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2006年9月24日 (日)

ダスキン控訴審判決(問題の整理)

祝日にもかかわらず、「ダスキン株主代表訴訟控訴審判決(その2)」には、貴重なコメントありがとうございます。neon98さんに代表されるとおり、企業の平時におけるリスク管理をもって、有事の免罪符にすることは無理があるのではないか・・・とのご指摘が意見としては多いようでして、ご意見拝聴し、今後再考してみたいと思います。やはり、企業不祥事の存在を全役員が知ってしまった時点における「危機管理」の問題として、その有事におけるリスク管理というものは、別途、その時点における状況から検討すべき問題と捉えるべきなのかもしれませんね。(ありがとうございました。)

ただ、そう考えますと、やはり議論のための整理もまた必要になってくるわけでありそうですね。コンプライアンス・プロフェッショナルさんがおっしゃるとおり、「平時」の企業不祥事防止のためのリスク管理という面からとらえますと、ダスキンはある程度、まじめに(当時の基準から考えて)不祥事リスク回避に取り組んでおられたようでして、問題はやはり全社的に「過去に違法添加物混入の肉まんを、事実を知りつつ販売した」「事実を隠すために口止め料を払ってしまった」ということを認識したときの対応の是非、ということになります。なお、ここで留意すべきことは、全役員が認識した時点では、すでに(消費者が全部食べてしまっていて)商品回収の必要はなく、また健康被害に関する可能性ももはや存在しない、ということであります。

1 「公表」以外に対応策は存在しないだろうか?

とーりすがりさんは、当時の食品衛生法に違反する行為があったのだから、「法令違反」が存在するので、そこから公表すべし(違法行為を公表しないという経営判断はあるのだろうか)とされております。また、経営コンサルタントさんも、公益通報者保護法を例にとって、法令違反には公表といった措置を内在するものとして捉えていらっしゃるようです。ただ、とーりすがりさんのご指摘のところは、おそらく商品回収が必要な場合に、行政庁への届出が必要、といったことを指しておられるのではないでしょうか。最近の自治体の条例などでは、食品安全基本法に基づき、食品の回収を行うときには「公表」しなければならない、と規定しているものもありますが、本件でそういった報告義務が「行為規範」として規定されていたのかどうかは少し疑問が残ります。なお、行為規範としての「報告義務」「公表義務」が存在する場合ですと、これを無視して非公表となると、現在の判例通説の立場からすると取締役の善管注意義務違反は容易に認められるところだと思われます。また、違法添加物混入を知りながら、肉まんを売り切ってしまった取締役らについては「法令違反」を問題とすることができますが、本件では「その他の取締役の責任」が論点でしょうから、ダイレクトに食品衛生法の違反行為と全役員の責任とが結びつくかどうかはひとつの問題であろうかと思われます。

それでは有事における取締役のリスク回避義務違反があった、という構成で考えてみますと、ここでは「公表すべし」以外に、その取締役の義務履行方法はありえませんかね?たとえば、法律では明確に規定されているわけではないけれども、官公庁に対する事後の報告義務ということで足りる(つまり一般消費者に対する公表義務はない)と構成することはできないでしょうか?ここでいうところの「リスク」といいますのは、会社の信用毀損のリスクということでしょうから、ともかく過去の企業不祥事を行政庁に報告をしておけば、それなりにマスコミに叩かれる度合いも少なくなるのではないかな・・・と考えられるような気がいたします。これが上場企業でしたら、適時開示、という問題も出てくるかもしれませんが、ダスキンのように非上場企業の場合でしたら、「当否は別として」公表以外の方法によっても、その法的責任を免責される対応方法は考えられるのではないでしょうか。

2 バレなければ公表しなくてもいい?

平時におけるリスク管理によっては有事における不祥事(全社的な隠蔽行為)は免責されない、といった前提に立つならば、やはりこの問題には必ずぶつかると思います。企業の有事におけるリスク回避義務として、公表もしくは報告といった外部への情報開示が法的義務として要求されるのかどうか。この控訴審判決は、結局のところ「口止め料を支払っていた相手との契約を解除した」わけですから、おそらく違法添加物入りの肉まん販売の事実は高い確率で発覚する、ということを前提条件に役員らのリスク管理方法の不適切性を論じているようです。つまり過去の不祥事が発覚する可能性について、よく検討もせずに問題を先送りしているところが、経営判断の法理を持ち出すまでもなく、その善管注意義務違反に問われたところであった、と認識しております。そうであるならば、かなり高い確率で不祥事が発覚しない、と予期されるのであれば、やはり公表義務は存在しないと考えられるような気がいたしますが、いかがでしょうか。(裁判を前提に考えるならば、発覚しないと思っていたところが、発覚してしまった場合に、発覚しないと判断したことに合理性があったといえるケースが想定できるか、ということになります)「バレなければ公表する必要はない」といった結論を採用することには躊躇を覚えますが、「倫理上の非難の対象」とはなりえても、法的責任まで認めることについては異論もあるのではないでしょうかね。ちなみに、ダスキンの役員のなかで唯一、被告になっておられない社外取締役の方が、当時社長に対して緊急提言(一日も早く公表せよ、との内容)を書面で送っておられますが、その社外取締役が公表を促した理由も、その内情を知っている外部第三者に対する「口止め料の提供禁止」という事情からみて、もはやダスキンは過去の不祥事を隠蔽しきれない、彼らが密告する前に、一日でも早く公表せよ、という趣旨からであります。

