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2006年8月 7日 (月)

王子製紙による北越の株主名簿閲覧請求

(8月7日夕方の追記あります。)

(土曜日にいったんボツネタにしておりましたが、品田さんからご指摘を受けましたので、とりあえず中身をすこしだけ改訂して備忘録ネタとしてアップしておきます。本当に王子製紙による仮処分命令の申立がなされるかどうかもわかりませんし、ツッコミどころ満載だと思いますが・・・( ̄◇ ̄)ゞ )

企業のコンプライアンス経営の理解に役立ちそうだと思い、最近「行動経済学(経済は感情で動いている)」(光文社新書254 友野典男氏著 新書版にしてはかなり分厚いです。950円)という本を読んでおります。いえ、別に行動経済学を一から勉強しようといった殊勝な目的からではなくて、書店でパラパラとめくっているうちに、激しくうなずける場面の多い非常に楽しい本でしたんで、何回か読み直しては参考にしております。コンプライアンスという言葉が、単に「法令順守」ということを意味するものではなく、企業における「公正とは何か」を問うものである、といった認識に立ちますと、企業はその価格、賃金、利益などに関して決定をする際には、取引相手(従業員、顧客等)が、それを公正であると判断するか否かを考慮して、(すなわち公正を一つの制約条件として)行動しなければならない、したがって企業は公的、法的な規制がない場合であっても、単純に利潤追求的行動は許されない、短期には高い利潤が得られるとしても、不公正であるという悪評が立てば、長期的には利潤を失うことになる、といったところが「プロスペクト理論(応用編)」の概念のなかで紹介されております。北米トヨタのセクハラ騒動の和解とか、松下関連企業の「偽装請負」非難への早期対応など、公表ベースでは「うちは違法なことは一切していない」とされながら、企業イメージの低下を回避するために対応策を検討するというのは、経済合理的に考えると(訴訟の勝訴可能性なども検討したうえで)正しい選択とは言えないかもしれませんが、企業コンプライアンスの中身にモラルや公正といった制約条件まで含めたうえで、コンプライアンス重視の企業行動だと認識すれば、解決策としては納得できるものなのかもしれません。おそらく日本の各企業においても、とりわけ大企業においてはこういった対応が増えるようになるのではないか、と予想しております。なんで「脱法行為はしていない」と言いながら、金を払ったんだと株主からつっこまれた場合に、経営陣としては、一種の経済的に意味のあるリスク管理であると反論できそうな気がします。(まだ研究段階なので、私がかならずそう考えるかどうかは別としまして・・・)

ところで、話題の王子製紙と北越製紙とのTOB問題ですが、王子製紙がTOB開始後、文書をもって北越製紙の株主名簿の閲覧を求めたところ、北越サイドは会社法125条3項を理由に名簿閲覧の要求を拒絶したそうです。(産経新聞ニュースはこちら)また、8月7日の朝日ニュースによりますと、王子製紙側は株主名簿の閲覧に関する仮処分命令の申立を検討中との記事が出ておりました。名簿閲覧請求者が株式会社の業務と実質的に競争関係にある場合は、株主名簿の閲覧を拒否できるという規定は、新しい会社法において新設されたものです。この規定が厳格に適用されることになりますと、今回のような事業再編型の敵対的買収が行われる場合には、買収希望会社(もちろん株主でもあるという前提ですが)は、買収対象企業から軽々には株主構成については教えてもらえない、ということになりますね。たしかに条文で明確に株主名簿閲覧を拒絶できる事由として規定されていますので、拒絶されてもしかたないのかもしれませんが、そもそも敵対的買収であることが明確となり、またTOB開始された後であっても、買収を希望する企業がまったく対象企業の株主名簿をみることができない、というのもなんかフェアではないような気がします。そもそも事前警告型買収防衛策の手続ルールでは、買収希望企業が統合提案をすることになっていますが、どんな株主がいらっしゃるかによって、(タテマエのうえですが)統合提案の内容も異なるものになるのではないでしょうか。そもそも「あなたのほうから、どうやって株式の価値(会社の価値)を上げるのか、説明しなさい」と言っておきながら、「ただし株主名簿は見せませんよ」というのはどうでしょうか。投資家をひとつの母集団として、どの投資家に対しても企業価値の中身は同じなのでしょうか。先に掲げた「行動経済学」の入門書には、ケインズの「美人投票ゲーム」に関する紹介がありまして、「グループのひとりひとりが、1以上100以下の整数についてもっとも好きな整数値をひとつだけ選んだ場合に、その選んだ数の平均値の3分の2倍にもっとも近い予想をした者が勝つ」といったクイズが掲載されています。このクイズの回答については、合理的経済人の正答は1になるはずですが、実際にいろいろなグループでこのクイズを試してみると、25から40の間が多かったり、10~15が多かったり、様々な回答が得られるそうです。(こういったことにご興味のある方は、前記「行動経済学」50ページ以下をご参照ください)人間はまったく合理的に行動できないということではなく、限定的合理性を有する場合が多いということのようですね。「企業価値」というのも、現在から将来にわたって、人が会社の成長についてどう思うか、ということうを予測するものでしょうから、これと同じく、北越製紙の株主という母集団にとっての「企業価値」というのがあって、これは一般投資家全般に提案した場合に出てくる企業価値と同じものと言えるのかどうか、ちょっと疑問をさしはさむ余地もあるのではないでしょうか。もちろん、そこに登場する株主は一般個人ではなく、法人でありましょうから、認知心理学的な個人の錯覚とか偏見といったものがそのまま適用される場面とは異なるかもしれませんが、法人であってもかならずしも経済合理的な判断ができるとは限らないと思います。企業価値の算定にあたっての「定性的分析」と「定量的分析」といった分類もみられるところですし、はたして「企業価値とは絶対的なのか相対的なのか」といった議論も(私がまったく無知なだけで)どこかですでになされているのかもしれません。

