます。
おっしゃるとおりですね。
ちょっと私の勉強不足のようです。
>品田さん
おひさしぶりです。
本当に頭が痛くなるほど、この問題はむずかしいですね。ご指摘の本は手元にありませんのでなんとも言えませんが、ちょっと休憩してから、またこの問題を考えてみたいと思います。
>johnさん
はじめまして。
検察はどのようなシナリオを描いているんでしょうね?ホリエモン事件のときより、こっちのほうがムズカシイと私は感じております。
内部統制モノは、アクセス数もアップしますし、これからも定期的にエントリーしていきますので、またチョコチョコ立ち寄ってください。
よろしければご意見なども頂戴できましたらうれしいです。(今後ともよろしくお願いします)
>みなさまがた
ちょっと昨日のエントリーから考えなおして続編をアップしております。また、興味がございましたらお読みくださいませ。
投稿: toshi | 2006年6月 4日 (日) 02時28分