コンプライアンス経営はむずかしい・・・(完)
2週間ほど前に「コンプライアンス経営はむずかしい・・・」をエントリーしまして、その2も追加したところでずいぶんと時間が経過してしまいました。やっと(その3)で完結いたします。このシリーズには、いろいろなご意見を頂戴しまして、私自身も支店長への処遇問題と、役員らに対する評価、そしてこれらを社内でどう公表すべきか、委員会において何度か検討してまいりました。
7月19日にbunさんよりいただいたコメントも傾聴に値するところが多いと思います。「内部統制」というのは、たしかに「人が人を裁く」とまでは申しませんが「人が人を評価する」ことにつながる組織作用ですよね。いままで権力をもったことがない人が、突然権力を持ち、これを行使することの「恐ろしさ」というものは、これまでにも私もこのブログで2度ほど指摘したところであります。統制が有効かどうか、といった経営者の評価にしても、監査人による監査にしても、結局のところ、現場責任者に対するヒアリングなどを元に決めるわけですから、そこには現場責任者の評価やヒアリングした人の(ヒアリング結果への)評価の問題が横たわっているわけですね。考えてみると、この「評価の客観性」といったものはどうやって担保されるんでしょうか。内部統制システムの構築運用のプロなんて、そんなにいるものではありませんし、おそらくどんなに実施基準を客観的に定めてみても、そこに評価する人間の主観を排斥することはできないと思います。内部統制システム構築の重要性といったものは理解しているつもりですが、そこにはこういった「頼りなさ」も併存していることを肝に銘じておきたいところですね。(IT統制ということも、いま金融商品取引法において問題になっているのは、経営者によるITコントロールの評価問題ですから、同じ問題意識が必要でしょうね)その企業で社内常識として慣行化されている組織活動をできるだけ受け入れて、つまり新しい理屈(理論)はなるべく謙抑的に行使して、あまり杓子定規に内部統制のマニュアルを社内にはめこまないようにすべきなのかもしれません。
さて、このたびのエントリーにつきましては、何名かのロースクールの先生方からも有益な示唆をいただきました。(どうもありがとうございます)まずは、当該支店長および担当取締役の行動形式に疑問がある、とのご指摘です。通常は本件のような場合(新規取引先の開拓)、まず支店長に取締役会上程事項があれば、常務会でいろいろと審議するはずであって、突然支店長が担当取締役の意向を無視するとしても、常務会を飛び越えて取締役会に上程することなどできるのであろうか、との疑問を呈しておられます。ご指摘のとおりだと思います。ただ、この会社は経営会議は実質的に取締役会で行い、毎月1回数時間かけて支店長クラスの提案であっても実質審理を取締役会で行います。(非上場、上場の区別については触れないでおきます)前回のエントリーでも言及しましたが、常務会というところで実質的な経営会議が開催されるのが通常ですから、すこしめずらしい部類に入るかもしれません。まぁ、経営陣としても、支店長と担当取締役との事前協議に絶大なる信頼を寄せているといってもいいかと思いますが、ほかの取締役もおそらく事前協議がなされていたものと、あたりまえのように認識していたようです。(私はその場におりませんので、これは推測にしかすぎませんが)
そして、もうひとり、商法学者の方のご意見ですが、「結果がよければ不問にふすことはありえない選択肢であると思います。しかし、柔軟な対応はありうると考えます」「私が経営トップであれば、ルール違反者を処分するとともに、ルール違反が出ざるを得なくなったような会社の意思疎通の悪さ、保守的な稟議の実情について、改善の意思表明を行い、改善計画を策定します。ルールをまもって行動することが、会社の利益や社員のやる気を損なわないことを明らかにすべきと思われるからです。」「おそらく経営トップの方にそのような考え方を進言することは、平取締役にとって難しいだけでなく、山口先生のような外部の専門家にとっても困難なことだろうと推測いたします。ですから以上は机上の空論です。ただ、それ以外の行動が違法だとは思いたくありませんが、理想を完全に無視することも、私には気持悪く感じられます」
