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2006年9月29日 (金)

続・Eメールと堀江氏の刑事裁判

夕方、私が副幹事長をしている弁護士団体の先輩副幹事長よりメールが届きました。「二回試験(司法修習生の卒業試験)で107人も落第者が出た!当会関係事務所でも誰か採用予定者に該当者がいないか確認して」とのこと。いやいや呆然、唖然・・・・・。落第者が107名・・・・・・ですか?(朝日ニュースはこちら)信じられませんです。私のころ(42期)は、不合格者はゼロですし、それが当たり前のような時代でしたので、いくら合格者が3倍程度(1500名)になったとしましても、最高裁は司法修習生に対して厳格になったとしか言いようがありません。とりあえず追試組の方、少しばかりバッチをつけて法廷に立つ日が遅れますが、どうか追試はここ一番、死ぬ気で頑張ってください。

半数程度の方が「刑事弁護」科目で及第点に達しなかったとのことですが、これも意外ですね。「知識」ということよりも「センス(結論の妥当性とか、弁護人としての基本的な訴訟活動のあり方)」に若干問題があった、ということでしょうか。私もあまり「センス」においては偉そうなことは言えない弁護士ですが、先日「Eメールと堀江氏の裁判」をエントリーいたしましたが、ここのところ宮内氏の証人尋問が続いておりまして、やはり前回エントリーでの予想どおり、宮内氏は検察側から事前に聞いていなかったような(堀江→宮内)メールを弁護側から証拠として提出され、どうもうまく証言ができないようであります。おまけにライブドアの不透明な利益の一部を宮内氏が流用していた事実まで認めてしまっており、弁護側としては最高のパフォーマンスを出しているのではないでしょうか。情報通の方の話では、すでに裁判長も、宮内氏の証言に対してはかなり懐疑的に受け止めているようでして、このままだと検察側も苦しいのではないか、と考えても不思議ではないような気がします。

ところで、前回のエントリーでは、「共謀」とは個々具体的な話し合いの内容や、話し合った日時場所の特定、犯行の分担など、詳細な事実認定が必要と書きましたが、もうすこし深く検討したほうがいいようにも思えてきました。「Aをどついたろか」と共謀した甲と乙のうち、乙がAだと思って殴った相手が実は別人であるBだったという場合、はたして謀議に参加した甲には、暴行罪の共謀共同正犯が成立するのでしょうか?甲と乙が「誰でもええから、あそこにいてる奴らの誰かをどつこ」といった謀議だった場合には、乙が誰かを殴って帰ってきた場合に暴行罪の共同正犯が成立することはまちがいないと思いますが、先の例と差異はあるでしょうか。もし差異があるとすれば、たとえ宮内証言がふらふらしていたとしても、検察有利は動かないような気がしますね。

本件は偽計取引とか、粉飾決算が問題となっているケースですから、どういった手法を用いるかということよりも、どんな手段であれ健全な株式市場の価格形成機能を歪めること自体が犯罪性が認められます。偽計という文言からは、その具体的な手法までは特定できませんし、また粉飾決算というのも、その粉飾にいたる方法については具体的に明示されておりません。したがいまして、ある保護法益を侵害することに向けられた共同謀議が認定されれば、その手法についてはそれほど個々具体的な内容まで意思の連絡が認められなくても共謀があった、と裁判所が認定する可能性が十分あるように考えます。これまでの弁護側の戦略はすばらしいと思いますし、100%の力を出し切っていることは当然だと思いますが、宮内氏が主導的な立場であって、堀江氏はスキームを十分理解していなかった、という図式が浮き彫ったとしましても、悲しいかな元来証券取引法上の刑罰規定はいずれも、その構成要件事実があいまいなものであります。したがいまして、市場の価格形成機能を歪める行為によって、ライブドアの利益を図ることが目的とされているのであれば、ある程度あいまいな謀議内容だとしましても、全体としてみると堀江氏にも法益侵害に関する謀議があったと認定されることになるかもしれません。(つまり、先にあげた例でいいますと、誰かあいつらのひとりを殴ろう、と謀議をして、実際にどうやって殴るか、誰を殴るかといったことをそのうちの一人が考えて、これを実行に移したような場合、謀議の内容は曖昧なものかもしれませんが、おそらく共謀共同正犯が成立する、という考え方)

