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2006年6月 9日 (金)

最高裁判例と企業コンプライアンス

私のブログにお越しいただく方々は、判例研究といった「純法律的なエントリー」にはあまり興味をお持ちでないかもしれませんが、村上ファンドの報道に隠れて目立ちませんでしたが、ちょっと気になりましたのは「自動車保険約款(契約)における発生事故の立証責任」に関する最高裁の逆転判決(高裁と逆の判断)が二つほぼ同時に出まして、いずれも保険会社側に極めてキビシイ判決(高裁へ破棄差し戻し)内容となっております。(6月1日横尾判決 6月6日上田判決)一般の弁護士にとりまして、こういった保険金支払拒否に関する法律相談というのは、けっこう持ち込まれることが多いと思いますし、これらの最高裁判例につきましては、原告側に立つ弁護士さんのグループや、金融機関側のグループなどで、今後何度も判例研究会が開催されるんじゃないでしょうか。いずれにせよ、今後の保険実務に対して大きな影響を与える判例になることは間違いありません。

誤解をおそれずに、少しわかりやすく説明いたしますと、愛車のドアに誰かから傷をつけられた、ということで車両保険で修理をしようとしましたところ、保険会社のほうが「ちょっとこれは契約者のほうで故意につけたんじゃないでしょうか。故意もしくは重過失で傷をつけた場合には、偶然の事故とは言えないので、契約の定めに書いているとおりお支払はできません」といって支払を拒否した場合、車両所有者は「故意に自分で傷をつけたものでないこと」を立証しないといけないのか、それとも支払を拒否する保険会社のほうで、この傷が保険契約者(車両所有者)が故意につけたことを立証しなければいけないのか、といったところが論点となりまして、最高裁の二つの判例はいずれも「商法の規定の解釈によっても、さらに契約(約款)の合理的な解釈によっても、保険会社は偶然に発生するすべての事故について保険金を支払うのが原則なので、保険会社のほうで故意や重過失の存在を立証しないかぎりは保険金は支払わねばならない」と結論付けております。(念のため申し上げておきますが、保険会社のほうも、何の理由もなく支払いを拒否することはございません。当然のことながら、「どうも怪しい・・・・・」と合理的に疑いをかけるだけの相当な根拠があるケースもあるわけでして、そういった非常に微妙な場合を想定していただけますとありがたいです)

判例の内容を詳細に検討することは、同業者の研究会で行うものであり、ここでは触れませんが、なんとなく、こういった最高裁の判断をみておりますと、「保険会社は法令を順守する立場にあるから、まちがった適用はしない」といった前提が(最高裁レベルでは)崩れてしまっているのではないかな・・・と感じたりしております。このブログでもとりあげました明治安田生命の支払不当拒否問題や、最近の損保ジャパンの支払遅延問題による行政処分などの事例を見ますと、会社ぐるみの支払方針によって、実際の現場では「本来支払われるべき被保険者に保険金が適正に支払われないことが普通に起きている」という現実が公表されてしまったわけです。そうしますと、これらの最高裁判決の原審(高等裁判所)の判断理由のような「もし、(事故の偶然性について)保険会社側が立証責任を負担するということになると、保険金の不正請求が容易となるおそれが増大する結果、保険制度の健全性を阻害し、ひいては誠実な保険加入者の利益をそこなうおそれがある」といった政策的な理由(保険会社側に有利な理由)が説得力を失ってしまうことになるわけですね。保険会社のほうで保険制度の健全性を阻害している現実があるわけですし、また保険会社による不正な支払拒否が頻繁に発生すること自体が、まさに誠実な保険加入者の利益を損なうおそれがあるからです。現に、上田判決においては、一切この高裁の政策的な理由については触れられずに逆転判決に至っています。

もちろんこれらの最高裁判決には、保険会社のコンプアイアンス違反に関する引用などは一切ありませんが、(保険会社にとって非常に有利と言われている)約款まで存在するにもかかわらず保険会社側にキビシイ立証責任を課す、ということですから、こういった保険金支払請求事件の原告と被告とは、その誠実さにおいては五分五分であって、五分五分である以上は原則に立ち返って商法の条文や約款の文言を忠実に解釈して立証責任を検討しましょう、といった判断の流れがあったのではないでしょうか。

