王子と北越は本当に敵対的なのか?
(7月26日お昼 追記あり)(7月27日 お昼 追記あり)
辰のお年ごさんより、ひさしぶりにコメントをいただきました。「王子製紙と北越製紙、敵対的TOBと色づけされていますが、本当にそうなのでしょうか?・・・・・・」いや、私もまったく同感です。王子製紙、北越製紙、三菱商事それぞれの記者会見の報道などから、「新たな敵対的M&A時代の幕開け」「大企業による企業買収への道」といった見出しが躍り、もはや王子製紙が北越製紙に対して敵対的TOBを仕掛けることへの期待感は(世間的に)高まっているかのようであります。野村證券が日本の証券会社としては初めて王子製紙側のM&Aフィナンシャルアドバイザーに就任した、とのことですから、普通に考えますと王子側に分があるようにも思えますね。しかしながら、王子製紙側の全社的リスク管理といった観点から考察してみますと、本当にこの騒動は「敵対的」に進むのかどうかといいますと、私は随分と懐疑的でありまして、やはり(最初のエントリーでも書きましたが)どっかで和解的な解決が図られるのではないかと予想しておりますし、その和解的解決の指導も含めた野村證券のアドバイスが期待されているのではないか、と思うのであります。
「会社は誰のものか」といったM&Aの本論に戻るような言い方になってしまいますが、やはり連結ベースで従業員数2800名にも及ぶ北越製紙を傘下に収めるにあたって、敵対的買収による北越従業員のモチベーションの低下というものは相当大きいのではないかと思います。製紙業界は2000年に入ってからも、相次ぐ人員削減によって厳しい労働環境となったはずで、そんななか北越製紙は苦労して採算改善をはかり高収益企業に好転させてきたわけで、また将来の北越製紙のために新潟の軽量コート紙生産設備も開発させたのはずです。おそらく経営陣が保身目的によって敵対的買収防衛策に走ったとしても、従業員だってそれを知りつつ経営陣に賛同するのは当然ではないでしょうか。いままで、こういった実業ベースでの経営統合というものは対等合併、しかも相当に対等性に気を使って統合を図った例くらいしかシナジー効果を上げていないわけでして、上場企業を吸収合併するにあたり、対等性なくして成功させるのはまず日本では無理ではないか、と私は素直に予想します。
価格競争のライバルを一社でも少なくして紙業界における価格安定を図ることや、中国市場を欧米列強製紙会社の寡占から解放するために、中国ビジネスのリスク低減を図ることは、日本全体の製紙業界を守ろうとする王子製紙の高い志のあらわれでしょうし、だからこそ野村證券もこれを支援するに至ったであろうことは私もたいへん理解できるところなのですが、それで「力ずく」の方法を用いることは、シナジー効果どころか、せっかくの良質な上場企業のパフォーマンスを減少させてしまうだけに終わってしまいませんでしょうか。支配権プレミアムというのは、その企業の将来的な価値を現在価格に引きなおして算出されるものだと理解しておりますが、そもそも将来的価値というのは、買収されたほうの企業の従業員のモチベーション低下といったことをどこまで加味しているのでしょうか。とりわけ今回のように、業績が好調な企業の場合、その従業員も企業に対する思い入れもあるでしょうし、ここまでの道のりで削減されていった仲間達への思いや、その分過重となった労働への思い入れなど、経済的な対価関係だけでは割り切れない意識というものがあるはずです。こういった抵抗を残したまま統合を敢行しても、たしかにライバルの数を減らすといった目的は達成できるかもしれませんが、王子製紙の目指す国内市場のスクラップアンドビルドは絶対に達成できないと思うのですが、いかがでしょうか。