もちろん私は、コンプライアンスは「法令違反」だけではない、と考えておりますので、過去の不祥事は、たとえ商品回収の必要性や、消費者の安全維持の必要性が存在しなくなったとしても、公表はしたほうがいいとは思います。ただ、そこから役員の法的責任までストレートに導くことには、公表することが行為規範として明示されていないかぎりは若干躊躇を覚えます。もし、私が役員セミナーなどでこの問題を解説するとしましたら、やはりこの問題は危機におけるリスク管理の問題、つまり何をリスクをみるか、という問題とそのリスクの大きさはどの程度か、という問題に分けて論じると思います。前者はリスクの質が基準となります。不祥事の内容と、それに対する社会的非難の度合いを検討することになります。そして、後者についてはまさにリスクの量、つまり「発覚しやすいかどうか」という問題であります。ただし、今の世の中の動きからすれば、企業ぐるみの不祥事隠蔽への社会的非難の度合いはますます強まり、また通報制度の法制化など、そういった不祥事が発覚しやすい方向へと向かっているものと思いますから、結論的には取締役に「公表義務」を認めるのと、それほど大きな差はなくなるのかもしれません。

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コメント

「企業コンプライアンス 後藤 啓二(著)」を読みました。世間の価値観の変化に企業が目を向け、トップをはじめとする企業のなりふり構わぬコンプライアンスの姿勢が、結果として企業価値を守ることとなることを説かれていたと思います。世間の価値観を守るために法があるとすれば『結論的には取締役に「公表義務」を認めるのと、それほど大きな差はなくなるのかもしれません』との先生の見解に自然と至ることとなりますね。

投稿: fuji | 2006年9月24日 (日) 10時24分

書店で平積みになっている新書版の新刊ですよね?(なんか、とっても売れそうな本だなぁと思いました)内容は書店でちらっとしか拝見しておりませんが、これまでの企業不祥事の原因究明などもかなり詳細に検討されていらっしゃるようですので、一度ゆっくり拝読したいと思っております。

投稿: toshi | 2006年9月25日 (月) 02時04分

「おそらく商品回収が必要な場合に、行政庁への届出が必要、といったことを指しておられるのではないでしょうか」
ですが、食品衛生法違反には刑事罰がありますから、警察当局へ届け出る必要があるように思います。

もう1点、
「おそらく違法添加物入りの肉まん販売の事実は高い確率で発覚する、ということを前提条件に」
というところですけれども、確かにそのようにも読めますが、個人的にはこれは判決が「駄目押し」したのかなぁという気がします。
まだまだ私の読みが浅いのかもしれません。

なので
「かなり高い確率で不祥事が発覚しない、と予期されるのであれば、やはり公表義務は存在しないと考えられるような気がいたします」
かどうかはちょっとわかりかねるところですが、犯罪行為ともなればこのような理屈は通じないように思います。

投稿: とーりすがり | 2006年9月25日 (月) 13時00分

 社内の不祥事の公開に必要性ついて、取締役の善管注意義務は、不祥事の被害について考えるべきであると思います。未承認添加物が入っていると知っていれば買わない人にとっては、これを知らずに買った人は被害者に当たると思います。
 ダスキンの創業者の「祈りの経営」について随分以前に読んだ事があります。要するに自分は人を裏切らない、まっとうなビジネスを心がける事が成功をもたらすと信じる事だと思います。
 翻って、今回の事件では、未承認の添加物を食品に使用してしまったが、具体的な被害が報告される前に販売を終えた場合では、取締役として考えるべきは、そのこと知らず肉まんを買って食べた人の立場で考えるべきと思います。
 国内で未承認でも外国では広く使われておれば、少量に使用では、中毒などの被害は多分起こらないだろうことは十分に推測されると思います。
 顧客がそのような添加物を使った会社について知った時、製品を引き続き使い続けるでしょうか。更には、それを隠している会社の製品を買いつづけるでしょうか。あるいは、それを広く社会に公開し、謝罪する会社の製品を使い続けるでしょうか。
 私は、恐らく正直な会社の製品なら買い続けると思います。雪印の例を引くまでもなく、全国的に有名なブランドであれば尚更だと思います。

