「誰のための会社にするか」
今年の5月4日に、神田秀樹教授の「会社法入門」(岩波新書)を読んでたいへん感銘を受けたという話をいたしました。近年会社法とういものが、国の経済政策の重要な制度的インフラとして、そのあり方が議論されるようになり、会社法の改正もこういった流れの中で行われるようになったということが十分示された内容でありまして、コーポレート・ガバナンスのあり方につきましても、株主主権主義的な要素が多く取り入れられた会社法にふさわしく、「株主すなわち資本市場における投資家の信頼を確保するしくみの構築」と表現されております。(211頁)
ところで、同じ岩波新書から、この7月20日に「早く会社法を改正しなければ日本はダメになってしまう。一刻も早く、会社法改正の機運を高めよう」といった趣旨でかかれたコーポレート・ガバナンスに関する本が出版されました。その名も「誰のための会社にするか」(ロナルド・ドーア著)。ご承知のとおり、日本の社会経済構造の研究、日本の経済発展史の研究者であり、何冊も日本の資本主義経済に関する本をお書きになっておられる方です。翻訳文に若干難解な部分もございますが、新会社法制定による急激な「株主主権企業」への傾斜が将来の日本にどのような影響を与えるのかを如実に論証し、「ステークホルダー企業」への変革のための具体策を提示するといった内容であります。おそらく筆者ご自身は、社会民主主義的な考え方を礼賛しているわけではなく、新古典派経済学的な発想とのバランスをとろうとしているものと思われます。
なぜこの本をご紹介したかと申しますと、特別に思想的な部分に賛同するといったものではございませんが、今年に入ってからのホリエモン騒動や村上ファンド事件に続き、今回の王子・北越の敵対的TOBに至るまで、どうも株主主権主義的な発想が日本の世の中では後退しはじめているのではないか、もしくは後退することに賛同する人たちが徐々に増えつつあるのではないか、といった気配が漂い始めており、たとえばもし、今回の王子・北越問題で王子が統合に失敗するようなケースが発生しますと、この本に記載されているとおりの「ステークホルダー企業の勝利」の具体的な臨床例が蓄積されてしまう気がいたします。そこまでは言いすぎとしましても、たとえば敵対的買収によって保身を図ろうという意図をもった人達は、「ああそうだ。M&Aの土俵はひとつではないのだ。フェアバリューなんか、相手が作った土俵なんだから、ここは日本、別の土俵で戦えばいいのだ。」といった気概を持ち、ご自身に都合のいいように、こういった理論を持ち出すことになるのではないか、といったことをすこしばかり邪推してしまいます。昨日、北越製紙が日本製紙との提携に前向きであることを発表し、30億円規模の提携効果(ちなみに、王子製紙との統合案では179億円の減益とか)があることを示しましたが、王子製紙側及び一部の北越製紙の株主は「なんら具体的な統合効果が数字で示されていない。これでは説明責任を尽くしたことにはならない。」と非難されておられました。しかし、北越は机上で精緻な企業価値を算定していないかもしれませんが、従業員との一体感を示し、賛同する提携先を確保し、地域の公共団体や金融機関の賛同をとりつけ、まさにステークホルダー企業としての地位を汗を流して確保することに成功しております。そして、いつの間にか独禁法まで味方につけて、印刷業協会における「王子・北越統合絶対反対声明」まで出されることになってしまいました。別に相手の土俵のうえで闘わなくても、自分の土俵で闘えば勝機は見えてくるといったところでしょうか。もしこれで王子が押し切られてしまった場合には、企業価値研究会でこれまで議論されてきたような「敵対的買収防衛策による防衛」といったところでの対応だけでなく、もっと泥臭いところ、汗臭いところでの経営陣の努力によって、企業の存立を維持できるといった風潮が強まることになるのではないでしょうか。まさにロナルド・ドーア氏が推奨するところの「ステークホルダー企業の勝利」であります。
私自身はどちらかといいますと、ドーア氏の意見には批判的でありますが、株主主権主義にいう「株主」というのも、ひょっとすると案外脆いものではないか、総体としての「株主」の力というものが、本当は虚像にすぎないのではないか、といったところを真剣に考える契機として、こういったステークホルダー企業論についても検討する価値はあろうかと思った次第であります。たとえ東京とロンドンのマーケットが提携したとしても、外国人投資家と日本人投資家との間で、絶対的に変動のない「企業価値」ってあるんでしょうか?日本の伝統や慣習に裏付けられた「公正な企業活動」といったものの意味は、机上の計算ではなんら食い違うことなく、日本の投資家にも外国の投資家にも同じ計算結果をもたらすのでしょうか?(230ページほどの本ですので、一気にお読みいただけるかと思います)
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