ダスキン代表訴訟高裁判決と「公表」の重み
昨日の「最高裁判決と企業コンプライアンス」のエントリーには、たくさんのコメントをいただき、ありがとうございました。この損害保険における「偶発性」立証責任問題については今後の保険実務に与える影響は大きいものと予想しておりますが、昨日、またまた企業法務にとって大きな影響を与えかねない判決が大阪高等裁判所で出されました。(ダスキン株主代表訴訟控訴審判決に関するニュース)まだ判決全文を読んでおりませんので、あくまでもニュースソースからの情報であることをあらかじめお断りしておきます。
おそらく「内部統制システム整備義務」といった講演をお聴きになったり、また講演をされる立場の方はご承知のことでしょうが、これは平成16年12月22日に大阪地方裁判所で言い渡された第一審判決(判決内容は判例時報1892号108ページ以下に掲載されております)の控訴審判決であります。控訴審においてもいろいろな争点があると思われますが、もっとも企業法務として重要だと思われるところは「第一審では、業務担当取締役および代表者しか責任が認められていなかったにもかかわらず、控訴審では、当時の11人の取締役、監査役全員に責任が認められたこと、しかも使ってはいけない食品添加物混入問題の責任追及や事実調査に鋭意努力して調査委員会設置にまでこぎつけた社外取締役に対しても責任を認めていること」であります。
取締役らの「公表義務」の検討
新聞報道などではわかりにくいところでありますが、なぜ独立した社外取締役や監査役まで存在するにもかかわらず、取締役会で違法添加物混入事実を公表しない方針を採用したのか、まずそのあたりを確認しておく必要があります。(なお、こういった確認が必要なのは、私がダスキンの役員を弁護するためではなく、あくまでも役員に有利と思われる事情も斟酌したほうが問題点の整理としては適切だと思うからです)まず、業務執行を担当していない役員らが違法添加物混入の事実を知ったのは、すでに対象となる「肉まん」の販売が終了しており、市場における流通の可能性がなく、どこからも被害者が発生したという事実は出ていないといったことがあげられます。つぎに国内では当該添加物が違法とされていても、欧米諸国では普通に使われており、また現実の使用量についても、欧米レベルの基準ではまったく問題にならない量であった、という事実があげられます。つぎに、社内では当該違法添加物混入に関する当事者の処分がなされ、一応の綱紀粛正がはかられていたという事実があります。そしてなんといっても、ダスキンを支えてくれているフランチャイズである「ミスタードーナッツ」の経営者たちに「絶対に迷惑をかけてはいけない」という気持ちが強かったことが最大の要因ではないか、と思われます。こういった状況のなか、もし私がダスキンの社外取締役もしくは社外監査役だったとしたら、ほかの12名の役員の反対を押し切って、「いや、違法添加物の混入の事実はいまからでも遅くないから公表すべきです。消費者に対して信頼回復の措置を絶対にとらなければ取締役会議事録に署名はできません」と言えるでしょうか?このブログをお読みの方々はいかがでしょうか?
そもそもこういった食品の安全に関する問題については、「公表」というのは商品が流通している場合に、その商品の使用を止めてもらったり、商品回収のための通知をするために行われることが多いのは事実です。しかしながら、たとえ違法添加物混入による被害報告が一切ない場合であっても、食品を扱う企業である以上は、まず違法添加物混入の事実を消費者一般に公表して、「被害報告の機会を確保する」必要があるのでしょうね。もしそのような疑いのある報告がなされた場合には、その調査を真摯に行うことも必要になってくるのかもしれません。さらに、食品を扱う企業の「社会的責任」として、たとえ一般消費者に対してなんらの被害が出ていない場合であっても、違法添加物混入という事実は企業の存立にとって極めて重大な事実でありますから、これを自ら社会に公表することが法的な責任である、ということなのかもしれません。(しかし、こういった根拠で取締役に公表義務を認めるとなると、「社会的責任」という言葉が画期的に判決で使われたことになりますが、そこまで言えるのかどうか、ちょっといまのところ自信はありません)あるいは、昨今の全社的リスク管理体制の整備義務(内部統制システムの整備構築義務)の一貫として、後日マスコミなどによって「隠匿」が発覚した場合の企業の社会的信用の失墜と比較すれば、いま自主的に公表して損害を最小限度に押さえるために必要な措置をとることが取締役の善管注意義務を尽くすことになる、という思想のあわられなのかもしれません。
上に示した取締役に有利と思われる事情を考えたうえで、なお「公表義務」を尽くさねばならないとする高裁判決の意義を検討する場合、「公表義務」を認める根拠には、こういったいろいろな考え方があるように思います。本件では「一部の取締役が口止め料を関係者に支払っていた」といった事実が前提として存在したり、「匿名による内部告発によって、問題が表面化した」といった事実なども検討する際の事情として重要かもしれませんが、私は素直に「後で誰かの指摘で問題化するよりも、いま自主的に公表して消費者への信頼失墜を最小限度にとどめたほうがいい。消費者からのクレーム処理(いいがかり)もたいへんかもしれないけれど、そういったマジメな対応自体、信頼回復のために効果的ではないか」と、ほかの役員の方々を説得すると思います。しかし、その場合、私は取締役会議事録に異議を留めておくだけで、公表義務を消極的には尽くしたことになるのでしょうか????うーーーん、辞任しかないかなぁ。
