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2006年6月20日 (火)

ダスキン株主代表訴訟控訴審判決(その1)

ダスキン株主代表訴訟に関与されていらっしゃる代理人の方から、「研究目的であればどうぞ・・・(でも、相手方への支援等はダメですよ)」という趣旨で先日の大阪高裁判決文の写しを頂戴しました。最近の高裁判決は、原審(地裁判決)の判決を丁寧に引用していますので、たいへん読みやすくなりましたが、そのぶんたいへん分厚くなっておりまして、このダスキン控訴審の判決文もA4サイズ190頁に及ぶ大部であります。この「ダスキン株主代表訴訟」にこだわる理由でありますが、なんといいましても、 「企業コンプライアンスと内部統制」といったテーマを司法レベルで検討する「舞台」がそろっている ところにあります。個別具体的な理由を申し上げることは、ちょっとばかり支障ががございますのでここでは抽象的な物言いしかできませんが、一審原告(株主)側は比較的明確に「取締役会を構成する個々の取締役の内部統制システム構築義務」の内容を具体的に主張して、これを争点として裁判所が判断する材料を提案しておりますし、また一審被告(取締役、監査役)側も、これに対して逃げることなく真正面から受け止めて、堂々とした反論を展開しているところに今後の政策形成的判断が出される下地が出来上がっていると思われるからであります。(個人的には、和解的解決ではなく、蛇の目ミシン事件と同様、最高裁の判断が出ることを希望しておりますが)

ともかく190頁におよぶ判決文ですし、仕事をしながらの検討ということですので、まだザーッとしか目を通しておりませんが、先週のダスキン株主代表訴訟と「公表」の重みのエントリーで疑問を呈しておりました「取締役の公表義務」といったあたりにつきましては、明確に「公表義務」といったものを裁判所が認めたわけではなく、取締役会を構成する取締役、およびそこに出席する監査役の善管注意義務のひとつとして、過去の不祥事を一般消費者、マスコミへ公表しなければならない背景事情といったものを詳細に検討したうえで、善管注意義務違反を認定した、というもののようです。原審(地裁の判断)は、違法な食品添加物使用を直接隠蔽した取締役以外の役員の責任につきまして、一審原告(株主)が主張していた損害(会社の被った損害)と取締役の任務懈怠(もしあったとしても)の因果関係がない、というところでバッサリと切ってしまいましたので、この「取締役の不祥事公表と善管注意義務違反」といった論点まで踏み込んでおりませんでしたが、この高裁判決の大きな特徴は、この論点に深く切り込んでいるところであります。「クライシスマネジメント」なる言葉がオフィシャルに判決理由中に出てくるのは、おそらく初めてのことではないでしょうか。

この判決文を一読した私の感想としましては、①理論としての「内部統制システム構築義務の存否」というものを企業の実情に沿って一生懸命展開してみても、裁判所の認定ハードル(具体的な取締役の善管注意義務違反を認定できるだけのハードル)はかなり高いのではないか、②業務執行に直接関与していない取締役・監査役の責任追及にあたって、「経営判断の法理」を突き崩すポイントとしては、全社的リスク管理(役員の責任追及の問題である以上、役員会に上程されるレベルのリスク管理事項に限られる)のあり方を丁寧に裁判所に説明するほうが効果的ではないか、といったところであります。企業コンプライアンスに関する裁判というのは、いきなり「理想としての内部統制構築義務の内容はかくあるべし」といった主張を展開するのは得策ではなく、個別具体的な企業不祥事発生の原因をきちんと事実として立証して、役員クラスの全社的リスク管理に不適切な点があったとされる判例をたくさん積み重ねて、その積みかさねた判例の集積のなかから、おぼろげながら理想となる内部統制システムの構築義務のようなものが見えてくるといった流れとなるのではないでしょうか。ぎゃくに、取締役、監査役の立場からいかに防御すべきか、ということになりますと、取締役会へ上程されるべき事項というのは、どういった基準によって上程されているかきちんと把握しているか、上程された事項について、リスク判断を行う資料がきちんとそろっていたか、その資料によって会社の損失管理について公正な審議がなされたか、反対意見については文書として残すだけの体制が整備されているか、といったあたりを基本的に押さえておく必要がありそうです。

ただし、これらの印象は、平成12年、13年ころの取締役会構成員の法的義務を考えた場合のことですし、会社法で内部統制システムの整備義務が明記されたような昨今、同じような善管注意義務のレベルかと言いますと、そうではないと私は考えております。すくなくとも今後の裁判所の「内部統制」に関する要求レベルは、取締役にとっては厳しい方向に向かうのではないかなと考えております。

ところで、ちょっと原審判決(地裁)を読んだときには気がつかなかったのですが、このダスキンの社外取締役としては2名の方が登場されるんですね。私からみれば、どちらもダスキンのことをきちんと考えて行動されていらっしゃったようですが、おひとりは被告となり、もうおひとりは被告となっておられません。その違いがどこにあったのでしょうか?そういった「社外取締役・社外監査役とダスキン事件」につきましては次のエントリーで考えてみたいと思います。(不定期にてつづく)

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コメント

こんにちは。私はまだ判決文にアクセスできません。
たとえば会社が不祥事に該当するような問題を取締役会に報告しないようなケースや、コンプライアンス委員会が「取締役会に報告するほどのことでもない」と考えた場合など、社外取締役や監査役が情報にアクセスできなかった場合でも、善管注意義務違反に問われるようなことはあるんでしょうかね?それとも、そういった情報にアクセスする努力を怠ったとか主張されてしまうんでしょうか。最近の内部統制システム構築の問題というのは、そういったあたりがどう評価されるのか、いろいろと示唆に富む意見が出されていると思うのですが。
また時間のあるときにでも、教えてください。

投稿: taka-poo | 2006年6月20日 (火) 11時17分

いつも拝見しております。
ダスキンの場合、すべての株式が譲渡制限付株式ですから、取締役会の承認がなければ譲渡できないわけでして、「非公開会社と社外取締役、社外監査役の関係」というのは、上場企業におけるそれと同じに考えてよろしいのでしょうか。少なくとも一般投資家への説明責任というあたりは問題にはならないですよね?

投稿: unknown | 2006年6月20日 (火) 12時33分

>taka-pooさん unknownさん

返事が遅れまして、申し訳ございません。なかなか閲覧する時間もままならず、すこし放置しておりました。
unknownさんのおっしゃる「一般投資家への説明責任」という点、ダイレクトに会社に対する取締役の責任と結びつくのでしょうか?そのあたりを新しいエントリーで考えてみましたので、またご意見を頂戴できれば、と思います。株主の利益をどう会社の利益に反映させるべきか、といった点からみると、本件ではたしかに非公開企業ではありますが、問題点はそれほど公開企業とは異なるところはないのでは・・・と考えております。

投稿: toshi | 2006年6月22日 (木) 02時43分

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