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2006年8月11日 (金)

不正会計の予防に向けて(序)

8月10日の日経朝刊の一面に「企業買収急増1月~7月7,8兆円」という見出しがあり、日本でもM&Aが企業の日常的経営手段になりつつある、とりわけルールの整備によってTOBが3兆円レベルにまで活発化してきたとありました。王子と北越、AOKIとフタタのような経営者不同意型TOBも連日新聞紙上を賑わせておりますし、おそらく上場企業の経営者にとっては株価の動向というものがとても気になる時代になってきたことは間違いないようです。こんな株価至上主義のような時代になりますと、日本の経営者としては、最近のアメリカのようにストックオプション付与の時期を操作することによって自分の私利私欲を満たそうといった目的ではなく、「わが社のため、わが社従業員のため」といった愛社精神を満たそうとする(これも名誉欲というものかもしれませんが)目的による不正経理の誘惑は高まっていくでしょうね。ともかく株価を上げて現金価格、株式交換比率を高めるためには、粉飾でもなんでもやってしまおう!といったインセンティブが経営陣にはたらくことは十分予想できるわけでして、経営者の関与する不正経理事件、つまりカネボウ事件のような刑事事件に発展する事例は増えることはあっても、減ることは絶対にありえないと思います。

そこで、株価至上主義の世の中で、どうやって経営者の関与する不正会計の増加を予防していくか、ということを真剣に検討することになるわけですが、いわゆる金融商品取引法における内部統制報告実務(日本版SOX法)や、国際会計基準への適合(コンバージェンス、オフバランス取引のオンバランス化)といったところがどこまで不正経理の予防に役立つかといいますと、かなり悲観的ではないでしょうか。私も会計士の先生方と一緒にシステム導入のお仕事をさせていただいておりますが、そういったシステムの導入が現場における財務情報伝達の誤謬の極小化とか、現場担当者レベルの不正を見抜く手段にはなりえても、経営者自ら主導する不正経理操作の防止にはほとんど無力ではないかと思います。(もちろん業務の効率化のためには大いに役立つことは事実でありますが)これは最近のアメリカにおけるCOSOの中小公開企業向けのSOX法適用ガイドラインなどをみてもわかります。比較的小さな公開企業ですから、SOX法対応の費用にも限りがあるわけでして、法目的を全て満たすというのは現実には難しいわけです。そこで、財務情報の正確性確保のためには、ともかく経営陣が誠実に職務を執行することを信頼することを前提条件として、業務執行担当者レベルでの費用のかからない方法によるシステムの稼動を保証して、現場レベルでの不正防止に尽力しようというのが実態であります。このように財務情報の信頼性確保のために、現場における不正防止に向けられた諸策は検討されておりますが、経営者自らの内部統制違反行為に対してはほとんど有効な方策はありません。日本における内部統制報告実務というものも、おそらく企業の開示情報が正しいということを担保するためにはかなり有効に機能するとは思うのですが、そもそも金融庁企業会計審議会に内部統制部会を発足させる大きな原因となった「経営者関与型の不正経理を防止する」ことには、果たしてどの程度有効に機能するものか、極めて疑わしいところだと思っております。

ということで、そうなりますと、この経営者関与型不正経理の予防ということのためには、もっと他のところで施策を検討する必要があるわけですが、ここで登場せざるをえないのが監査をする人たち、つまり会社法上の監査役(あるいは監査委員会を構成する取締役)やプロの会計監査人たる監査法人(公認会計士)といった立場の方々の権限と責任の問題になろうかと思います。これからますます「不正経理への誘惑にかられる人たち」と向き合っていくのは、こういった立場の方々でしょうから、その「立ち位置」をどうしたら、もっとも効果的に不正経理を予防できるのか、そのあたりが現在、公認会計士・監査審査会や、日本監査役協会あたりで真剣に検討されているところではないでしょうか。

「不正経理」の問題ですから、どうしても矢面に立つのは財務会計的な知見を有しているプロの会計士、税理士の方々だと思います。とりわけ会社の機関とされ、また証券取引法上の監査業務を担う監査法人の方々は、これからのM&A全盛の時代にあって、ますます重要な立場になっていくものと予想しております。現在の会社法では、会計監査人は「不正を発見した場合」の監査役への報告については規定されているものの、不正を摘発する義務(不正発見義務)までは会計監査人の善管注意義務の範囲としては規定されておりません。もちろん証券取引等監視委員会が今以上に強大な権力組織となって、上場企業の不正摘発にバンバン登場するようになれば話は別ですが、昨今の「民間への権限委譲」の発想からするならば、そういった不正摘発権限を証券発行企業に最も近い位置にいらっしゃる会計士の方々と、証券行政の一部を事実上担うこととなる主幹事証券会社のほうへ振り分ける方策がとられるのが現実的ではないかと思います。さて、それでは今後、監査業務に携わる会計士の方々は、こういった不正発見義務というものを職責として負うことになるのか、もしそうなったらどんな問題が発生するのか、そのあたりをまた次のエントリーで考えてみたいと思っております。

8月 11, 2006 不正監査防止のための抜本的解決策 |

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» 財務報告に関する内部統制と監査役の役割 トラックバック ぴてのひとりごと
 金融商品取引法に基づき、上場会社は財務報告に関する内部統制についての報告書を有価証券報告書に添付して提出することが2009年3月期から義務付けられました。これに関連して、監査役の役割がどうなるのか、疑問に思っている点をメモ代わりにエントリーしておきます。 1.監査役の会計監査権限との関係  監査役は会社法上、計算書類について会計監査権限を有していますが、(会社法に基づき作成される)計算書類と(金融商品取引法に基づき作成さ�... [続きを読む]