王子製紙が筆頭株主である中越パルプと三菱製紙との合併合意は、昨年わずか発表から3ヶ月で白紙撤回されましたが、これは三菱製紙側の関連会社の社員95パーセントの反対署名によるところが示すとおり、社員の猛反発によるもののようです。(ニッセイ基礎研究所の報告による)これまでの投資ファンドや新興企業による敵対的TOBと異なり、今回は伝統企業による業績の良い企業に対する買収ですから、やはり「企業はモノでなく、ヒトである」という論理が教科書的に妥当するケースだと思います。だからこそ、王子は北越製紙との統合においては(最終的には)敵対的であってはならないと思いますし、リスク管理として、敵対的に買収するのであれば計画を撤回すべきではないか、と思う次第であります。(ここまで苦労をともにしてきた従業員の人たちの前で、これからの荒波にもまれようとしている北越企業の舵取りをする経営陣たちが、たとえパフォーマンスであっても、毅然と大企業に立ち向かう姿勢を見せなければ、経営陣として失格だとは思いませんか?どこまで、その姿を見せ続けるべきかは、まだ私にもわかりませんが・・・・・)
(7月26日お昼 追記)
昨夜は記事を見落としておりましたが、北越製紙の買収防衛策導入に関する東証への事前相談の際、直前に統合提案を受けていたことを東証側に情報提供していなかったようです。(東証の社長はこれに不快感を表明した、とのこと 朝日新聞ニュース)少しずつ事実関係が明らかになってきますが、やはり王子製紙からの統合提案については、東証や三菱商事に事前に告知せずに第三者割当決定や買収防衛策導入に踏み切った、との報道は正しいようです。今後の事件の動向に若干影響を及ぼすような内容かと思いました。
(7月27日お昼 追記)
本業がバタバタしているため、きちんとしたエントリーもできず「追記」で処理しておりますが、毎日ニュースによりますと王子製紙は三菱商事が増資の合意を撤回しない場合でもTOBを開始する方針を固めた、との報道がされています。これは差止請求のための下準備とみるべきか、それとも三菱商事が撤回しやすいような道を作った、とみるべきか、それとも報道にあるように「断固、闘う」という熱い意思表示とみるべきなのか。いずれにせよ、ヤマ場が来るような予感がしますね。。。
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コメント
王子製紙のリリースを見ると、王子は敵対的買収をするつもりはない(評価さるべき統合提案をしている)ので、三菱商事との提携という「鎧」を脱がない限りは(=自分を敵対的とする評価を取り下げない限りは)TOBも行わない、という非常に上手なポジション取り(言い方を変えれば「紳士的なスタンス」)をとっているように思います。
なので、いわゆる「敵対的買収」に直面した以上に北越製紙の取締役は真剣な対応を迫られると思います。
その辺をちょいとネタ風なエントリにしましたのでTBさせていただきました。ご笑納ください。
投稿: go2c | 2006年7月26日 (水) 22時55分
こんばんは。
三菱商事の増資撤回がなくても敵対的TOBを仕掛けるとの報道については、王子製紙のHPで否定しているようです。
でも、なんとなく、臨時取締役会でそんなふうに決まりそうな書き方になっていますが・・・
投稿: なおじ | 2006年7月27日 (木) 21時25分
>なおじさん
あれ、ホントですね。
これはまたエントリーを一部訂正しておかないといけませんね。どうもご指摘ありがとうございました。
>go2cさん
毎日ニュースの報道で、go2cさんの予想どおりにはいかなくなったかな、とも思いましたが、前提条件はもとのとおりですね。この上手なポジションどりも、もし発行差止を申し立てるとすればすこし修正されるような気もします。ここ数日の間に、私はすこし王子側の立ち位置を変えてくると予想しているのですが、どうでしょうか。
投稿: toshi | 2006年7月28日 (金) 02時42分
山口さん、はじめまして。
ブログの当社と北越製紙の話題を、興味深く読ませて頂きました。
私の知る限り、現時点で最も冷静で的確な論評に敬服しております。
以下、日曜日のニュースで初めて顛末を知った関係者の視点を供します。
今回の統合提案の引き金は、大王製紙と日本製紙が相次ぎ発表した
大規模な設備増設と思われます。来年から再来年にかけて、印刷用紙の
需給が一気に緩むことは確実であり、国内製紙メーカー全てが深刻な危機感を
共有する状況となっていました。
王子製紙は数年前から、国内の印刷用紙需要が将来的に漸減するとの
読みから、非印刷用紙部門(板紙、段ボール)と海外成長市場(中国)へ
重点投資を進め、国内印刷用紙は市況を崩さないようディフェンシブに