この高裁判決は、まだ最高裁へ上告受理申立がなされるかもしれませんが、一度各企業で取締役会が違法行為を知った時点の事実関係を正確に把握したうえで、自社であればどう対応するか(対応できるか)よく検討してみてはいかがでしょうか。けっこう困難な選択を迫られるのではないでしょうか。
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コメント
弁護士のM・Eです。ただ今、上村教授の村上ファンド問題の講演会を聴講して横浜の自宅に戻ったところで先生がダスキン高裁判決にコメントされていることを知りました。
確かに読売新聞の記事では「取締役の公表義務を認定した初の司法判断」という記事になっておりますが、日経新聞では「全員の注意義務違反を認め」となっています。この点は、判決原文をあたってから改めて議論したほうがよいかも知れません。
といいますのは、一審の事実認定を読みましたが、事業部門の業務担当取締役と使用人兼務取締役2名のみがТBHQという食品衛生法に適合しない添加物が含まれていることを知りつつ販売を継続するという違法行為に出たという事実認定になっておりますが、この点に不自然さが感じられる状況になっており、少なくとも取締役会を構成する複数名の取締役が違法な添加物が混入していたことを現に知っていたか、あるいは知り得るはずであったといってもよいような印象を受けるからです。新聞報道が法的に正確さを欠いていることはよくありますので、ひょっとしたら、公表義務以外の争点で判断している可能性だって否定できないのではないかと思われます。
取締役に公表義務が認められるという法理が認められているのであれば、それは大変なことだと思います。従来、種々のリスクに晒されている企業は、リスクが発生したときに、事実関係を調査して原因を分析し、再発防止策をも念頭においた上で不祥事を公表することが通例であったように思われます。このような運用が適切なのか、特に上場企業の場合、証券取引所の適時開示規則による適時開示対象情報に該当する場合もあり、迅速に開示することが要請されていますので、タイムリーな開示が必要でしょうし、被害が継続的に継続する場合には直ちに公表して被害の拡大を防止すべきでしょう。しかし、ダスキンは、非上場会社で、適時開示云々の問題はでてこないうえ、既に肉まんの販売を終了した後に事実を把握したというのが事実であれば、被害拡大を防止する必要性から緊急に公表する必要はなく、むしろ、原因究明や再発防止策を策定し、不祥事の発生と併せて公表しない限り、企業としての姿勢を疑われかねず、レピュテーションリスクのほうが過大ではないかと思われます。
従って、私としては判決文を入手してから、慎重に判決の認定事実と規範を分析してから、改めてこの問題を取り上げることが適切ではないかなと考えております。
村上ファンド問題の講演は、公正な価格形成機能を確保することが証券市場維持の観点から極めて重要だという観点から、ライブドア、村上ファンド問題を取り上げておられました。村上ファンドが機関投資家の特例を悪用したことを批判しておられ、35%弱取得しながら、大量保有報告書に純投資と記載することは虚偽記載ではないか?、と上村教授がコメントしたところ、それを見た村上ファンドが金融庁に問い合わせして、純投資+経営参加と記載を訂正し、ホームページに純投資目的のための経営参画であると説明したが、これはグリーンメーラーであることを自認したことに他ならないのではないか、とすると阪神電鉄も、ライブドアの東京高裁の鬼頭4要件でも差し止めが可能であるとして買収防衛策をとるべきではなかったかなどといった話にまで言及しておられました。詳しい話はいつか別途報告させていただきます。
投稿: M・E | 2006年6月10日 (土) 19時04分
MEさん、詳細なコメントありがとうございます。
おっしゃるとおりで、判決全文(おそらくかなり大部かと思いますが)を精査したうえでないと、はっきりした論点はわからないかもしれませんね。しかし、この判決はどういった根拠から、取締役全員に注意義務違反を認めたのか、非常に興味がありますね。また、特殊事例ではなくて、どこの企業でも起こりうるような事態が前提事実になっていますから、議論するには適材かと思われます。
また、MEさんからもご意見お待ちしております。
投稿: toshi | 2006年6月10日 (土) 22時01分
弁護士のM・Eです。どうやら高裁が公表義務という法理を認めた可能性は高いようです。認定された事実に照らして射程距離を見極めなければならないですが、実務に与える衝撃というかインパクトは無視できないかも知れません。
下記記事をご参照ください。
http://www.asahi.com/national/update/0609/OSK200606090086.html
投稿: M・E | 2006年6月11日 (日) 22時23分
あっホントですね。さきほど「下級審判例速報」をチェックしたんですが、まだ掲載されていないようです。(かなり長い判決だから、アップするのはたいへんなのかもしれませんね)内部統制と会社法に関する論点整理のためには、どうしても勉強しておきたい判例ですね。
どっかにデジタルベースで貼られている判決文があればまた教えてください。私も見つけたらこのブログで情報として流しますね。
投稿: toshi | 2006年6月13日 (火) 18時33分