もうすこし、宮内証言の続きを検討してみたいと思います。

9月 29, 2006 ライブドア | | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年9月28日 (木)

株主代表訴訟と監査役の責任

ダスキン控訴審判決(問題の整理編)に、監査役サポーターさんから、コメントをいただきまして、私も勉強のために少しばかり調べてみました。(コメント、ありがとうございます)

1 株主代表訴訟で監査役の責任が認定されたのは、おそらくこれが初めてのケースではないかと思いますが、どうなんでしょうか?(破産会社について、破産管財人が提起した訴訟では前例があったように思いますが。)

監査役も会社に対して善管注意義務を負う立場にあるわけですが、その責任が認められた判例というのは(すくなくとも上場企業という限定でいいますと)非常に少ないように思います。破産管財人が提起した訴訟とおっしゃっているのは、会社更生手続中の会社に関して、更生手続開始前3年間に違法配当を行ったにつき、取締役、監査役の責任が問われた事例(判例時報854号43頁)のことではないか、と思われます。(東京地裁決定昭和52年7月1日)いわゆる粉飾決算の内容について、適法適正なものと報告したことが監査役の任務懈怠と認定されたもの(35億円を取締役と連帯して支払う)です。

ただ有名な大和銀行事件につきましても、ニューヨーク支店に往査に出かけた監査役に対して、大阪地裁の判決は当時の会計監査人の財務省証券の保管残高確認方法が不適切であったことは、往査に出向いた監査役は当然に知りえたものであって、その検査方法の不備を看過した点においては当該監査役は任務懈怠の責を負うものと判示されております。(ただし、任務懈怠による損害の範囲が証拠上確定できないとして請求は棄却されておりますが)

2 この訴訟では、社内・常勤監査役は、何故被告とされなかったのでしょうか。この社外監査役は、弁護士で事件の調査にもあたったから被告とされたのでしょうか。(つまり、監査役として、というよりも、関係した弁護士がたまたま監査役で、代表訴訟の土俵に乗っかった、ということに過ぎないのでしょうか。)

判決文を原審、控訴審と読み直しましたが、いずれも「なぜ常勤監査役が被告に含まれていないのか」を裏付ける事実関係は掲載されておりませんでした。これは裁判所の判断とは関係ありませんので(もともと被告として選定されていない。代表者に不祥事の即時公表を強く勧めた当時の社外取締役さんもそうですが)、原告株主の意思を推測するしか方法はないわけでありますが、おそらく監査役サポーターさんと同趣旨の見解からではないでしょうか。代表訴訟を提起する時点における株主の方々の情報は限定されていると思いますが、積極的に不祥事を隠蔽することに加担した人は誰か、といったあたりから、当該社外監査役が被告としての地位に立つべしとされたのではないかと思われます。そもそも、社内で違法添加物混入肉まんが売られていた、といった噂が蔓延していたころに、社外取締役のおひとりの提言で調査委員会が発足し、当該社外監査役の方は、その調査の中心的役割を果たされたようです。その調査において判明した事実からすれば、当時、公表を遅らせることに関してのリスク判断は十分可能であったとみなされたのではないでしょうか。ただ、取締役会で正式に調査報告がなされたのが、匿名による不祥事通報がなされる半年も前ですから(事実認定は控訴審判決内容に基づく)、当該取締役会に出席していた他の監査役にも、経営判断を行う立場にはないにしても、なんらかの責任が生じるようにも思えますね。このあたりは、判決のなかで判断が示されているわけではございませんので、これ以上はなんとも申し上げようのないところではございますが。(もし、このブログをご覧の方で、詳細経緯をご存知でしたら、差しさわりのない範囲でご示唆いただけますと幸いです。)