動いていました。2社の増設はその隙を突かれた格好です。
一方の北越製紙は事業ポートフォリオが印刷用紙に偏っており、需給緩和の
影響を最も強く受ける立場です。ここで従来から温めていた増設計画を打ち
出せば耐え難い消耗戦となり、傍観しても将来は暗いという厳しい状況に
陥りました。
近年、製紙機械は大型化が進んでおり、1台の増設が非常に大きな市況
インパクトをもたらしますから、昔のような各社一斉の増設は不可能なのです。
かかる状況のもと、王子製紙は北越との経営統合を(報道によれば)3月に
持ちかけたのです。王子の老朽設備廃棄廃棄と組み合わせた北越での新設は、
かかる状況下の最適解です。交渉は順調に進み5月の北越の「国内外他社の
スクラップを前提とした」裏事情を知らなければ理解不可能な増設発表に至った
のだと想像します。
その後、何らかの事情で北越側の態度が硬化したため、焦った王子が最後
通牒としてTOB提案を行ったのでしょう。脅迫的な強攻策に反発した北越が
三菱商事に駆け込み、それに驚いた王子がTOB提案を公開して今に至ると。
今後どうなるのかは分かりませんが、北越が単独(+三菱商事のバックアップ)で、
来年からの激戦に耐えられるか否かが鍵だと思います。商事は製紙業界では
原材料部門に強い一方、紙販売部門では力を持っていません。北越自身も
販売チャネルは弱く、王子と日本製紙の主力代理店に頼っています。販路の
問題に対して、三菱の強いコミットメントを取れない限り、明るい将来展望は
描けないと思われます。
また、結果はどちらであっても、北越と王子が感情的な敵対関係となることは、
両社のみならず業界全体にとって不幸なことです。25日以降、北越の首脳が
黙して熟考されていることに敬意を表します。
投稿: 小僧 | 2006年7月29日 (土) 00時45分
>小僧さん
はじめまして。
当事者的な立場から、本件紛争を正確にみるための視点を与えていただき、たいへん感謝しております。いくつかの新しい報道をみますと、王子製紙は第三者割当を止めるための司法的解決についてはとらない方針ではないか、と書かれています。北越側経営陣の熟考にかなりの期待感があるのかもしれませんね。
ただ、この問題、ここまできますと、製紙業界だけの問題ではなくて、「ここはひとつ、ぜひとも敵対的TOBを成功させたい」と願う業界の力学もそろそろ働く時期になったのではないか、と危惧しております。よーーく考えてみますと、日経を読んでおりましても、いつも解説に出てこられる東京の大きな法律事務所の先生ガタは一切コメントされませんね。王子に北越、そして三菱商事に野村証券・・・、こう考えますと東京の大きな法律事務所はどこもみんな「利害関係者」になってしまって、コメントしようにもできない状況に至ってるのでは?
また小僧さんにご迷惑をおかけしない範囲で、小僧さんのコメントを参考にして次のエントリーをアップしたいと思います。またご意見お待ちしております。
投稿: toshi | 2006年7月29日 (土) 02時21分
次のエントリ、楽しみにしております。
仰るとおり、本件には株式市場から並々ならぬ期待(?)が寄せられていると感じております。特に野村證券にとっては、今後の試金石となる絶対に落とせない案件でしょうね。友好か敵対かという二元論ではない、もっと深いところにある解決策を探り出せれば、画期的な事例として歴史に残ると思います。
なお、私は本件TOBの実務には全く関わっていない一般社員、まさしく小僧であり、実務当事者の行動や考え方は、報道情報に基づく私個人の推測であることを、念のため書き添えておきます。
投稿: 小僧 | 2006年7月29日 (土) 13時35分
王子と北越のトップ会談が開かれたようですね。
こうなると、ほんとにtoshiさんの言われるように「和解的解決」に向けた筋書きが正しいのかもしれませんね。
要はそれぞれ実のある和解を引き出すために、最後のギリギリまで条件闘争するというところなんでしょうか。
どっちが得するのかよくわからなかったのですが、小僧さんのコメントを読んで、なんとなく北越が実をとるような気がするんですが。
それにしてもtoshiさんが言われるように著名弁護士さんのコメントって、出てきませんね。
