責任限定契約と求償権(こりゃたいへん!?)
週末は大阪弁護士会と公認会計士協会近畿会との「社外監査役実務研究会」の合同合宿に参加しておりましたので、日曜日の夜、ヘロヘロになって帰宅しております。25人くらいの合宿でしたが、みなさん勉強熱心でたいへん刺激になりました。自らの浅学を恥じるばかりでした。(幹事のみなさま、いろいろとありがとうございました)
ところで、この合宿ですこしばかり話題になりましたのが、JICPAジャーナル8月号の座談会記事「会計参与の行動指針及び中小企業の会計に関する指針について」におきまして、筑波大学大学院弥永真生教授が「責任限定契約と賠償責任を履行した会計監査人の求償権」に関して発言された箇所であります。弥永先生のご発言は概ねつぎのとおりです。
最近、会計監査人の責任限定議案を株主総会に出すことをやめる、という記事がよく新聞に掲載されているが、取締役としては会計監査人の責任を限定しておかないと、自分に責任がふりかかってくるおそれがある、(判例がないのではっきりとしたことはいえないが)、会計監査人と取締役と監査役とは一般的に連帯責任を負うので、取締役や監査役の責任が会社との関係で限定されていても、会計監査人の責任が限定されていないと、会計監査人は取締役や監査役に求償することができてしまう、賠償した後に求償できるのである、要するに会計監査人の責任まで限定しておいてもらわないと、特に社外取締役と社外監査役は会社から2年分しか請求されないけれども、会計監査人から「あなたの寄与分がかなりあるから払え」といわれたら、払わざるをえないわけである(ここで座談会の参加者の方々から「ほーー!」「これは興味深い!」と感嘆のお声がかかる。)
え!? ( ̄□ ̄;) まぢですか? ( ̄▽ ̄;) ・・・・・
そういえば、私が社外監査役を務める会社は、会計監査人の責任限定も通しましたので問題はありませんが、社外監査役の責任限定だけ通して、会計監査人の責任限定については定款変更議案を通していない企業も多いと思います。この弥永教授の見解によれば、今後会計監査人の方々は、「私の責任限定も通さないと、みなさんの責任限定は意味がなくなりますよ」と説得する好材料になるわけですね。おそらく弥永教授の見解では、監査役と会計監査人との監査上の過失によって会社に損害を発生させた場合に、会社に対する賠償責任は不真正連帯債務の関係にたち、会社の監査役に対する免除の意思表示は相対的効力しかもちえないから、会計監査人は監査役の限定責任を超える範囲の責任は会社に対して単独で負うわけですが、もしこの責任を果たしたときには、過失の負担割合に応じて、監査人に求償できる(つまり、会社と監査人との間では責任限定契約が存在するが、この契約の存在は会計監査人には対抗できないので、判例でもし共同過失の割合が定められたとしたら、その割合分については監査役の責任を追及できる)というものであります。うーーーん、そういえば、こんなに深くは考えていなかったような・・・・。こりゃ、たいへんなことになってきたかも・・・・。
弥永教授曰く 「会計監査人の責任について研究している人があまり多くないから気づかれていないのですけれども、裁判所が採る可能性の高い解釈はこれなのです」
うーーん、これはヤバイかも。。。でも本当に会計監査人が賠償債務を履行した場合に、責任限定契約を締結している社外監査役は、会社に責任を負担する限度を超えて、その負担割合に応じて会計監査人に求償権を行使されてしまうんでしょうか?おそらく社外取締役や社外監査役の方において、そういった意識をお持ちの方はいらっしゃらないのではないでしょうか?私はどうも、この弥永教授のご見解にはすこしばかり反論したい気分になってまいりました。(ささやかなブログのなかであれば、おそるおそる著名な先生のご見解に反論することも許されるかと思いますので・・・・・)
1 弥永教授説の実質的な妥当性
座談会参加者から「ほー!」「それは興味深い!」と感嘆の声があがるほど、弥永説は意外な解釈ではないでしょうか。会社法が427条に規定する責任限定契約を社外監査役と締結するケースにおいては、おそらく社外役員の責任を軽減して、能力のある方になるべく社外役員に就任してもらおうとの意図があるはずです。また、情報収集能力に限界のある立場の社外役員であっても積極的に会社活動へ関与しやすいように、との趣旨もあるはずです。もし、監査役と会計監査人との連携において、監査行為に共同による軽過失が認められて会社に損害を与えた場合、責任限定契約を結んだことが無意味となってしまうのでは、この427条の制定されたことはほとんど無意味になってくるのではないでしょうか。そもそも、当事者の意思解釈として、関係当事者の誰もがこういった求償権の行使を予想しているとは考えられず、この結論は合理性があるとは思えないのです。また、この解釈によると、会計監査人だけではなく、一般の取締役が賠償責任を負担する場合においても、責任限定契約を締結している社外監査役にも軽過失及び負担割合が認められる場合には、その賠償責任を果たした取締役から求償権の行使を受けることになりますが、そもそも会社と社外監査役との責任限定契約締結に賛同した取締役が、契約の趣旨に反して求償権を行使できると考えるのは妥当でしょうか。私はどうも、実質的な結論の妥当性に疑問があると思います。
2 不真正連帯債務と債務者間の内部求償権に関する根拠