金融商品取引法が成立して、今後は証券取引被害者事件等、この法律や政令、公正慣習規則などに基づいて金融機関が顧客から訴えられるケースが増えるものと思いますが、金融機関のコンプライアンス違反といった事件や金融庁の処分事例などが増えてきますと、裁判所も「金融機関だからといって、その手続が法令をきっちり順守しているとはかぎらないのではないか」といった認識を前提として判断を行う事例も増えるのではないでしょうか。裁判官の心証にまで影響を与える「企業コンプライアンス」問題というのも、これからの時代、クローズアップされてくるものと思っております。

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コメント

この問題、先生の読みどおり、保険会社の不払い問題がかなり大きく影響してるのかと思います。

最近の保険会社は、明治安田に限らず、不払いがひどいですので、ある意味当然の救済判決かと思います。

個人が保険金を不正に取得すれば、詐欺で捕まるのに、必要な時に請求しても不払いがある、ではそれこそ保険制度の根幹を揺るがす問題です。

最近は、株式会社の形態をとる保険会社(通常は相互会社)もあるようですので、営利主義に走り、不払いが行われる可能性も一層高まる可能性等を考えれば、きわめて妥当な判決かなという気がしております。利用者の視点を無視した独善が許されること自体があってはならず、コンプライアンスを最高裁が考慮したのは、非常によいことだと思います。


ところで、この問題とはまったく関係ないのですが、

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060608-00000134-jij-soci
に時事通信の配信で、ライブドアの株主代表訴訟の第1回公判が開かれたとありましたが、裁判官の名前を見てビックり、ライブドアVSフジサンケイグループの新株予約権をめぐる仮処分でライブドアに軍配を上げた鹿子木裁判官ではありませんか。公平な裁判になるのでしょうか?弁護人は忌避等の手段は取らなかったのでしょうか???

投稿: コンプライアンス・プロフェショナル | 2006年6月 9日 (金) 09時35分

「こういった最高裁の判断をみておりますと、『保険会社は法令を順守する立場にあるから、まちがった適用はしない』といった前提が(最高裁レベルでは)崩れてしまっているのではないかな・・・と感じたりしております。」
同感するところがあります。従来は,保険会社にとって非常に有利と言われている約款は,あくまで筋悪事件のため用意された例外措置だったはずなのに,いつのまにか原則と例外が逆転してしまった(書いてある通り(文字通り)になった)のではないか,という疑問が判例の変化の背景にあるように感じました。

投稿: kisslegg | 2006年6月 9日 (金) 10時13分

本来「原告と被告とは、その誠実さにおいては五分五分であって」というのは当たり前の話で、今回の判決は保険会社に厳しい、というより今まで甘かったものを是正しただけのように思います。素人考えでは、(個人が重過失でつけた傷ををごまかしてやれという動機以外に)車両保険金詐欺がビジネスとして成立するには、取得価格以上の保険金をかけて全損させるか、修理工場と組んで実際以上の修理費を請求する必要があるんじゃないでしょうか。
なので保険会社が加入のときの車両価格の算定や修理費の査定をきちんとやれば防げるはずで、「誠実な保険加入者の利益」というのは本来免許業者である保険会社が自らの審査能力によって守るべきではないかと思います。

投稿: go2c | 2006年6月 9日 (金) 12時27分

toshi先生 こんにちは。
お忙しそうで、なによりですね。

私もgo2cさんの意見に一票投じます。
たしかに名古屋高裁金沢支部の判決が出された日とこの最高裁判決の日との比較においては、このたびの一連の事件の影響がないとは言いませんが、従前から解釈が分かれていたところですし、go2cさんの考え方(立証責任をどちらに負担させるほうが証拠提出能力といった面で公平か、とか懸念される事態をどちらが防止できるかとか)といった実質的な判断によって結論がもたらされたんじゃないでしょうか。むしろ、立証責任が保険会社側にあるとして、どんな状況が認められると事実上の「支払拒絶事由」にあたるのか、そのあたりをもっと議論すべきだと思っています。あいまいな場合には不法行為責任が保険会社側に発生することもありますよね。

投稿: 神田川康郎 | 2006年6月 9日 (金) 13時39分

消費者契約法や金融商品販売法の枠組ができてから、いろいろな枠組へじわじわとその影響が出てきているのではなかろうか・・・などとろじゃあは考えております。

投稿: ろじゃあ | 2006年6月 9日 (金) 15時38分

問題点の整理がもうすこし必要ではないですか?