投稿: unknown | 2006年7月29日 (土) 20時29分
>小僧さん unknownさん
こんばんは。
合宿でちょっとニュースを見ておりませんでしたが、和解的な機運が高まってきたようなニュースがあったり、北越労組が「統合反対」声明を出したりと、かなり動きがありますね。
もうすこし流れを読んでからエントリーを書きたいと思っております。
投稿: toshi | 2006年7月31日 (月) 02時11分
それにしても「敵対的」TOBという言葉は、非常に良くないですね。双方の経営者に合意があれば友好的、合意がなければ敵対的、という定義になっているようですが、そんな単純な図式ではないはずです。
今回の王子の統合提案書は、北越に対する敬意と自社の犠牲を盛り込んだ内容になっています。
これを「王子が北越に敵対的TOB」と書かれるか、「王子が北越に統合提案」と書かれるかでは、少なくとも被提案側の印象がずいぶん違うように思います。
私自身は、今回のゴタゴタの結果が統合に進んだとしても、すぐに関係修復ができると思っています。企業統合後の成否を決めるのは、対等の精神(≒悪平等の温存)ではなくお互いに公正であることです。北越のような良いオペレーションを行っている会社には、当然文句の言いようも無く、お互いの緊張もすぐにほぐれると予想するからです。
ですが、「敵対的」という言葉で煽られることは、少なくとも統合協議に凄まじい悪影響が出ますし、M&Aの経験が少ない企業の場合だと統合後の業務執行にも多くの問題を引き起こすのではないかと危惧します。日本の将来のためにも、「相手側経営者の同意を得ないTOB」に、別の言葉を付けてあげたらどうでしょうか?
投稿: 小僧 | 2006年8月 1日 (火) 01時00分
ついに発表されましたね。(https://www.release.tdnet.info/inbs/38010c90_20060801.pdf)これまで友好的な話合いを目指していたのでしょうが、膠着状態のままで進展がみられず、現時点ではこれからの差止めは時間的に難しい、増資撤回交渉は無理、となると残る選択肢は、あきらめるか、またはTOBか、ということだったのでしょう。業界の死活問題という話でしょうから、防衛策は正当化が難しい、よって株主がどう動くか、でしょう。これから、さらに開始まで、また公開買付け期間中にも応酬があるということなのでしょう。まだ一波乱あるかもしれません。これは大きな事案だと思います。
投稿: 辰のお年ご | 2006年8月 1日 (火) 18時53分
小僧の想像力を遥かに超える勢いで事態が進んでおり、少々戸惑っております。
事の是非は置いておいて、法曹界の先生方にご意見を伺いたいのですが、このケースにおいて「増資の差し止め訴訟を起こす」と「増資をするか否かでTOBの単価を100億円相当変える」のでは、どちらが強い手法なのでしょうか?
素人考えですと、今回王子が取った後者の手は100億円の株主代表訴訟リスクを取るか否かを、北越側の取締役に直接的に迫っているように見えますが。。。
投稿: 小僧 | 2006年8月 1日 (火) 22時39分
>辰のお年ごさん
そうですね。TOB期間中にいろいろな交渉やら株主対策やら、水面下での動きがあるんでしょうね。こういった場合、王子にはたとえば野村證券がアドバイザーについていたりするわけですが、北越の株主名簿を閲覧したりして、だいたいの応募の読みというのは判明したりするんでしょうけね?どこまで実質株主が判明するのか、私にはそのあたりの実務がよくわかりませんが。こういった読みがある程度できないと、三菱商事のスタンスからみてTOBには踏み切れないのではないか、とも思うのですが。
>小僧さん
コメントありがとうございます。小僧さんのご意見、いろいろと参考にさせていただいております。最後の質問のところは、私は王子側の北越に対する最後の統合提案のひとつだと認識しております。(そういった意味でエントリーに書いてみました)「敵対的という言葉で煽っている」というのは、まさにそのとおりだと私も思っています。ただ、あくまでも素人予想なので。。。
投稿: toshi | 2006年8月 2日 (水) 03時01分