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2006年8月22日 (火)

「アット・ホーム」な会社と内部統制

きょうはある弁護士団体の会社法研究会に参加してまいりました。譲渡制限株式を発行している株式会社には、好ましくない者が会社の株主になることを防止するという趣旨を徹底するために「相続人等に対する売渡請求」制度というものを会社法が新設しているわけでして、これは中小企業の「お家騒動」から会社を守る制度として、非常に有効に使われるものと一般には解説され、また期待されている制度のようです。しかしながら、この5月から今までに、クライアント企業から実際に相談を受けた複数の弁護士の感覚でいえば、「本当にこの売渡請求制度」というのは、期待できるほどの制度かなぁ??むしろ、ひとつ間違えると会社のクーデターを引き起こしかねないリスクを背負い込むことになるようなアブナイ制度なのではないか、との意見が多数を占めていたようです。大企業の子会社あたりにおきましても、株主対策の一貫として、この相続人等に対する売渡請求に関する定款変更を検討されているところも多いのではないかと思いますが、一度「逐条解説 中小企業・大企業子会社のためのモデル定款」(2006年 第一法規出版 浜田道代監修)」の19ページ以下などをご参照のうえ、相続発生後の株式の準共有関係や、定款変更時における議決権保有者の顔ぶれ、(自己株取得ですから)財源規制問題クリアの可否などを十分検討されたうえで導入すべきかどうかを慎重に判断されたほうがよろしいかと思われます。

もちろん中小企業、大企業の子会社が、「アット・ホーム」な雰囲気をかもし出していて、それぞれ社員株主の信頼関係が強い企業であれば「先生、なにゆうてまんねん。そんなクーデターなんて、あるわけおまへんがな。あほくさ・・・」で終わってしまうのかもしれません。しかし、洞察力鋭いbunさんの「人を信じるということ・職場の雰囲気」というエントリーを拝読して、非常に共感を覚えました。私も常々、「アット・ホームな会社」という表現は、どことなく背筋に寒さを覚えておりました。会社という組織が競争を前提としている団体である以上は、アット・ホームな雰囲気などありえないと思いますし、もしそんな雰囲気が職場に醸し出されていれば、それは恐ろしいほどに「和を尊ぶ」自己抑制もしくは、本質の隠蔽がなされている可能性が高いと思ったりするわけです。仕事に対して正直に振舞う人であれば、「あ、あれ忘れてました。来週までには到底無理ですわ」ということで改善策も立てられますが、仕事に対して本当にまじめだったり、協調性をことのほか尊ぶ人の場合には、嘘を嘘で固めて、全体の進行に支障が出ていないふりをしたりするわけでして、内部監査人もそんな姿をみて、「いい人だ」と信用してしまうがために、また監査もずさんになってしまったりするわけです。アット・ホームな雰囲気になじめない人のなかに、仕事ができる人が多い、といったbunさんの指摘にもうなづけるところがありますね。最近よく思うのですが、内部統制というものを、和を尊ぶ日本の企業になじませるのはホントむずかしいところがあるんじゃないでしょうか。内部統制システムの整備のためには、監査する側と監査される側もしくは、共同監査する者どうしの「情報の共有」が不可欠だと思いますが、あんまり性悪説的な発想で対応すると、相互に牽制しあって、情報の共有が困難になる、したがって、ギスギスせずにアット・ホームな雰囲気のなかでそれぞれのホンネで話そうではないか、といった意見もよくお聞きします。しかし、この意見は「人を信用することで、人はなんでもホンネを話してくれる」といったことが真実であることが前提なわけですが、そんな簡単なものではないと思います。人を信用しあって仕事をすること自体は素晴らしいことだとは思いますが、だからといって「人を信用する」というのがどういうことかはわかりにくいことですし、必ずそれで十分な情報伝達が可能になるということはありえない、むしろ内部統制のシステムというのは、いやがうえにも言いたくないことまで情報として伝達しなければいけないよ、というお決まりごとを最初に決めてしまって、それが職場の雰囲気を壊してしまうというのであれば、それもひとつの仕事のスタイルである、と割り切ってしまわなければならないのではないか、と(少し冷徹ではありますが)思うところがありますね。

これから内部統制報告実務を担っていかれる公認会計士の先生方に、一度まじめにお聞きしてみたいです。社長以下、アットホームな雰囲気で和気藹々とした会社と、社内の競争がはげしくて、人の欠点や失敗を思いっきり指摘して、減点主義によって出世の道が決まる会社とではどちらが「統制環境」がすぐれているのでしょうか。いや、私だって「職場の雰囲気が明るい」ほうがいいに決まっているとは思っておりますが、どうも、そこに潜む落とし穴に気がつかずに、人を信用してしまうことの恐ろしさを、ココロのどこかに持っていなければ、内部統制を語る資格がないような気がしてしまいますねぇ。。。