受信: 2006年8月22日 (火) 01時02分

コメント

toshiさん
新しい論点の展開を期待しています。
ところで、おそらく用語の使用に随分と気を使われたのだと拝察しておりますが、“経営者不同意型TOB”は簡明直截でいいかもしれませんね。こうじまちさんや日経の記者さんもどういう言葉が適切なのか大分悩まれていたようですが。「経営者が同意していない」TOBということをそのまま表現しており、誰が対象者なのか、また、その対象者がどういう行動を取るのか、「自分の保身」のためなのか「株主のため」なのかということが明確となっていいかもしれません。この用語の使い方には賛成です。是非、定着していって欲しいですね。

「株価至上主義」という用語は否定的表現です。株価は、経営者の経営への貢献度を株式市場が評点として数値化したものと考えるのが素直なのではないでしょうか。toshiさんは、株価がストックオプションなどの「私利私欲」のため不正に利用され、それが不正会計へつながっていくことを懸念されています。実際にそういう事件は起きているのは事実です。

そこは考え方の問題ですが、わが国は自由社会です。人の行動を束縛するのは困難ですので、事件が起きれば、そういう人たちを逮捕し刑事罰を課す。そして不正行為を行う者は、経済社会から淘汰されていく。淘汰していくことで、段々と不正行為を働く人たちが減少していく。それが公平で透明性を大事にする成熟社会だと、そのように考えていく方がいいように思っています。

投稿: シロガネーゼ | 2006年8月11日 (金) 09時59分

おはようございます。やっとひさしぶりに書き込みができそうな話題に戻ったような(笑)

僕もこの話題の展開、シロガネーゼさんと同様楽しみにしています。
ただ、先生が以前からおっしゃっている会社法における内部統制との関係の論点が出てきていないようなきがします。監査役さんや会計士さんの職責を問題とするのであれば、会社法上の体制整備といった論点も大きく影響するのではないでしょうか。そのあたり、先生はどのようにお考えなのか、またどっかで触れていただければと思います。

投稿: halcome2005 | 2006年8月11日 (金) 10時49分

IT業界でごはんをたべてる者です。法律にはずぶの素人の人間で、toshiせんせいはじめ、投稿されている皆様の非常にレベルの高いお話に毎度感心させていただいております。
前回の「誰のための・・」も同様、ITの人間としてこの領域で皆が納得するような話が、情報技術から提案を出せないのが非常に悔しいです。
ただ今回のテーマは非常にうれしいです。というのは、個人的に、巷で流れている「敵対的」という言葉が嫌いで、新聞やTVの報道を見るたびに、「経営トップが二人並んでニコニコ発表するものだけが善で、ほかはあかんのか」と思っていました。今回の王子は私はひざをたたいてほめてました。
一方、王子の発表後にいろいろと方針を出した企業は、「なぜこのタイミングでやったのか」というのをもっと明確に出してほしいです。つまり、戦略性(短期ではなく、長期ビジョンに基づくという意味)があまり感じられない。話題になっているから手を出そうとか、引くに引けないというあまりほめられない理由が感じられます。もし、「うちもほしかった」のなら、正直に言えば、もっとこの辺の議論の幅が広がると思いました。

ところで、toshi先生を始め、ここで紹介されているBlog、あまりITの世界では馴染みがないように最近感じました。「ろじゃあ」さんや「ふぉーりあたにー」さんのブログをもっとマスの場でご紹介してもよろしいでしょうか?会社のPrivateセミナーなどで、「これを読め」としたいのですが。
サーバの負荷増などお構いなしで、とてもITの人間とは思えませんが、お許しいただければ、社内の人たちやもっと大きなマスにこうしたまじめな議論を読んでいただきたいと願っています。(だいたい、今の内部統制のセミナーとかで、メジャーな出版社や新聞社が開催するものって、内部統制とほど遠い企業がスポンサーしてるので、たいがい嫌気がさしてまして)

投稿: まる | 2006年8月11日 (金) 22時22分

P.S. toshiせんせい、
お礼をするのを忘れてました。以前商事法務の記事をこの欄を通じて教えていただきました。
会社はさすがに買っていなかったのですが、National Diet Libraryが近くにあり、そこでコピーしました。非常に有益で今私のプレゼンには必ずその内容が登場します。
コメントをいただいた後、すぐにお礼申し上げるところ、遅くなって大変失礼いたしました。
ありがとうございます。

投稿: まる | 2006年8月11日 (金) 22時48分

>まるさん

どうもおひさしぶりです。そうでした、以前商事法務に関するご紹介をさせていただいてましたね。(って、本人はすっかり忘れておりました)

IT企業(しかも大手)を中心に現在「内部統制セミナー」は大流行ですね。実は私も8月に2回、大手企業主催のセミナーで講演をします(もう1回目は終わりました)笑い話のようですが、ホント、パワーポイントでレジメを作って、講演をしている姿など、1年前の自分では想像もしておりませんでしたよ。最近はグラフやマトリックスなども入れて可視化に耐えうるレジュメになりつつあるところです。まだまだ発展途上ですが(笑)まるさんがおっしゃるように、IT企業が目指しているところと、日本版SOX法を作っている人たちの目指すところとが一致しているとはいえませんね。おそらく実施基準の公開草案が出たところで、きっとあるべき方向性というものも少し照準が合ってくるのではないでしょうか。
ちなみに、ご紹介いただくのは一向に私はかまいませんし、ほかの著名ブロガーの方々も同様だと思います。
今後とも、有益なご意見、お待ちしております。

投稿: toshi | 2006年8月13日 (日) 02時40分

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