先日の全国社外取締役ネットワーク関西地区勉強会の際、私はある大手商社の元専務取締役だった方に、「どんなに人格者の社長であっても、長い間トップに君臨していると、自分の耳に心地いいことを言ってくれる人を近づけて、不快なことを言い続ける人を疎ましく思うようになる。そして、気づいたときには、もう周りには自分に対するイエスマンしかいなくなってしまって、結局、現場の大切な声が周囲からも聞こえなくなるもんです」と伺いました。いや、これが会社の現実の姿であって、本当に商法学者の方が指摘されるように、経営トップに対して(業績がそんなに悪くもないのに)改善策を進言するのは非常にむずかしいのです。ましてや、今回のような会社に実質的な損害が発生していないどころか、支店長の暴走(内規違反)による新規顧客開拓があたって、過去最高の利益を計上し続けている、といった状況のなかで、問題の原因のひとつである取締役会の意思疎通の悪さを改善することについては、非常に困難のともなうところであります。
しかしながら、これだけスピード経営が要求される現代において、企業の全社的リスク管理の基礎は社内における意思伝達経路の健全性ではないかと思います。たしかに、この支店長は短期的には多大な企業価値の増加をもたらしたことは認めます。しかしながら、結果が良好であることで内規違反を不問に付すような対応が社内常識になってしまいますと、リスク管理といった面においては大きな汚点を残すことになり、経営トップにおける行動規範の無視、といった評価にもつながってしまうことになります。これは持続的な成長をはかるための企業の力の減退、つまり長期的にみた企業価値の低下をもたらすことだと認識しておりまして、やはり当該支店長への会社としての厳格な対応は否定できないものと思います。一番最初に申し上げたように、たしかに「社内常識」への内部統制思想による挑戦は、一時的には士気の低下を招く部分もあるかもしれませんが、やはりここは「社内公表」に工夫をすることによって、内部規律の確保(そして内部規律を守る意識の浸透)をはかるべきだと考えております。(行動規範を無視した成功は、当社の成功とは考えていない、とまで言い切っていいと思います)また、社内公表には、私も経営陣における意思疎通の悪さを十分指摘する必要があろうかと思いますので、辛口の意見にはなりますが、コンプライアンス委員会による意見として、社内に調査意見を併せて公表していただくよう、要望することにいたします。(やっぱり、この役回りは第三者的立場にある私のような人間でないと、おそらく社長は素直に聞いてくれないようですので)
刑事告訴という点は、まだ私のなかでくすぶり続けているものの、あまり積極的な意見は述べず最終判断を経営陣に委ねることとしました。この支店長が潔く、この業界から身を引き、まったく別の世界で生きていくことが決まったことも、その要因になるかもしれませんが。「経営陣の意思疎通の悪さを改善する」・・・・、これは今後の内部統制システム構築と運用が叫ばれる時代において、遠くて近い、永遠のテーマかもしれません。また、一つ前のエントリーでも書かせていただいたことと通ずるところがありますが、「社内力学、つまり社内で不可避に生じる人間関係の錯綜にも耐えうる内部統制のあり方」、これも今後の内部統制構築に関する議論のなかで、きちんと検討すべき課題ではないかと考えております。みなさま、いろいろと貴重なご意見をいただき、勉強させていただきました。あらためてお礼申し上げます。 (完)
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コメント
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誠に専門外の人間がここにでてくるのもおかしいのですが、コンプライアンスという概念を私なりに「曲解」し、中小零細企業ならこうなるのかなあと思いまして書いてみました。法律の専門家ではないので、当然誤謬もあろうと思います。よかったらご指導願えれば幸いです。(例の欽ちゃん球団の話から考えてみました。)
投稿: デハボ1000 | 2006年7月23日 (日) 22時01分