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コメント

TBありがとうございます。また多くの点でご賛同いただき、大変光栄に思います。ご指摘の通り職場なんだからアットホームでなくても仕方がないときっぱり割り切れる人との「アットホーム」でないと、人の評価が偏ったり、不要な政治工作を生んだりするので、よくよく警戒しなければいけない、という逆説を常日頃感じておりまして、そのあたりを書かせていただきました。

投稿: bun | 2006年8月22日 (火) 07時59分

こんにちは。bunさんのところと合わせて読ませていただいて、考えておりました。アットホームなお客さん、きょうび、あまり担当したくないですね、怖いから(苦笑)。
ただ、どちらの場合も起こりうる不正のタイプが違うだけで、1.アットホーム系:管理部門が弱かったり権限分掌がなあなあだったりするので、横領とか使い込みとかありがち 2、アグレッシブ系:競争が激しいと、貸せられたノルマを守ろうと必死になるので押込販売や架空売上などのリスクがあがる と、どちらも統制環境としては完璧ではないと思います。文化以上に、実行可能な枠組みを作りメンテナンスをちゃんとする、というのは非常にお金も時間もかかることなので、利益も出ている調子のいい会社が本気を出してくださったケースが統制環境としてベストプラクティスであるケースが多いでしょうか。と、あまり高尚でない意見で申し訳ありません。

内部統制の監査を日本でやると、「そんなに私のことを疑うんですか、わたしはこんなに残業していろんな業務を一生懸命やっているのに!」と担当者の方に涙ぐまれて途方にくれることがあったりして、「信じること」と「(信じるに値する)合理的な根拠を全部立証しなくてはいけないという監査人の立場」との違いを説明しながら、その距離感に途方にくれることがたまにあります。信じることは職場以外の人間関係では美徳かも知れませんが。。。

投稿: lat37n | 2006年8月22日 (火) 10時03分

bunさんの「人を信じるということ・職場の雰囲気」を私も拝読しました。
雰囲気と実感が伝わってくるようでした。
感じたことは、「アット・ホームな会社」の欠点について一番認識しなければならないのは、経営者であると言うことです。
雰囲気を壊さないようにと、発言すべきことを押さえてしまう人は多いと思うのです。実際、その様な教育が学校でなされている部分もあると感じるのです。しかし、重要なことは、仕事のためには言うべきこと、指摘すべきことは発言する。各人にこれを言うことは簡単であり、実現するには、言うだけでは駄目で経営者が経営者としてなさねばならないことが多いと思います。
実際、昔は多くの人達が同じ様な仕事をして、話しなんかしなくても互いにその内容が把握できた。しかし、今は、そんな仕事の内容じゃないし、そんな仕事のやり方では競争に負けてしまうのですから。

投稿: 売れない経営コンサルタント | 2006年8月22日 (火) 12時03分

>bunさん

いつもコメントありがとうございます。
最近、ビジネス法務に関連して、「ソフトロー」にたいへん興味を持っております。アットホームな雰囲気の職場というところには、おそらく、その職場でしか通用しないような規律があって、その規律を破る者に対しては、おそらく回復困難なペナルティが待ち受けているのではないか、といったことを想像するわけです。すると、そこへ、これまたソフトロー的な「内部統制」というものがやってきて、その職場独特のソフトローと衝突してしまうわけです。どっちにも、それぞれに「正義」があるわけでして、そのあたりを続編として書いてみたいと思います。

>lat37nさん
どうも、おひさしぶりです。
コメントありがとうございます。財務会計的知見のある方にマジメにご回答いただき、感謝いたします。同じ会社のなかでも、アグレッシブな部署とアットホームな部署がありえますから、リスク発見のためには、こういった考え方が十分実務的ではないでしょうかね。大いに参考にさせていただきます。
担当者に涙ぐまれても、職場の監査を遂行する・・・・・、一番「必殺仕事人」に近い仕事をしなければいけないのは、この監査担当者ではないでしょうか(笑)
また、続編を書きますのでご意見よろしくお願いします。

>経営コンサルタントさん

はじめまして。(また、TBありがとうございました)
最近、太陽系の惑星が実は9つじゃなかった、などといった報道を耳にしますと、みんなが信じ込んでいる定説が実は根拠に乏しいこともあるんじゃないか、と疑ってみたりすることもありそうでして、「日本の伝統」=「和を尊ぶ」=「アットホームな雰囲気(仲良くする)」といった一連の定説は、どこかで根拠薄弱ではないかと考えてみたりしております。
雰囲気を壊さないように、自我を抑えるといった行動が、和を尊ぶことと必ずしもつながらないのではないか・・・
こういったあたりを法学的見地から考え直してみようというのが次のテーマでありまして、ぜひ経営コンサルタントさんのような方に、またお読みいただきたいと思っております。