三菱商事に対する第三者割当によって、王子のTOB成否は非常に微妙になってきたわけですから、実質株主を知りたいとか、少数の株を保有している人についても特定したいといった要請は切実なものがあると思います。さて、もし株主名簿の閲覧認可に関する仮処分が申し立てられる場合に、もうひとつの興味は会社法の強行法規性、任意法規性に関する問題です。125条3項をみますと、法文上では例外なく北越製紙は株主名簿の閲覧拒否が可能なように思えます。ただ、当事者間における様々な事情から、この規定が限定的に適用されるものになるのかどうか、そのあたりも非常に興味の湧くところであります。(なんか当事者じゃないので、ずいぶんとオキラクなエントリーになってしまったような・・・・・・)

(8月7日夕方 追記)

経済法のご専門でいらっしゃる泉水教授が、日本製紙の10%未満の株式取得問題について、独占禁止法の部屋ブログで解説をされています。私も日本製紙の社長さんや報道機関の解説「10%未満としたのは、独禁法に配慮したもの」という意味がよく理解できなかったんですけど、(事後報告が必要といったことだけで、果たして大量取得を10%未満に留めておくための動機付けになるだろうか?)泉水教授の解説を読ませていただき、いろいろと考えを整理することができました。(泉水先生にも、私のブログをお読みいただいているようで・・・笑(=^^=) ありがとうございます)

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コメント

>名簿閲覧請求者が株式会社の業務と実質的に競争関係にある場合は、株主名簿の閲覧を拒否できるという規定は、新しい会社法において新設されたものです。

「同業他社からの株主名簿の閲覧請求」問題は、多くの企業からの問い合わせがあるようで、商事法務から先月発刊された「新会社法実務相談」の118~122ページにかけて詳しく論じられています。
当該執筆者の結論は、toshiさんのご説明と同じですが、過去に学説上の争いがあったので、会社法においてあえて明示的に規定することによって会社側は拒絶できるようにしたと解すべき、と書いてあります。

しかし、本件の場合で上記規定を考えますと、やはりアンフェアーな感じがするところですね。

投稿: こうじまち | 2006年8月 7日 (月) 15時57分

早速のコメント、ありがとうございます。
あの分厚いヤツですよね?新会社法の英訳本を出されている法律事務所の方々が執筆しているという・・・。
立案担当者編著の「論点解説1000問の・・・」のほうは読んだのですが、通り一遍の解説しかなかったものですから、どこにも争点として掲載されていないと思っておりました。(情報ありがとうございます)
一度、参照させていただきます。

投稿: toshi | 2006年8月 7日 (月) 16時44分

「論点解説千問の・・・」は、簡単な辞書代わりにはできますが、実務家にはどうも使いづらいですね。
“あの分厚ヤツ”は、決して小職は宣伝する立場にもないのですが、通読した感じでは実務家に随分と便利にできているようです。脚注も大変しっかりしていて、分かりやすく、しかも利便性があります。つまり他の文献を容易に探し出しやすいのです。

もとの論点に立ち返ります。王子側は自らの提案の是非を直接、株主に問うためにTOBをかけたのですが、北越側が株主名簿の閲覧権を拒絶するということは、北越は自社の株主に対し投票権の妨害行為をしていることになりませんか。神田教授の言われるところの、TOBは一種の株主総会、という考え方を是とするなら、王子側には争う余地が十分にありそうですね。

投稿: こうじまち | 2006年8月 7日 (月) 17時15分

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