先の大和銀行事件におきましては、なかなか厳しいものがございますが、一般的にはこれまでの監査役に対する判例の立場というのは比較的寛容だったのではないでしょうか。(ひょっとすると、代表訴訟において提訴請求の関係などから、監査役が被告に選定されにくかった、という問題もあるかもしれませんが。事実、ダスキン訴訟におきましても、原告株主は当初、提訴請求の相手方を間違っていたようです)それはやはり、現実の会社における監査役の立場だとか、現実の職務などからして、「経営判断に監査役自身が関与している」と同視しうるような場合以外にまで、監査懈怠というのを真正面から問うことはしなかったんじゃないか、と思います。ただコーポレート・ガバナンスの開示(監査役の資質の情報開示)や、内部統制システム構築論の進展(相当性判断)、会計監査人との連携強化の必要性など、最近の監査役を取り巻く監査環境の変化から考えますと、これまで同様、監査役の責任について裁判所は寛容であるかといいますと、そういうことはないような気がします。

また、社外監査役に弁護士とか公認会計士など、いわゆる法務財務の専門職の人間が就任しているケースでは、その責任が認められる確率というのは高まるのかどうか、これも重要な問題ですね。(予測可能性が一般の常勤監査役よりも高まるわけですから、注意義務違反というものも認定されやすくなるような気がします)さらに今回は、代表訴訟と監査役の責任ということで論じましたが、代表訴訟と社外取締役の責任という点でも、また別個の論点を提示することが可能かと思います。たとえば、ダスキン事件のケースでは、先の「公表を強く勧めた」社外取締役は被告に含まれておりませんが、社外取締役としては、どこまでのことをやっておけば善管注意義務違反に問われないのか、本件のように文書で代表者に反対意見を送っておけばいいのか、取締役会の議事録にきちんと反対意見を留めることが必要なのか、辞任しなければいけないのか、自ら進んでリスクを背負って公表しなければいけないのか・・・・などなど。

9月 28, 2006 株主代表訴訟と監査役の責任 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2006年9月27日 (水)

塩崎官房長官と公開会社法制の行方

安部首相誕生と同時に、塩崎恭久氏が官房長官に就任されました。(たしかご子息は東京の大手法律事務所で弁護士をされていますよね)昨年、ある会合で一度だけ、塩崎センセイとお会いした(といいましても、1分くらいの立ち話ですが)ことがありますが、日銀ご出身のスマートさと共に、精力的で、朗らかで、「ひとりで4人分くらいの仕事しているんじゃないのかなぁ」と思わず驚嘆した記憶があります。おそらく世間の関心は、拉致問題担当のほうにあるのではないか、と思いますが、私も一昨年くらいから、ずっと塩崎氏の発言をフォローしてきました。(関連エントリーはこちらです。もう1年ほど前のエントリーですが)私は拉致問題担当というよりも、この方の会社法制、会計制度へのグローバルな考え方にたいへん興味を抱いておりまして、安部首相とも非常に近い関係にあり、かつ官房長官といった地位からしても、今後ますます日本の公開会社法制度が、この方の考え方に近い方向へ動き出すのではないかといった予感がいたします。そもそも、新会社法の要綱試案には「内部統制」といった言葉はどこにもなかったわけでして、この方が委員長を務めておられた委員会からの提言によって、ある時期の法制審議会で、ほぼ異論のないままにサクっと、「内部統制の会社法における規定化」が導入されてしまった経緯もあります。(これは旬刊商事法務で、江頭教授の論稿を読んで知りました)

政治が法律の世界に力を持つことの是非はともかく、この塩崎新官房長官のHPにおける政策提言(我が国の企業統治、企業会計制度のさらなる強化に向けて    リーダーシップを持つオープンな日本へ)などを読んで、今後の公開会社法制の行方をうらなってみると・・・・・・・・・・・