投稿: toshi | 2006年8月23日 (水) 02時33分

>「ソフトロー」にたいへん興味を持っております

おお。「ソフトロー」と言うんですね。大変絶妙な表現ですね。私にとっても大変大きな関心事、です。私は監査をしているわけではありませんが、自営で、プロジェクト単位の仕事が多く、組む会社が頻繁に入れ替わるので、説明されないルールを破らないようにするために、探り探りをしなくてはならないのです。「郷に入りては」で、どんなに客観的にみておかしいルールがあっても、それを破らない責任をこちらが負担しなくてはならないのが慣行ですので。「君たちは間違っている」という啓蒙をしたところで本質的な解決には全くなりませんね。何もそこまでと言われますが、会社に入る前に、複数のフロアないしテナントに出入りしているビルの清掃のおばちゃんに「もなか」差し入れ氷川きよしのような笑顔を心がけつつ世間話しながら情報仕入れたりします(笑)。虚飾のない会社の実状を知るには相当に有力な情報源ですので。

>その規律を破る者に対しては、おそらく回復困難なペナルティが待ち受けている

その通りだと思います。「そんなもの知らないよ」といつでも言えるのでしょうが、そうしてしまうと会社とtoshiさんの間に入っておられる担当者(しばしばもっとも誠実で仕事熱心で裏のない方でしょうね)の方を「ロー」と「ソフトロー」の間で引き裂くだけになってしまいますものね。いろいろとえげつないペナルティを聞いていますが(笑)、噂ベースで実行に移されたかどうか確認していないものでよければそれはもう前時代的で原始的な恐怖心に訴えるペナルティが多い感じがしています。特にアットホームで小さい会社で。

最後になりましたが、lat37N様、売れない経営コンサルタント様、ありがとうございます。lat37N様、「きょうび」にしびれました。むちゃくちゃかっこええー(冷やかしでなくて 笑)。私のようにメローに酔わないで場合分けされているところも。

売れない経営コンサルタント様、一緒に働いている方へのメッセージの部分も汲んで下さって嬉しく思いました。

この場をお借りしてお礼申し上げます。

投稿: bun | 2006年8月23日 (水) 08時20分

私のコメントを読んで頂いた皆様ありがとうございます。

昔、複数のヨーロッパの企業、それに日本企業が入ってコンソーシャムを組んで仕事をしたことがあります。面白かったのは、ヨーロッパの企業連中です。多くの国が国境を接して存在するので、過去ずっと侵略したり、されたりの戦争ばかりの国だったんだという感じです。F1やサッカーワールドカップみたいなものです。

そういうヨーロッパの連中と仕事をすると、言い合うのは良いが、恨みを持つまでやると駄目なんです。しかし、言いたいことや主張すべきことをしないでいると駄目なんです。それと口では多少何を言ってもよいが、一旦紙の上に落とすと、それは絶対に尊重しなければならないものなのです。そこは、日本的な和とは、全く違う世界でした。

ついでに米国での話し。米国でも仕事をしたことありますが、赤字工事になるとの予想になったら、米国の企業(下請け)のプロジェクト・マネージャー・クラスは簡単に退職してしまうのです。労働市場が日本と異なるので、こんな会社にいても仕方がないと、人間だから自分のことが一番大事なのは当然ですが。

工事が完成すると、その下請けは今度は追加工事代金の支払を求める裁判を起こしてきました。私が起用した弁護士の言葉は「Construction worksは常にLitigationがある。」でした。そもそも仕様書や図面で工事内容を全て規定することなど、出来ない。規格にしても、どこまでが義務で、どこまでが任意か解釈は分かれる。日本だったら、「将来の取引もあるから」と、何となく妥協が成立するところですが。

投稿: 売れない経営コンサルタント | 2006年8月23日 (水) 16時47分

こんにちは
やっと私も口をはさめる文化論的な話になったのでコメントさせていただこうと思ったのですが、長くなったので自分のエントリにしてTBさせていただきます。

投稿: go2c | 2006年8月24日 (木) 08時15分

>経営コンサルタントさん

コメント、ありがとうございます。
アメリカのSOX法関連の記事を読んでおりますと内部統制に重大な欠陥があるとされたり、重要な不備があるとされる事例のなかに、人的要素にかかわるものがけっこう多いんです。それは財務情報の信頼性にかかわる情報管理を知らない経営者に焦点をあてていたり、IT統制を外部第三者にまかせっきりで、リスク管理を熟達した内部の者が存在しないとか。いまの日本のSOX法の話題はソリューションに関するものが多いのですが、人的要素に関する対応とういのがほとんど議論されていないようですね。人的要素を考える場合、内部統制を導入する国の企業文化と大いに関係してくるのではないか、と思ったりしております。

>go2cさん
コメントありがとうございます。私のブログも、bunさんやgo2cさんのように辛口の批評をいただけるところがアットホームなのかもしれませんね。ホント、けっこう力作のエントリーのようですので、じっくりと読ませていただき、またそちらのほうへコメントを書かせていただきたいと思います。ちょうど、東京国際フォーラムで内部統制ソリューション展が超人気の時期です。こういった時期にこそ、内部統制における人的要素をまじめに文化論的に考えるブログがあってもいいのではないでしょうかね。

投稿: toshi | 2006年8月25日 (金) 02時13分

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