約款が存在しないとした場合、商法の規定がそのまま適用されるわけですが、そもそも「偶発性の事故の損害を補填する」のが保険契約ですから、故意で発生しようが、重過失で発生しようが、契約時からみて偶発性がある限りはそもそも保険金は請求できるはずです。ただ、保険会社は自動車保険契約の際に別途約款による合意をするわけですから、その解釈としては「契約時の偶発性だけでなくて、事故発生時における偶発性も新たに要件としますよ」と合意していると主張しているわけです。
そこで、約款の解釈として、こういった解釈が合理的と判断したのが高裁であり、合理的でないと判断したのが最高裁、といった整理ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。合理的でない、とするところには、みなさんがおっしゃっているような政策的な判断があろうかと思います。
(長々とすいません、ちなみに私は損害保険会社側の代理人をしております。挨拶が遅れましたが、いつもtoshiさんのブログで勉強させていただいております。)

投稿: miyuki.y | 2006年6月 9日 (金) 16時30分

>miyuki.yさん
はじめまして。いつもご覧いただきありがとうございます。問題の整理の仕方につきましては、miyukiさんのおっしゃるとおりでして、私も異存はございません。ただ、そのあたりの整理につきましては「同業者の研究会」にて議論すべきものでありまして、ちょっとブログの性質上、掘り下げて検討するのを回避したつもりでおりました。(約款がついているほうがさらに保険会社にとって有利、という趣旨で書かせていただいているのは、そのあたりのことを指すつもりであります)
ちょっと舌足らずの表現になってしまったようですが、そのあたりお含みください。また、ご意見などお待ちしております。

>ろじゃあさん
なるほど、私法的枠組みに関する法律制度のなかで消費者救済の趣旨が拡大していて、こういった法律のテクニカルな部分にも影響を与えているということですね。実は金融商品販売法→金融商品取引法でも同じことがないかどうか、すこし考えているところです。(これもかなりマニアックな話ですが・・・)

>go2cさん
ご意見ありがとうございます。
実務家として金融機関を相手方としておりますと、正直、「こっちがウソを言っているのではないか」とか「原告は勘違いをしているのではないか」といった裁判官の先入観を感じるときがあります。いや、ひがみではなく、どうも実際にそういった先入観は経験します。こういった先入観だけでも、昨今のコンプラ問題というのは影響を与えているのではないか、といったあたりを表現して「五分五分」と書いてみました。神田川さんがご指摘のように、コンプラ問題との直結には論理の飛躍もあるかもしれませんが、どっかに問題解決への視点といいますか、先入観といいますか、そういったところへの影響についてはあったんじゃないかなと思っております。

>kissleggさん
はじめまして。そちらのブログも拝読いたしました。どうしてもブログというのは「速報性」だけが命のようなところがありまして、正確なところでは勘違いもあったりするわけですが、とりあえず同じような感覚で物事を見ておられる方がいらっしゃるというのはどこか安心感が出てきます。
詳細はまた著名な先生方の解説論文などをご覧いただいたほうがよろしいかと思います。
今後ともよろしくお願いします。

>コンプロさん
いつもありがとうございます。
裁判官忌避につきましては、もちろん申立することは自由ですが、鹿子木裁判官が審理することについてはどうでしょうかね。おもしろいテーマなので、ちょっとマジメに考えてみたいと思います。

投稿: toshi | 2006年6月10日 (土) 16時33分

>融商品販売法→金融商品取引法でも同じことがないかどうか、すこし考えているところです。(これもかなりマニアックな話ですが・・・)
全然マニアックだとは思いませんよ。
というか、民事法の分野ははっきりいって学者はもちろんですが相当実務家の発想の転換が必要になっているのではないかとお持ってます。
ろじゃあがブログで今年の司法試験の民事法の問題について触れたのも実はそれのさわりなのですが、民法の領域ですら特別法との関係を考えながら実務も踏まえ問題を考える必要が出てきています(法人についての個人保証の問題など民法内で対応する場合もあるのですがね)。
民法だけの枠組みで法律問題を考えるのではなく、既に消費者法の領域だと特別法と消費者契約法と民商法の適用関係を考えながら目の前の事案を考える能力が必要になってきてると思います。
どの事実があると特別法の枠組みに振り分けられ、どの事実がないと消費者契約法に振り分けられ、そして民商法の出番はどこなのか(商法の場合は商慣習やら商行為の特別法での適用除外の問題があったりで話がありさらに問題は複雑だったりするのですがねえ)という発想が必要に思います。
toshiさんがマニアックとおっしゃってる領域の話に「類する?」話をろじゃあは某所で聞いておりました(^^;)。十分あり得るお話っす。
別件のほうのお話でまたメールしますのでその際にでも。
ではでは。

投稿: ろじゃあ | 2006年6月12日 (月) 16時59分

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