上場企業における「財務情報の信頼性確保のための内部統制報告実務」の充実が急務、ただし、最近は国際会計基準の統一(コンバージェンス)のほうが、もっと急務になってきたんじゃないでしょうか。

企業情報開示の重要性とりわけ不正会計を厳しく取り締まるため、監査法人改革、日本版SEC創設、刑罰の厳格化。証券取引所の自主規制機能の強化充実。

コーポレート・ガバナンス改革。とりわけ社外取締役、社外監査役の独立性強化、監査役、監査委員の財務会計知見の要件強化。

結局のところ、東京を国際的な資本市場として発展させるための諸策については、積極的に実現させる方向に動き出したようでありまして、今後も公開会社法制に関する制度改革が進むものと予想しております。このブログでも何度も自説を述べておりますが、これからは「会計の時代」、会計士の皆様からはよくご批判を受けるところでありますが、いわゆる会計監査人による不正発見の権利と義務、という問題も現実化してくるのではないでしょうか。(いえ、あくまで私ひとりの感想ではございますが・・・・・)

9月 27, 2006 「公開会社法」への道しるべ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月26日 (火)

飲酒運転に病的酩酊はあるのか?

ダスキン株主代表訴訟控訴審判決(問題整理編)に、またまたコメントをいただき、誠にありがとうございます。いつもコメントをお寄せいただいております常連の方々のご意見からしますと、どうも私の意見は分が悪いようでして、このブログを訪れる法律専門家の方は、企業コンプライアンス的にみて会社役員に厳しい立場(いや、それは期待の裏返しというものなのかもしれませんね)のようであります。問題の整理編でこのシリーズを終わらせようかとも思っておりましたが、とーりすがりさんや濡れ衣と戦う会社員さん、そしてMEさんのご意見などをもう一度検討したうえで、再度続編をエントリーすることにいたします。(いつも個別のお返事が遅れましてすいません・・・・・・)

さて、「飲酒運転と企業コンプライアンス」シリーズも、すでにいくつかのエントリーを立てておりましたが、これも以前より、飲酒運転による刑事処分(罰金を含めて)を民間企業の懲戒免職処分と結びつけようといった私の意見が厳格に過ぎるのではないか、との疑問を何名かの方々より呈されておりました。どうして厳格に過ぎるのか、いろいろと考えているのですが、ひとつの可能性として、お酒を飲んでいるときの規範意識の低下というものにぶつかるのかもしれません。私自身が、飲酒時のハイな状態というものを理解していない可能性もありそうです。いくら厳罰でのぞむ、といいましても、お酒を飲んだ状態のときに、平常の規範意識が存在しなければ、なんら飲酒運転という犯罪への抑止力が働かないわけでして、そのあたりは私自身があまりお酒に強いほうではないので飲酒時における規範意識の低下については理解できないところなのかもしれません。たとえば、最近よく報道されるところの「痴漢事件」につきましても、現役の警察官の方が痴漢で現行犯逮捕されたり、某著名な経済学者の先生が逮捕されたときには、即座に「なんと破廉恥なことだろう」と思いますが、逮捕された当時に「酒に酔っていて、触ったかどうかも覚えていない」と言われますと、やったことは厳しく処罰されねばなりませんが、なんかどことなく、その人に対する破廉恥さの評価については減少されてしまうような、そんな気分になってしまいます。こういったことと同様に、この飲酒酩酊といった状態は、人の普段の規範意識を鈍麻させてしまうほどのものであると理解してよろしいのでしょうか。

私は過去に刑事事件で3回、無罪判決をもらった経験がございますが、そのうちの1回が「病的酩酊による責任能力なし。よって無罪」というものでありました。病的酩酊は単純酩酊と比較したものでありまして、飲酒酩酊によって脳波に影響を受け、別人格の人間に変わってしまう、というものであります。私が担当した強盗致傷事件の被告人の場合は、この病的酩酊に該当するという奈良県立医科大学の教授(裁判所が選任した正式な鑑定人であります)の意見書(詳細な実験と検査に基づく意見)がそのまま裁判所でも採用され、完全無罪を得た事例であります。(検察側も控訴せず確定)この事例のように、飲酒事故を引き起こしたようなケースにおいても、ひょっとすると、その飲酒によって被告人が別人格となって、なんの規範意識もないままに、そのまま飲酒運転をしてしまうような場合もあるのかもしれません。