投稿: 濡れ衣と戦う会社員 | 2006年9月25日 (月) 17時24分

M・Eです。日経新聞を拝見しました。先生のますますのご活躍を期待しております。さて、
ダスキン控訴審判決を概観したにとどまり、読み込んではいないので、誤解があるかも知れませんが、自ら積極的に公表しないという成り行きの方針を、手続き的にもあいまいなまま事実上承認したことを捉えて損害賠償責任を肯定している判示からは、常に公表義務を認めた裁判例ではないと理解する考え方が穏当と思われます。
 この裁判例も、経営判断の原則についての今までの裁判例の準則、つまり、取締役として合理的な情報収集・調査・検討等を行い、その状況と取締役として求められる水準に照らし不合理な判断がなされてないかどうかを基準として責任の成否を判断する立場とそれほど乖離していないのではないかと思います。
従って、経営判断の原則に従い、慎重に事実関係についての情報を収集・調査し、専門家の意見をも踏まえて検討して公表しないという選択肢をとることも許される場合があるのではないでしょうか。
もっとも、コンプライアンスについては、その遵守は公的要請であり、あるべきコンプライアンスについては事業の種類いかんにかかわらず、標準化・定型化しやすいため、通常の業務執行の場合と比較して、経営判断の原則の適用される範囲は相当限定されると考えられますので、公表しないことを決定した判断プロセス、公表しないことの合理性(公表によるコーポレート・レピュテーションリスク、違法行為の持続の有無、回復措置の可能性等種々の要素があるでしょう)については会社側できちんと事後的にでも検証可能な形で整備しておくことが求められるでしょう。
 このように考えると、公表することが行為規範として定められていない場合であっても、公表しなければ取締役の善管注意義務違反が認められる場合が生じるのではないかという意味では山口先生より、取締役の責任を肯定する範囲を広く認めることになるかもしれません。

投稿: M・E | 2006年9月25日 (月) 23時31分

ダスキン事件大阪高裁判決については、私は
職業がら、社外監査役の責任が認定されたことに
着目しており、この観点から少し検討したいと
思っております。
ところで、もし判れば教えて下さい。
①株主代表訴訟で監査役の責任が認定された
 のは、おそらくこれが初めてのケースでは
 ないかと思いますが、どうなんでしょうか?
 (破産会社について、破産管財人が提起した
  訴訟では前例があったように思いますが。)
②この訴訟では、社内・常勤監査役は、何故
 被告とされなかったのでしょうか。
 この社外監査役は、弁護士で事件の調査にも
 あたったから被告とされたのでしょうか。
 (つまり、監査役として、というよりも、
  関係した弁護士がたまたま監査役で、代表
  訴訟の土俵に乗っかった、ということに
  過ぎないのでしょうか。)

投稿: 監査役サポーター | 2006年9月27日 (水) 00時49分

>とーりすがりさん、会社員さん、MEさん
貴重なご意見、ありがとうございます。この話題は手仕舞いするつもりでしたが、再度ダスキン判決を原審、控訴審と読み直しまして、法令違反と取締役の責任問題や、判例のいう「取締役の社会的責任」といった問題についても併せて検討したうえで、もう一度再考エントリーをアップいたしますので、またご意見ください。

>監査役サポーターさん
はじめまして。コメントありがとうございます。
ちょっとダスキン判決とは離れますが、質問内容を別途エントリーにのっけましたんで、ご覧いただけますと幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: toshi | 2006年9月28日 (木) 02時34分

正解をお教えしておきますと、問題を認識したときにまずは保健所と厚生労働省に届け出て、指示を仰ぐという方法で良いと思います。

厚生労働省から公表すべしという指示が書面で出た場合は公表し、回収すべしという指示が書面で出た場合は回収する。

そして、それを会社のマニュアルに組み込んでおく。致死性の毒物が混入した場合のみ、即座に公表、回収を行うと別段規定を入れておく。

これで役員の責任は免れることが出来ます。社内で隠蔽すると言うのはいけませんが、あらかじめ厚生労働省の書面による指示に従うと言う責任回避の規定をマニュアル化しておけばよいのです。

投稿: 山田 | 2009年5月20日 (水) 16時28分

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