従来の我妻説をいわれるものは、不真正連帯債務の関係に立つ賠償債務については負担割合というものは観念できないのであって、求償権もないと言われていました。しかしながら最近の判例(最高裁判例平成10年9月10日 判例時報1653号101頁)などをみても、(判例及び最近の通説は)「当事者の公平の理念から」不真正連帯債務の関係にたつ賠償債務の債務者間に負担割合を認めるかどうかは、個々の具体的な事例にそって考えるべきであるとして、基本的に負担割合を認め賠償責任を履行した一部債務者から別の債務者に対する求償権行使を認める立場のようです。そもそも、債務者の共同行為による債務不履行(もしくは不法行為)で他人に損害を与えた場合に、その賠償債務が不真正連帯債務と解釈される理由は、過失の競合が、それぞれ寄与しあって最終の被害を発生させたのでありますから、被害者との関係ではそれぞれが全部責任を負担させるのが妥当であること(債務者間の公平は内部負担割合によって調整すれば足りると判断されてること 公正の理念より)と、被害者救済の思想(無資力の行為者の危険転嫁)によるものだと思われます。したがいまして、「当事者間の公平」を考えた場合に、たまたま債権者が連帯債務者のひとりに対して責任限定(免除)の意思を表示した場合に求償権行使まで制限されるとなりますと、(不真正連帯債務ですから、免除は相対的効力しか有しないとされますので)被害原因に寄与した者どうしの負担割合による責任返済の期待(これは債務者の法的利益といえましょう)を一方的に債権者が奪ってしまうのは不公平だという認識が働くわけです。つまり、上記の不真正連帯債務と解釈することで被害者への各債務者の全部履行責任を認める趣旨からすれば、被害者には「誰からでも全部の履行を請求できる」ことまでは認めるが、「誰がどれだけ負担して、全額を払うか」ということまでは選択させる必要はないということです。
3 会計監査人が責任限定監査役に求償権を行使できない法的理由
さて、そう考えますと、会社と社外監査役との責任限定契約が存在する場合も同様に扱う必要があるでしょうか。私は賠償責任が発生した後における債権者の責任限定(免除)と賠償責任が発生する前における責任限定契約とは明らかに事案が異なるものと思います。なぜなら事前に責任限定契約が締結されているケースでは、共同の過失行為によって損害賠償責任が発生した時点において、債権者には「誰がどれだけ負担して、全額を払わせるか」といった選択の余地はないからであります。逆に申し上げますと、会計監査人は社外監査役が会社との間で責任限定契約を締結していることは事前に承知しているわけですから、たとえ監査において共同過失があり、その過失の割合が認められるとしましても、負担割合に応じて負担すればいい、といった期待については保護する必要はなく、これを保護しなくても(会計監査人が全額負担を覚悟すべきことは十分予測可能であって)不合理とはいえないからであります。
こういった理由からしますと、会計監査人と社外監査役との不真正連帯債務として認められる部分は社外監査役の責任限定の範囲内のみであり、これを超える部分(これを債務とよぶか、たんに責任とよぶかは別として)については、そもそも会計監査人と社外監査役間において不真正連帯債務の関係にたつものは存在しない、したがって求償権の根拠となる負担割合というものも存在しない、と考えるべきではないでしょうか。
弥永教授のいろいろな論点に関するご見解、とりわけ会計と法律にまたがる論点を的確に解釈される素晴らしさにつきましては、いつもたいへん感服申し上げておりますが、どうも今回の責任限定契約と求償権負担に関わる論点の解釈にはちょっとご異議申し上げたいところであります。私の考え方に大きな勘違いがあるかもしれませんし、これはいろいろなご意見、ご批判がございますでしょうから、もっといろいろなブログで議論が発展すればいいなぁと。。。(たいへん稚拙な私の法解釈のお話を最後までお読みいただき、ありがとうございました)
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コメント
こんにちは。(不真正)連帯債務の場合、求償と代位は両立しないんでしょうかね(459条、501条によると、保証の場合はいずれにも該当するように読めるのですが)。
427条(責任限定契約)が結ばれている社外取締役等の場合には、「代位」で説明すると、会計監査人が代位できる請求権の額がそもそも限定されていると考えるほうが自然だと思います。ただ、425条・426条(事後的な責任一部免除)の場合、難問ですね。
ただ、責任制限の趣旨を考えると、この場合も弥永説のようにはならないと思いますが・・
投稿: けんけん | 2006年7月31日 (月) 09時40分
けんけん先生、コメントありがとうございます。
不真正連帯債務の関係にある場合に、弁済による代位の考え方で求償範囲を制限できるかどうか、ちょっと私にはわかりませんでしたので、このあたりはあえて記述しておりませんでした。
責任限定契約については、そもそも経団連の意向を会社法に反映させる形で採り入れたようなものだと思いますので、民法規定との整合性などあまり審議されないままに法制化されたのが実際のところだと思われます。ただ責任制限の趣旨からすると、私もけんけんさんのおっしゃるとおりだとは思うのですが、では結論の妥当性、法的理屈の合理性をどうやって説明するべきか、また妙案がございましたらご教示いただけますでしょうか。
また、弥永教授説に与される方のご主張などもございましたら、コメントでもメールでも結構ですのでお寄せください。
投稿: toshi | 2006年7月31日 (月) 16時39分
fujiです。
結論の具体的妥当性を求めるなら、求償権を遮断してしまうより取り敢えず弥永教授説に与しておく方が良いのではと思いますが。
投稿: fuji | 2006年8月 1日 (火) 20時34分
>fujiさん
おひさしぶりです。会計士の先生方は「求償できるほうが妥当性がある」とのご指摘です。会計監査人の報酬額が適正かどうか審査する権限があるのは監査役であって、仕事も会計監査人と連携して行うことになっているんだから、もし不正があれば必ず責任割合はあるはず、なんかあったら責任を負担するという気持でないと連携なんてできませんよ、理屈はわからないけど弥永説が妥当です、とのご意見を頂戴しております。具体的妥当性の根拠など、ございましたら、またコメントいただけますでしょうか。続編の参考にさせていただきます。
投稿: toshi | 2006年8月 2日 (水) 02時53分