(追記)昨日の夜は、ほとんど睡魔に襲われながらエントリーを書いてしまったため、不適切な内容が散見され、修正をいたしました。司法書士をめざす会社員さんから、問題点のご指摘を受けておりますので、そちらのコメントもあわせてご覧いただくと幸いです。また、誤解のないように申し上げますと、「病的酩酊」=責任能力なし ではございません。責任能力は法律上の判断ですので、たとえ医学的に「病的酩酊」であるとしても、裁判官の判断として責任能力あり、とされる可能性もありますし、限定責任能力ありとされる可能性もあります。

9月 26, 2006 飲酒運転と企業コンプライアンス | | コメント (6) | トラックバック (1)

2006年9月25日 (月)

COSO「中小公開企業向け」ガイダンス

taka-pooさんや、fujiさんのコメントにもありましたように、先日私のブログが日経新聞で紹介されまして、(お蔭さまで)アクセス数も増えたところで、またまたたいへん恐縮ではございますが、ずいぶんとマニアックな話題に戻らせていただきます。いわゆる金融商品取引法における内部統制報告実務(金商法24条の4の4)に関するものでありまして、金商法の立案担当者編著による「一問一答・金融商品取引法」(商事法務)127頁以下においても、「できるだけ速やかにこれらを策定する必要がある」とされている「実施基準」の話題であります。なんだか「内部統制ブーム」が先走っているなかで、真打ちであります「実施基準」が未だ登場しない、というところで、気をもんでいらっしゃる企業担当者の方も多いかもしれません。とりあえず2008年4月以降に開始される事業年度より、この内部統制報告実務が適用されることとなりますので(金商法附則15条)、整備、再構築をできるところからスタートさせている企業が多い、というのが実情ではないでしょうか。

ということで、既に情報通の方はご承知かもしれませんが、2006年7月11日にトレッドウエイ委員会支援組織委員会(COSO)から公表されました「財務報告に係る内部統制ー中小規模公開企業のためのガイダンス」の意義と概要が、内部統制部会の委員でいらっしゃる町田教授のもとで概説されております(月刊監査研究9月号)。これ、休日にじっくり読ませていただいたのですが、おそらく(公開草案のリリースが予定されている)内部統制報告実務の実施基準にも大きな影響を与えるのではないか、とひそかに推測しております。その「推測」の根拠は以下のとおりであります。(なお、これは私ひとりの勝手な推測であります。それ以上のなにものでもございませんので、悪しからず)

1 内部統制部会の委員である町田教授自身が「今後の日本における内部統制報告実務にとって重要な示唆を含むものであるように思われる」と述べていらっしゃること

2 アメリカSOX法の適用にあたって、批判の多かったところを意識しながら、今後適用が開始される中小公開企業向けに、「経営者評価」を特に意識しながらまとめられたものであること

3 そういった意味で、「全公開企業への適用が予定されている」日本の内部統制報告実務に適用することに違和感がないこと(文書化やIT統制などの面において、ギチギチに行為準則が定められたものではなく、各企業ごとに適用可能な程度の柔軟性をもったものであるために、日本の企業文化に合ったSOX法に変容させながら内部統制報告実務を形成しやすいものと思われます)

4 昨年12月に出されました企業会計審議会内部統制部会の「あり方案」の考え方とも合致していること

5 アメリカの大規模公開企業のように、そもそも職種による分業化や専門家が進んでいない日本の企業組織にとっては、「経営者が横断的な監視機能を有していて、比較的財務報告に有能な人材をそろえていない」アメリカの中小公開企業向けのシステムのほうが、組織形態の面からいってもなじみやすいものであると思われること

また、町田教授の説明によりますと、このCOSOガイダンスは、中小公開企業だけではなく、大規模公開企業においても、効率経営を重視する目的で導入することは可能とされておりますので、日本における大規模公開企業への適用を排除するものでもないようです。もちろん、このまま日本の実施基準に落とし込まれる、ということはないでしょうが、そこにリリースされております20の原則と75の属性につきましては、今後の実施基準の解釈にあたってもおおいに参考とされるところではないでしょうか。この原則と属性を検討したうえでの感想としましては、やはり経営者不在での内部統制報告実務というものはありえないわけでして、どの原則、属性を検討しましても、そこには取締役会、監査役(COSOでは監査委員となっております)、外部監査人、内部監査人らの連携と協力というものが中心に据えられていることが理解できます。結局のところ、財務報告の信頼性を確保するために、どこから手を付ければもっとも有効な結果が得られるか、といった観点から選定されたものでありますから、統制環境の有効性確保にもっとも大きな力点が置かれている、というのが私の印象であります。

ところで、この町田教授の論稿は、あくまでも要旨の概説でありまして、詳細なCOSO中小公開企業向けガイダンスの全文につきましては、その翻訳権を日本内部監査協会が取得されたそうです。ガイダンス全文が出版される予定のようですが、(なお、英文のものにつきましてはCOSOのHPから、現在でも有料でダウンロード可能です)内容につきましては非常に興味のあるところでして、おそらく今後実施基準の公開草案が出された際には、その対応方法の具体化に向けて、各社それぞれの実情に合わせる工夫を考えるための参考書として大いに役立つのではないか、と期待しております。なんといいましても、上場企業の経営者は「確認書」の提出が義務付けられるわけですから(金商法24条の4の2ほか)、内部統制の評価の主役は経営者であります。その経営者が頭で考えても理解できないほど難解なものであってはいけないわけであります。

9月 25, 2006 COSO「中小公開企業」向けガイダンス | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年9月24日 (日)

ダスキン控訴審判決(問題の整理)

祝日にもかかわらず、「ダスキン株主代表訴訟控訴審判決(その2)」には、貴重なコメントありがとうございます。neon98さんに代表されるとおり、企業の平時におけるリスク管理をもって、有事の免罪符にすることは無理があるのではないか・・・とのご指摘が意見としては多いようでして、ご意見拝聴し、今後再考してみたいと思います。やはり、企業不祥事の存在を全役員が知ってしまった時点における「危機管理」の問題として、その有事におけるリスク管理というものは、別途、その時点における状況から検討すべき問題と捉えるべきなのかもしれませんね。(ありがとうございました。)

ただ、そう考えますと、やはり議論のための整理もまた必要になってくるわけでありそうですね。コンプライアンス・プロフェッショナルさんがおっしゃるとおり、「平時」の企業不祥事防止のためのリスク管理という面からとらえますと、ダスキンはある程度、まじめに(当時の基準から考えて)不祥事リスク回避に取り組んでおられたようでして、問題はやはり全社的に「過去に違法添加物混入の肉まんを、事実を知りつつ販売した」「事実を隠すために口止め料を払ってしまった」ということを認識したときの対応の是非、ということになります。なお、ここで留意すべきことは、全役員が認識した時点では、すでに(消費者が全部食べてしまっていて)商品回収の必要はなく、また健康被害に関する可能性ももはや存在しない、ということであります。

1 「公表」以外に対応策は存在しないだろうか?

とーりすがりさんは、当時の食品衛生法に違反する行為があったのだから、「法令違反」が存在するので、そこから公表すべし(違法行為を公表しないという経営判断はあるのだろうか)とされております。また、経営コンサルタントさんも、公益通報者保護法を例にとって、法令違反には公表といった措置を内在するものとして捉えていらっしゃるようです。ただ、とーりすがりさんのご指摘のところは、おそらく商品回収が必要な場合に、行政庁への届出が必要、といったことを指しておられるのではないでしょうか。最近の自治体の条例などでは、食品安全基本法に基づき、食品の回収を行うときには「公表」しなければならない、と規定しているものもありますが、本件でそういった報告義務が「行為規範」として規定されていたのかどうかは少し疑問が残ります。なお、行為規範としての「報告義務」「公表義務」が存在する場合ですと、これを無視して非公表となると、現在の判例通説の立場からすると取締役の善管注意義務違反は容易に認められるところだと思われます。また、違法添加物混入を知りながら、肉まんを売り切ってしまった取締役らについては「法令違反」を問題とすることができますが、本件では「その他の取締役の責任」が論点でしょうから、ダイレクトに食品衛生法の違反行為と全役員の責任とが結びつくかどうかはひとつの問題であろうかと思われます。

それでは有事における取締役のリスク回避義務違反があった、という構成で考えてみますと、ここでは「公表すべし」以外に、その取締役の義務履行方法はありえませんかね?たとえば、法律では明確に規定されているわけではないけれども、官公庁に対する事後の報告義務ということで足りる(つまり一般消費者に対する公表義務はない)と構成することはできないでしょうか?ここでいうところの「リスク」といいますのは、会社の信用毀損のリスクということでしょうから、ともかく過去の企業不祥事を行政庁に報告をしておけば、それなりにマスコミに叩かれる度合いも少なくなるのではないかな・・・と考えられるような気がいたします。これが上場企業でしたら、適時開示、という問題も出てくるかもしれませんが、ダスキンのように非上場企業の場合でしたら、「当否は別として」公表以外の方法によっても、その法的責任を免責される対応方法は考えられるのではないでしょうか。

2 バレなければ公表しなくてもいい?

平時におけるリスク管理によっては有事における不祥事(全社的な隠蔽行為)は免責されない、といった前提に立つならば、やはりこの問題には必ずぶつかると思います。企業の有事におけるリスク回避義務として、公表もしくは報告といった外部への情報開示が法的義務として要求されるのかどうか。この控訴審判決は、結局のところ「口止め料を支払っていた相手との契約を解除した」わけですから、おそらく違法添加物入りの肉まん販売の事実は高い確率で発覚する、ということを前提条件に役員らのリスク管理方法の不適切性を論じているようです。つまり過去の不祥事が発覚する可能性について、よく検討もせずに問題を先送りしているところが、経営判断の法理を持ち出すまでもなく、その善管注意義務違反に問われたところであった、と認識しております。そうであるならば、かなり高い確率で不祥事が発覚しない、と予期されるのであれば、やはり公表義務は存在しないと考えられるような気がいたしますが、いかがでしょうか。(裁判を前提に考えるならば、発覚しないと思っていたところが、発覚してしまった場合に、発覚しないと判断したことに合理性があったといえるケースが想定できるか、ということになります)「バレなければ公表する必要はない」といった結論を採用することには躊躇を覚えますが、「倫理上の非難の対象」とはなりえても、法的責任まで認めることについては異論もあるのではないでしょうかね。ちなみに、ダスキンの役員のなかで唯一、被告になっておられない社外取締役の方が、当時社長に対して緊急提言(一日も早く公表せよ、との内容)を書面で送っておられますが、その社外取締役が公表を促した理由も、その内情を知っている外部第三者に対する「口止め料の提供禁止」という事情からみて、もはやダスキンは過去の不祥事を隠蔽しきれない、彼らが密告する前に、一日でも早く公表せよ、という趣旨からであります。

もちろん私は、コンプライアンスは「法令違反」だけではない、と考えておりますので、過去の不祥事は、たとえ商品回収の必要性や、消費者の安全維持の必要性が存在しなくなったとしても、公表はしたほうがいいとは思います。ただ、そこから役員の法的責任までストレートに導くことには、公表することが行為規範として明示されていないかぎりは若干躊躇を覚えます。もし、私が役員セミナーなどでこの問題を解説するとしましたら、やはりこの問題は危機におけるリスク管理の問題、つまり何をリスクをみるか、という問題とそのリスクの大きさはどの程度か、という問題に分けて論じると思います。前者はリスクの質が基準となります。不祥事の内容と、それに対する社会的非難の度合いを検討することになります。そして、後者についてはまさにリスクの量、つまり「発覚しやすいかどうか」という問題であります。ただし、今の世の中の動きからすれば、企業ぐるみの不祥事隠蔽への社会的非難の度合いはますます強まり、また通報制度の法制化など、そういった不祥事が発覚しやすい方向へと向かっているものと思いますから、結論的には取締役に「公表義務」を認めるのと、それほど大きな差はなくなるのかもしれません。

9月 24, 2006 ダスキン株主代表訴訟控訴事件 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2006年9月22日 (金)

ダスキン株主代表訴訟控訴審判決(その2)

日弁連法務研究財団の「会社法実務研究会」で、ダスキン株主代表訴訟控訴審判決を中心に研究発表をさせていただきました。神戸大学のK教授をはじめ、学者の先生方や企業法務に詳しい弁護士の方々とあれこれ議論するのは楽しいですし、また新たな論点が見つかったりしまして、非常に有意義な時間を過ごさせていただきました。なお、判例タイムスの最新号にダスキン訴訟控訴審判決が全文掲載されていることは先日ご紹介したとおりですが、中央経済社「ビジネス法務11月号」では、このダスキン訴訟控訴審判決に関する東京のコンプライアンスに詳しい先生によります評釈(および控訴審判決の企業経営実務に及ぼす影響)が掲載されておりますので、ご参考にされてはいかがでしょうか。

上のビジネス法務11月号の論稿もそうですし、きょうの研究会における出席者のご意見もそうでしたが、ダスキン控訴審判決は、取締役らによる不祥事公表義務というものを一律に認めたものではなく、これを(取締役会を構成する役員らの)リスク管理の方法に不行届きがあった事例、と解釈するほうが穏当のようですし、このあたりは以前の私のエントリー(その1)における解釈とも合致するところであります。ただ、私は内部統制システムの構築義務と、危急時における取締役、監査役らのリスク回避義務とは異なる概念だと考えておりました。しかしながら、ちょっとこのあたりも検討事項になるんじゃないか、という気もしてきました。たとえば、もしダスキンという企業が、平時において「こういった不祥事が、こういった時期において判明した場合には、当社はこういった対応をとる・・・」と細かく規定していた場合(本当に将来の危機を予想して相当詳細に規定できるかどうかは別としまして)、もしその規定にしたがって、今回は当社の不祥事を非公表とする、との結論を取締役会がとったとすると、この判例と同様に各取締役、監査役に善管注意義務違反があった、との評価は同じだったでしょうか?もし、詳細に将来リスクの発生を予想して、それに向けての対応方法まできちんと決めていたのであれば、本件をリスク管理としての対応のまずさ、といったところこそが問題だと捉えますと、いちおうリスク管理規定に従った行動をとった、ということで役員らが免責される可能性も出てくるのではないか、と思いますがいかがでしょうかね。リスク発生時におけるその回避措置の是非(平時において、こういった場合には公表しない、と決めた規則の内容の妥当性)ということは別の問題として発生するかもしれませんが、すくなくともそういったリスク管理の運用面まで平時に検討するということになりますと、その回避策自体も内部統制システムの構築義務の一貫である、といった解釈も成り立つかもしれません。そもそも、会社法で理解されている内部統制システムの構築、といいますのはどういったシステムを構築するべきか、といったところだけでなく、その構築されたシステムをどう運用してきたか、というものも含むものと理解しております。このように危機対応のシステムまで含めて内部統制システムを構築していれば、そのシステムが信頼に値するものである以上は取締役は「信頼の抗弁」に近い考え方として、内部統制システムの構築義務違反に関する免責の対象になる、と考えてもいいように思われます。(神田教授が会社法における内部統制の問題は、リスク管理体制の構築と取締役の自由保障機能にある、と説明